機動戦士ガンダムSEEDDESTINY リメイク 作:星合ナナ
宇宙港は多くの人でにぎわっていた。
シャトルから降り立ったアレックス・ディノは、その喧噪に不審と警戒の入り混じった視線を向けた。出迎えに来ていた駐在員が、彼の背後にいる人物に説明する。
「新造戦艦“ミネルバ”の進水式にともない、明日は軍事式典が予定されておりまして……」
話しかけられた人物は紫色の簡素な上下に身を包み、金髪を振って周囲を見回した。金色に近い褐色の瞳が、複雑な思いを宿して翳る。現在はオーブ連合首長国の
“アーモリーワン”はさきの大戦後、工業用のプラントで、内部には大規模軍事工廠も存在する。“プラント”本国と離れたここL4は、次の戦いを見越したかのように新たな艦船を製造しているということだ。だが、式典に招かれた多くの市民たちの顔には、一片の後ろめたさも見受けられない。彼らは興奮した様子で軍艦の必要性を語りあい、自分たちの“プラント”国家が持つ高い軍事技術を誇示している。
ある意味それも無理からぬことではある──と、カガリに従いながらアレックスは考えた。
ユニウス講和条約が締結されたのちも“プラント”と地上の地球連合旧理事国──おもに大西洋連邦との間にはいまだ緊張感が続いているからだ。
C.E七◯、二月十四日、のちに“血のバレンタイン”として多くのプラント市民を中心に人々の記憶に刻まれる事件が起こる。L5ユニウス市にある農業プラント“ユニウスセブン”に、L5の義勇軍組織との交戦域を突破した地球連合軍製戦闘機が核爆弾を撃ち込んだのだ。一発のミサイルが一瞬にして、そこに暮らす二十万以上の人命を奪った。
これを受けて“プラント”はついに四月一日、義勇軍をザフト軍と改め大規模な地球降下作戦に踏み切った。彼らはまず地球の各所に、ニュートロンジャマーと名づけられた、核分裂を抑止する装置を地中深くに撃ち込んだ。この装置の敷設により、核爆弾はもちろん、動力を核分裂に求めた多くの兵器や艦船が無効となり、同時に地上のエネルギー事情は危機に瀕した。化石燃料の枯渇した現代においては、原子力発電がエネルギー生産の主体を占めていたからだ。またニュートロンジャマーはその副作用として、特定の帯域の電磁波に強く干渉し、無線からレーダー機器まで、電磁波に頼る多くの装置は使用困難となった。
この条件下でめざましい力を発揮したのが、ザフト軍が開発した巨大人型兵器──モビルスーツである。この兵器はバッテリーによって稼働し、驚くべき
こうして戦局は
アレックス自身もコーディネーターとして戦火に身を置き、一度はその悪しき憎しみの連鎖に染まりもした。“ユニウスセブン”で母を亡くし、自分のような思いをする者をなくすためにザフト軍エリートの証である赤服を纏い身を投じた。当時“プラント”最高評議会議長だった父、パトリック・ザラの指し示すまま、指導者たちの命令に従うことが戦争を終わらせる最善の手段だと信じていた。その果てにさらに身近な者を亡くし、争う謂れのなき懐かしの友を、寸前のところで自らの手で生命を奪うところまで行ってしまった。戦うことによって戦いはなくならず、新たな犠牲者を呑み込んで争いの火はさらに燃え盛る。いつの世も繰り返される負の連鎖だ。
そんな自分のあり方に疑問を投げかけたのが、いま、目の前を歩く金髪の少女だった。
本名アスラン・ザラはアレックス・ディノと名を変え、ボディーガードらしくカガリに身を寄せるようにして、ふと囁きかける。
「服はそれでいいのか? ドレスも一応持ってきているよな?」
「な、何だっていいよ! いいだろ、このままで!」
カガリは心外そうに口を尖らせて言い返した。そんなところは出会った頃の強気な少女そのままだ。しかしアスランはそんな彼女を好ましく思いつつも、距離を置き抑えた口調で進言する。
「必要なんですよ、演出みたいなことも。わかってらっしゃるでしょう? 馬鹿みたいに気取ることもないですが、軽く見られてもダメだということは。──今回は非公式の首脳会談とはいえ、あなたは現オーブ連合首長国の国家元首なんですから」
言われてカガリは押し黙った。その顔を彼女らしくもない沈鬱(ちんうつ)な表情が覆う。最近の彼女は、よくそういう表情をするようになった。たぶん自分も同じだろう、とアスランは思う。
さきの大戦中は、二人とも必死だった。自分と同じような疑問に突き当たった者たちがいつしか集い、『戦いを終わらせるための必要な戦い』を懸命に模索していた。その勢力は小さくはあったが、“地球連合”“プラント”双方から、また当時中立を守ろうとして戦火に焼かれたオーブからも、同じ志をもつ者たちが集まり、ナチュラル・コーディネーターの区別なく、ひとつの目標に向け力を尽くした。あの頃も自分のそばにはカガリがいて、ともに悩み、迷い、互いに痛みを分かち合い、そして手を携え走っていた。当時はどうしようもなく苦しいと感じたこともあったが、いま思い返すと必死だったゆえに、ある意味満ち足りた時間だったのかもしれない。
彼らが出会った頃、戦局は最悪の方向へ突き進んでいた。連合軍の最高司令部であるアラスカ基地、パナマ宇宙港が壊滅し、ザフト軍側はビクトリア宇宙港を失った。そして“プラント”からニュートロンジャマーの影響を中和するニュートロンジャマーキャンセラーの技術が流出すると、連合軍はついに再び終末の炎を投下した。それによって“プラント”は軍事衛星“ボアズ”を焼かれ、核の恐怖に突き動かされるように、最終兵器“ジェネシス”を発動した。“プラント”すべてを滅ぼす力を持つ核と、地球に生きるすべての生命体を滅ぼす力を持つ“ジェネシス”──それらが撃たれればナチュラル、コーディネーターの差なく、すべての人類が死に絶える。
この愚行を、アスランが属する三隻同盟たちはかろうじて止めることができた。あまりにも大きな犠牲を払いはしたが──
この“第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦”の終結後、“プラント”側から停戦の申し入れがされた。アスランの父パトリック・ザラ議長が戦争中に死亡したため、その後、クライン派のアイリーン・カナーバを代表とした暫定政府が立ち、すでに連合としての共闘体制が瓦解しかけた地球連合と長い競技のすえ、終戦協定の締結にこぎ着けた。これがC.E七二、三月十日のことだ。調印はかつての悲劇の場所、現在は地球を取り巻くデブリベルトにある“ユニウスセブン”において行われ、以降“ユニウス条約”と呼ばれる。
さまざまな問題は残されたものの、“プラント”と旧理事国はこのとき、今後の相互理解努力と平和を誓い、世界は安定へと歩み始めたはずだった。
だが、現実には──
アスランは小さくため息をつき、戦争の悲惨さなど遠くに置き忘れてきたような人々をあとにして、エレベータに乗り込む。砂時計によく例えられるプラントの支点に宇宙港は造られ、人々の居住区である底部までは高速エレベータ
が連結している。エレベータ内のソファに腰を下ろしたカガリが、傍らに立つ係官を見上げ、告げる。
「明日は軍艦の進水式ということだが──」
「はい。式典のために少々騒がしく、プラントの名士がご来賓のため、オーブ代表には大変ご迷惑をおかけすることかと存じますが……」
慇懃に微笑みかける係官に向かって、カガリは苦い口調で言い放った。
「こちらの用件はすでにご存じだろうに、
係官は不興を見せつけられ、表情を警戒のためか硬くする。カガリを守るように立ったアスランは、慎ましげに口を挟んだ。
「内々、かつ緊急にと、会見をお願いしたのはこちら側なのですが? ──
第三者の前で、彼らはかつてのように対等に話すことはできない。公には、現在のアスランはカガリの私的な護衛に過ぎないのだ。
「プラント本国にある首都アプリリウス市へ赴かれるよりは目立たぬだろう──という、デュランダル議長閣下のご配慮もあってのことと思われますが」
カガリはちらりとアスランに目を向け、納得いかない表情で黙り込む。そのとき急に、周囲に明るい光が満ち、カガリはガラス壁面の向こうに目をやった。透明なシャフトを通して、眼下に青い人工の海が広がっているのが見えた。明るい日差しを受けて輝く海に、緑の島々が散らばっている。まるで地中海を思わせる風景だ。しかしここに広がる風景はすべて人間が造ったもので、外殻の自己修復ガラスを隔てた外には、真空の宇宙が広がっている。その事実を思うたびに、アスランは感嘆を覚えずにはいられない。
彼は郷愁を滲ませた表情で、近づいてくる美しい風景を見下ろした。