さあ、悪はここにあるぞ   作:子悪党

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プロローグ

 少年、カシワが自意識を確立した時、彼は地獄の中にいた。

 光があれば闇がある様に、発展した街の片隅などは存外寂れている。そして、寂れたそんな場所は行き場のなくなった者たちの受け皿であると同時に、無法地帯にもなりやすいのだ。

 カシワの日課は、食べられるきのみを探し、ゴミ箱へと頭を突っ込んで、泥水を啜る事も厭わないような最下層以下のもの。

 人として壊れてしまいそうだが、しかし彼は変わらなかった。

 最悪な生活で失わなかった善性。その根底にあったのは、ある一人の人物の記憶。

 俗に言うところの、転生だろうか。カシワ自身には、その認識はなかったが壊れなかったのは偏にその記憶のお陰といっても過言ではない。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ガサゴソと、ゴミを漁る。身に纏うのは、大きさの合わないTシャツと短パン。左右で大きさの違うスニーカー。

 見た目の年齢は、五歳前後か。頬を汚し、上半身を突っ込むようにしてゴミ箱の中へと頭を突っ込み、手に取ったのは期限切れの菓子の入った袋。それから、生ごみを幾つか。

 

 

「ベェトォー…?」

 

「お、来たかベトベター。これ、お前の分な」

 

「ベェト」

 

 

 地面を汚すように張って現れた何かに彼、カシワはへらりと笑うと手に持っていた生ごみを渡す。

 渡された生ごみを口と思しき場所へと放り込んでいく何かの傍らに座り込み、カシワもほんのり酸っぱい気がしないでもない菓子を頬張っていく。

 

 ポケモン。それが、今彼の隣で生ごみを食べる存在だ。種族名で言えば、ベトベター。どくタイプのポケモンで、酷い悪臭を放ちその体は毒のヘドロで構成されている。

 近寄る事すらも忌避されるし、何なら追い払われることも珍しくはないポケモンだ。しかし、カシワは気にした様子もなく、ともすればヘドロの体に平気で触れる。

 これは、どのポケモンにも言える事なのだが、懐くとその体に宿した攻撃性が懐いた相手へ弱まるのだ。

 カシワとベトベターの関係性ならば、トレーナーとその手持ちに近いか。モンスターボールが無いため明確な主従関係は結べていないが。

 カシワ自身、打算があっての事ではない。最初の出会いは、ベトベターがゴミを漁っておりそこに彼がかち合った。

 酷い悪臭であったが、元々スラムのような場所で暮らしていたカシワにしてみれば大したことではない。ついでに、ベトベターも攻撃的な性格ではなく、のんきであったから馴染むのも早かった。

 

 酸っぱくなり始めていた菓子をどうにかこうにか飲み込んで、カシワは背中を背後の壁へと預けて空を見上げる。

 薄暗い路地から見上げたそこは、四角く切り取られ青色がより一層際立つというもの。

 

 

「ベェトォ?」

 

「うん?まあ、何でもないさ。これからどうしたもんかと思っただけ」

 

 

 不定形のスライムでも撫でているような冷たさのあるベトベターの頭をなでながら、カシワは今後を考える。

 彼だって、好きでこんな路地に居る訳ではない。ただ、物心ついた時にはここに居たのだ。

 捨てられたのか、或いはもともとこの路地の出身で両親は蒸発してしまったのか。カシワには、分かりようのない事。

 因みに、カシワというのは前世の苗字である柏崎から勝手にそう名乗っているだけ。

 

 話を戻そう。考えるのは今後の事。

 まず第一に、金がない。この分なら、住所はおろか戸籍があるかも怪しいだろう。

 戸籍がないという事は、つまり彼自身は確かに存在するが、法的には存在しないことと同義。そして、法的に存在しないならばその手の法的機関からの保護なども受けられるかどうか。

 方法としては、児童養護施設に転がり込むというのもある。ただ、これは最終手段も良いところだ。

 理由は、隣の相棒に関して。

 性格はどうあれ、その種族的にベトベターはその進化系含めて敬遠される存在だ。

 悪臭を放ち、毒を発する。それだけでも人々は離れていくし、同じくポケモンであっても良い顔はしないだろう。

 ここまで一緒に過ごしてきたのだ。情の一つや二つ抱いたとしても何ら不思議ではない。

 

 

「……はぁ……どうしたもんかね…………ん?」

 

 

 八方塞がりの現状に思わず漏れたため息は、しかし新たなる情報に上書きされていく。

 複数人が走るような音が聞こえる。その音は、徐々に大きくなりやがて現れるのは特徴的な恰好をした三人の男女だった。

 黒い帽子に揃いの黒い服。更に服の上には大きく赤でRの文字が。

 三人は、どこかへ向かうつもりであったのだろう。だが、その足を止めるとニヤニヤとベトベターと座り込むカシワの下へと近づいてくる。

 

 

「おやおやぁ?ガキンチョ、そいつは野生だろ?良くないなぁ、ベトベターはこういう場に居たら追い払うもんだぜぇ?」

 

 

 リーダー格なのか、真ん中に居た体格のいい男がニヤニヤとそんな事を宣った。

 カシワは、彼らの事をよく知らない。そもそも、ポケモンに関してもベトベターを知っていたのは霞んだ前世の記憶の中にあった某ウォーキングをゲームに盛り込んだスマホゲームで捕獲した事があったから。原作などを遊んだことは無いし、アニメもろくに見たことがなかった。

 それでも、目の前の三人が善人ではないのは直感的に分かる。ついでに、隣の相棒が捕まりでもすればどうなるかも何となく分かる。

 かといって走って逃げられるかと言われれば、否だ。

 カシワ自身も劣悪な環境で体力が落ちているし、ベトベター自体も決して素早いポケモンではないから。

 であるならば、身を守るには応戦するしかない。カシワは立ち上がった。

 

 

「おにーさんたち、誰?」

 

「俺達は、泣く子も黙るロケット団さ」

 

「ふーん…………見逃してくれない?」

 

「そうだなぁ……そのベトベターを大人しく置いていくのなら、見逃してやっても良いぜぇ?俺は、ガキンチョ嬲って遊ぶ趣味はねぇからよぉ」

 

(俺は、ね……なら、後ろ二人はある訳だ)

 

 

 内心で逃げられないな、と続けてカシワはベトベターへとさりげなく手を伸ばしちょっとした指示を飛ばす。

 それは、こうして主従擬きを結んでから決めた合言葉のようなもの。

 ロケット団の三人は勘違いしている。

 カシワは別に、単なる薄汚れた子供ではない。いや、前世の記憶のようなものを持っているからとかそんな事ではない。

 路地裏は、スラムは、弱肉強食の世界なのだ。

 

 

「行け、ラッタ!」

 

「キーッ!」

 

 

 リーダー格が繰り出したのは、茶色の毛並みのネズミ型のポケモン、ラッタ。

 進化系である。比較的、進化に必要なレベルが低めとはいえ、進化系のポケモンというのはそれだけ力が強めという事に他ならない。

 彼の強気な態度というのは、積み重ねた経験に裏打ちされたものであったのだ。少なくとも、幹部ではないが下っ端の中では結構強い。

 

 

「ラッタ!『でんこうせっか』!」

 

 

 男の指示が飛び、ラッタは駆ける。

 巨体、ではないがずんぐりとした見た目に相反してのそのスピードは初見であったなら面食らう事だろう。

 だが、

 

 

「ベトベター。その横っ面引っ叩いてやれ、『はたく』」

 

「ベェトォ」

 

「キィ!?」

 

 

 撓りの加えられたベトベターの右手が、突っ込んできたラッタの顔面、その横っ面を張り飛ばしていた。

 スピードをもって直進するモノというのは、総じて横合いからの力に弱い。

 はたかれたラッタは、自身のスピードも相まって加速が止まらずそのまま近くのゴミ箱へと突っ込んでしまう。

 通常の、それこそフィールドなどで行うバトルならまだしも、この場は違う。この隙を逃さない道理がカシワには無い。

 

 

「ベトベター、『ヘドロこうげき』」

 

 

 突っ込んだラッタへと向けて、ベトベターの口よりヘドロの塊が飛ぶ。

 被弾して吹き飛ばされる茶色の毛玉。その追撃にも複数のヘドロの塊が襲い掛かってくるのだから、ダメージも蓄積していく。

 そう、三人の勘違い。そもそも、カシワもベトベターも弱くはないのだ。

 路地裏もスラムも、弱肉強食。強ければその日の食べ物にありつけるし、弱ければ寝床の一つも確保できない。

 一人と一匹は、まず間違いなくこの狭い王国の強者であった。

 そして、

 

 

「行け、ズバット!」

 

「行って、ドガース!」

 

 

 多勢に無勢も慣れている。

 リーダー格がピンチと判断したのか、残りの二人が繰り出してくるそれぞれのポケモンたち。

 目の退化した蝙蝠のような見た目のズバット。紫色の宙に浮く塊で、ガスを噴き出すドガース。

 どちらもどくタイプ。ベトベターのメインウェポンを潰しにかかっているのは確定的に明らかだろう。

 だが、()()()()は慣れっこなカシワ。

 

 

「ベトベター、いつも通りな」

 

「ベトォ」

 

 

 焦りがないのは、ルールがない場所で生きてきたから。

 

 

「ズバット!『かみつく』攻撃!」

 

「ドガース、『たいあたり』!」

 

 

 向かってくる二匹。どちらも接触技を狙うあたり、レベルはそれほど高くないのだろう。

 

 

「ベトベター。大きく広がって受け止めろ」

 

 

 ポケモンバトルは、技をぶっ放すだけではない。ポケモンそれぞれの特色を生かすのもまた、トレーナーの技量の見せどころ。

 今回ならば、ベトベターは不定形の体を持っている。その体は毒の塊であると同時に流れきる事のないスライムのようなものでもある。

 クッション性もさることながら、生きながらのトリモチのようなことも出来るのだ。

 現に、突っ込んだズバットとドガースはその柔らかな体に包まれて身動きが取れなくなっていた。

 ここで、吹っ飛ばされていたラッタが戦線復帰。

 

 

「ラッタァ!『ひっさつまえば』だ!」

 

「ギィーッ!」

 

 

 エネルギーを纏う前歯による咬みつき。それに加えての、とくせい【こんじょう】の発動。ベトベターの攻撃で毒を浴びたらしい。

 突っ込んでくるラッタ。対して、カシワは最も悪辣な手を採った。

 

 

「――――今だ、ベトベター。捕まえてた奴らを放してやれ」

 

 

 捕えていたズバットとドガースをここで解放。それも、突っ込んでくるラッタへと向けて解放したのだ。

 哀れ、味方の攻撃が二体に突き刺さる。

 レベル差に加えてとくせいによるバフを受けた一発は、容易く二体の体力を奪ってしまう。それこそ、ダメージが最小限に済む筈のベトベターのメインウェポンでもひんしに追い込まれる程度には。

 

 

「ベトベター、『ヘドロこうげき』」

 

 

 三匹に降りかかるヘドロの塊たち。これにより、ドガースとズバットは戦闘不能。目を回して倒れてしまった。ついでに、ラッタも毒に侵されダメージの蓄積もかなりのもの。

 ふらふらと倒れそうな手持ちに、リーダー格は怒声を上げた。

 

 

「ラッタァッ!ガキごとやれ!『ひっさつまえば』ァ!」

 

 

 ポケモンバトルにおける禁忌の一つ、トレーナー攻撃指示。

 普通ならば、ポケモン自身が攻撃を躊躇するところなのだが如何せん相手はロケット団。卑怯悪辣何でもござれな、破落戸たちだ。()()()()()も平気でやる。

 面食らう、ないしは恐怖ですくんで動けなくなることだろう。如何に相手がラッタといえども、その技は人の指ぐらいならば容易く食い千切れるのだから。

 もっとも、ソレは相手が一般人、もしくは一般トレーナーであるという注釈が付くが。

 

 

「そう来るよな」

 

 

 向かってくるラッタを見据え、カシワはとあるものへと手を伸ばしていた。

 ソレはここ路地裏でもありふれた金属製の網で出来たゴミ箱。

 中身が空でも相応の重さのあるソレは、やせたカシワの細腕ではずらすのが精々で振り回すことなど出来はしない。出来はしないが、引き摺ってもずらせるのならばそれで十分なのだ。

 体力を減らされ、毒に侵されたラッタのスピードは万全な状態の半分以下といっていい。であるならば、見切ることはそう難しい事ではない。

 ゴミ箱をずらして、自分と場所を入れ替えるようにして動かせばそれだけで、ラッタは自分からゴミ箱へと突っ込んでいくことになる。

 

 

「ギィッ!?」

 

「とどめだ。『はたく』」

 

「ベェトォ」

 

 

 金属の網に引っかかっる形でゴミ箱へと突っ込むラッタ。その頭を狙いすまして、ベトベターの一撃が文字通り叩き込まれた。

 それがとどめとなったのか、ぐったり目を回して動かなくなるラッタ。3:1のバトルは、カシワとベトベターの勝利となる。

 

 

「くそっ!覚えてろよ、ガキ!ロケット団に歯向かったこと、後悔させてやる!」

 

 

 そんな典型的な、チンピラの捨て台詞を吐き、ボールへとポケモンを戻した三人は路地の出口へと駆けていく。

 その背を見送り、カシワはため息を一つ。

 これから起きるであろう面倒の数々を思うと、自然と気分も重くなる。

 重い気持ちのままに見上げた空は、しかし憎たらしいほどの綺麗な青色だった。

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