さあ、悪はここにあるぞ 作:子悪党
思ったよりも待遇がいい。それが、カシワの第一印象だった。
「ベェトォ?」
「ああ、何でもない何でもない。ご飯な」
タイプごとに作られたポケモンフードを与えながら、カシワが眺めるのは相棒の事。
ベトベターは、かなり強くなった。それこそ、そろそろ進化できるだろうレベルといっても良いだろう。
ここは、サカキが表の名義で所有するビルの地下。バトルスペースのみならず、発電所やら怪しい開発室やらが設置された区画。
そこで、カシワとベトベターはバトルに明け暮れていた。それも下っ端ばかりではなく、隊長クラスやそれより上、場合によってはサカキ自らが相手をしてくるというハードなもの。
それだけではない。カシワは勉強のために机にかじりつく事も求められた。
曰く、どれだけ強くなろうとも頭が足りなければ二流である、らしい。
事実、カシワの知識はバトルセンスの割には、カスのようなものだった。
タイプ相性などは押さえているが、それも完璧ではない。道具や特性、きのみの効能などになるともう追いついてこない。
因みに、この面が明るみになったとき教育係の研究員は目を剥いたという。これだけ知識に穴があってもバトルで勝てるのか、と。
そうして強くなってきた一人と一匹。今は昼休みで、午後からはバトルを何戦か予定している。
「なあ、ベトベターは進化したいのか?」
「ベェ?」
「お前は、進化できるんだよ。進化したらもっと強くなれる。どうだ?」
「ベェトォ……」
問いかけに帰ってきたのは、惚けた顔の首傾げ。
ただ、カシワは知っている。この相棒は、惚けた顔をしているがその実その頭は悪くない。むしろ、トレーナーの指示をしっかり聞いて実行に移せるだけの理解力があるのだ。
反応が鈍いという事は、現状に不満がないという事。
実際のところ、ベトベターの戦績は勝率の方が上回っている。種族値的に、防御が特別分厚い訳ではないのだがそれでもそののっぺり顔が苦痛に歪むことは限りなく少ない。
カシワの意向なのだが、進化したくないのならば進化しなくても良いのではないか、と考えていたりする。
甘いし、バトルを行うトレーナーとしては珍しく映るだろう。
だが、彼の持論としては進化したからといって勝てるほどバトルは甘くないのだ。現実問題、下っ端の使っていた進化系のポケモン達は悉くベトベターの前に敗れていった。
サカキのサンドパンにこそ敗北を喫したが、レベル差とタイプ相性を加味すれば健闘したと評しても良いだろう。
故に、カシワは進化を求めない。お好きな時にどうぞ、というスタンスを崩さない。
「カシワ」
「あ、ボス。どうも」
ぬるりひんやり、な手触りのベトベターを撫でているといつもの黒スーツ姿のサカキがやって来た。
「お前に新しい手持ちを宛がう事になった」
「へ?……何でまた」
「これがそのボールだ」
「ねぇ、説明を……」
完全に無視して、サカキが取り出したのは三つのモンスターボール。それぞれから、ポケモン達が飛び出してくる。
岩石から岩の両腕が生えたような見た目のイシツブテ。球体の体に一つ目、てっぺんにはネジが生え磁石が両腕のようになったコイル。背中に小さなひれのある水色の体をしたタッツー。
以上三体。それぞれが、栄養失調で平均身長よりも低いカシワをさらに低い位置から見上げてくる。
「……何でこの三体?」
「仕事の余りだ。好きに使え」
「仕事……」
カシワは、それ以上聞けなかった。
一応、表向きに企業の方は後ろ暗い事は
ただ、聞かれないから答えないだけ。
「レベルは、十前後。お前のベトベターと比べれば、かなり実力差があるが、上手く使え」
「……まあ、了解」
ここまで来たら、辞退も出来ない。そも、辞退すればこの三体がどんな目に遭うか想像もできない。
最悪、裏稼業で売り捌かれる可能性もある。それは、余りにも見過ごせることではなかった。
試しに手を差し出してみれば、警戒心が薄いのかタッツーがすり寄ってくる。残り二体も、特段警戒心や人間への嫌悪感などは無いらしい。素直に近づいてきた。
思ったよりも、馴染むのが早い。サカキは強面の下で、カシワに対する評価を少し上方修正。
他人から譲られたポケモンというのは、強くなりやすいが懐きにくい特徴がある。
この三体も形式的には譲られた事になるのだが、人懐っこいタッツーは兎も角として、残り二体も比較的好意的なのは最早才能ではなかろうか。
そんなサカキの内心など知る由もないカシワは、これからの事を考えていた。
彼の勉強にはポケモン達の進化先に関するものもあったのだ。今回渡された三体は、いずれも強力なポケモンになる。
ただまあ、その辺は彼にとって関係ない。ベトベターの時のように。
強くなりたいのなら止めないが、だからといって無理に進化させることは違うと、やはりそう考えるから。
「よろしくな、お前ら」
撫でるその手は、優しい手つきだった。
***
昨今のポケモンバトルは大味である、と評される試合がまあまあ存在する。
もちろん、大味なバトルというのも技のド派手さを加味すれば決して退屈ではない。無いのだが、やはり玄人向けとは言えない。
レベルを上げてぶん殴る。ある意味ではポケモンバトルの正解でもあるが、同時に不正解でもある。
一定の位置までは勝てても、それ以上は上れないから。
「よし、そのまま『きんぞくおん』。負荷をかけ続けろ」
「≒≒≒」
フィールドを自由自在に飛び回りながら、不快な金属音を立て続けるコイルに、対戦相手でもある紫の蛇の姿をしたアーボは責められっぱなしであった。
少しポケモンより離れるが、現実世界の蛇という生き物は外耳が存在せず、内耳が体の中に埋没している。音そのものを聞き取れず、代わりに全身に受ける音の振動を内耳が聞き取ることで聴力の機能を果たしていた。
話を戻そう。蛇型のアーボもそれに近い聴力構造をしている。つまり、音を受けると全身でそれらが作用してしまうのだ。
『きんぞくおん』自体には攻撃性は無い。無いが、アーボにとってはこの不快音が相当なストレスとなっている。
「ッ、アーボ!『へびにらみ』で麻痺させろ!」
「シャ――――」
「やらせるな。『でんきショック』で止めだ」
「≒≒≒」
不協和音の一手が勝敗を分ける。
目を閉じて体を巻いて耐えていたアーボと、その周りを飛び回りながら不協和音を振りまいていたコイル。
前者は当然指示をしても追いつかず、後者は逆にあっさりと電気を放つ事が出来た。
何より、『きんぞくおん』の本来の効果。相手の特殊防御を下げる事によって、特殊攻撃の通りがよくなっていたのだ。
決して強力とは言えない『でんきショック』ではあったが、それでもストレスと特防ダウンのダブルパンチは容易くアーボの体力を削り取ってしまう。
勝負あり。アーボはボールへと戻され、コイルが嬉しそうにカシワの手元へと戻ってきた。
「お疲れ、コイル。いいバトルだった」
「≒≒≒」
褒めるように撫でれば、磁石が上下に動き目も笑顔。
そうしてボールの中へと戻してみれば、入れ替わる様に飛び出してくる青い影。
「タッツッ!」
「うおっ、タッツー。お前、よく飛び出してくるな」
ひんやりとした冷たい体を押し付けてくるタッツーを受け止め、カシワは苦笑いを一つ。
どうにもこのタッツー人懐っこい個体ではあるのだが、ボールから飛び出してくるのが少々困りものであった。
もっとも、懐かれて悪い気はしないというのはトレーナー心というもの。カシワ自身、特別何かしらの躾をするつもりはない。
「んじゃ、次はタッツー。お前が戦ってみるか?」
「タッ!」
頷いて、フィールドに飛び出していくタッツー。
みずタイプであり、水中戦の方が得意であるのだが陸上戦ができない訳ではない。
一方で先ほどアーボを繰り出した者と変わった対戦相手が繰り出してきたのは、紫色のもさもさとしたむしポケモン、コンパン。
タイプ相性は特段、気にしなくていい。だが、コンパンは少々トリッキーなポケモンだった。
「コンパン、『ねんりき』よ!」
「コォォォ……!」
コンパンの目が青く輝き、見えない力がタッツーへと襲い掛かってくる。捕まってしまえばいいようにされるだけなので、当然ながらカシワも指示を飛ばした。
「タッツー、尻尾でジャンプだ」
「タッツ!」
ゼンマイの様に巻かれた尻尾をフィールドへ叩きつけ、小さな体が宙を舞う。
あまり知られていないが、可愛い見た目に反してタッツーの体にはしっかりと筋肉が詰まっている。巻いた尻尾はその中でも特に。
これは、海流が早かったり、眠ったりする際に岩などに尾を巻きつけて体が流されたりしないようにする為の発達だ。
宙を舞うタッツー。その特徴的な形の口がコンパンに狙いを定める。
「そこだ、『みずでっぽう』」
吐き出される水は、真っすぐにコンパンめがけて宙を突き進む。
直線的な攻撃だ。馬鹿正直に当たってやる必要性もない。
「コンパン!躱して、『どくのこな』!」
「射撃中止、『あわ』で粉を迎撃だ」
振り撒かれる紫色の粉。浴びれば、毒状態に陥らせるという強力なものだが、その実その命中性能はそれほど高くはない。
何故か、それは粉であるから。
諸に風の影響を受ける。そうでなくとも、外的な要因でどうしても狙いが逸れる。
今回の場合ならば、カシワは『あわ』攻撃を壁に使っていた。
脆いイメージのあるソレは、しかしポケモンの技の一つであることには変わりない。弾ければ、その衝撃がダメージとなるし、そもそもの強度が通常の泡とは桁違い。
そんな泡だが、今回利用したのは水の吸着性だった。
毒の粉を迎撃し、フィールドに降り立つタッツー。
カシワの読みとして、相手は接近戦を仕掛けてこないだろう、程度。というのも、コンパンというポケモンは特別身体能力に秀でている訳ではないのだ。
どちらかというと、トリッキーなタイプ。威力は低いが『ねんりき』などの厄介な技でちまちま削るタイプ。
故に、目を晦ませる。
「タッツー、『えんまく』だ」
指示と同時に、黒い煙がフィールドに溢れる。
だが、これで安心することはできない。
というのも、コンパンは夜行性だ。その大きな複眼は、暗闇を見通す事が出来る。
勉強しているカシワは、そんなこと百も承知だ。彼が晦ませたかったのは、トレーナーの目。
「正面、右斜め前固定。『みずでっぽう』」
「ッ、コンパン!?」
いくらコンパンが視認できようとも、トレーナーの目が見えなければ意味は無い。
突然煙幕を突き破って襲ってきた水流が、正確にコンパンのもさもさとした体を捉えダメージを叩き込んでいた。
さすがに対戦相手もここで不利を悟る。故に、賭けに出た。
「コンパン!タッツーの位置は分かる?」
「コッ!」
「なら、そこに向かって『ねんりき』!」
ポケモンの身体能力を生かした攻撃。それは見事にはまった。
そろそろ効果の切れそうだった煙幕より持ち上げられるタッツー。このままどう料理するのか。それはコンパンとそのトレーナーにある、
エスパータイプの技には、明確な弱点があるのだ。
ソレは集中。対象に発動する場合、その場から動く事が出来なくなるポケモンが多いという点。
「目と目の間を狙え、『みずでっぽう』!」
コンパンもその例に漏れない。浮き上がらされて、不安定な体勢であるはずなのに、噴き出された水は一直線に突き進み、その大きな複眼と複眼の間に突き刺さっていた。
大きく後ろに倒れるコンパン。そのまま戦闘不能の判定を下されてしまう。そして、宙に浮いていたタッツーは危なげなく着地すると、そこから尾の反動活かしてトレーナースクエアの中に居たカシワの下へと跳んでくる。
「タッツ~♪」
「よくやった。いい狙いだったな」
楽しそうにゆらゆら揺れる小さな体を抱きかかえ、カシワは安堵の息を一つ吐き出す。
彼としては、紙一重の勝負だった。というか、タッツーでなかったならば、もっと苦戦した事だろう。
現状のエースであるベトベターは兎も角として、物理特化型のイシツブテは分が悪い。タイプ相性である程度の有利がとれるかもしれないコイルも微妙に火力不足感が否めない。
中遠距離から、尚且つある程度の威力ある攻撃が出来て機動力もそれなりにあタッツーは、言うなれば動ける狙撃手。指示を出す側からすれば、動かしやすいタイプ。相性のいい相手には完封できるのだから。
旅立ちの日まで、まだまだ時間はある。
羽化はまだ、遠い。