書きたい事はタイトルが全てです。

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奴隷TS少女が幼馴染に買われるまで

 

 くらい。くらい。くらい。

 さむい。さむい。さむい。

 

 私は薄汚れた地べたに座りながら、今日も顔を下に向けていた。周りは冷たい石の壁で囲われており、ここが牢屋や牢獄と呼ばれる場所だということが瞬時に察せられる。扉には南京錠のような物までついている。当然、私のように非力な女性には壊せるわけもないので、大人しくしている。

 更に両方の手首と足首には金属の枷が嵌められていて、それは近くの地面に繋がれている。私が摩擦で暖をとろうと動くたび、金属同士が擦る音が鬱陶しい。このアクセサリー嫌い。

 

 長く放置された所為でぼさぼさでくすんだ金髪も鬱陶しいし、細くて色白な身体も綺麗だとは言い難い。ホラー映画に出演してほしいのかな?

 まったく。私が商品なら綺麗にしてくれてもいいじゃないかっていう文句が喉からでかけるけど、そんな事が奴隷商人の耳に入ったら鞭を打たれるかもしれないから止める。

 

 

 いっそ、三途の川で石を積み続ける人を真似してみようかな?

 

 

 白い溜息がでる。そこまで考えて、阿保な事はやめようって思った。

 

 こういう所に来たら、洗礼のように鞭で叩かれるじゃないかと最初はびくびくしたけど、そんなことはなかった。逆に何をさせられるかわからなくて怖い。

 奴隷商人は私が大人しく従順で綺麗だから、傷をつけるのは駄目だとか言っていた。きっと、同伴していた調教師は普段から商品を強く叩いて価値を下げる常習犯だったんだろう。大きい鞭を持ちながら私を見る目がやばかった。

 でも、おかげで私はそれなりに平和だ。ただまあ、処女の有無を確認されるのだけは、恥ずかしかった。

 

 牢屋に窓はないから、見るものなんてない。暇をつぶすのは何時だって、こういう独り言だったり、睡眠でただ時間を浪費するだけだ。

 それにしても、不思議だ。ここに連れて来られてからどのくらい経ったかもわからないけど、一年は経過している可能性が高い。

 それだけの期間をずっとここで過ごしていたけど、最初に恥ずかしい思いをして以来、たまに奴隷商人が私に会いに来て話しかけてくるくらいだ。恥ずかしかったり痛かったりが何もないのは良い事なんだけど、拍子抜けというか…。

 

 調教師が行ってる"躾"は悍ましいものだ。普段は壁に爪を立てるだけで音が響くような牢屋が並んでる廊下で、他の奴隷に見せつけるかのように激しく叩いていたりした。彼ら彼女らの悲痛な叫びと掠れた声が、今も耳と記憶に刻まれている。ここは端的に言って地獄だ。

 彼が毎度の調教を終わらせ、私の牢屋の前を通るたび視線を感じる。私だけ"躾"しないという特別扱いに不審がっているのと、"こいつを調教したい"といったぎらぎらした欲望の眼だった。怖すぎてすぐに目を逸らしたけど、同伴している人に呼ばれるまでじっと見られ続けるのは恐怖を覚えた。

 それに彼が何か吹き込んだのか、彼が調教した奴隷は私を睨みつける事が多くなった。大抵は無気力そうに寝ているけど。

 

 調教師は待遇の差を覚えさせて、私に憎しみを持つように思考誘導してるのだろう。私は余裕があるから、そういうのがわかるが、奴隷にされた人たちは"躾"で弱ってるからね。

 ここで私が何を言っても拗れるだけだから、無視するだけだ。それからは、俯いて過ごすようになった。おかげで、首が痛いよ。

 

 

 そんな事を考えていたら、誰かが歩いてくる音がした。一人分だ。たぶん。

 一人でここに来る人物なんて限られている。大体は牢屋への案内人かここの奴隷商人だけだ。調教師は必ず誰かが随伴している。逆に言えば、一人だと暴走する危険性があるのだろう。もう一人は監視役なのかもしれない。

 

 やがて、足音は私の牢屋の前で止まった。そのことに気づいて顔をあげると、奴隷商人と目が合った。しかも、やけに機嫌が良さそうな表情をしている。率直に言って気持ち悪い。

 

 奴隷商人は小太りの中年男性といった身体で、高価そうな指輪をいくつもしている、如何にも成金といった風貌だ。格好もやや奇抜に思える。ただ、顔が生来悪役顔なのか、何時も見せる笑ってる表情に嫌悪感を覚えてしまう。

 彼の所為ではないのはわかってるが、私の感性ではそうなのだ。私も悪くない。

 

 これだけの要素ならただの三流悪党風で正義感の強い人間に成敗されるのが常道だろうが、彼がやってる事は正規な職業らしいので捕まることはないらしい。

 私が将来妻になってくれたら奴隷から解放するという、悍ましい条件をだされたときに勝手に喋ってた。もちろん、丁寧にお断りした。死んでもなりたくない。

 

 それにしても、今日は何の用だろうか?

 

「よかったな、マリー。お前は売れたぞ――」

 

 予想以上の値段で!

 

 そう続けた奴隷商人の顔もやはり気持ち悪いが、声も気持ち悪い。生理的に受け付けられない程ではないけど、苛ついてくる。今すぐ視界から消えてほしい。

 何か続けて言っていたようだが、少し彼の声を脳で沪過していて聞いてなかった。まあ、この人の話なら特に問題ない。どうせ大体は自慢してるだけだ。

 

「そうですか。」

 

 努めて無感情に返すものの、雑さと嫌悪感が混ざるのは避けられなかった。けど、奴隷商人はそんな事を気にする様子はなかった。

 今まで散々そういった感情に覚えがあるのだろう。浸かりすぎて、そういった感情に麻痺しているのかもしれない。

 

「うむ。儂としては少々寂しさを感じるが…先ほど言ったお前の主人が今すぐ渡せと所望しているから、出してやろう」

 

 なにやら悍ましい事を言ってるが無視する。こんなところにずっといることになったら、身体中に毒キノコ生やして死んでやる。

 奴隷商人は鍵の束を取り出し、南京錠を外す。そのあと牢屋の中に入ってきた彼は、私の枷を全部外した。

 

 ああ、やっと。外に出れる。願わくば、私を買った人が善人であることを願います。

 

「立つんだ、マリー。お前の主人を待たせてはならん」

 

 珍しく怖い顔で命令する奴隷商人。恐怖が沸き上がり、その言葉に従って立ち上がる。

 筋肉はかなり衰えているし、今もふらふらしているが、壁を支えになんとか倒れないようにする。

 

「支えてやろうか?」

「大丈夫です。」

 

 

 

 他の牢屋でぐったりしている人々を横目に、私は進む。足は震えるし、なんだかんだ平和だった牢屋が恋しいのかもしれない…それはないか。

 行く先は果たして天国か地獄かはわからない。不安と緊張で汗がでるけど、それでも私は進む。

 

 きっと、何か変わるから。

 

 結局、あれから何度か転んだり壁にぶつかったりしたけど、なんとか私を買った人が待つ部屋まで辿り着いた。

 奴隷商人は何が面白いのか、にやにやと私をみている。むかつくから無視する。

 

 

 そして、彼はその扉を開いた――

 

 

 

 開かれた部屋の内装がやけに豪華だったが、そんなことより中にいた人物に気取られた。

 

「マリー」

 

 その姿をみたとき、私は手を口に当てて呆然とした。

 

 うそ。

 こんなの夢だよ。

 なんでこの人が、こんなところに。

 何かの間違いで…。

 

 そこまで考えて、頭を振り払う。

 

 そうだ。これは私の勘違いや妄想の類だ。

 そうだ。彼を観察すればわかることじゃないか。

 

 そう思って、私は彼をじっくりと観察する。

 

 トレードマークの赤い髪。昔より逞しくなった、高身長の体躯。

 私服姿の彼はどこか昔の幼馴染のマティアスを彷彿とさせていて、私の勘違いを加速させる。

 

「ああ!マリーがこんな風になってしまうなんて!」

 

 格好良さを感じる低い声に気取られていたら、私は彼に抱き着かれた。力強く、でも私が潰れないように優しく。

 彼の臭いがする。ほんのりするくらいだけど、これに包まれると安心したのを覚えてる。背は同じか少し低いくらいだったのに、今は彼の胸元が精一杯だ。そこに逞しさを感じる。

 

 安心感や多幸感に私は支配される。私が覚えてる、彼の抱擁だ。現実逃避はやめよう。

 

 何故だとか、どういう経緯だなんてどうでもいい。彼が助けに来てくれた。それだけで満たされる。

 

 これは、うんめい?

 

「マティアス?」

「そうだよ、マリー。」

 

 私は感極まって、彼を強く抱き返した。本当に、来てくれたんだ。

 

 

 

 時間にすれば数分かもしれないけど、私には永遠に感じる間、ずっと抱き合ってた。

 でも、ここには空気の読めない人間いることを忘れていたのだ。

 

「お二人とも。感動の再会なのはわかるが、そろそろ良いかね?」

 

 その声に驚いて、マティアスを壁にするようにしながら、相手と相対する。

 そのことに奴隷商人は苦笑いの表情だ。

 

「あっはっは。仲がよろしいのは構わないが、ここからは商談だ。」

 

 奴隷商人はマティアスと私に、大きなテーブルの近くにある赤くて豪華なソファーへ座るように言う。

 ソファーの布地は赤色で、大体三人の男性が座れる広さだ。ふかふかそうで、あそこで猫のように包まって寝るのも気持ちよさそうだ。手すりや背中の部分は金色や艶やかさが遠目でもわかる程に、美しさを醸し出している。

 如何にも成金な奴隷商人に合った、華美な装飾が施されているソファーですね。なんて皮肉が、脳裏を掠めた。

 

「きゃ」

 

 マティアスはソファーを見つめていた私をお姫様抱っこすると、私から女性らしい声が咄嗟に出てしまった。

 少々不機嫌そうなマティアスに疑問を抱くが、抱かれてる気持ち良さに降ろしてとも言えず、むしろ私の方から抱き返した。そんな私の行動に満足したのか、マティアスは笑顔になるとそのままソファーへと腰を下ろした。

 

 その一連の様子を見ていた奴隷商人は、なんとも言えない表情をしながら対面のソファーに座った。

 

「さて。まず、お嬢さんの金額ですが――」

 

 そこからは商談が始まった。マティアスが私を抱えながらという、少し阿保っぽい絵面だけど。

 といっても、値段の交渉はすぐに終わった。奴隷商人が何か言う前に、マティアスが無言で何時の間にか出していたお金が入った袋をテーブルに置いたのだ。

 

 書類を横目で見た限り、私の値段は税込でざっと白金貨三十枚。端数は抜く。

 白金貨は金貨百枚で一枚分だ。金貨一枚の価値は…一般市民が大体一ヶ月間働いて貰えるくらいの価値だ。そうはいっても、衣食住にお金はかかるから、実質はもっと低い。

 ただそれを基準にして軽く計算すると、白金貨一枚に対して百ヶ月に必要な三十枚を掛けて、約九万三千日かかるという計算になる。前世と同じく、一年が約三百六十五日なので、その数値で割ればざっと二百五十四年かかる事になるのだ。

 今世の住人は大体五十年前後しか寿命がないらしい。つまり、この金額は一世代では稼ぐ事は一般市民には不可能と言っても良い。

 

 そんな恐ろしい金額をマティアスはさらっと出したのだ。

 

 故に、私は流石に不審に思ってマティアスを不安そうに見たが、彼は笑顔を見せながら頭を撫でてくれた。何も不安がる事はないといった感じのそれに、安心して身を委ねる。

 変なお金じゃないだろうかとか、凄い不安になったりもしたけど、私は彼を信じる事にした。彼にだったら、騙されても良いとさえ思える。

 

「では、次にですが――」

 

 奴隷商人はそのことに疑問も何も言わず、確認もせずそれを受け取ると、次の話に移った。

 今も二人とも真剣な表情で書類を交わしている。言ってる内容はちょっと難しいけど、恐らく私に関する戸籍や奴隷契約についてだ。

 

 元々私は貴族の出だ。でも、今は両親もいないし没落している。つまり、戸籍がなくなってるのだ。奴隷堕ちした身分の私が、また爵位を戴いて公務員という名の貴族になれるわけがない。

 だから一番楽なのは、奴隷戸籍というのを発行してもらい、マティアスが主人に収まれば良い。というか、この方法が主流らしい。

 

 奴隷戸籍とは、奴隷に堕ちた人間に仮の戸籍を与えるものだ。主人に登録された人物が存命なら永遠に有効とされている。戸籍上は主人の所有物という形になるから、他人が誘拐したり傷つけようとすると犯罪になるらしい。表向きは。

 実際はそんなことないし、一般市民のような保護はしてもらえないが、とりあえず国は存在を認知していますよっていう話だ。だから、何かあったときに助けてもらうのは人の善性を信じるしかないし、大抵は奴隷ってだけで無視される。

 

 それとは別に通常戸籍を得る方法は簡単。買えばいいのだ。戸籍は国が管理しているのだから、国に言ってお金を出せばいい。もちろん、普通はそんなことしても帰れと言われるだけだ。

 しかし、ここは国が裏で運営している奴隷商。戸籍に関してもある程度の裁量を持ってると言っても良い。故に、そこにふんぞり返ってる拝金主義の成金奴隷商人にお金を払えば、あら不思議。戸籍を記入する書類を渡されるだろう。…少々偏見すぎだろうか?

 まあ、何をそこまで彼を駆り立てるのかは知らないし興味もないが、職権濫用上等らしい。

 

「マリー。」

 

 二人は途中で話をやめて、マティアスは私に声をかけてくる。考え事をしながらも夢心地だった私は顔を上げて、首を傾げる。

 

「マリーは、どうしたい?」

 

 なんの事かわからず、更に疑問符が表情にでたのか。マティアスは苦笑いだ。

 

「お嬢さんの通常戸籍をここですぐ買うかどうか、決めあぐねていたのだ。でも、結局はお嬢さんの意見を尊重しようという話になってね。」

 

 奴隷商人も苦笑いしながら助け船をだしてくれた。それにしても、私の意見を聞いてくれるなんて、奴隷とは思えない扱いに嬉しく思ってしまう。

 でも、その問いに対する私の言えることは十年前から既に決まってるのだ。

 

 そう――

 

「マティアスといられるなら、どんな形でもいいです。」

「マリー!」

 

 私のその決意に感極まったマティアスが強く抱きしめてくる。そして、そのまま…く、唇にキスを。

 

 ああ!ああ!こんな幸せに包まれる事を感じられるだなんて、私は幸せ者です。

 世界一だなんて陳腐な言葉で言い表せられない程、この世にこんな素晴らしい事があるだなんて!

 

 私はマティアスがやることなら、どんな事でも受け入れるよ。死んでほしいというのなら、死ぬのだって構わない。不満に思える事はあっても、恐れなどない。

 身体を捧げろって言われたら、私の方からお願いしたいくらいだよ。それで、それで――

 

「君たち。イチャつくのは構わないが、せめて帰ってからにしてくれないか?」

 

 やっぱりこいつ嫌い。じとめで見ると、何やら紅茶っぽい飲み物を優雅に飲みながらこっち鑑賞している奴隷商人の言葉で、マティアスとのキスが中断されてしまった。

 その原因であるやつを睨むし恨む。でもまあ、誰にも邪魔されないところで彼と一緒に居たいという気持ちは確かにある。

 

「ただまあ、君たちのその今後と経済状況なら、通常戸籍を買った方がいいと思うが…どうかね?」

 

 マティアスと私は目を合わせると、お互い頷く。結局、奴隷商人が言ってることが私達には合っている。メジャーだとか、マイナーだとかに合わせる必要はない。

 それでマティアスが再びお金が入った袋を渡そうとすると、奴隷商人は手の平を掲げて待ったをかけた。

 

「ああっと!そういえば、さっきお嬢さんの値段を間違えてしまったなー。」

 

 急に棒読みでそう言いながら、一枚の書類を取り出した。色々とごちゃごちゃに書いてあったが、値段表記の部分には、私の値段が白金貨一枚分と書いてあった。

 そして、最初に見せられた書類はびりびりと破いてしまった。

 

 これは…一体、どういうこと?

 

 私は困惑げに、奴隷商人をみる。ヒューマンエラー自体は珍しくないが、この人物がそんな簡単なミスをここでするとは到底思えない。

 マティアスもそのことに気づいているのか、不審げに奴隷商人を見ているが、奴隷商人は凄い楽しそうにあの悪人顔をしている。

 

「いやー。書類ミスは誰にでもあることだ、うんうん。で、通常戸籍の値段も白金貨五枚なんだ。」

 

 だから――これは君たちに返すよ。

 

 奴隷商人はそう言いながら、お金が入った袋をテーブルのこっち側に置いた。

 

「え、いや。あの…」

「そこには、お嬢さんと戸籍分を抜いた白金貨が二十四枚入ってるよ。あと、通常戸籍に関するやつとさっきと同じ購入手続きを記入するように。」

 

 マティアスは困惑しながらも、言われた通り文章を吟味しながら書類に記入していった。そのあいだ、私は奴隷商人をずっと困惑気に見つめていた。

 彼にこんなことしても利益はないはずなのに、こんなことするなんておかしい。何か裏があるのだろうけど、私には思いつかなくて困惑を深めるだけだった。

 

 でもとりあえず、あの顔のまま優雅に飲んでもむかつくから、やっぱり嫌いだ。

 

 

「ふむ。まあ、こんなもんだろう。」

 

 マティアスが記入し終わって、最終的に奴隷商人が確認した証を書類に書き記す。

 記入漏れの確認も終わったのか、奴隷商人が立ち上がる。

 

「さて、お嬢さん。これで君は決して奴隷ではなく、国に守ってもらえる普通の市民の一人となった。」

 

 奴隷商人は尊大な態度で言い始めた。通常戸籍を手に入れた人に対して毎回言ってるのだろうか?

 普通の奴隷だったら拍手喝采ものだろうけど、その言葉は然程、私の中に響かない。私にとって、マティアスといられればどんな形でも良いと言ったのは、覚悟でもあり嘘じゃないからだ。

 それがわかっているのか、奴隷商人は少し苦笑い気味だ。

 

「そして、これは戸籍などに関する書類の写しだ。言われるまでもないだろうが、しっかり管理しておきなさい。」

「わかりました。」

 

 私にではなく、マティアスに渡したのは英断だと言わざる得ない。

 

「それでは、私の役目はこれまでだな…。二人の未来に、幸があらんことを願っているよ。」

 

 もう、こんなところには来るんじゃないよ。

 

 奴隷商人はそう言い残して、部屋をでていった。

 

 彼はもしかして、優しい人だったのかもしれない。ちょっと外見で毛嫌いし過ぎてたけど、冷静に考えれば、こんな場所で平和に過ごせたのも、彼のおかげだと思えば納得がいった。

 その扉を少しの間だけ二人みつめていたけれど、私はマティアスに手伝って貰いながら震える足で立ち、扉に向かって小さく手を振った。

 

 そんなことに最後まで気づけなかった私も、実は余裕なんて無かったかもしれない。でも、ちょっと遅かったかもしれないけど、ちゃんと気づけた。ありがとう、コルノーさん。

 

 

 

 そこから先は語るまでもないかもしれない。

 私とマティアスは結婚した。マティアスと結婚したいという人には晴天の霹靂だったらしいけど、そんなことは知らない。彼の隣は私の物だ。私の隣も彼の物だ。

 ちなみに、度々付き合ってたとか言ってた女性がいたらしくて、そのたびにマティアスに私を刻み付けた。許さないよ。

 

 そんなことしてたら、狙ったわけじゃないけど子宝にも恵まれた。

 

 そうそう、結婚式にはコルノーさんも呼んだ。彼は隅っこの席で、長時間はいなかったけれど、嬉しそうに号泣してたのを今でも覚えてる。二人して、その姿に少し笑った。

 

 

 

 あんな残酷な事もある世界だけれでも、こんな美しい世界でもあるんだという事に気づかせてくれた人に感謝を。

 

 ああ、私は幸せ者です。こんなにも、私を愛してくれる人に囲まれて送れる人生なんて――。

 

 

 

 


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