ちょっと散歩してたら光と融合することになった件について 作:ほっか飯倉
「……で、なんで部屋までついてきてんの?」
「いろいろ聞きたいこと、あるんじゃないかな?って」
「まあ、そりゃそうだけど……」
巨人となってバケモノと戦うという、空前の――そして多分、絶後ではない――体験をした俺は、そのきっかけの1つだった女性とともに部屋まで帰ってきていた。
帰りの道中、
「敬語はいらないよ」
なんて言うからタメ口なわけだが。やたら同じ道を通ると思ったら、まさかいきなり家に上がり込まれるとは。定期的に掃除と片付けはしているから、お客様を上げて見苦しいような部屋はしていない、はず。
閑話休題。
確かに聞きたいことはいくつかあったし、よく考えたら協力体制を築くことになったというのに連絡方法もわからない。地球の人間ではない彼女がスマホなんか持ってるわけもなし、まずそのへんを相談するべきだろうか。
「まずさ、連絡方法どうする?スマホなんか持ってないだろ」
「連絡?ああ、確かに。ここに住む訳にもいかないだろうし、……キミのそのスマホ、貸して」
言われるがままスマホを差し出すと、彼女はそれを受け取って、腰のポーチから取り出した機械をかざす。そしてその機械から放たれた光が俺のスマホを照らして、しばらくしたあとに彼女は1つ頷いて俺に言った。
「うん、これなら大丈夫かな。後でボクに連絡先教えてよ、ボクのも教えるから」
ホントはこんなことしなくても予備があるんだけどね、とつぶやく彼女に質問を重ねる。
「今ので大丈夫なのか?……まあいいや。次に、なんで言葉が通じてるんだ?」
「えっとね、それはこのマルチパーパスデバイス、ボクらは大体デバイスって呼んでるんだけど、これに言語翻訳機能とかの機能がついてるんだ。……どうなってるのかはよくわかんないんだけど」
よくわかんないって……。そんなことある?と思わないでもないが、まあ俺も身の回りの機械がどういう動きをしているかなんぞしらないので、そういうものだろう。
さらに聞けば、何をどうやっているのか、互いの言語で上手く翻訳できないとき、概ね理解できるような近い意味の言葉になるとか。
なるほど確かに、さっき連絡先の話をしたとき、彼女は迷わずスマホがどのようなものかをわかっていたようだったし、何なら「スマホ」という名称まで把握していた。
「じゃあ、次。俺が使ってたこの……腕輪?これ何なんだ」
「それはね、ボクらが開発した『光』を保存するための道具で、『エスプレンダー』って言うんだ」
「その『光』ってのは?」
「う〜ん……ボクもそっちの分野の人じゃないから、そういうのあんまり上手く説明できないんだけど、そうだな……」
聞くところによると。
『光』とは、その惑星に宿る生命の力、その意思を持つ集合体のようなものなのだそうだ。その『光』の力を扱うために惑星の意思に力を借りる必要があり、力を借りて『光』を扱う為の姿があの巨人……らしい。その巨人のことを彼女らは『ウルトラマン』とよび、特に俺の変身した赤い巨人のことを『ウルトラマンガイア』と呼んでいたのだとか。
「あ~、結局のとこ、俺がこの腕輪……エスプレンダーをつかってあのガイアに変身して、光の力で戦えばいい、そういうこと?」
「……まあ、そういうことかな。うん」
そういうことらしい。なんかはっきりわかった気はしないけど、そういうことならいいだろ。いいよな?
それにしても話を聞くうちに次つぎと聞きたいことが出てくる。例えば、
「さっきから自分はそっちの分野の人じゃないとか言ってるけど、あ~、トーカさんはどういう分野の人なわけ?」
「ボク?ボクはねぇ……」
彼女がそう言いながら立ち上がったかと思うと―――
―――シュッ、と風を切る音。瞬きの間に、俺の側頭部に蹴りが寸止めされていた。
俺のように少々かじったような人間のものではない、しっかりと修練を積んだものの技だった。
「ボクの専門はコレだよ。まあ、今はもうウルトラマンとして戦うことはできないんだけどね」
残心しながらそうつぶやいた彼女の表情は、悲しみ、後悔、多分そのあたりの感情にあふれていた。俺は特別人の表情を読むのに長けているわけじゃない。そんな俺が見てそこまでわかる顔をしているっていうのに、わざわざ深入りするわけにいかないよな、流石に。
「……聞かないんだ?」
「聞かないよ。聞かれたくないだろ?」
「顔にでてたかな?そんなにわかりやすいつもり、なかったんだけど。確かにまだ話したくないかな、ちょっと……受け入れられてないんだ」
「わかった。話せるようになったら、話してくれよ」
「ん、ありがと」
それはさておき、つらい経験を思い起こさせておいて申し訳ないけど、こればっかりは聞いておかずにはいられない。この質問の本題、すなわち俺たちの敵……彼女の言う、確か『根源的破滅招来体』だったか。
「じゃあ、本題。俺たちの敵は、根源的破滅招来体ってやつのことでいいんだよな?そいつについて聞きたい」
「……ッ。そうだよ、やつのことをボクらはそう呼んでた。さっきキミが戦ったのもやつらの尖兵の一体で―――ボクらはコッヴと呼んでいたんだけど―――あんなのがまだいっぱいいるんだ。ほかにも星に眠ってた原住生物たちを刺激して狂暴化させたりして、とにかく文明を破滅させようとしてくる。だからボクらはあいつのことを根源的破滅招来体って呼んでたんだ。といっても、あいつ本体がどういうものなのかは全くわかってないんだけどね」
「わかってない?つまり?」
「あいつの本体はまだ観測されていないんだ。だからあいつが単一の存在なのか、それともそういう種族なのか、それすらもよくわかってない」
観測されていない?ということはまだ敵の全貌はわかっていないということか。……これ、俺だけで戦力足りるのか?もっと他にも戦力はないのか?目の前の彼女は戦えないようだし。護身術としての拳法をかじったのと剣道を中学三年間やったくらいの俺では、自分でいうのもなんだけど心許ない。
「ほかにも、そのウルトラマンになれるやつとかいないのか?これ俺一人で戦ってどうにかなる話じゃないと思うんだけど」
「それが……ほんとはもう一つ、『ウルトラマンアグル』の海の光があるはずなんだけど、そっちは光を受け取れなくて。多分もうほかに選ばれた人がいるんじゃないかな?どうにかその人の所在が分かればいいんだけど」
もう一人の味方(予定)も行方は知れず、と。そいつが選ばれた以上戦わないタイプの人間じゃないとは思うんだけども、どこにいるのかわからないってんなら勘定に入れることはできないだろう。どっかで出てきてくれればひっじょ~に助かるけども。
「ま、いないやつのこと考えてもしょうがないな。それでこれからのことだけど、あんたはどこで暮らすんだ?住むところだけじゃない、生活費とかどうすんのさ」
そう、彼女が宇宙人だとすれば、この地球に生活基盤なぞあるわけがないのだ。といっても俺と一緒に住むわけにもいかないし、どう答えられたとしても俺にはどうしようもないのだが。
「ああ、それに関しては心配しないで。いろいろ用意はあるから、しばらくは大丈夫」
「……それならいいけど。なんか困ったらいってくれよ、いろいろ教えてくれたお礼にできることがあれば手伝うぜ」
「ううん、ボクと一緒に戦ってくれるだけで十分だよ。気にしないで」
彼女はにこりと微笑みながらそう言った。その顔はさっきのような沈痛なものではなく、きっと本心からの感謝に満ちていたように思えた。その笑顔はとてもやさしく、穏やかで―――少し、見とれてしまった。
というか、よく見れば彼女は非常に整った容姿をしていて、数十分前の俺はなぜに彼女の性別を疑ったのか、不思議に思うほどだ。いや多分一人称と見た目のせいだけど。
肩口にかからない程度の短髪、
整っているが中性的と言って差し支えない顔立ち、
長袖シャツにジーンズ。
それだけでははっきりと性別が分かりづらい出で立ちと言っていい、と思う。
ともかく、そんだけじっと見つめているのがバレないはずがなく。
「……なに?」
「い、いやなんでもないよ」
となるわけだ。恥ずかし。
ちょっと恥ずかしい方向に逸れた思考を修整するため、俺は手元にあったスマホを手にとり、怪獣について検索した。戦いからしばらく経っているし、町に巨大生物が現われて大暴れしたなんて大ニュースだ。何らかの動きがあってもおかしくない、そう考えた。
果たして、その思惑は当たっていた。しかも、想像よりも都合のいい形で。
「怪獣」と検索をかけただけで、出るわ出るわSNS上での怪獣騒ぎ。流石に嘘だと断ずるものもあったが、あのコッヴとやらから逃げ切れた人数はかなりの数のようで、怪獣や巨人を見た!という発言が散見された。
それらを見比べてみると、景色からして俺がさっきまで戦っていた町とは別の町での怪獣、または巨人の目撃情報があることがわかる。その巨人の色は、青。
「あのさ、もう一人のウルトラマンってこいつで間違いない?確か俺、というかガイアは赤だったよな」
「間違いないよ!まさかこんなに早く見つかるなんて……」
スマホの画面を見せながら尋ねると、やはり彼、あるいは彼女こそがもう一人のウルトラマン、ウルトラマンアグルのようだ。しかし、SNSの投稿のいくつかにばっちり記載されていた地名を調べたところ―――
「と、遠い……」
「そんなに遠いの?」
「ここからだと電車使っても二時間ちょいかかるかな……。電車もそんなに多くないしなぁ、大学のことも考えると、あんま期間が開くとなかなか探しに行くのも難しいな」
―――というわけである。ウルトラマンとして戦うとは言え、学業をないがしろにするわけにもいかない。
ゴールデンウィークも真ん中のこの時期、逃してしまえば探しに行くことすら難しいだろう。
「そうだな、今からだとちょっと電車がないから、探すのは明日になってからの方がいいかもね」
「そうなの?じゃあ明日の朝、8時くらいに来るから、駅まで案内してくれない?」
「わかった。じゃあ、また明日」
そう言って俺は彼女を玄関まで見送り、別れる。なにやらとんでもなく大変な一日となってしまった今日だったが、「人を救うために戦う巨人」というワードには、大学生となった今でも心惹かれるものがあった。
恐怖はある。
命を懸けて殺し合うのは恐ろしい。
それでも―――
―――ようやく俺は俺自身に、価値を見出すことができるかもしれない。