アタシだけにチュウする
虹の彼方へゆこう
虹の向こう側にいけたなら、叶えてほしい願い事が1つだけある。
ライスシャワーとお出かけをした帰り道。
歩幅を合わせて行く夕日の道。
余程、楽しかったのだろう。ライスシャワーの足取りは軽く、弾むような鼻歌が響く。
「今日の勝利の女神は〜♪
アタシだけにチュウする〜♪」
ふと空を見上げると、頭上は青と黒と紫が滲んだ色をしていて星がまばらに輝いている。
地平線の彼方へ夕日が沈むほどに、頭上は暗くなっていく。静かで寒い色をしていた。
その空に、いつか見た光景が映し出された。鮮やかなターフの上で痛みから発狂する姿を。目を覆いたくなるほど壊された脚を。涙とも恐れとも違う、どこをも見ていない瞳を。
どよめきが、落胆が、叫びが、耳から離れない。痛みで回らない呂律、唇の動きから読み取った、ごめんなさいという言葉。何度も、何度も同じ唇の動きで私に謝り続けていた。
怖い。
今見ているのは夢で、目が覚めると病室にいるのかもしれない。2度と歩けぬ体と診断され、死ぬまで天井を見つめるだけの日々を共に過ごしているかもしれない。楽になりたいと言われ、何度その白い首筋に手を這わせかけただろうか。目が覚めたらそうなっているかもしれない。
現実逃避に楽しい世界を想像していたのかもしれない。本当の現実は、きっと別にある。
夢から目を覚ますには、これが夢だと強く自覚しなくてはいけない。そうして現実に戻る。
目の前に広がる灯りの無い道。青色の夕日。緑色の空。赤色の川。私は独り現実から逃げていただけなんだ。現実で戦う事から目を背けたのだ。
だから隣にいるライスシャワーも夢の中にいるだけの存在で、本当のライスシャワーはここにはいない。現実のライスシャワーはもう走れない。
私は歩く事を放棄して立ち止まった。
夢から覚めたくなかった。しかし、そう思えばそう思うほどに夢は薄くなっていく。私の中にある現実が広がっていく。世界中が私を責める。私のせいだと囁く。私がいたからだと嘲る。
もう、思い出してしまった。もう、戻れない。
現実を忘れられる事が出来ない。
だから、その声は現実のものであった。
「ライスね、凄く感謝しているよ」
とても、震えて小さな声だった。
ライスシャワーの車椅子が鈍く光っている。
「優しいお兄さまでね、ライスは幸せ者だよ」
それに続く言葉は、余り聞き取れなかった。
代わりに、歌が聞こえた。それもまた、小さな声だった。けれど、自然と耳に流れ込んできた。
「今日のライスシャワーは〜
お兄さまだけにチュウする〜」
虹の向こう側に行くと、1つだけ願い事が叶うという話を聞いた事がある。
「ライスね、夢があるんだ」
私は、夢から覚めてしまった。
車椅子のハンドルは驚くほどに軽い。
ライスシャワーと再び沈んだ夕日の道を歩く。
私は永遠と現実を歩いていくしかない。
勝利の女神は私に微笑まなかった。
いつかライスシャワーに微笑んでくれればと、淡い夢を1つだけ持つ事にした。
虹の彼方にいったらそれを叶えてもらおう。