サイレンススズカというウマ娘は幼少の頃から、少しだけ変わっていたウマ娘であった
ウマ娘とは本来闘争心や向上心旺盛な者が多い中で、彼女は他者の事など気にする性分ではなかったから
スズカが気にするのは、『誰にも邪魔されない静かな世界』であった
しかし、ウマ娘同士のレースとなれば、その様な景色を見る事など叶うはずもない
皆が
トレセン学園というウマ娘達の学校に入学したスズカであったが、彼女の『静かな世界』への想いは日に日に大きくなっていった
友人であるエアグルーヴは生徒会に入り、なにやら問題を抱えている様であったが、スズカは自分が力になれるとは到底思っていない
サイレンススズカという人物は静かと言えば聞こえは良いが、どちらかといえば『無関心』なだけであり、当然の様に対人能力など皆無に等しい
そんなスズカがグルーヴの悩み事を解決できるなどと思っていないのだから
トレセン学園に来ても、スズカの願いに対しての意見はやはりと言うべきか、否定的なものばかりだった
そんな鬱屈した日々を送っていたスズカだったが
ゲホッ!ゴホッ!
ま、まだだ。まだ、俺は走れるし、やれる!
いや、やらなきゃなんねぇんだ!!
と明らかにオーバーワーク気味のトレーニングをする人物を見かけた
スズカはその人物を見たことがあった
確か学園生活が始まってすぐあった講演会とやらで
あれはアグネスタキオンさんの幼馴染さん?
スズカは驚いた
あれだけアグネスタキオンさんのそばにいる彼でも、ここまで努力しなければならない事に
後になって聞いてみると
湖で泳いでいる白鳥だって、水面下では脚を必死に動かしてる。見えないところで努力するのは基本だろ?
と言われ、成程と思ったものだ
そして、暫くの間スズカは彼のトレーニングを見守りながら考える様になっていった
私は確かに『誰もいない静かな景色』が見たいと思っている
でも、彼ほどに必死になっていただろうか?
と
スズカは肯く事が出来なかった
だから、少しずつ無理をし始めた
ちょっと、待って!
それはダメな奴だから!
そして、彼と話をする機会に恵まれた
へぇー
『誰もいない、スズカさんだけの静かな世界』か
つまり、レース中に他者の介在する余地がないほどの逃げしかないよな。それって
更にいえば、そこまでの逃げとなると最早『大逃げ』と言うべきものになるだろうなぁ
スズカは驚いた
この人物は自分の願いを否定しなかったのだ
笑ったり、否定しないのか?
そう聞くと
冗談
俺自身が不可能って言われてるウマ娘の幼馴染と共に居ようとしてるんだ。しかも、なんの取り柄もないこんな俺が、だ
先人達が夢見て、そして夢破れてきた事に挑む俺がどうしてスズカさんの夢を笑えるもんかよ
と彼は悪戯っぽそうに笑った
そういうもの、なのかしら?
さて、どうなんだろうね?
他人の事がどうでも良いとは言わないさ。けれど、結局のところは他人の視点から見た客観的な意見が正しかろうとも、それを俺やスズカさんにとっての正解とはいえない事だって沢山ある
彼は続ける
不可能。非効率的。無謀。無駄
それでも先人達が諦めなかったからこそ、今の俺達の生活がある
重要なのは、俺やスズカさんが後悔しない事、だと思うけどな
そこには、届かないモノに必死で手を伸ばす少年の姿があった
それからのスズカは変わった
彼の気遣いにより、スズカには一緒にトレーニングする相手が必要だと思ったらしく、ミホノブルボンとライスシャワーを紹介され、3人の要望を元に彼の幼馴染であるアグネスタキオンと彼が考案したトレーニングメニューをこなすようになっていった
友人であるグルーヴからは
スズカ、お前は変わったな
と言われ
ええ、良い出会いがあったの
と心から笑う事が出来た
そして、ブルボンとライスとの交流の中でスズカは知った
彼を取り巻く状況の複雑さを
だから、サイレンススズカは走り続けるのだ
いつか辿り着く『
その翌年の3月
大盛況となったウマ娘達の一年を締めくくるURAファイナルズ決勝にスズカは出走する事となっていた
そこには友人であり、トレーニング仲間でもあるブルボンとライスの姿もあった
既に来季の天皇賞などに照準を合わせているマックイーンやルドルフ、タイシン達は参加していないが、それでもオペラオー、ヘイロー、グラスにエル、グルーヴにブライアン、ハヤヒデにチケットと豪華なメンバーか集まっていた
だが、彼女達とスズカ達には決定的に違うものがあった
スズカ達は今年度最後となるこのレースにおいて、必ず勝利し彼への批判的な空気をなんとかしようと考えていた
彼と共にあった約2年間の中で、スズカ達は様々なものを貰い、与えられてきた
批判があるのを承知してまで、彼をトレーナーとして引っ張り出したのは彼女達が彼の事を心配していたからなのだ
昨年の一件以来、彼はトレセン学園に自主的に来る機会が目に見えて減っていた事を他ならぬ3人は理解していた
そしてそれは、タキオン達が悲しむ原因となっている事にも
だから、スズカ達は彼にトレーナーとしてトレーニングを見てもらうという名目で彼を出来る限り学園に留めていたのだ
レースは第三コーナー付近でスズカが更にペースを上げた事でほぼ決したと言っても良い
第四コーナーの大欅を越えた所で、後ろを少し見たがブルボン、ライス。その他のウマ娘という順位で推移していた
スズカは思いっきり地面を踏み締め、更なる加速をして最終ストレートを駆け抜けた
次着のミホノブルボンに圧倒的大差をつけての文句なしの一着であった
だが、スズカは自身の脚が異常をきたしている事に気がついていた
ウイニングライブか終わると、トレーナーを務める彼がライスシャワー、ミホノブルボンの順に涙を流しながら、彼女達を労い、怒っていた。
最後に自分のところに来て
見たい景色は見えたかよ?
と彼は震える声で私に訊ねた
その答えは満面の笑顔だった
幼かった、ただ走る事だけを楽しんでいたあの頃の様な笑顔で
彼に背負われて、ターフを後にした
その温もりの中で
後はお願いします
ルドルフさん、タイシンさん
と私は密かに願った
その後、私達は春に入学してきたタキオンの妹であるダイワスカーレットさんのトレーニングのサポート役を引き受ける事となった
いいえ、引き受けるというよりは私達が自ら志願した。という方が正しいのだけど
スカーレットは飲み込みが早い上に、タキオンの妹であり、彼を兄と慕うだけあって素直に彼の指導を受け入れていた
その結果、実力を目に見えて伸ばしていった
あの、スズカ先輩?本当に走れないんですか、明らかにあたしより速いんですけど
とトレーニング中にスカーレットが言ってきたが、私達の仕事は終わっているのだ
後は貴女達が彼の道の正しさを証明するだけ
スズカはいつもそう思いながら、スカーレットのトレーニングのサポートをしていた
ならば私はその彼を支えよう
世間の悪意という巨大な壁の
そして、いつか
スズカ達もまたスカーレットの引退後にトレーナー職を辞したタキオンと彼や、それについて行くルドルフ達やスカーレットと共に栗東へと向かった
教育センターとの名前通りに、ウマ娘やトレーナーの候補生が数多く在籍しており、タキオンはそこの医務室長を。彼は候補生達の教官を務め、ルドルフは彼の補佐をした。
スズカ達もまた彼の補佐として活躍し
やがて
サイレンススズカさん!
じ、自分と付き合って下さいっ!
栗東で生活すること3年目にスズカはとある職員に告白された
スズカとしては、もう少し相手を選ぶべきだと思っていたが、その人物はかなり押しが強く、事あるごとにスズカへのアタックをしてきた
スズカの直接の上司となる彼との関係も良好であり、名前を言えば
ん?
ああ。あの人か
という程度には認識していた
スズカは半年待たせたにも関わらず、自分にアプローチしてくるその人物の熱意に負け、付き合う事にした
なお、この結果をかの人物が一番最初に報告したのが、他ならぬ彼であった為にスズカはかなり恥ずかしかった
彼はスズカとその人物の交際を事のほか喜び、その日は珍しくタイシンの家にてホームパーティーを催すほどであった
そして、それから僅か10年も経たない内に、彼は帰らぬ人となってしまった
スズカやスズカの夫は彼が衰弱していく様子を知っていた為に殊更ショックが大きかった
彼がスズカに遺した言葉は
どうやら、ボクの方が先にスズカよりも見れるみたいだね。悪いけど、先に『誰もいない静かな景色』を見に逝くよ
であった
タキオン、ルドルフ、タイシン、スカーレット、ウォッカ、ゴールドシップ、デジタル
更にマックイーン、オグリ、グルーヴに彼が重篤と聞いて来日したフラッシュやその夫達にも言葉を遺し、彼はその僅か2日後に旅に出た
そう
彼は『果てにある景色』を見る為に旅に出たのだ
二度と帰られない旅路へと
その後の事を少しだけ
その僅か半年後にオペラオーの尽力により、『彼と彼女の歩む道』が上映されると、そのセンセーショナルな内容から各方面からの激烈な反応があった
特に反応著しかったのは、槍玉に挙げられているTV業界であり、彼等は名誉毀損でオペラオーを訴えると脅しにかかった
新進気鋭とはいえ、所詮は新人である
潰すのは容易であり、相手からの譲歩を引き出せると思っていたのだろうか
ところが、『アグネス共同製薬会社』代表取締役となっていたアグネスタキオンが声明を発した
今回、友人であるテイエムオペラオーの例の舞台の内容については当事者として、また故人でもある私の夫と彼女の間で話し合いがなされた上での内容であり、これについて一切の虚構が含まれていない事をここに保証する
との内容であった
更にこの発表を受けて、大手出版社などの出版業界は未だに真実を報道しないTV関係者に対して、『放送倫理審議会』による監査請求を行なう事として、報道に携わる者としての責務を果たす事となった
更にテイエムオペラオーに対する恫喝とも取れる姿勢を取った企業に対しては『恐喝罪』としての立件を視野に入れた捜査の開始がまことしやかに囁かれる様になると、さしもの彼等も態度を一変させ、オペラオーに対して謝罪する事となった
そして、出版社と契約を結んだオペラオーはタキオンとタキオンの夫の生涯についての暴露本を共同執筆者として、ルドルフ、タイシン、スカーレット、ウオッカ、デジタル、ゴールドシップにスズカ達を巻き込んで世に出す事とした
こうして、彼の名誉は実に10年以上経った後にようやく回復する事となったのである
栗東御園
つまり、教育センターに程近い場所に彼の墓所がある
そこには
『誰よりも力強く走り抜け、果てを目指した人物ここに眠る』
と書かれた彼の墓があった
実は作中において、彼にルドルフ以上に恋焦がれていたという此処のスズカでした
彼女はその後、教育センター職員である夫の妻として生活しながら、彼の墓の管理を『1日欠かさず』彼女が病魔に倒れるまで行い続ける事になります
では、次回こそタキオン編となりますので、気長にお待ち下さい
ご一読ありがとうございました
閑話需要ありますか?
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あるある
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ない、ですねぇ