【完結】僕のリュウソウアドベンチャー   作:たあたん

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34.慟哭の夜をこえて 1/3

 

 目に痛いほどの紅蓮は、地獄の光景そのものだった。

 

 燃えさかる焔が空までもを赤黒く染めあげる。足下の地面もまた、同じ色に染まっていた。

 それは、焔のためだけではなかった。

 

 倒れ伏す仲間たちの流した血、血、血。彼らは指先ひとつ動かさない。当然だ。もはや彼らは勇敢なる騎士たちではなく、ただのモノ言わぬ肉塊でしかないのだから。

 流れる血に乗って、絶望が這い上がってくる。目を背けたくて視線を上げれば、そこにはこの光景をもたらした菫色の鎧騎士の姿があって。

 

 憤怒のままに喉をふるわせて叫ぶ。しかし、どういうわけか声が出ない。ひゅうひゅうと洩れる空気の音に焦燥感を煽られながら、視界がすう、と狭まっていく。真っ暗に堕ちていく世界で、彼は藻掻いていた。

 

 

「────ッ!!?」

 

 薄い掛布を跳ね除けるようにして、カツキは飛び起きた。見慣れてはいないが、既に飽いた古びた壁が目に入る。

 

「ッ、………」

 

 手狭な二人部屋、視線をずらすとそこには生まれてこのかた──不本意ながら──行動をともにしてきた幼なじみが、あどけない寝顔を晒して眠っている。カツキはほうと息を吐いた。あの煉獄の光景が夢だったと理解して、安堵する自分を嗤いたくなる。

 びっしょりと汗を掻いた身体が、未だ熱をもっている。冷たい風を浴びれば少しは気も紛れるだろうと、カツキはイズクを起こさないよう部屋を出た。

 

 

 冷たい夜風に当たりながら、カツキは過去のことを思い起こしていた。マスターブラックのもとでともに学び、騎士を目指した日々。しかしカツキはタマキのことを歯牙にもかけていなかった。剣の腕はそこそこのものだが、あのメンタルの弱さとネガティブ思考では到底騎士など務まるまいと思っていた。タマキはタマキで自分に苦手意識を抱いていただろうことは明らかで、個人的な友誼など殆どなかった。

 しかし一度だけ、ふたりきりで話したことがある。──彼とミリオが旅立つ前夜のことだった。

 

「逃げんのかよ。自分(てめェ)がリュウソウジャーになれなかったからって」

 

 侮蔑を込めてそう言い放つと、タマキは珍しく目に怒りを浮かべてこう反論した。

 

「ミリオはそんなやつじゃない!」

 

 ミリオ"は"。あんたはどうなんだとカツキが突っ込むと、途端にいつもの調子に戻ってしまう。

 

「……俺は、きみの言う通りかもしれない……」

「ハァ?」

「俺はどうしようもないグズで、臆病者だから……。騎士になったって、独りでできることなんてたかが知れてるんだ……」

「………」

 

 この男にも少しはプライドがあるのかと思った自分が馬鹿だった。呆れ果てたカツキは、どこへでも行けや臆病もんと言い捨てて、あとはもうそれきりだった。

 タマキはあの頃と変わってしまったのか、それとも何も変わっていないのか。他人の機微などに今まで思いを巡らせたことなどないカツキには、正直量りかねていた。

 

「──眠れねーのか?」

「!」

 

 振り向くと、そこにはすっかりいつも通りのエイジロウの姿があって。

 

「……ゆうべと逆かよ、クソが……」

「え、逆?」

「こっちのハナシだわ」

 

 ゆうべ黄昏れているデクに絡んだのが、こんなことで返ってきたか。偶然に決まっているのだが、今は些細なことが勝手に結びついてしまう。悪い癖だと、いい加減自覚はしていた。

 

「タマキセンパイのこと、さ……なんだかんだ、おめェも気にかけてんだよな」

「見透かしたようなこと言うんじゃねえ、鎧を使ったンはあいつの自業自得だ。心が弱ぇからそうなる」

「なら、このまま死なせて後悔しねぇか?」

「ッ、」

「俺はイヤだ。センパイが、後悔を抱えたまま自分で自分を終わらせちまうなんて……」

 

 カツキは思わず目を見開いた。今のはさらりと流すには、あまりにも聞き捨てならない言葉だったので。

 

「あいつがそう言ったんか?」

「はっきりと言ったわけじゃねえ。でも、そんな気がした。あの人はたぶん、そうやって責任をとろうとしてんだと思う……」

「………」

 

 何かあれば、タマキに引導を渡すのは自分の役目だと思っていた。しかしイズクやエイジロウの強い想いにあてられたのか、カツキも迷っている。彼を斬って胸を張れると、自信をもって言い切ることなどできなくなっていた。

 だがもし、タマキが自裁を選ぶというなら。それが現実になったときのことを想像すれば、自ずと結論は出た。

 

「あのバカは、俺がやる」

「カツキ……おめェ、」

「文句は聞かねえ。……いっぺんボコボコにしてやらなきゃ、気が済まねえだろうが」

「!!」

 

 人の悪い笑みを浮かべて、拳を握りしめるカツキ。その意味するところを理解して、エイジロウはほぅと息を吐いた。

 

「おめェも素直じゃないよな、ホント」

「うっせ。クソ髪が」

「あーっ、またクソ髪に逆戻りかよ!名前で呼んでくれるんじゃねーのかよぉ?」

「てめェなんざクソ髪で十分だわクソ髪」

「ひっでー!」

 

 大袈裟に落ち込むしぐさを見せるエイジロウは、カツキがくすりと笑みを洩らしたことに気づかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 その頃彼らの身も心も大いに掻き乱している青年はというと、湖のほとりに身を潜めていた。

 

「ッ、く……はぁ……っ」

 

 死を迎えようとしている者が懸命に酸素を取り込もうとしているかのような、浅く小刻みな呼吸を繰り返す。そのまま死ねたらどんなに良かっただろう──頸から下が完全にガイソーグの鎧と一体化してしまった今、自らではなく自らを除いた他者の生命を破壊する者になろうとしている。

 

(こんなことなら、もっと早く死ねばよかったのに)

 

 もはや自嘲する余裕さえ残されていない。タマキの脳裏には「死にたい」「消えたい」と、ネガティブを超越した言葉ばかりが奔流となって巡っている。自嘲の余裕はないけれど、ガイソーグの嘲う声が聞こえたような気がして、心はますます奈落の底へ沈んでいく。

 

「──ぅぐっ!?」

 

 突然、衝き上げるような胸の痛みが襲ってくる。ガイソーグの鎧からなんらかの身体的干渉を受けているのか、しかしこの感覚は今まででも初めてのことで──

 

──ぐにゅ、と、体内で何かが蠢く感触。

 

(ちがう、)

 

(これ、まさか)

 

 "それ"はどんどん大きく膨らんでいき、タマキの身体を内側から喰い破ろうとしているかのようで。

 

「いや、だ……!や、め……──やめろぉおおおおおお!!!」

 

 願いも、虚しく。

 

 

「シネェェェェェ────ッ!!!」

 

 それはヒトのようでありながらヒトのそれではない、魔獣の放つ怨嗟の咆哮だった。

 

 

 *

 

 

 

 此度の異変は、夜更けのうちに起きた。

 眠っていた街が──ヘラクレスマイナソーのそれとはまったく別種の──狂騒に覆われはじめる。

 

 それは人と人とが争い、傷つけ合うおぞましい光景だった。

 

「──何やってんだッ、やめろぉ!!」

 

 咄嗟に割り込み、その拳や武器をかわして地面に縫いつける。なおも彼らはじたばたともがいている。その目は血走り、明らかに尋常な様子ではなかった。

 

「放せぇッ、放せクソどもがぁぁ!!!」

「ア゛ァ!!?てめェもっぺん言ってみろやゴラアァァ!!」

「ちょっ、かっちゃん落ち着いて!!」

「そうだ!彼らは明らかに普通ではないっ!!」

 

 「わーっとるわクソがっ」と相手顔負けの口の悪さで吐き捨てるカツキ。瞬間湯沸かし器のような少年ではあるが、根っこまで怒りの色に染め抜かれることは実のところさほど多くはない。そうなったときの恐ろしさを身をもって知っているのは、リュウソウジャー一行の中でもイズクくらいなものだった。

 

「皆、憎しみに我を忘れちまってるみてぇだ……──ん?」

 

 何かに気づいた様子のショートが、不意にしゃがみこんだ。

 

「どしたん、ショートくん?」

「……水溜りがある。この辺は雨なんかほとんど降らねえはずなのに」

 

 それに少なくとも夜寝る前まで、星がはっきり見えるほどの天気だった。

 しかも、である。水溜りは暗闇の中にあって虹色の光をかすかに放っているようだった。これもまた、明らかに尋常ではない。

 

「大変ティラ〜〜!!」

「!」

 

 路地の向こうから特徴的な語尾とともに走ってくるのは、何を隠そうティラミーゴ──エイジロウの相棒である。

 彼はその相棒の目前で急ブレーキをかけると、その勢いを買ってぴょんと肩に飛び乗ってくる。

 

「どうした、ティラミーゴ?」

「急にキレイな虹色の雨が降ってきたと思ったら、それを浴びた人たちが暴れ出したティラァ!!」

「!、人々の狂暴化は、これが原因か……!」

 

 やはり、マイナソーの仕業か。その結論に至ったエイジロウたちがワイズルーたちを疑う、もとい首謀者だと確信し、なおかついくらなんでも毎日毎夜ハッスルしすぎだろうと辟易するのはやむをえないことだった。

 

 しかしこの事態にある意味最も驚愕しているのは、他でもないそのワイズルーたちで。

 

「クレオン、私にナイショでニューマイナソーを生み出したのか〜?ン〜〜??」

「痛でででで!?んもー、そんなことしないですってば!!」

「ならばいったい、アレは誰が?」

 

 クレオンの他にマイナソーを生み出せる存在がいるというのか?──あるいは、自然発生した?滅多にない事態を訝しむと同時に、ワイズルーは間違いなく興奮していた。

 

 

 *

 

 

 

『ケ・ボーン!リュウ SO COOL!!』

 

 リュウソウメイルを纏い、騎士たちは走る。それは即座に戦闘に入れるようにするためという目的と同時に、虹色の雨から身を守るための賭けでもあった。

 

「やっぱり、竜装していれば雨には侵されないみたいだ!」

 

 賭けは結果として的中した。同じく雨を浴びたはずのティラミーゴがなんともなかったことから、あるいはと考えたのだ。虹色の雨は屋根をも透過する、そうでなければ彼らも今頃は相争っているところだった。

 

「カツキ、マイナソーは?」

「っせぇ!居所は掴んだわ!!」

 

 言うが早いか、カツキ──ブラックはクンクンソウルをブットバソウルに換装、爆破とともに飛び出してしまった。ブルーとグリーン、そしてゴールドが慌ててハヤソウルでそれに続く。

 

「っし、俺も──」

 

 同じくハヤソウルを使おうとしたレッドだったが、ピンクから止められてしまった。

 

「な、なんだよオチャコ?」

「置いてかんといてっ!」

「置いてって……おめェもハヤソウル使えばいいだろ?」

「私がハヤソウルだめなん、知ってるでしょ!」

 

 そういえばそうだった。エイジロウもハヤソウルにしてもテンヤほど上手く扱えるわけではないが、オチャコはそれに輪をかけて酷いというか、まっすぐに走ることも困難なのだ。

 

「〜〜ッ、じゃあ気合で、全力ダッシュだ!!」

「おー!」

 

 それならば彼女も得意とするところである。ふたりは己の脚力とリュウソウメイルの補助のみで、仲間のあとを追ってひた走るのだった。

 

 

 *

 

 

 

 夜空をさらに染め抜いたような漆黒の雲が、湖の方角へ移動していく。

 やがてそれらは徐々に降下していき、やがてガス状にかたちを変えて"それ"に吸収されていった。

 

「……シネ………」

「──見つけたぜぇ、マイナソー!!」

 

 "それ"がはっと顔を上げたときには、爆発音とともに黒騎士が迫っていて。

 

──BOOOOM!!

 

 爆炎が"それ"を呑み込──まなかった。"それ"は素早く飛び退くと、爆破の効果範囲外ぎりぎりにまで逃げ延びたのだ。

 

「チィ……ッ!」

「──かっちゃん!!」

 

 背後から疾風と叡智、そして栄光の三騎士も追いついてくる。

 

「ハヤソウル、初めて使ったがなかなか悪くねぇな」

「え、あ、そう……」

「それは良かったが、そんな話をしている場合ではないだろう!!」

「……悪ィ」

 

「シネェ!!」

 

 彼らのやりとりに割り込むように、魔獣は襲いかかってくる。彼らは咄嗟に散開した。最も大柄なブルーが正面で引き付け、グリーンとゴールドが左右から、そしてブラックが頭上から同時に攻撃する。いかに超人もとい超獣たるマイナソーといえども、それらに同時に対応できるほどの処理能力は持ち合わせていない──

 

──普通なら。

 

「シ、」

「──ネェ!!」

「ッ!?」

 

 その頭部は、ひとつではなかった。正面にあった獣のそれだけではなくて、両腕や背中、脚にも様々な動物を模したと思しき頭が生え出でたのだ。

 

 それらは個別に意思をもっているかのように、ばらばらに四人を攻めたててきた。

 

「ぐぅッ!!」

 

 予想だにしない事態に、いったん後退を強いられる。ばらばらに、というのもさることながら、その反射神経も尋常でないものがあった。

 

「ッ、なんてヤツだ……!」

「それにしてもこいつ、"死ね"って……」

「俺じゃねーわ」

「いやわかってるけど!」

 

 そう、カツキが日常で言い放つようなそれとはまったく異なる。世界の何もかもを呪うような、怨嗟の声。先日戦ったウィル・オー・ウィスプマイナソーを想起させる。その宿主であった男は愛娘を奪った湖を憎み、"凅れろ"と繰り返していたわけだが、それ以上にストレートな"死ね"という言葉。いったいなぜ、何に向けたものなのか。

 

「おぉーい、みんなぁ〜〜!!」

 

 張り詰めた戦場の空気にそぐわない能天気な声が背後から迫ってくる。視線だけ向ければ、赤系統のふたりがようやく追いついてくるところだった。

 

「遅ぇ!!」

「ッ、だってオチャコがよぉ……──!」一瞬言葉に詰まり、「あれが……虹色の雨を降らせていたマイナソー?」

「ああ……そうだ」

「今までのマイナソーの中でも、特に禍々しい気を感じる──」

 

 それはエイジロウとしても同感だった。いや──それだけではない。

 

(あのマイナソー、まさか……)

 

 一瞬重なったのは、俯きがちなタマキの姿。何故そう思ったのかはわからない。ただの錯覚かもしれない。

 それでもエイジロウは、嫌な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

 

 

 同刻、湖のほとり。

 

「……強いヤツは、どこだ……!」

 

 タマキの肉体という器を得て、呪われた鎧騎士が動き出そうとしていた。

 

 

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