砂漠のど真ん中に、少年の揚々とした雄叫びが響いていた。
「うおぉぉぉぉ────ッ!!」
竜装の剣片手に、対戦相手に躍りかかっていく赤毛の少年──名をエイジロウという。対する黒髪の、耳の尖った青年──タマキ。彼はエイジロウを真正面から迎え撃つと、その剣戟を最小限の動きでいなしはじめた。
磨きに磨きあげられた硬質の金属同士がぶつかる音が響く。片や肉食獣のような派手で鋭い動きで攻撃を仕掛け続けるのに対し、もう一方はそれを弾きながら一歩また一歩と後退していくばかり。どちらが押されているように見えるかといえば、明らかに後者だろう。
しかしながら、心情的に追い詰められているのは前者だった。有利に戦いを進めているはずなのに、いっこうに攻撃が通らない。タマキの表情がぴくりとも動かないのを目の当たりにして、エイジロウはますます焦燥に駆られていた。
(くそっ、なんで……!)
動きがますます大ぶりになる。体力には自信のあるエイジロウだが、そんなことを続ければ自然と息も上がってくる。剣捌きも精彩を欠き、荒れていく。
その隙ともいえない隙を、タマキは見逃さなかった。
「──はっ!」
「!?」
タマキの一閃により、エイジロウは大きく態勢を崩した。幸いにして剣を手放したりはしなかったが、すかさず膝を身体の隙間に割り入れられ、腕を背中側で押さえつけられる。いわゆる、関節をキメられた状態である。
「い゛っ、痛てててて!!」
「………」
「こ、降参!降参だってばセンパイぃ〜!!」
半べそをかいたようなエイジロウの声を聞いて、タマキは慌てて手を放した。
「ご、ごめん……痛かった?」
「ッス……ま、まあまあ。ハァ……なんで勝てねえのかなあ」
胡座をかいたままため息をつくエイジロウを見下ろしながら、タマキは遠慮がちに応じる。
「……きみの派手で大胆な動きは、勢いに乗っているうちに相手を徹底的に叩ければ強力な武器になる。ただ一度見切られてしまうと、今みたいに遊ばれて、一方的に体力を浪費させられることにもなりかねない……」
「うっ……確かにそうかもしんねぇ、ス……」
その点、タマキの戦闘スタイルは動きが小さく受け身に終始しているぶん、体力の消耗は最小限に抑えられているということか。それを口に出して確認すると、タマキは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「俺は、基礎体力が足りないからこうしてるだけだよ……。きみはきみのスタイルを貫けばいいと思う……。ヘンに変えようとすると、チームのバランスが崩れてしまうこともあるから……」
「なるほど。じゃ、スタイルは維持しつつ微修正、って感じっスかね?」
「そうだね……それが良いと思う。……すまない、先輩面して生意気言って」
「何言ってんスか、タマキセンパイは先輩なんスから。どんどんアドバイスくださいよ、せっかく仲間になったんだし!」
エイジロウの朗らかさに絆されてか、タマキの笑みもはにかむようなものに変わる。
「あのふたり、え〜感じに兄弟弟子っぽくなってきたねぇ、もぐもぐ」
彼らの様子を見守りつつ、オチャコがつぶやく。
「兄弟弟子か……。先輩はマスターレッドに師事していた時期もあったんだものな。ふたりも師匠がいるというのは羨ましいことだ、もぐもぐ」
「そうだね。マスターブラックは弟子ともある程度距離を保つ人だったから、僕もマスターレッドみたいな人に師事してみたいや、もぐもぐ」
「マスターブラック……話を聞く限りだとなんとなく親近感を覚えます、もぐもぐ」
もぐもぐもぐ。
「……てめェら、食うか喋るかどっちかにしろや」
「すー……すー……──ぐごっ!?」
隣で居眠りしているショートの鼻を、カツキは思いきり摘んだ。
ロザリウの街を出て数日、リュウソウジャー一行は北進を続けていた。
先日のガイソーグ事件?から十日ほどは街に滞在していた彼らだが、あれでワイズルーも心が折れたのか飽きたのか、最初のラッシュが嘘のように何も仕掛けてこなくなったのだ。騎士竜たちも駆り出しての一斉捜索の結果、街周辺には影も形も見当たらなくなったため、旅を再開したというわけである。
「なんか俺ら、あいつらに振り回されてる気がするよなぁ……」
最後尾を歩くエイジロウの言葉に、カツキを除く仲間たちはうんうんと頷いた。
「ドルイドンでは高位ながら、戦闘能力は然程という感じでもないが……」
「ほんっと逃げ足速いし、ヤらしー攻め方してくるし!ムカつく!」
「何よりあの根気強さだな。良いことに使ってくれりゃいいんだが」
「ドルイドンにそれ求めてもな〜……」
彼らもいい加減、ワイズルーとのいたちごっこには飽き飽きしていた。そろそろ決着をつけたいというのはもうずっと以前から思っていたことだが、彼は危なくなるとすたこらと逃げてしまうのが厄介なのだ。単に真正面から力押しでくる相手なら、今の自分たちなら勝てるという自負があった。
ただ、気懸かりなこともあって。
「そういやセンパイ、前に行ってましたよね。北とか宇宙には、ワイズルーより強いドルイドンがいるって」
「!、……ああ」小さく頷き、「……ワイズルーは確か、ビショップクラスだったよな。それより高位の……もっと強力で狡猾なドルイドンがいる」
「さらに上がいるのですか!?」
イズクとカツキは、"自分たちが遭遇した中では"ビショップクラスが最高だと言っていた。しぶといワイズルーにしても不死身のゾラにしても、極めて厄介な敵であることに変わりはない。それ以上が、未だこの世界のどこかに存在しているというのだろうか。
「俺たちは、その北方に向かうんだ。……覚悟はしておいたほうがいい」
「………」
雪と氷に閉ざされた北方の大地。彼らがそこへ乗り込むことは、もはや覆せない決断なのだ。
めざす"はじまりの神殿"が、そこにある可能性が濃厚になったのだから。
──虹色のカーテンの向こう側に、天空島飛翔せり。
タマキの知る、古来よりの言い伝え。
『虹色のカーテンとは、北の大地のさらに最北端で見られるオーロラのことを指している。その果てに飛翔する天空島──"はじまりの神殿"は、きっとそこにある』
あくまで言い伝えだ、確証があるわけではない。しかし現状、それしか手がかりはないのだ。
(もうすぐだ、)
(きっともうすぐ、村をもとに戻せる)
たとえそこで何が立ちはだかろうと、七人のリュウソウジャーと九大騎士竜の力で成し遂げてみせる──必ず。
ただ砂礫の大地が未だ無限の様相を呈しているのも、現実に他ならなかった。
*
同じ頃、付近をとある
「よし、このあたりで休憩にしよう」
リーダー格の青年の言葉に、仲間たちはほっとした表情を浮かべた。早く人里に辿り着いたほうがいいという彼の考えにあわせて、休息も最低限の強行軍が続いていたのだ。仲間たちもあからさまに不平は言わないが、そろそろ疲労が溜まっている頃合いだろう。
(流石に無茶をさせすぎたか。そろそろ皆の意見も聞いておかないとな)
小用を済ませつつ、そんなことを考える。──そのとき、不意に首筋にちくりとした痛みを感じた。
「ッ!──……?」
慌てて首筋を払うが、特に虫などがくっついている様子はない。一瞬違和感は覚えたものの、特に気にかけることなく彼は仲間のもとへ戻った。皆集まって、なにか話をしている様子で。
「すまない、待たせ『あいつ、何様のつもりなんだよ』──!?」
耳に飛び込んできた悪態は、間違いなく仲間の声によるものだった。
呆然としていると、さらに他の仲間たちも。
『偉そうにああだこうだ押しつけやがって、大した実力もねーくせに』
『ほんとよね、あんなヤツにリーダーを任せたのが間違いだったわ』
『まあ、適当な都市に着いたら解散して、僕らだけで再結成すればいいんじゃないですか?そのあとで新しいメンバーを探せば』
『それいいな、賛成!』
はははは、と愉しそうな笑い声が響く。真っ白になった頭が、次第に怒りで茹だっていく。
気づけば彼は、大声とともに仲間のひとりに掴みかかっていた。
「お前らぁぁ!!」
「うおっ!?どうしたんだ、急に!!?」
「俺のこと、そんなふうに思ってたのか!?ならお望み通り、ここで解散してやるよ!!」
「な、何を言ってるんですか!?」
「どうしたのよ、落ち着いてよ!!」
何がなんだかわからないとでも言いたげな仲間たちの表情が、ますます彼の憤懣を助長した。あんな聞こえよがしに言っておいて──
「……HAHAHA、実験は成功でショータァイム」
──刹那、異形の兵士たちが彼らに襲いかかった。
「ドルドル、ドルッ!!」
「なっ……ドルイドン!?」
突然の襲撃。流石に内輪揉めをやめて即応する勇者チームだったが、リーダーである青年の精神は大きく揺らいでいた。まともな指揮などとれるはずもなく、当然連携も乱れている。彼ら生身の人間たちにとって、たとえ相手がドルン兵でも強力な敵であることに違いはないのだ。まして、数的にも不利である。
「ぐあぁっ!!」
「きゃあ!?」
「ダイチ、マドカ!──うわあぁ!!」
追い詰められ、次々と打ち倒されていく仲間たち。リーダーの青年の命ももはや、風前の灯火だった。
(こんな、はずじゃ──)
「ドルドルゥ!!」
「!!」
ドルン兵の長槍が目の前に迫る。胴体を串刺しにされる──というところで、不意に耳を劈くような爆発音が響いた。
「死ィねぇぇぇぇッ!!」
自分より幾分か小柄な影が割り込んできたかと思うと、剣の一閃とともに爆炎を顕現させた。その一撃をもって、ドルン兵たちを吹き飛ばしていく。
さらに、
『ビューーーン!!』
次いで場にそぐわない甲高い声とともに、もうふたり少年が割り込んでくる。小柄な緑毛の少年と、鎧を纏った大柄な少年。そして、
「大丈夫っスか!?」
「逃げてください、早く!」
今度は逆立った赤毛の少年と、いかにも魔法使いらしい桃色のローブを纏った少女。ただ彼女も含めて全員、ばらばらの風体に反して同じ意匠の剣を手にしていた。最後に駆けつけてきた紅白頭の少年と耳の尖った青年だけは、それぞれやや異なってはいたが。
「ここは俺たちリュウソウジャーにまかせて!」
「!、リュウソウジャー……きみたちが?」
聞いたことはあった。ドルイドン及びその使役する怪物たちと各地で死闘を繰り広げ、打ち破ってきた仮面の若き勇者が彗星のごとく現れたと。このどう見ても成人したかしていないかの少年たちがそうとは信じがたかったが、自分たちを庇いつつ慣れた様子で戦っているさまは只者ではなくて。
ともあれ心身ともに戦える状態でないこともあり、彼らは少年たちの言に従うことを選んだ。
彼らが離れていくのを横目で見つつ、リュウソウジャー一行は宿敵たちと対峙した。
「ドルン兵だけか?」
「……野良?」
「いや、ワイズルーがまた何か企んでるのかも……」
「とにかくとっとと片付けっぞ」
ドルン兵たちが先手をとるように向かってくる。彼らはあまり知能が高くなく、特別な指揮がなければ猪武者のごとくまっすぐ向かってくるばかりだ。
皆、それを迎え撃ちつつ、片手でリュウソウルを構えた。
「リュウソウチェンジ!!」
『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』
エイジロウが、テンヤが、オチャコが、イズクが、カツキが、ショートが。次々に竜装の鎧兜を纏い、真にリュウソウジャーと呼ばれるべき姿へと変わっていく。
そして、"七人目"の青年も。
「リュウソウ──………」
ガイソーグの鎧を纏うためのリュウソウル──"ガイソウル"を構えたところで、タマキははっとした。今までは念じるだけで装着していたので、彼らのように掛け声をかけて……ということがなかった。果たしてなんと唱えるべきなのか?自分が変身するのは"ガイソーグ"なのだから、"リュウソウチェンジ"ではどうにも違和感を拭えないのだ。
(ああ、俺はなんて愚かなんだ……!土壇場になってそんなことに思い至るなんて!)
ぐるぐると思い悩むタマキだったが、エイジロウもといリュウソウレッドの「センパイ何やってんスか!?」という声で我に返った。
「〜〜ッ、リュウソウガイソー!!」
半ばやけくそで叫ぶと同時に、ソウルを柄に突き入れる。
『ガイソーチェンジ……!』
「あ……そっち」
俯きがちのまま、タマキはその身に紫苑色の鎧を纏っていく。──かつて"呪われた鎧"と呼ばれ、幾度となくリュウソウジャーと刃を交えた姿。
「……ッ!」
忌まわしき過去を振り払うように、彼もまた戦線に乗り込んだ。向かってくるドルン兵たちめがけてガイソーケンを振るう。精神面はともかく、純粋な剣の腕ではエイジロウたちを凌ぐだけのものがあるタマキである。がむしゃらに襲いくるドルン兵の攻撃を最小限の動作で受け流しつつ、胴体ど真ん中を一閃する。「ドルゥ!?」と断末魔の悲鳴をあげ、斬られたドルン兵は俯せに倒れ伏した。
リュウソウジャーの倍以上もの頭数がいるドルン兵であるが、キルレシオでいえば圧倒的に前者に分がある。一体一体確実に倒していけば、数の差も次第に埋まってくる。
「ドルドル、ドルッ!!」
「……ビュービューソウル!」
そろそろ潮時と判断したタマキ、もといガイソーグは、己のもつ唯一のリュウソウルを装填した。たちまちガイソーケンの刃にエネルギーが蓄積されていく。
「──ガイソー斬!!」
疾風のエネルギーを纏った刃をぐるりと円を描くように振るう。周囲を取り囲もうとしていたドルン兵たちはこれで全滅した。
それでも気は抜けないと息を詰めていたが、他の面々も確認できる限りの敵は殲滅したようだった。
「ふぅ……終わった?」
「チッ……マイナソーは?」
「いない……みたいだね」
しかし、ワイズルーたちがこの近くに潜伏している可能性がある以上、ただの偶発的戦闘として片付けるのは些か早計とも思えた。
「………」
皆のやりとりを聞いていたタマキは、不意に首筋にちくりとした痛みを感じた。慌てて振り向くも、そこには何もいない。首に虫の類いがくっついている様子もなかった。
(……気のせいか?)
「手分けして周辺を探ってみよう!ぐるっと回って、何もなければここに戻ってくるということで、どうだろう?」
「うん、いいと思うよ」
「けっ」
皆があれこれ相談をしている。六人の輪に入るのは正直気が引けたが、今は自分もリュウソウジャーの端くれであるし、彼らより年長者なのである。
よし、と意を決して歩み寄ろうとしたときだった。
『うわ……仲間ヅラして入ってこようとすんなよ、気持ち悪ィな』
「………!?」
タマキは一瞬、それが現実のものだとは受け入れられなかった。だってそうだろう──カツキですら言わないような陰険な痛罵。それはまぎれもなく、エイジロウの声で発せられたのだから。
エイジロウはこちらに背を向けて仲間と話している。自分の聞き間違いかもしれないし、そうでなければ仲間たちが聞き咎めるだろう。そう思った矢先だった。
『ほんとにね。何勘違いしてるのか知らないけど、鬱陶しいよね』
今度はイズクの声。もはや幻聴でないことは明らかだった。硬直しているタマキの耳に、次々と仲間……だと思っていた後輩たちの冷たい言葉が飛び込んでくる。いずれも皆、タマキの存在すら全否定するもので。
面と向かって実力や性格を批判されるなら許容できる。だが信頼していた相手にここまで悪し様に言われたのは長いリュウソウ族人生の中でも初めてのことで、まるで奈落の底に突き落とされたかのようだった。
不意にエイジロウがこちらに顔を向ける。今度は何を言われるかと身を硬くしたタマキだったが、予想に反して彼はいつも通り朗らかな笑顔を見せてきた。
「センパイ、なんか意見あったらお願いします!」
「え……あ、その──」
皆も揃って──カツキだけは相変わらずだが──タマキの参加を求めているような顔をしている。どちらが本音なのだろう、一瞬そう思ったが、よくよく考えればそんなものは決まっているのだ。タマキは頭を垂れていた。
「……俺、きみたちに仲間と認めてもらえたと思って調子に乗っていた……すまない」
「へ……?」
「俺に至らないところがあったら言ってくれ……!直すよう努力するから……だから……!」
「ど、どうしたんですか……?いきなりそんな──」
これではっきり面と向かって痛罵してくれたなら、まだ救いようもあった。しかし皆戸惑ったような表情を浮かべるばかりで、何も指摘すらしてくれない。
「チッ、あんたの悪ィ癖に付き合っとる時間はねえんだよ。とっとと行くぞ、ゴミども」
「……ゴミはやめようね、かっちゃん」
カツキの鶴の一声で、皆がばらけて動き出す。置き去りにされたタマキは、暫くの間その場から動くことができなかった。