砂漠の片隅にある洞窟の中に、場に不似合いな豪奢な絨毯が敷かれていた。その上に設置された紺碧と金箔で彩られた椅子に、群青の道化師がふんぞり返っていて。
「フハハ、作戦第二幕も大成功でショータァイム!!」
「…………」
「やはりキミのつくるマイナソーは最高オブ最高!!キミは最高のパートナー☆DA!」
「…………」
「……だからそろそろ機嫌直してぇ、クレオンちゃ〜ん?」
こちらに背を向けてごろ寝をしている相方に猫なで声をかけるワイズルー。他のドルイドンの誰かに見られたら嘲笑されること確実な光景であるが、彼は良くも悪くもそういうことを気にしないのである。
「……ホントにオレ、役に立ってます?」
「オフコース!リュウソウ族が自然発生させたマイナソーなどより、キミが品定めした宿主から生んだマイナソーのほうがマイステージには百万倍役に立つのでショータァイム!!」
「ハァ……そっすか」ようやく起き上がり、「でも上手くいきますかねぇ?流石におかしいって思うんじゃないっすか?」
「フン、あのガラスのメンタルだ。その前にハートはブロークン!!私の期待を裏切ったギルティ、その心で償ってもらおう!ハッハッハッハ、ハッハッハッハッハ──!!」
洞窟内に響き渡る高笑い。その傍らには、新たなマイナソーが控えているのだった──
*
「むぅ、やはり潜伏場所が何処かにあると考えるべきか……」
砂漠のど真ん中に立ち尽くしつつ、黙考するテンヤ。一度思考に入ってしまうと、吹きつける砂嵐も気にならない様子である。
「……すごいな……きみは」
「!、おや、これはタマキ先輩。すごいとは?」
「いや……その集中力というか……。イズクやカツキみたいにぱっと閃けるのも才能だけど、環境によらずじっくり考えられるのもすごいことだと思う……」
「お、おぉ……ありがとうございます。はははは……」
照れているのか、頬を赤らめながらこちらに背を向けるテンヤ。賢くとも賢しくはない、そういう純朴な青年であることは、出逢った当初から明らかだった。やはり先ほどの聞き間違いだったのかもしれない。そんな頭をもたげた矢先だった。
『そんな口先だけの褒め言葉で喜ぶと思っているのか、人を馬鹿にするのも大概にしてくれ』
「……!」
普段の彼からは想像もつかないような冷たい声に、タマキは息を呑んだ。
「……すまない……俺、他を捜すよ」
「?、そうですか。ではお気をつけて」
もうまともにテンヤの顔が見られない。踵を返して、タマキは走り出した。
「──クンクンソウル!」
『クンクンっ!』
嗅覚を強化し、オチャコは敵の出方を探ろうとしていた。しかし、
「へっ……はっ……ぶぇっくしゅんっ!!」
砂埃がこれでもかと鼻腔に侵入してきたために、くしゃみが出てしまう。この環境ではクンクンソウルやミエソウルはあまり使わないほうがいい──どうしたって砂塵の影響を受けるので──のだが、ついそういったことを忘れてしまう。良くも悪くも"剛健"な少女、オチャコであった。
「ってか、またお腹すいてきてもうた……。ふふん、こういうときのために──」
密かに買い込んでおいた"非常食"。それをもぐっと齧った瞬間、唐突に背後から肩を叩かれた。
「ッ!?」
驚きのあまり跳び上がってしまうオチャコ。それに伴い嚥下してしまった塊が気道へと侵入してしまい、今度は盛大に噎せた。
「ゴホゴホッ、ゲホッ!!」
「あっ……すまないっ、大丈夫!?」
慌てて背中をさすったのは他でもない、タマキだった。暫くそうしているうちにようやく落ち着いてきたようで、オチャコは流れ出した生理的な涙を盛んに拭いている。
「もー、タマキセンパイ!びっくりさせんといてよ!」
「……すまない、本当に……」
俯きがちに謝罪すると同時に、また冷たい声が響いた。
『まったくうじうじうじうじ、めんどくさい!そもそも気安く触らんといてよ気持ち悪い……!』
「……ッ、」
もうまともに顔を見ることもできない。タマキがますます陰鬱になるのを知ってか知らずか、オチャコはつまみ食いしようとしていた乾パンを一切れ差し出してきた。
「ひょっとしてセンパイもお腹すいてるん?だったらこれあげる!」
「……いや、俺は……」
「遠慮しない、これで共犯なんやし!」
有無を言わさずタマキにそれを押しつけると、オチャコはたたたっと走り出した。「またあとでね〜!」と言い残して。
一分一秒でも、一緒にいたくはないのだろう。タマキは分けてもらった乾パンを口に放り込むと、踵を返して別の場所へ向かった。
「──タマキ先輩……先輩?」
「!!」
はっと我に返ったときには、宝石のようなオッドアイが目の前にあった。
思わず飛び退きそうになるが、実行すればただでさえ奈落の底の評価がさらに急降下してしまうだろう。つう、と冷や汗が流れるのを感じながら、表向き平静を保った。
「す、すまない……少しぼうっとしていた」
「そうですか……顔色も悪いみたいですけど、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
おずおずと頷くと、そこから暫し沈黙が流れる。タマキは言うに及ばず、ショートもショートで能動的なコミュニケーションは得意ではないのだ。
「何もなければ俺、行きますけど」
「ああ……」
こちらに踵を返して、歩き去っていく。その際にも、背中越しに冷たい声が響く。
『下賤な裏切者と話していると、それだけで身が穢れちまう』
「…………」
もう、心臓が跳ねることもない。ただ汚水のような絶望が、足下から這い上ってくるだけだった。
(……俺はいつから、あんなにも忌み嫌われていたのだろうか)
ショートの言う通り、自分は裏切者だ。しかしそれを承知で、彼らは救いの手を差し伸べてくれたのではなかったのか。
いや……救けてくれたからと言って、みな仲間として好意をもってくれているのだという考え方自体が浅はかだったのかもしれない。彼らは騎士として、目の前で苦しんでいる者を全身全霊をかけて救うという使命を果たしただけだ。内心どんなに侮蔑し嫌悪していようと、迷うことなくそれを成し遂げた。彼らは自分などより遥かに立派で、誠実なリュウソウ族の騎士であるというだけだ。
それでもタマキは、目頭に溢れるものの存在を自覚せずにはいられなかった。
ー──それからどれだけ歩いただろう。進行方向の遥か先に、ひょこひょこと揺れる尖った赤毛が目に入った。
(あ……)
思わず立ち止まってしまう。──と、
「エイジロウくん!」
「!」
今度は緑髪の少年が、彼のもとに駆け寄っていく。合流した彼らは、こちらに背を向けたまま何事か話し合っている様子で。
彼らとはかなり距離も開いているから、何を話しているのかなんて聞こえようはずもない。しかしタマキを救うことに最も心血を注いでくれた彼らでさえ、"気持ち悪い"、"鬱陶しい"、"仲間ヅラするな"──そんなふうに考えているのだ。今もタマキのことについて何か言っているのかもしれないと思うと、もう我慢ならなかった。
「……ッ!」
ふたりに背を向け、逃げ出すタマキ。その際にようやく気配を感じたのか、エイジロウたちは揃って振り向いていた。
「今のって……タマキセンパイ、だよな?」
「あ、うん……そうだね」
一体どうしたのだろう。先ほども妙に挙動不審だった──ふたりは揃って首を傾げたが、タマキはもとよりそういうところのある青年だ。すぐさま追って事情を聞こうと考えるには至らなかった。
あとになってやはりそうしておくべきだったのだと、ふたりは揃って後悔する羽目になるのだが。
*
走って走って、足がもつれそうになっても走って、そうやってタマキは、気づけば自分が今どこにいるかもわからなくなっていた。
(ああ、やってしまった)
砂嵐で視界が制限されるうえにほとんど景色の変わらない砂漠地帯では、これだから移動には細心の注意を払わなければならないというのに。そんな基本中の基本も忘れて、迷宮に入り込んでしまった。エイジロウたちからさらに呆れられ、見放されても仕方のない醜態である。
(……わかってる。俺が浅はかで、愚かだったんだ。彼らにはなんの罪もない)
(でも、)
(だけど、)
「仲間だって……認められたかったなあ……っ」
その場に蹲り、タマキは泣いていた。もう、嗚咽を堪える気力もなかったのだ。年甲斐もないと頭の片隅で思ったが、そんなことはもうどうでもいい。どうせ自分は、この広い世界で一人ぼっちなのだ。
どれだけそうしていただろうか。不意に「おい」と声がかかって、タマキはおずおずと顔を上げた。
「こんなとこで何しとんだ、クソ陰キャ」
「……カツキ……」
眉間に皺が寄りに寄った端正な顔立ちを前にして、これほど安心感を覚えたことがあっただろうか。彼はいつだって堂々と罵倒してくる、それは裏表がないということでもあるのだ。
「……俺は何度もきみたちの前に立ち塞がった。結果として大勢の命を奪いかねないようなこともしでかした。その罪を償うには、戦うしかないと、そう思っていた……」
「……いきなりなんだよ、藪から棒に」
カツキが怪訝な表情を浮かべている。と同時に、また頭上から罵声が降ってきた。
『うぜぇな、コイツ。死ねばいいのに』
やはり、カツキの言葉だとさほどショックは受けない。タマキは徐にガイソウルを取り出した。
「……きみも薄々気づいてるんだろう。ガイソーグの鎧が今、どういう状態なのか」
「…………」
沈黙、即ち是。呪縛から解放されたあとのガイソーグは、明らかに以前とは異なっている。エイジロウたちはそれを、鎧の意志にタマキの意志が打ち勝ったからだと思っていることだろう。
それはある意味間違いではない。──そもそも鎧の意志などというものは、もはや存在すらしないのだから。
「蓄積していた怨念が消失して、ガイソーグはもうただの鎧でしかなくなった。きみたちリュウソウジャーと肩を並べて戦えるようなものじゃないんだ、本当は」
「……で?だからなんだってンだ」
「…………」
「きみたちリュウソウジャーにとって、俺は要らない存在なんじゃないか?」
それは呪縛から解放されてからずっと、心の何処かに燻っていた懊悩だった。それでも必要とされたいと、自分にできることは精一杯やってきたつもりだったけれど、エイジロウたちはそんな自分を内心疎んでいたのだろう。
ならば自分は、どうすれば──
「てめェは、ンな甘ったれた理由で騎士になったンかよ」
「ッ、」
カツキの鋭い指摘が、容赦なく突き刺さる。
「俺ぁ誰にどう思われようが関係ねえ。ドルイドンのクソどもを一匹残らずブッ潰す。そんだけだ」
「……カツキ、」
『わぁったら消えろ、クズ』
ふ、と笑みがこぼれる。立ち上がったカツキは「ありがとう」と伝えると、そのまま踵を返して走り出した。
「…………」
そんな彼の背を、カツキはいつまでも見つめていた。
*
あらかた周辺を探ったエイジロウたちは、自ずと合流ポイントに集結しはじめていた。エイジロウとイズク、ショート、オチャコ、テンヤ──
「何か見つかったか?」
「いやぁ、もー全然!」
「こっちがひとりずつにばらければ、何か仕掛けてくるかもと思ったけど……」
あるいは、あのドルン兵たちは野良、もとい独立した存在だったのか。彼らは雑兵扱いとはいえ"ポーン"という階級を与えられたドルイドンの一員であるので、そういう存在は相当数いる。これまでの旅の中で遭遇したことも一度や二度ではないのだ、実は。
「あとはカツキくんとタマキ先輩か……」
「…………」
エイジロウが如何にも気懸かりがありますと言いたげな表情を浮かべる。
「どうかしたのか、エイジロウ?」
「いや……タマキセンパイ、なんか変じゃなかったか?」
「えー、あの人いつも変ちゃう?」
「こらっ、オチャコくん!」叱責しつつ、「先ほどもたまたますれ違ったが、特別いつもと変わったところは見受けられなかったな」
「ああ……でも、少し体調が悪いみてえだった」
「体調……だったのかな?」
イズクもまた、エイジロウ同様タマキの様子に違和感を覚えていた。というより──長らく会っていなかったとはいえ、少年時代に寝食をともにしたことのある相手なのだ。その機微を読み取ることは、注意していれば難しいことではないのだ……本来は。
「センパイ、俺らの顔見た途端逃げちまうし……分かれる前だって、急に妙なこと言ってたろ」
「調子に乗ってたとか、そんなん?」
「ああいう方だから気にとめなかったが、よくよく考えれば確かに変だな」
内省的で自罰的なタマキだが、空気を読む力は人並みにある。たとえば自身の戦い方に落ち度があってそれに思い至ったとしても、なんの脈絡もなく皆に謝罪して困惑させるような男ではない。あれはまるで、面と向かって皆に糾弾されたかのような──
「何かある」
「!」
急に割り込んできた声に驚いて振り向いてみれば、そこにはタマキと対照的な少年の姿があった。
「カツキ!おめェもセンパイに会ったのか?」
「おー。
「!、なんだよそれ……」
「カツキくん、なんか余計なこと言ったんちゃうん!?」
「言っとらんわ死ね!だいたい、その前からおかしかったつーハナシだろうが」
「うぅむ……今すぐにでも先輩に合流すべきだろうか……」
「でも俺らが原因なら、かえって追い詰めちまうかもしれねえぞ」
その可能性も十分に考えられる。とりわけエイジロウたちスリーナイツにしてみれば、タマキという青年はなかなかどうして難しい存在なのだ。
「──そうだ!」エイジロウが手を叩く。「
「あの人たち??」
首を傾げる一同。ともあれタマキをなんとか立ち直らせたい気持ちは、皆同じだった。