「連中はドルイドンだ」
"カッチャン"ことカツキ──ようやく名乗った──の端的なひと言に、ロディは愕然としていた。というより、すぐには受け入れられなかったともいえる。
「ドルイドン?は?なんで連中がこの国に?」
東の大陸では王国がひとつ瓦解するほどの猛威を振るっていることは承知しているが、オセオンには関係のない話だと思っていたのに。
「……理由はわからない。けど、ドルン兵──あの兵士たちの裏に、糸をひいてる幹部がいるのは間違いないはずだ。そいつが何かを狙ってこの国で暗躍してるってことも」
デク、もといイズクの言葉に、ロディはこのふたりがオセオンにやって来た理由を推察した。彼らはこの若さでドルイドンと戦う
同時に、よもや、という思いもあった。確率論的に考えればそんなことはありえないに等しいのだが、もしかすると彼らは──
「ロディくん、もう一度聞くよ。ヤツらに狙われる心当たりはない?」
「だから……無ぇって。そもそも連中は人類の敵なんだから、たまたま目について襲ってきたってとこじゃねーの」
「それこそ無ぇな」せせら笑うように、カツキ。「俺らとやりあいながら、連中の意識は全部てめェに向いとった。てめェ自身か、てめェの持ってる何かが狙いだったんだ」
「俺の持ってる……何か?」
ドルイドンに狙われるようなものを、身につけている覚えは──そこまで考えたところで、あっと思った。視線が店で預かった鞄に向く。勇者の二人組も、同じ結論に至っていたようだった。
「おい、それ見せろ」
「い……いやいやいや!これはぁに、日用品しか入ってないぜぇ?こ、これから泊まりがけで出張でさあ。お、男の下着見ても嬉しくねえだろ?なっ?」
「Pi!Pi!」
口を必死に動かすロディの肩で、ピノが翼でバツをつくっている。しかし彼らはもう、追い詰められた鼠も同然だった。
「デク、開けろ」
「うん」
「あっ、か、返せよ!!」
相手に悪意がないことはわかっている。それでも過去の幾度とない体験がフラッシュバックして、ロディは耐えがたい屈辱と無力感に苛まれた。
「クソっ……!」
結局呪詛も通じず、中をしっかり検めるまでもなくロディの嘘は暴かれた。鞄の中には宝石がぎっしり詰められていたのだ。
「ずいぶん洒落た下着だな、ええ?」
「………」
あからさまな皮肉に憮然としていると、イズクがまじめな調子で切り込んでくる。
「これ、盗品だよね?どこから盗ってきたの?」
「は、知るかよ。俺はただ、これを指定の場所まで運べって命令されてるだけだ。それがおシゴトなもんでね」
「けっ、運び屋か。とんだゴミカスだな」
侮蔑を隠そうともしないカツキをイズクは本気で咎めるが、ロディはもはやなんとも思わなかった。彼にだって事情はあるのだが、気持ちだけ憐憫を向けられるくらいならいっそ面と向かって罵られたほうが気も紛れるというものだ。
「ハイハイ、おっしゃる通り社会のゴミですよ。で、それが何?俺がなんかあんたらに迷惑かけた?それとも、正義感ってヤツ?」
「………」
「すばらしいねえ勇者サマは、すばらしすぎて反吐が出る。……まァ見つかっちまったモンは仕方がない、俺を官憲に突き出すかい?」
そう言って両手をホールドアップするロディだが、カツキなどはますます眉を顰めただけだった。
「てめェがゴミだろうがクズだろうがどうでもいい。俺らが気にしてンのは、」
「ドルイドンが狙ってるのは、その荷物かもしれないってことだよ」
イズクが引き継いで言う。でも、これだけの宝石だ。ドルイドンだって欲しがるヤツはいるのではないか?
「……だったらシゴト遂げさせてくんねーかな。受け渡しが終わってからなら好きにしてpくれていいからさ」
「そういうわけにはいかないよ」イズクはにべもない。「それが盗品っていうのもそうだし……何よりこのままだと、きみの身が危ない」
「お客に渡せなきゃどのみちアブねえっつーの。こいつの到着を待ちわびてんのがどんな連中だか、ちっと想像力働かせりゃわかるろ?」
「ならどのみち詰んでんな、てめェは」
不意にカツキがリュウソウケンを抜く。思いがけぬ動作だったが、ロディは身に染みついた危機感知から即座に反応した。懐からナイフを抜き、相手の首筋に突きつける。
「悪ィけど、ただで死んでやるほど俺はお人好しじゃない」
「は、上等じゃねぇか……!」
「ッ、かっちゃん駄目だ!」
イズクが自分の相棒を制止にかかっているが、ロディは相手の魂胆をわかっているつもりだった。一方があえて悪役を、もう一方が親切な善人を演じることで後者に心を開かせ、情報を吐かせたり金品を差し出させるという手法があるのはよく知っているから。
「それに──」
ぴくりと、肩の上のかたまりが身じろいだ。
「──俺はまだ、死ぬわけにいかねえんだよ!!」
「PiPi!」と声をあげ、ピノが飛び立つ。眼前にくちばしを突き出してやれば、いかにも蛮勇を誇っていそうな少年も反射的に目を閉じてしまった。
「!、かっちゃ──」
ああそうだ、こいつもいるんだった。まあ多対一には慣れている。腕が立つとはいえ相手は同い年くらいの子供ふたり、正面切ってやりあうのでなければ突破口はいくらでもあった。
「おぼっちゃんは、こっちのほうがお好みかい?」
「え、──!?」
ナイフの刃がぽきりと折れ──中に隠されていた閃光弾が、ぱあっと爆ぜる。
声にならない声をあげて、イズクはうずくまった。カツキも目を押さえてうめいている。
ざまあみやがれ!
鞄を担ぎ直し、ロディは地を蹴って走り出した。ほどなく背後から「待てやゴラァアアアア!!」とこのスラムでもなかなか耳にしないレベルの怒声が聞こえてくる。
「ほんっと蛮族だな、あいつ……!あっちのデクだかなんだかも苦労してんだろうな」
ほんの少し同情的な気持ちも覚えつつ、空に向かって右腕を掲げる。──と、袖から極細のワイヤーが飛び出してきて、民家の軒端に巻き付いた。
「あらよっと!」
身体を引っ張られる感触にまかせて、跳躍る。果たしてロディの身体は宙を舞い、そのまま屋根の上にまで巻き上げられた。そこでワイヤーを回収し、自由になった身体をくるりと躍らせる。
そうして見事に足から着地すると、そのままロディは屋根の上を走った。この辺りはみっしりと家々が建っているから、あとは自分の肉体ひとつで飛び移っていける。
(ったく、ムダな時間だったぜ……。とっととこいつ渡して、連中ともドルイドンともおさらばだ)
"ムダな時間"──自分にはおよそ似つかわしくない言葉に、自嘲がこぼれる。自分の人生の大部分は、おそらく世界の誰よりもムダなのだ。あくせく生きて、気づけば歳をとっているなんていうことが、自分にはない。長く定住がかなわないのと同じ理由から、ロディは常にその影に苛まれていた。
ロディにとって唯一貴重と思えるのは、弟妹とすごす時間だった。一秒でも多くその時間を確保するために、ロディは終わりのみえない日々を浪費している。
屋根から屋根を伝い、街の中心通りに出る。ここはスカイミンスターと行き来する馬車の駅もあって、とかく人通りが多い。ロディのようなちょっと背伸びをした子供には、大変紛れ込みやすい場所だった。
少し遠回りにはなってしまうが、仕方がない。これ以上障害がなければ、まあ嫌みを言われる程度の遅れで済むだろう。
(しかし、ドルイドンなあ……。そろそろこの国ともおさらばかな)
次はどこへいこう。そういえば
久しぶりに同年代と──剣呑ではあったが──会話をしたという事実は、ロディの心を少なからず揺らがせていた。でなければそんな、遠くないとはいえ将来のことを考えたりはしなかったろう。まして周囲の雰囲気の変化に気づくのが遅れたりなど。
はっと我に返ったときには、十数人の視線がロディを捉えていた。
「な……なんだよ」
「──その鞄を渡せ」
「!!」
今度は少なくとも、見かけはれっきとした人間だ。しかしその冷たい双眸は、あの異相の兵士たち以上に背筋をぞっとさせるものだった。
「抵抗すれば、射殺する」
この国ではまだ珍しい、拳銃が突きつけられる。思わず後ずさりするが、背後だって既に抑えられているのだ。助かるには、手段はひとつしかない。
「わ、わかったよ。……ほら、」
こんなことならあの生意気なガキふたりに渡しちまえば良かったと思いつつ、おずおずと鞄を差し出す。
ひとりが中身を検め、グループに了と示す。さて、隙を見て逃げ出さなければ。この機械的な振る舞い、おそらく変装した憲兵だろう。通報があって宝石を捜索していたか。いずれにせよそれらを持ち運んでいたとなれば、結局無罪放免とはいかないのだから。
しかし現実は、彼の思慮を上回るほどに非情だった。
「フェーズ1終了、フェーズ2に移行する」
隊長格らしき男の台詞が冷たく響いた直後、チャキ、と硬い音とともにふたたび銃口がロディに向けられた。
「は?お、おい……なんの真似だよ?逮捕すんならさっさと──」
「貴様は機密を握った可能性がある。宰相ガイセリック様より例外なく処分せよとの命令が出ている。このまま射殺する」
「は……ハァ?」
何を言っているのか、すぐには理解できなかった。射殺?宰相が命令?──どうして、俺が?
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……。お、俺、ただそれを運ぶように言われただけで……。中身だって、宝石なんだってことくらいしか知らねえよ!?」
「………」
「宰相サマって言ったら、この国のぜんぶを思いのままに動かせるんだろ……?こんなチンピラがなにか知ったところで、なんともないだろ?──なぁ頼むよ!!俺は帰らなくちゃならないんだ家にっ、弟と妹が腹すかせて待ってんだよ!!」
銃口は──下りない。あぁそうだ。こんなチンピラがなにを言ったって、彼らに通じるはずがないのだ。神聖を標榜するこの国では、犯罪者は神の御心を理解できない、生きる価値のない人間と見なされるのだから。
「──撃て、」
もはや逃げ出すこともできず、ロディは目と耳とを塞いだ。銃声も銃弾も感知したくない、死ぬなら何もわからずに死にたかった。
しかし押さえつけた鼓膜を震わせたのは、銃声などよりよほど烈しい音だった。
──BOOOOOM!!!
先ほどの怒声を想起させるような、炎の爆ぜる音。肌がちりちりと焦げるような熱を感じたロディは、思わず目を開けた。──便衣憲兵たちが、炎に巻かれて紙のように吹き飛んでいく。
「え、」
『ハヤソウル!ビューーーン!!』
今度はやや間の抜けた声が響いた。かと思えば幾重にもぶれた人影らしきものが物凄い勢いで迫ってきて、ロディの身体をひょいと抱え上げてしまう。
「──かっちゃん、鞄を!」
「もう回収したわゴミ!!」
この声……というか"カッチャン"という呼び名で一目瞭然だった。あの青臭い凹凸勇者コンビ、ここまでもう追いついてきたのだ。それがロディの命をすくい上げる結果になろうとは。
「に、逃がすな、撃てぇ!!」
憲兵隊長が慌てて指示を出すが、先の爆破で多くはのびてしまっている。残る少数の放つ弾丸では、爆炎を自在に操って飛ぶカツキと、疾風のごとく駆け抜けるイズクを捉えることなどできないのだった。
*
逃げおおせた三人は、人気のない路地裏を縫うようにひた走っていた。いや正確には、ふたりか。ロディはイズクに俵抱きにされたままなのだから。
「やっぱり国ごと絡んでやがったか、」
「僕らの姿まではっきり視認されたとは思えないけどっ、このまま国内にはとどまれないね……!少なくとも、この子は脱出させないと!」
「な……!?」
聞き捨てならない言葉に、ロディは思い切り身をよじった。「うわわ!?」と声をあげ、イズクは彼を落とさないよう足を止めた。
「ちょっ……危ないよ!?」
「うるせぇ!!おろせっ、俺は帰る、ロロとララが待ってんだ!!」
「!」
イズクの腕からするりと力が抜け、ロディは再び地面に降り立つことができた。攻撃態勢をとっていたピノが、険をおさめて肩に戻ってくる。
「……家族が、いるの?」
「ッ、ああそうだよ。弟と妹だ……」
オセオンを退去しようという考えは頭をもたげていたし、移動にはもう一家まるごと慣れている。自分の意志で実行するのであれば、明日にだって発つことはできただろうけれど。
「あいつらを置いてくなんて、できるわけねえだろ!」
「Pi!Pi!」
「………」
剣士ふたりは顔を見合わせた。ロディの表情は真に迫っていて、少なくともその場しのぎの嘘などでないことは明らかだった。
「きみの想いはわかった。──それでも、きみは今すぐ国外に出るべきだ」
「……ッ、」
ぎりり、と唇を噛むロディ。肩に乗るピノの身体が冷えていくのがわかる。
ただ、イズクの言葉はそれで終わりではなかった。
「かっちゃん、その子たちを保護しよう。すぐにでも!」
「!」
相棒がそう言い出すことは予想済みだったのだろう、カツキは深々とため息をついた。
「……そいつはがっつり顔を知られてる、もう家まで把握されとるかもしんねーぞ」
「だったら尚更だよ!彼は、大切な家族を置き去りにしてひとりで逃げられる人じゃない」
断定的な物言いに、ロディは顔を顰めた。出逢って一刻も経たない相手の何がわかるというのか。
一方で、胸が詰まるくらい図星を突かれたのも事実だった。弟妹はロディにとって自分の命より大事なもの。彼らのもとに帰るためなら地を這い相手の靴を舐めて命乞いできるし、それでしか守れないなら自分の命を投げ出すことだってできる。もとより、そのためだけの命だ。
「見張りがいる可能性がある。そいつを連れてくわけにはいかねえ」
「俺が行く」──迷いのない口調で、カツキはそう言い切った。
「てめェはそのチンピラと荷物担いで、先に脱出してろ。18時間以内にクレイド国境で合流すんぞ」
「わかった」
「ハァ!?おい、何勝手に決めて──「ロディくん!!」!?」
「僕たちを、信じてほしい」
「………」
翡翠のようなこぼれんばかりの双眸に射貫かれ、ロディは反論を封じられた。ただ圧倒されたというだけではない。
信じて、みたい。彼らの真摯な瞳に、言葉に、そんな気持ちが萌芽を覗かせようとしていたのだ。けれど信じるたびに、裏切られてきたではないかと嘲う冷めた自分もいて──
「……10万ユール」
「え?」
「10万ユール寄越すなら、言うこときいてやってもいい」
大人びた葛藤とは裏腹の、拗ねた子供のような物言いだった。呆気にとられたままのイズクは置いておくとして、もう一方の蛮族の顔がみるみる鬼神めいていくのがわかる。
「てんめェ、くだんねえ意地張ってんじゃねえ……!てめェとてめェのきょうだいの命がかかってんだろうが!!」
「ッ、だから言ってんだよ!命かかってっから、口先だけで信用するわけにいかねえんだろうが!!」
キレるカツキに負けじと言い返すロディ。このふたり実は似たもの同士なのではとイズクは自分を棚に上げて思ったが、今は一分一秒も惜しい。
「かっちゃんごめん、黙って!」
「ア゛ァ!!?」
幼なじみにはあとで埋め合わせをするとして──10万ユールより高くつく可能性もあるが──、イズクは、ごくりと唾を呑んでロディと対峙した。
「……10万ユールは高すぎる、せめて3万、いや5万で」
「おいデク!!」
「イヤだね、10万は譲らねえ。先払いでな」
「7万、後払い」
「10万」
「7万5千!」
じりじりとにらみ合う時間が続く。カツキの苛立ちが小刻みな貧乏ゆすりから伝わってくる。爆発まで時間の問題、というところで、ふたりは同時に声をあげた。
「「8万、うち2万先払い!」」
すかさずイズクは財布から金貨2枚を取り出し、ロディの胸元に押しつけた。余談だが、ユールは神聖オセオン国で発行される貨幣の名称であり、1万ユールは概ね金貨一枚の価値がある。
「……端数足んねえよ、これじゃあ」
「まけてよ、それくらい」
チッと舌打ちしつつ、ロディは懐に金貨をおさめた。それが承諾を意味する行為だとは当然理解したうえで。
「……この金貨に免じて、あんたらを信用する。ロロとララを……助けてくれ」
「もちろん!」
「けっ」
冷たく鼻を鳴らしたほうが救出役というのは甚だ不安だったが、今は任せるしかない、そう思えた。