時は四半刻ほど前に遡る。
ロロは兄が誕生日にプレゼントしてくれた本を読みながら、勉強を続けていた。まだ幼い彼だが、ロディの護身用の武器を製作するなど頭の回転の速さと手先の器用さでは兄に並ぶものがあった。しっかりとした環境で生育していれば、末は博士か大臣かと皆に将来を嘱望されていたかもしれない。
現実には彼も彼の兄妹も、誰にも顧みられることのないスラムの流れ者である。ただロロ自身はそんなこと、どうでもよかった。兄やララと助け合いながら、三人一緒に暮らしていければ、それだけで。
そう、助け合う──そのために今、できうる限りの知識を得ようと努力している。今はまだ、兄に助けてもらってばかりなのだから。
「──ロロにいちゃん、」
不意の妹の呼びかけに、彼は意識を現実に引き戻した。そしてその声音から、他愛ないおしゃべりを仕掛けようというのでないことを即座に察する。彼女は幼いながら勘が鋭くて、そのおかげで九死に一生を得たことも一度や二度ではなかった。
「どうした?」
「こわい人たちが、くる」
「わかった」
それを聞いたロロの行動は素早かった。いつでも持ち出せるようにしてある必要最低限の荷物を持ち、彼女の手を引いて裏口から飛び出す。今のところ、周辺に異常はない。ただ空気がいつもよりひりついていることに、ロロも気がついた。
「ロロにいちゃん、」
妹のちいさな手に力がこもる。──不安。あたりまえだ。ロロだってそうなのだ。
でも今、この愛しく幼い妹を守れるのは自分だけなのだ。念のためできるだけ人目につかない道を選びながら、ロロは"避難先"へと向かった。
「──スタンリークさん!ロロです、ロディの弟の!いますか!?」
閉めきられた扉をガンガンと乱暴に叩く。そこはロディが運び屋として仕事をもらっているうらぶれたバーだった。営業中でないのは良いが、店主が出かけていたらどうしようもない。
「スタンリークさん!お願い、開けてっ!」
半ば祈るような気持ちで呼びかけ続けていると、ガタンと扉に力の加わる音がした。
「なんだ、うるせぇな!」
「スタンリークさん……!」
顔を覗かせた人相の悪い中年男が、今は救世主に思えた。「なんだお前らか」という、心底どうでも良さそうな声音さえも。
「お願いっ、かくまって!」
「かくまうだぁ?誰かに追われてんのか?」
「わかんないけど、ララが……。それに、家のまわりの空気もいつもと違うんだ」
「ハァ?」
ガキの自意識過剰ではないかとスタンリークは呆れたが──彼らの兄貴に与えている仕事の性質上、厄介ごとが降りかかることは十分考えられる。何より彼ら一家の危機管理能力に関しては、ロディを見ていれば自ずとわかることだった。
何より、ロディとの約定。万が一のときは、弟妹だけでも守ってほしいと。別に身を挺してくれと言われているのではない、ただ隠れ場所を提供してやるだけだ。
「……まァ、入んな」
「!、あ、ありがとう」
妹とともにお礼を言い、店に入る。ここまで走ってきて息が若干あがっていることを慮ってか、スタンリークは水を出してくれた。尤もこれはサービスではない、あとでロディに渡す給金の中から差し引くのである。
「夕方まで何事もなかったら帰れよ」
逆に言えば、夕方の営業再開までは居てもいいということである。ロロはほっと胸をなで下ろした。
「ふぅ……よかったな、ララ」
「………」
「……ララ?」
そこでようやくロロは気づいた。ララの表情が晴れない──疲労のせいでないことは察しがついた。しかし、なぜ?
「ロロにいちゃん、ここ、だめ」
「え──」
まさか、まだ追っ手が?ロロが立ち上がりかけた矢先、再び閉めきられた扉が外から乱暴にノックされた。幼いふたりの肩が強張る。
店がクローズドであることは外から見ればわかるが、スラムには昼間から呑んだくれているような連中も多い。先ほどのように呼びかけがなければ気にとめない方針なのか、スタンリークは無視を決め込んでいたのだが。
「──こちらはタブリス憲兵隊である、開けろ。十秒以内に応対しなければ突入する」
「!」
ララの表情が青ざめる。彼女が感じていた害意は、憲兵隊のものなのか?ロロにしても、彼らを頼れる正義の警察だなどと思ったことはないけれど。
「あ~、わかった!今出る!」やむなくそう応じつつ、「……お前ら、奥の酒蔵に隠れてろ。空いてる樽がいくつかある」
それはスタンリークの厚意に他ならなかった。すぐさまララの手を引き、酒蔵に入る。まだ小さな身体を活かして樽の中に己を詰め込んでいると、表からやりとりが聞こえてきた。
「スタンリークだな」
「そうだが。なんの用だ?」
「ロディという少年がここで働いているな。どこにいる?」
「ああ、確かにそいつはここの従業員だが。おつかいに出たまま帰ってきやしねえ」
「そのおつかいで、何を運ばせた?」
「運ばせたぁ?買い出しに行かせたんだよ」
「貴様が持たせた荷物については確認している。しらばっくれても無駄だ」
「だから、なんの話だか──」
ロロは妹を抱きしめる手に力を込めた。訳は知らないが、憲兵たちは兄を捜している。いや、兄だけではなく──
「では、彼の弟妹の所在は?」
「それこそ知らんよ、家にいるんじゃないか?学校にも行ってねえだろうしな」
「家にはいなかった。貴様が匿っているのではないか?」
「ハァ?なんで俺が……。ロディはウチの従業員だがよ、あいつの家族のことなんざ知ったことじゃねえ。他当たりな」
「……そうか、承知した」
引き下がるのか?でも、スタンリークが持たせたという荷物云々の話は棚上げになっていた。憲兵隊がそんな中途半端なこと、するわけが──
「では、貴様にも死んでもらおう」
「────!!?」
ロロはぎょっとした。樽を揺らしそうになるのを、かろうじて堪える。
「死ねだぁ?いくら憲兵サマでも、言っていいことと悪いことがあるぜ」
「あの荷物に接触した者はすべて排除する。宰相ガイセリック様の命だ」
「おいおい……本気かよ?ちょっと待ってくれよぉ、俺はただ横流ししてただけで……そうだ、憲兵サマともなると色々入り用でねえですかい?」
己の不利を悟ってか、スタンリークは下手に出る作戦に変更したようだった。賄賂を贈り、不正や犯罪に目を瞑ってもらう──"神聖"と銘打たれたこの国でも、平然と行われていることだった。ましてこのような、辺境扱いの場所では。
ロロとしては好ましいものではなかったが、生きていくためにはそういう智慧も必要なのだと理解してもいた。少なくとも今この瞬間は、それが成立してくれることを願っていた。
しかし、
「──ぐがっ!?」
鈍い打突音に少し後れて、スタンリークのうめき声が響く。悲鳴をあげそうになるララの口を、ロロは慌てて押さえた。外でいよいよ事態が急転したことは、見るまでもなくわかった。
「ガイセリック様の命であると言ったはずだ」
「う、ぐぐ……っ」
チャキ、と、何かを構える音が響く。それはあてどない旅の中で、幾度かだが聞いたことのある死に神の来訪を告げる音。ロロは戦慄した。このままではスタンリークが、なんだかんだ言いながらも自分たちを庇ってくれている男が殺されてしまう!
しかしララが反射的に飛び出そうとしたことで、はっと我に返った。彼女を押さえ込み、じっと息を殺す。飛び出していったってみんなまとめて殺されるだけだ。ならば何をおいても自分は、妹を守らなければ。
(ごめんなさい、スタンリークさん)
憲兵の口ぶりから言って、仮にスタンリークが自分たちを受け入れていなくても同じことだったろう。それでロロは、謝らずにはいられなかった。何もしないことに、見捨ててしまうことに──
数秒後、乾いた破裂音が響くことを知っている。それを聞きたくなくて、耳を塞ぐ──
──BOOOOM!!!
果たして響いたのは、そんなものでも防ぎきれない途轍もない爆発音だった。音に飽き足らず、振動がびりびりと身体を揺らす。銃の発砲で、こんなことはありえない。
直後、声が響いた。
「死ねぇ、クソ狗どもがぁ!!」
怒声、というか罵声。本能的な恐怖を感じさせるものに違いはないが、冷たく機械的な憲兵たちのそれとはまったく異なる。それにまだ、兄とそう変わらない少年の声だ。
暫し爆音と蛙の潰れたような悲鳴が聞こえたあと、打って変わって静寂が辺りを支配する。憲兵を倒してくれたなら、味方なのだろうか?でもそんな、無条件で、風のように自分たちを救けてくれるような存在が、この世界にいるはずがなくて──
「あんたがスタンリークか」
先ほどの少年らしい声が響く。つっけんどんだが、敵意は窺えない声音だった。
「……そうだ。その服、ロディのだな。ヤツはどうした?」
「そのロディに頼まれて来た。あいつもこいつらに襲われて、今俺のツレとクレイドに向かって逃亡中。俺ぁあいつの弟妹を連れてく手はずになっとる」
「証拠は?」
「ンなモンあるか。ガキどもは奥だろ、酒蔵なら隠れ場所はいくらでもあるってヤツが言っとった」
「……そうか」
スタンリークはそれ以上何も言わなかったし、抵抗する様子もなかった。信用したというよりは、手負いになった身で勝ち目はないと悟ったのだろう。何せ、憲兵たちを一瞬でのしてしまうような少年だ。
「………」
ロロもまた、同じだった。スタンリークもこの樽も、これ以上自分たちを守ってくれはしない。そっと立ち上がり、顔を出す。と同時に、兄の服を着た、鋭い白皙の少年が酒蔵に足を踏み入れてきた。
「お前らか。……ったく、手間ァかけさせやがって」
「……ッ、」
見目麗しい少年だとは思った。ただそれに輪をかけて、表情と口調がひどい。到底信用できる人物とは思えず、ロロは妹を背に庇った。
「信用するもしねえも勝手だ」見透かしたように言う。「だが時間がねえ、引きずってでもお前らを連れてく。抵抗すんなら寝てもらう」
やはり悪役の台詞だ。飛びかかっていけば、その隙にララだけでも逃がせるか。けれど宰相の命令云々と言うからには、追っ手は外にまだまだいるだろう。どうすれば──
思考が袋小路に陥りかけたそのとき、不意に後ろから裾を引かれた。ララが不安がっているのかと思ったが、そうではなかった。
「ロロにいちゃん。このひと、へいき」
「え……?」
憲兵たちの悪意を感知してずっと怯えていたララが、笑顔すら浮かべてそう告げる。彼女の勘は、目の前の男から邪悪なものを感じとってはいない。本当に自分たちを救けようとしてくれているのだと、そう示していた。
彼女が勘を外したことはない。ならば、信じてみる価値はあるのではないか。いや本当は、ロロだって信じたかったのだ。無条件に手を差し伸べてくれる、ヒーローの存在を。
「……わかった。行くよ、一緒に」
「おー。──あんたはどうする?」
問われたスタンリークは、憮然としてかぶりを振った。
「ガキに命預けられるか。俺は俺でいざというときの退避ルートは持ってる。足手まといがいないなら好都合だ」
「そーかよ。ま、あんたのことは何も頼まれちゃいねえからな、好きにしろや」
これがイズクなら、時間を費やしてでも説得するかもと思いつつ、カツキは突き放した。
ロディから頼まれていないというのもそうだし、相手は裏社会を知る大人だ。生命力は並みの人間よりあるだろう。
「あの、スタンリークさん」
一方で、救出対象にあがっていた少年たちは未だ純粋さを失っていなかった。
「迷惑、かけてごめんなさい。それと……ありがとう」
「……ふん、お前らの兄貴もそんくらい可愛げがありゃあな」口を尖らせつつ、「とっとと行け。もう二度と会うこともねえだろ」
もう一度ぺこりとお辞儀して、兄妹はカツキとともに外へ飛び出していく。程なくして、BOOOMと爆発音が響いた。あの調子では見つかってしまうのではと思うが、それ以上のスピードで振り切る作戦か。
まあいずれにせよ、もう自分の知ったことではない。増援が来る前に自分もさっさとずらからねばと、彼は金品を纏めはじめた。
*
一方、荷馬車に隠れて移動を続けていたイズクとロディ。かの女主人のアクションは慣れたものだった。避けられる警備所はすべて避け、それが不可能なら賄賂を渡して黙らせる。もとより暗黙の了解ができあがっているのか、憲兵たちはそれで拍子抜けするほどあっさりと通してくれる。
こんなので、この国は大丈夫なのか──異邦人ながら、イズクは真剣に憂えた。ただ、間違いなくそのおかげで命拾いしているのだけど。
「──……ク、デク、起きろ」
「ん……」
身体を揺すられ、散っていた意識が集合していく。どうやら眠ってしまっていたらしい。
ぱちぱちと目を瞬かせると、ロディが皮肉めいた笑みを浮かべる。
「ぐっすりだったねえ、勇者サマ。こんな狭いわガタガタ揺れるわろくでもねえ環境でおねんねできるなんて、よっぽどの大物か無神経ヤローのどっちかだぜ?」
「うぅ……後者かも。かっちゃんにもよく言われるし──」それはともかく、「どうしたの?何かあった?」
「いや、時間的にもうぼちぼちスローネに着くからさ」
用心して馭者と会話などはしない以上、それは体感で推測したものということになるのだろう。七、八時間ほどの道程だったが、慰みもない荷車の中で一睡もせずに起きていたのか。
「ロディ、」
「ん?」
「僕が守るから。安心してくれて良いからね」
少しでも気を休めてほしいと思って念押しに放った言葉。しかし受け取ったロディの瞳が鋭くなるのをイズクは見た。もっともそれは一瞬のことで、すぐにへらりとした笑みを浮かべてみせたが。
「そりゃ頼もしいねぇ、勇者サマ。なら夜はぐっすり寝かせてもらおうかね」
「う、うん」
ロディ自身の本音を、イズクは読み取ることができなかった。彼の相棒だというピノは落ち着かない様子で羽根を揺すっていて、この状況にストレスを感じていることが実にわかりやすいのだけど。
──と、不意に馬車が停まった。
「出な」
「!、………」
声に従って荷馬車から降りる。果たしてそこは森の中だった。わずかに拓けた隙間から、ささやかな街並みが見える。
「この森を抜ければクレイドだ」
「!」
「あんたたち、何かでかいことをやらかそうとしてるんだろ?面白そうだからひと息ぶんサービスだ。頑張んなよ」
正直、国境警備隊の駐屯地があるスローネをどうやり過ごすかはロディの悩みの種だったのだ。商いの範疇を超えてでもそれを突破してくれたのは、心底有難いと言うほかない。
「サンキューおねーさん、あんた最高にイイ女だよ。事が済んだら、俺が貰ってやってもいいぜ」
「はん、ガキが粋がるんじゃないよ。とっとと行きな、あたしも忙しいんだ」
「……あ、ありがとうございました!──行こう、ロディ」
なんだかアダルトなやりとりに気後れしつつも、イズクはロディを促した。森を抜ければ、と言うといかにも簡単そうだが、天然の要害になりうる程度には広大かつ峻険な道のりが待ち受けている。休息の時間も鑑みれば、あと半日でたどり着けるかはまだまだ努力次第だった。
女と別れ、歩き出す。鬱蒼と木々の生い茂る深い森。ふたりの足音のほかは、虫たちの合唱、鳥たちの翼のはためきが聞こえるばかりだ。
(……かっちゃんたち、今頃どのあたりかな)
彼がロロたちの救出に失敗したとは微塵も思わない。ただ、自分たちのように移動手段を確保して、巧みに警戒網をすり抜けてこられるかどうか。小さな子供をふたりも連れているのだ。タイムロスは免れないのではないか。
いやでも、ロディの言葉を信じるなら彼の弟妹は優秀だ。足を引っ張るどころかむしろ、カツキの助けになってくれるのではないか。カツキは意外と子供に好かれるから、なんだかんだ怒鳴りつけたりしながらもうまくやるだろう。
そんなことを想像していると、不意にロディが口を尖らせた。
「……兄の贔屓目っつー言葉もあるんだぜ。なんでそう簡単に鵜呑みにできるかねぇ」
「……ロディ?」
「あんた、お人好しすぎるよ」
呆れているのか怒っているのか、どちらともとれる口ぶりだった。前者はまあ仕方がないにしても、後者は解せない。でも人間の感情がそう単純に動くものでないことは、幼なじみと過ごす中でイズクも理解しているつもりだった。
「贔屓が入ってるとしても、嘘ではないでしょ?」
「!、……まぁな」
「だったら信じるよ。きみがそれだけ信頼を置いてる子たちなんだもの」
曇りない表情で、よくもまあそう言い切れるものだ。ロディは彼を不気味だと思ったし、苛立ちもそれに起因していた。どちらかといえば、あのカツキという少年のほうがまだ一緒にいて楽だっただろう。彼の目には、他者に対する拭えぬ猜疑と警戒が宿っていたので。
ただ──本気でそう言っているのだとわかるからこそ、ロディもまたイズクに信頼を置きつつあった。理解できないしなんなら腹立たしいが、それは自分がひねた子供だからだ。
彼は自分を客観的に見ることができる少年だった。
「ま、一番ドジ踏みそうなのはあんた。それは間違いねえな」
「な!?そんなことないよっ、僕だってこう見えてもよんじゅ……」
「よんじゅ?」
「ゴホンっ!!結構長く旅、してるんだから!」
「カッチャンがさぞ優秀なんだろうなー」
「きみねえ……いや、否定はしないけど──」
言い争いというには、あまりに軽やかなやりとり。彼らの心は、互いに少なからずほぐれつつあって──
──それが、油断へと繋がっていた。
「……見つけた」
遙か上空から、彼らを見下ろす漆黒の双眸。全身が黒々としているから、それは闇に溶け込んでいるかのようだった。
束ねた髪を下ろし、衣装をがらりと着替えても、その目を誤魔化すことはできない。弓を構え、矢をつがえる。──そして、射つ!
矢が飛翔した以上、標的の命は残すところ一、二秒。彼はそう確信していた。──しかしその隣にいる少年は、風の流れの微かな変化を感じ取ることができた。
「!、──ロディ!!」
「へ──」
咄嗟にロディを突き飛ばし、割って入るイズク。果たしてその胸元に、鏃が突き刺さり――
「ぐ……ッ!?」
「デクっ!?」
イズクの身体がぐらりと傾く。ロディは呆然と、その一部始終を見ていることしかできなくて。
それでも不幸中の幸い、イズクは倒れることなくその場に踏みとどまった。
「ッ、誰だ!!?」
痛みを紛らわすように、声を荒げてがなりたてる。と、漆黒の射手がゆっくり上空から降下してきた。
「我が弓に咄嗟に反応するとは、お主、
「!、おまえは──ドルイドン……!」
大鴉に似ていながら、人間の、立派な男の体格をもつ異形。そして流暢に発せられる時代がかった言葉──いずれも、この男が宿敵たる存在であることを示している。
「いかにも。拙者はドルイドン族がひとり、タカマルにござる。──お主らに恨みはないが、お命とその荷、頂戴いたす」
「……ッ、」
再び矢をつがえるタカマルに対し、イズクはリュウソウケンを構えることで対抗した。しかし翼と遠隔武器を備えた相手に対し、剣一本では不利なのは言うまでもない。何より──矢の突き刺さった胸元から、じくじくと痛みが広がっている。
イズクはすぐに結論を出した。
「……ロディ、僕につかまってて」
「え、」
「──ハヤソウル、」
リュウソウケンの柄に、小さな騎士の意匠を装填する。迅速かつ最小限のアクションでの行動だったが、タカマルはそれをも見咎めた。──矢が、放たれる。
「ッ!」
剣を振るってそれを弾き返す。と同時に、『ハヤソウル!ビュ──ーン!!』という誰のものでもない気の抜けたような声が響く。誰?と内心首を傾げたロディだったが、次の瞬間にはそれどころではなくなっていた。
「ふ────ッ!」
「へえぇ────!!?」
俵抱きにされたロディは、凄まじい浮遊感と疾風をその身に受けることになった。──イズクが、疾走っている。その状況を理解したのは、暫く後れてのことだった。
「ふむ、人間にしてはすばしこい」
森の奥深く、木々が生い茂って上空から視認しにくい地帯に逃げ込むあたり、智慧もあるようだ。しかしその程度のことで、狙った獲物は決して逃がさない──タカマルは翼を広げ、再び飛翔した。