イズクの案内でエイジロウたちがたどり着いたのは、村はずれにある小さな家だった。古びた外壁はあちこち剥がれ、住人がそれを修繕できる状況にないことが察せられる。
果たしてそれは事実であった──経済力の面でも、人力の面においても。
「ほしい……ほしい、ほしい………」
粗末なベッドに横たわる男が、譫言のように……否、まさしく譫言を繰り返している。"欲しい"と、ただそれだけを四六時中、延々と。
「この人、どうしてもうたん……?」
「生み出したマイナソーに、身体を支配されてるんだ」
「生み出した……?マイナソーは、自然発生するのではないのか?」
未知の真実に、テンヤの声がわずかに上擦る。
「確かにマイナソーは自然にも発生する。でも、こうして人間を宿主に誕生する個体もいるんだ。僕らはクレオンってドルイドンの仕業だと当たりをつけてる」
「クレオン……あっ、あいつか!」
エイジロウたちの脳裏に、ワームマイナソーを駆ってタンクジョウを助けに来た毒々しいドルイドンの姿がよぎる。そういえばあの小僧めいた怪人は、タンクジョウを指して「お客さま」などと呼称していたか。
「そうか……!奴はマイナソーを生み出し、他のドルイドンに売っているんだ」
「!」
場に、重苦しい静寂が降りる。響くのはただ、宿主となった男性の妻子がすすり泣く声のみ。
「……マイナソーの宿主にされた人は、どうなるん?」
恐る恐る、オチャコが問う。その明確な答を知るのはやはり、イズクだけだった。
「マイナソーは宿主の生命エネルギーを吸収し成長する。やがて完全体に至ったとき……宿主は、死ぬ」
「ッ、」
エイジロウは拳を握りしめた。ドルイドンは人間をなんだと思っているのか。この星もそこに生けるものもすべて、奴らの玩具などではないというのに。
「この人を救けるには、どうすれば良い?」
「マイナソーを倒すんだ、完全体になる前に」
「それしかない」と、イズクは言う。そのためにリュウソウジャーはいるのだと。
「この人は昨夜、ここから北に行ったところにある鉱山近くで倒れていたらしい。もしかすると、もう時間がないかもしれない。──行こう」
*
威風の騎士ことカツキ少年はひとり、山腹を軽々と駆け登っていた。鋭い緋色の瞳は、真っ直ぐ頭上を睨みすえている。
そうして暫くすると、あれほど生い茂っていた木々が点在するようになり、ついにはまったく生えぬ荒涼とした大地が広がる。
その先に、目標たる洞穴があった。
「……これか」
既に廃鉱となった鉱山跡への入り口。──この奥に、マイナソーが潜伏している。
カツキは一瞬、背後に気をやるようなしぐさを見せた。そこに何もいないことを確認すると、小さなため息をつく。
(デクの野郎、あんな連中放っときゃいいものを)
エイジロウたちの到来を待つことに、そもそも彼は反対だったのだ。リュウソウジャーとはいえ見るからに未熟な連中、手を組んだところで足手まといになるだけだ。……それに、土壇場で裏切らないとも限らない。同じリュウソウ族であろうとも。
「……ッ、」
脳裏に過去の忌まわしい記憶が甦り、カツキはぎりりと奥歯を噛んだ。
気を取り直し、立ち上がる。もう待ってはいられない。自分ひとりでこの漆黒の闇に突き進むことに、彼はなんの躊躇いもなかった。
しかし彼の幼なじみは、昔からとにかく間が悪いのである。
「──かっちゃん!!」
幼少の頃から変わらない呼び名に、カツキは苛立ちを覚えながら振り向いた。
駆け寄ってくるのは幼なじみ、そして──彼が招き寄せた、新米連中。
「よかった……まだいた」
「……デクてめェ、なんでこいつら連れてきた?」
その物言いに、エイジロウたちは揃って顔を顰めた。予想しえた言葉とはいえ、やはり愉快なものではなかったからだ。
「俺たちだって、騎士竜に選ばれた騎士だ。苦しんでいる人々を救うために、マイナソーと戦う──それが俺たちの使命だ!」
そう主張して憚らないテンヤに対し、
「は……おめでてーアタマしてんなァ、クソメガネ」
「……なんだと?」
「人間どもがどうなろうが、俺には関係ねえ」
緋色の瞳が、彼らを冷たく睨めつける。その淀んだ光に一瞬呑まれかけながらも、エイジロウは訊いた。
「だったら、おめェはなんで戦ってんだ?」
「……それこそ、てめェらに答える義理はねえな」
すげなくそう言い放って、カツキはついに踵を返した。そうして、洞穴の中へ歩き出そうとする。
その手を、エイジロウが掴んだ。
「待ってくれよ!」
「ア゛ァ!?触んなや!!」
「触る!!……おめェが言うこともわかる、俺らはまだ騎士になったばっかで、マイナソー一匹倒すのがやっとの未熟モンだ」
「わかってンなら──」
「だからこそ、黙って見てるわけにはいかねえんだ!戦って戦って戦って、俺らはもっと強くならなきゃいけねえ!!ドルイドンを滅ぼせるくらいにっ、守りてぇもん守れるくらいに!!!」
「ッ、」
迫る紅に、カツキは一瞬言葉に詰まった。ルビーのようなそれは、真摯だとか誠実だとか言うにはあまりに幼稚な、それでいて純粋な光を放っていたから。
「……おめェの過去に何があったかは知らねえ。だから仲間だなんだとはもう言わねえ。でも敵が同じ以上……一緒に、戦わせてほしい」
「……ッ、」
それでもと手を振り払おうとしたカツキだったけれど、
「──かっちゃん。彼らだって、村を……故郷を失ってるんだ」
「!、は……?」
イズクの言葉に、エイジロウたち三人の表情が翳る。その真偽がわからないほど、カツキも鈍くはない。
「少なくとも彼らには戦う理由がある、もしかすると僕ら以上に大きな理由が。……見極めてみるのも、良いんじゃないかな?」
柔らかな物腰の相棒の言葉は、少なくともエイジロウたちのそれより響いたらしい。カツキは一瞬目を伏せたあと、ひとつ舌打ちを洩らした。
「……勝手にしろ。足引っ張ったら殺す」
それだけ吐き捨てて、再び踵を返して歩き出す。その姿勢が拒絶でなくなった以上、エイジロウたちはそのあとをついてゆくだけだった。
*
剥き出しの岩肌に覆われた坑道は、果たして人の手が入った痕跡が多分に残されていた。足下には運搬用の荷車を走らせるための線路が敷かれ、その隅には暗闇の中で光るという夜光草が点々と植えられている。陽光の入らない作業場なのだから、当然の措置だろう。尤も彼らリュウソウ族は常人よりずっと夜目がきくので、その恩恵はあまり実感できていないが。
「それにしても、よくここにマイナソーが逃げ込んだってわかったな」
雑談代わりに発せられたエイジロウの言葉に、彼らの存在を黙殺するつもりでいたカツキは早くも訝しげな表情を浮かべた。
「あ?てめェら、探索用のソウル持ってねえのかよ」
「ミエソウルなら持ってっけど」
「私ら、まだ任命されたばっかりやったし……」
本来なら経験を積み、それに合わせて様々なリュウソウルが支給されるはずだった。それでも三人合わせればそれなりの数が手元にあるが、不足がないとは言えない。
と、イズクが三人の持っていないソウルを懐から取り出した。
「──じゃあ、良かったらあげるよ。キケソウルとクンクンソウル」
「!、良いのか?」
「うん、余ってるのがあるから。素材さえあれば、かっちゃんが造れるしね」
「なんと、きみはリュウソウルを打てるのか?」
「るせー、喋りかけんな」
「なッッッッッッ!!」
会話のキャッチボールを突然打ち切られ、テンヤは憤慨した。というか彼でなくともする。
「かっちゃん、才能マンだから。大概のことはできちゃうんだ」
「ごめんね」とテンヤに両手を合わせつつ、イズクがそう続ける。確かにこの性格の苛烈さでは、能力の高さを伴わなければやっていけないだろう。いくらこの、温厚な相棒の助けがあるとはいえ。
「余計なこと言うなデク、つーか施しもすんな」
「良いだろ。足手まといになるって言うなら、少しでも戦力をたくわえてもらったほうが」
「………」
少なからず首肯くところがあるのか、憮然と黙り込むカツキ。心なしか早足になるのは、半ば意地のようなものなのだろう。彼に見られていないのをいいことに、エイジロウは苦笑した。
「すげぇな、おめェ。あいつのツボ、よくわかってる」
小声で話しかけると、イズクは苦笑いともなんともいえない表情を浮かべた。
「うーん、どうなんだろう……」
「へ?」
「あ、いや。……ずっと一緒に旅してるから、習慣とか癖とか、色々見てきてはいるけど。そうすると案外、知らないことのほうが多いんだなぁって思い知らされるよ」
それはとても寂しいことなのだと、イズクの顔が、声が伝えてくる。エイジロウは何も言えなかった。生まれてこのかた百五十余年、他人の好意だけを信じて生きてきたエイジロウには。
そうして五人、線路の上を進み続けた。時折、吹き抜ける風の呻る音が聞こえる。テンヤと並んで最後尾を歩くオチャコが、堪らず身を震わせた。
「な、なんか……人が叫んでるみたいな音……」
「怖いことを言うなオチャコくん!──そういえば、ここはなぜ廃鉱になってしまったんだ?」
怖いと言う割には嫌なことを躊躇なく訊くテンヤである。オチャコなどはそれこそ幽霊を見るような目をテンヤに向けている。
答えたのは、やはりイズクだった。
「最近まではここでカーバンクル・ルビーっていう珍しい宝石が採掘できて、オルデラン村はじめ近隣の人里から鉱夫が集まって栄えていたそうだけど。多分、獲り尽くしてしまったんだろうね」
「な、なんだそうなんや……」
露骨にほっとするオチャコである。鉱山といえば落盤事故の危険と隣合わせで、それで亡くなった鉱夫などが亡霊となって彷徨っている。そんな怪談を子供の頃に聞いたものだから、五人いるとはいえ少なからず恐怖があったのだ。
「……あの男の人も、ここの鉱夫だったそうなんだ」
イズクの声が、わずかに低くなるのがわかった。
「では……マイナソーがここに逃げ込んだのは、偶然ではないということか?」
「うん。マイナソーの行動は、宿主のもつ最も大きな欲求に支配されるから」
あの男性は、うつろな目で天井を見つめたまま「ほしい、ほしい」とつぶやき続けていた。何が欲しいのか、それは考えるまでもないだろう。
そうして歩き続けた五人を、採掘場のひとつだったのだろう広場が迎えた。鉄骨で支えられた足場や、朽ちかけたトロッコがそのまま放置されている。そんな、背筋が寒くなるようながらんどうの空間だけれども、カツキにはすぐわかった。
「デク、」
「うん。──キケソウル」
リュウソウケンを構え、ソウルを装填するイズク。その所作はエイジロウたちと寸分たがわない。
『キケソウル!キ〜ン!!』
坑内に甲高い声が響き、使用者の肉体にソウルに宿った能力を作用させる。キケソウルの場合は言うに及ばず、聴力強化だ。
「………」
目を瞑り、"何か"を捉えようと耳を澄ませるイズク。その"何か"が明白である以上、口を出そうとするものはこの場にはいない。ただいよいよここが戦場になるのだと、エイジロウたちは少なからず緊張を強いられてはいたが。
そして永遠とも思える刹那のあと、イズクが翠眼を見開いた。
「──来る!」
身構える間もなく次の瞬間、視界が真っ白になった。
「!?」
突然のことに、エイジロウたちは身動きがとれなくなる。何もできない。閃光につぶれた視力の中で、何かが迫ってくるのを感じとってもなお。
だが、彼らは違った。
「──死ィねぇッ!!」
罵声とともに、カツキがリュウソウケンを振るう。彼は目を瞑っていて、当然視界は確保されていない。
だが、そんなことはさしたる問題ではなくて。
「ガアァッ!?」
肉の断たれる音と、獣のうめき声が同時に響く。それを聞いて、イズクも動いた。目を閉じたまま地面を蹴り、そのまま気配のある方向めがけて回し蹴りを放つ。重みのある物体が、遥か後方にまで吹き飛ばされていく。
そうして程なく閃光は収まり、エイジロウたちの視界も回復した。
「!!」
「マイナソー」と、誰かがわかりきったことを口にする。
果たして薄緑色の皮膚をもった獣は、自然の動物のそれではなかった。額では真紅の宝石が野生的な光を放っている。
「見つけた……!い「退いてろ」──!?」
カツキの手が、エイジロウたちを後方へと強引に押しやる。「なんのつもりだ」と、当然のごとくテンヤが抗議するが、彼の意識はもう前方の敵にのみ向けられていた。
「かっちゃん……もうっ。──仕方ない、僕らであいつの能力を見極めるってことで!」
「お、おい──」
納得はしがたいが、承諾せざるをえなかった。──イズクのこぼれ落ちそうな瞳も既に、猛禽類のごとき光をたたえていたから。
「デク、チェンジだ」
「うん!────、」
「「リュウソウチェンジ!!」」
『ケ・ボーン!!』
『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』
リュウソウチェンジャーから飛び出した無数の小さな騎士たち。音声に合わせて踊り狂う彼らは、
『リュウ SO COOL!!』
その叫びとともに、リュウソウメイルへと姿を変えた。
翠緑、そして漆黒の鎧を纏う騎士たち。彼らは、
「──疾風の騎士!リュウソウグリーン!!」
「威風の騎士……!リュウソウブラァック!!」
エイジロウたちは思わず息を呑んだ。竜装の前には抑制されていた歴戦の闘気が、彼らからは溢れ出している。
「はっ……ブッ殺ォす!!!」
それ以上の言葉はもう、必要なかった。