【完結】僕のリュウソウアドベンチャー   作:たあたん

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Ex. Tri-gale's Chronicle ⑤

 

 森の中を疾風迅雷のごとく駆け抜けたイズクは不幸中の幸い、岩肌にぽっかりと開いた洞穴を見つけることができた。

 至近にあのドルイドンの影がないことを確認しつつ、そこに潜り込む。と、肩に担いでいたものがタイミング良く暴れ出した。

 

「おまっ……いつまで抱えてんだ、いい加減おろせっての!」

「あ、ご、ごめん!」

 

 手負いの身にもかかわらず軽々と抱え上げられ、降ろされたロディのプライドはいたく傷ついていた。まして相手は、自分より小柄な少年であるにもかかわらず──

 

「ってか、矢……大丈夫なのかよ?胸に刺さってんのに──」

「あぁ……大丈夫、多分。そんなに深くない、から……っ」

 

 その見立ては間違っていなかったらしい。イズクが少し力を入れて引っ張ると、矢はあっさりと抜けた。じわりと、染み出した血が服を濡らす。

 

「はぁ……」

 

 左手で傷口を押さえつつ、右手で荷物を探る。ただ、片手だけでは難渋しているようだった。

 

「……止血だろ?手伝うよ」

「あ……助かるよ、ありがとう」

 

 怪我をしたことなんて数えきれないほどあるが、ひとりで処理するのは正直心許ないと思っていた。なんだかんだ文句を言いながら、カツキはいつも手伝ってくれる。逆の立場になったら当然自分も、と思うのだが、かの相棒はめったに怪我もしないのだ。

 

 そしてロディも、サポートとはいえ相当に手慣れている様子だった。傷口を灼いて殺菌しつつ塞ぎ、上から包帯を巻いていく。感心しつつ、やけに神妙な目つきで上半身をじろじろ見られるものだから、イズクは気後れしてしまった。

 

「あ、あの、ロディさん……?」

「なんだよ急に、ンな他人行儀な……まぁ他人だけど」ぼやきつつ、「顔面に似合わねー身体してんのな。っつーか、古傷多すぎ」

「あ……うん、ごめんね」

「いや別に、謝られることじゃねぇけど……」

 

 ロディはどうしてか不機嫌な様子だった。最初は傷だらけの身体に不快感を覚えたのかと思ったが、むしろ傷痕をじっと睨んでいる。

 

「ろ、ロディ……?」

「あんた、いつもあんな調子なのかよ」

「え……?」

「庇ってもらっといてこんなこと、言いたかねえけどさ。フツー自分の命のほうが大事だろ。他人は星の数ほどいるし、死んだところで自分の人生に影響はねえ。でも自分自身はこの世にひとりしかいなくて、死んだら終わりなんだぜ」

「………」

「そんな調子で他人ばっか守ってっと……あんた、死んじまうよ」

 

 突き放すような口調とは裏腹に──ロディの瞳は、今にも泣きそうなように見えるとイズクは思った。もし、それが錯覚でないとするならば。

 

「ありがとう、ロディ」

「は?」

 

 呆気にとられるロディ。自分の憎まれ口に対してそういう言葉が返ってくるとは、予想だにしていなかったのだ。

 

「僕のこと、心配してくれてるんだよね」

「なっ!?ば、っかやろう、都合よく捉えてんじゃねえ!!」

 

 ロディは吼えたが、イズクは笑みをたたえたままだった。自分でも認めていない本心が、嫌というほど伝わってしまっている。肩ではピノが羽根で顔を隠すしぐさをしているが、イズクが彼の秘密に気づいた様子はない。

 

「もちろん、自分の命は大事だよ。もっと強くなって騎士の使命を果たしたいし、単純にもっと色々な世界を見てみたいって思いもある。僕はわがままだし、欲張りだから」

「……あんたがわがままだったら、世界中の人間ぜんぶとんでもねーエゴイストだと思うけど?」

「でも、かっちゃんにはよくそう言われるし、僕自身それは正しいんだと思う。……わかってても、困ってる、苦しんでる人を放っておけない。救けたいって、思っちゃうんだ」

「なんだよ……それ」

 

 ロディは無意識に一歩、後ずさっていた。イズクの言葉を欺瞞とは思わない。しかし真実だからこそ恐ろしいと思う自分がいる。──恐ろしい?

 

 いったい、何を恐れているのか。自分とは永遠に交わらないだろうイズクの思考回路か……それとも、そのためにイズクが命を散らすことか。

 

(──あぁ、そうか)

 

 それらは決して矛盾した感情ではないのだと思い至って、ロディは小さく笑った。その場にどかりと座り込むと、イズクが目を丸くした。

 

「ど、どうしたのロディ?大丈夫?」

「いんや……降参、俺の負けだ」

「どうしたの、急に?」

 

 怪訝な表情。でもそれは猜疑ではなくて、純粋な気遣いから浮かべられたもので──

 

「いつの間にか勇者(ヒーロー)なんて名乗る連中がそこら中で幅利かせるようになって……それでも結局、世界はなんも変わらない。ドルイドンはあちこちで好き勝手やってるし、俺たちは明日をも知れないその日暮らしのまんまだ」

 

 だから、他人に期待するのはやめた。自分たちの身は自分たちで守る。代わりに他人のことなんて考えない。そう心に決めてしまえば、こんなに楽なことはなかったのに。

 

「あんたみたいなのが、俺の知らねえとこにいたんだな」

「ロディ……」

「あんたなら、世界を変えてくれるか?」

 

 その問いに、イズクは目を丸くし……次いで、えも言われぬような笑みを浮かべてみせた。

 

「僕は未熟で、支えてもらってばっかりで……そんな大それたこと、自信満々にできるなんて言えない。──でも、それがロディの願いなら。その日のために僕は、剣を振るい続けるよ」

「………」

「駄目、かな?」

 

 今度は、心細げな表情。こいつの中には、大人と子供が同居しているみたいだとロディは思った。頼もしいが、守ってやらねばとも感じる。客観的にみるまでもなく、守られているのは自分なのだろうが。

 

「俺は、あんたと違って欲張りじゃねえからなぁ。……十分だ」

「……そっか」

 

 再び頬を緩めるイズクだったが、先ほどまでと違ってふにゃりとしたものだった。弟妹のそういう表情を見ることの多いロディは、その意味をよく理解している。

 

「もうぼちぼちいい時間だよなぁ。俺が見張ってっから、寝ていいぜ」

「えっ、そんな、悪いよ。僕は馬車の中で寝たんだし……」

「怪我人がナマ言ってんな。いいから休め、じゃねえと傷の治りが遅くなるぞ」

 

 そうなって困るのはロディ自身なのだ。言外にそんな主張を込めると、イズクはふうぅと深いため息をついた。

 

「わかった……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね……」

「おー、そうしろそうしろ」

 

 トレードマークのグリーンのベストを枕代わりにして、イズクは横になった。すぅ、はぁという呼吸の音が、程なく規則正しい寝息に変わっていく。数十秒ともたなかった。

 

「……ま、そりゃそうだよな」

 

 慣れない土地で、今日会ったばかりの人間を守りながらの逃避行──疲労が蓄積していないわけがない。そしてそんな彼がいなければ、自分は今頃この世にいないだろう。

 

 ロディは"それ"を言葉にする代わりに、マントを脱ぎ、イズクにかけてやるのだった。

 

 

 *

 

 

 

 結局敵が接近してくる気配もなく、イズクとロディは交代しながら二時間ずつ眠って体力を回復させると、意を決して立ち上がった。

 

「あのドルイドン、今頃俺らのこと探し回りすぎてトンチンカンな場所に飛んでってたりしてなぁ」

 

 楽観的な軽口を叩くロディだったが、イズクはくすりともしなかった。

 

「そうだったらひとまずは助かるけど、油断は禁物だよ。もしかしたら、地上に降りて探し回る気なんて最初からないのかもしれない」

「……獲物が自分から出てくるのを、手ぐすね引いて待ってるってわけか?」

 

 一流の狩人は、狙い定めた獲物が通りがかるのを、何時間でも何日でも一歩も動かず待ち続けられるという。そしてあのドルイドンも、どこか超然とした口調ながら、獲物を狙う猛禽類の目をしていた。

 

「どうすんだ?わかってたって、空から来られたら逃げ場がないぜ」

「大丈夫、振り切るよ」

 

 そう答えて、イズクはハヤソウルを取り出した。竜の頭部のような形状をしていながら、指で弾くと騎士の姿へと変わる不思議なギミック──ただロディは、それを見たことがあるような気がしていた。

 

「………」

「どうかした、ロディ?」

「!、あぁいや、別に……。ところで俺、また担がれんの?」

 

 あれは腰がしんどいし、何より男の沽券にかかわるからやめてくれ。本当ははっきりそう言って拒絶してやりたかったが、かといってこのベビーフェイスのナチュラルボーンヒーローを困らせたいとも思わなかった。

 

「ごめん、心地は良くないかもだけど……しばらく我慢して」

「……ま、しゃーねえよな。振り落とさねーでくれよ、勇者サマ?」

「もちろん!」

 

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

 

 マントで簀巻きになった細長い身体をひょいと抱え上げ、イズクは超速で洞窟を飛び出した。

 

「──!、出てきたか」

 

 タカマルは即座にその姿を発見した。イズクの見立て通り、彼は獲物が自ら姿を現すのを待ち構えていたのだ。洞穴などに身を隠していることは予想がついていたが、そういった閉鎖空間に立ち入って戦うことは彼の美学に反する。

 飛翔というアドバンテージが失われてしまう以前の問題だ。逃げたいなら好きなだけ地上を這いずり回ればいい。

 

「速い。しかし、拙者からは逃げられぬぞ」

 

 宵の空に一陣の風を残し、大鴉は飛び立った。

 

「──やっぱり、来た……!」

 

 イズクの言葉に、しがみついて耐えるばかりだったロディはぎょっとした。まさか、こんなに早く発見されてしまうなんて。

 

「くそっ、あいつ、速い……!」

「ッ、国境までまだかかるぞ!森ン中逃げ込め!」

 

 木々で上空とほとんど遮断された中なら、洞窟ほどでないにせよ身を隠す効果はあるはずだ。それは当然イズクも考えていて、次の瞬間にはそちらへ飛び込んでいた。

 

「うおおおおおお!!」

 

 雄叫びに近い悲鳴をあげたのはロディだった。木の葉や枝が顔にぶつかる。こそばゆいだけならまだしも鋭いものもあって、頬にいくつか小さな切り傷ができるのがわかった。

 

「ロディごめん、我慢できる!?」

「ッ、こんくらい、あいつを撒けるなら──」

 

 仕方がない、と続けようとしたときだった。

 

「ッ!?デク、危ね──」

「え──」

 

 視線が上向いていたために、先に"それ"に気がついたのはロディだった。枝葉を繁茂させていた巨木たち。その天辺近くが幹と切り離され、イズクたちめがけて落下してきたのだ。

 

「──ッ!?」

 

 目を見開きながらも足を止めず走り続けるイズクだが、進んだそばから真上の木が切り倒されていく。やがてひときわ大きい木が切り倒され、彼らの進路を塞いでしまった。

 

「よく走ったものだ、賞賛に値する……で、ござる」

「くっ……」

 

 タカマルがゆっくり地上に降りてくる。彼の片手には湾曲した片刃剣が握られていて、その刃をもって木々を両断したのだと推察された。

 

「だが、ここまでだ」

「……みたいだね」

 

 その同意は無論、断じて白旗ではなかった。逃げられないなら、戦うしかない。幸いにして、先ほどの傷はもう塞がりつつあった。

 

(逃げられないなら戦う。戦うなら……勝つ!)

 

 そのために、

 

「──リュウソウチェンジ!!」

 

 左腕の竜頭型ブレスレットに、緑色の騎士の形をしたツールを装填する。するとそこから、『ケ・ボーン!!』という、場の雰囲気に見合わぬ明朗な音声が流れた。

 

(なんだ?)

 

 訝しげに目を細めるロディだったが、次の瞬間驚くべきことが起こった。ブレスレットから緑色をした小さな騎士たちが何体も飛び出してきて、イズクの周囲を円形に囲ったのだ。しかも間髪入れず、陽気なリズムとともに踊り出すではないか。

 イズクはその中心で右腕を構え、空気を撫ぜるようにおろしていく。そしてその指先が首元あたりに達した瞬間、一転して素早くブレスレットに手をかけた。

 

『リュウ SO COOL!!』

 

 踊っていた騎士たちがイズクの全身に殺到していく。刹那、眩い光が放たれ、ロディは思わず目を瞑っていた。

 

 そして光が収まり、再び視界をひらいたとき──そこに、イズクの姿はなかった。

 イズクの立っていた場所に、鮮やかな緑の全身鎧を纏った騎士が立っていたのだ。

 

「え……?」

「……──、」

「──疾風の騎士、リュウソウグリーン!!」

 

 それはまぎれもない、イズク自身の声だった。

 

「リュウソウ……?デク、おまえもリュウソウ族だったのか……!?」

「!、え──」

 

 ロディの反応は、イズクにしても予想外のものだった。彼はリュウソウ族を知っている?

 

 一方でタカマルは、驚くこともなくくつくつ笑っていた。

 

「ククククっ、やはりそうでござったか。ただの人間の小僧では、狩るにも味気ないと思っていたが」

「………」

 

 そうだ。今はロディの言葉を気にしている場合ではない。イズク──リュウソウグリーンはリュウソウケンを構え、臨戦態勢をとった。相手は未だ、動かない。それは嵐の前の静けさであることは考えるまでもない。

 先に動いたほうが負け、とはよく言ったもの。しかし相手の出方をじっと待ち続けるというのは、実は気の長いほうではないイズクには向かないやり方だった。無論、猪突猛進というわけではない。攻めに出れば相手も自ずと手を打ってくる。その手を見て、分析して、戦いながら作戦を組み立てるのだ。

 

(僕が……行くっ!!)

 

 腰を落とすと同時に、一歩を踏み出したときだった。

 

 声も出さぬまま、タカマルが矢をつがえ、撃つ。それらはまっすぐにグリーンへと向かってきた。

 

「ッ!」

 

 すかさず立ち止まり、リュウソウケンでそれらを斬り弾いていく。

 

「ッ、牽制のつもりか!この距離で、こんなもの……!」

「牽制?違うな。それで終わるなら、我が刀の錆にするまでもない相手ということよ」

 

「おぬしは合格でござる」──尊大な口調で言い放たれて、イズクの頭に血が上った。ドルイドンに、そんな物言いをされる筋合いはない。

 

「──ツヨソウル!」

『ツヨソウル!オラオラァ!!』

 

 リュウソウグリーンの右腕がさらなる鎧に覆われる。リュウソウメイルを纏った状態でリュウソウルを使用する場合、ソウルのエネルギーがこのように鎧の形状をとって具現化するのだ。

 そのぶん生身で使用するより、安全かつ効率的に能力を発揮することができる。

 

「はぁあああああ──ッ!!」

 

 雄叫びをあげ、持ち前のスピードで斬りつける。一方のタカマルはというと、その場から動かぬまま素早く刀に持ち替えた。

 胸がすくような澄んだ音とともに、刃と刃が激突する。

 

「……ッ!」

「フム……」

 

 腕力、刃の切れ味は互角。しかし精神的には明らかに異形の怪物の側に余裕があった。それは決して慢心ではない。

 

「剣筋は良い、その速さも見事なものでござる。おぬし、相当な努力を積んできたな」

「ッ、だから……なんだッ!」

 

 均衡を破るべく──あえて一瞬、力を抜く。相手が文字通り傾いたところで、懐に入り込んで一閃──

 

 しかしタカマルもひとかどの剣客であった。グリーンの戦法を即座に看破し、己も力を抜いて均衡を保つ。そしてそのまま、素早く後退した。

 

「何ということはない、おぬしは称賛に値する地力の持ち主。ゆえに称賛したまでのこと。あえて不足を挙げるなら、その若さか」

「……ッ、」

 

 若さ、というのは、心身両面のことを指している。リュウソウ族における成人をようやく目前にしたところであるイズクは、鍛えているといってもまだまだ未発達なところがある。それに比べればある程度精神は成熟しているが、元々の性格もあり、青さが残っていないとはいえなかった。

 

「そしてその未熟な欠点を、補う仲間がいる。相違なかろう」

 

 確かに、そうだ。二つしか年齢の違わないカツキだが、彼は幼少時代からずっと自分の先を行っている。彼の真似から初めて、彼の師匠であるマスターブラックはじめ先輩たちの指導を受けて、ようやく自分なりの戦い方を見いだしたのが旅に出る直前だった。

 ロディに話したことは、謙遜でもなんでもない。自分はまだ、弱い。

 

(──それでも!)

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

 剣の柄に手をかけ、装填したソウルに何度も囓りつかせる。それはソウルからエネルギーを吸い上げる行為に他ならない。吸い上げられたエネルギーは、すべてが切っ先に蓄えられていく。

 

「はあああああ──」

 

 跳躍。そして、

 

「マイティ、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 切れ味や振るいやすさといった、剣の性能を純粋に強化するツヨソウルの一撃。それでも相手はドルイドンだ、一気に決着をつけるというのは難しかろう。狙うは──

 

「──片翼、か」

「!」

 

 狙った左翼が縮み、背の被毛に収納される。リュウソウケンが切り裂くことに成功したのは、わずかな羽根数枚だった。

 

(やはり未だ、青し)

 

 それゆえ、動きも読めるというもの。

 

「ヌン!」

「ッ!」

 

 刀を振りかざして相手を飛び退かせる。そうして距離をとったところで、タカマルはいよいよ攻めに出た。

 

「唸れ、我が愛刀"劫涅"よ──」

 

 タカマルの手にする刀が、漆黒からさらに深いやみいろに染まっていく。はっとしたグリーンは防御の態勢をとった。後ろにはロディがいるのだ、迂闊にはかわせない……!

 

「──"晦冥烈刃"!!」

 

 その闇が無数の刃へと分裂し、横薙ぎの猛雨のように襲いかかる。リュウソウケンで受け流そうと試みるグリーンだったが、それは先ほどの羽根手裏剣とは比較にならないもので。

 

「ぐあああああああ──ッ!!?」

 

 リュウソウメイルが蝕まれていく。火花が散り、激痛が走る。それでも踏みとどまろうとする努力は水泡に帰し、彼は呆気なく地面を転がった。

 そのまま耐久値の限界を超え、リュウソウグリーンはイズクの姿へと戻ってしまった。その時点で、実質的に趨勢は決したようなものだった。

 

「デクっ!!」

 

 ロディが駆け寄ってくる。──駄目だ。敵の狙いは。

 

「逃げっ……早く、逃げて、ロディ……!」

「逃げろったって……!」

「──賢明でござるな、少年」

「!」

 

 タカマルの声はどこまでも冷静だった。獲物を捉えたという高揚感も感じられない。ただ淡々と、ロディの荷物に目を向けていた。

 

「それを置いていけ。さすれば、どこへなりと立ち去って構わぬ」

「な……!?」

「……!?」

 

(このドルイドン、宰相と結託しているわけではないのか?)──そんな疑問が共通して浮かぶ。宰相ガイセリックの追っ手は、秘密を知った可能性があるとしてロディの命をも狙っていた。

 

「おぬしは戦士ではなかろう。戦う力も気概ももたぬ者を積極的に屠ることはしない」

 

 無論、必要なら殺したっていっこうに構わないだろうことは、先ほど不意打ちの矢を放ってきたことから疑いようもない。申し出を拒絶すれば、その瞬間にロディは心臓を貫かれるだろう。

 

「猶予は与えん。今すぐ選べ」

「……ッ、」

 

 ロディ……いや、イズクは彼以上に歯を食いしばっていた。胸の傷が開き、じくじくと痛むのも気にならない。自分が、自分にもっと力があれば、ロディを選択の矢面に立たせることなどなかったのに──

 

「……わかった」

「ロディ……!」

 

 名を呼んで……それ以上は、何も言えない。言えるはずがない。ロディ自身の命がかかっている、この状況で。

 だのにロディは、こう続けたのだ。

 

「ひとつだけ、条件を付けさせちゃくれねえか」

「申してみよ」

 

 タカマルは寛大にも聞く姿勢をとった。無論、矢はつがえたままだが。

 

「デク……そいつも一緒に、助命してほしい」

「!」

 

 ひゅ、と喉が鳴るのが自分でもわかった。

 

「その男はおぬしとは違う、先に挙げた双方を持っている。見逃せば、いずれ禍根となるでござろう」

「は、ははっ……用心深いねえ、ドルイドンさん。こいつくらい、あんたほどのヤツならいつでも殺せるだろ?なんなら土下座させて、もう二度と逆らいませんって誓わせようか?」

 

 高まっていく憤懣の一方で、身体が動かない。ロディが思ったままを口にしているなら、それはそれで仕方がない。でも密かに握りしめられた拳が、決してそうではないのだと示している。

 

 自分自身、そしてイズクの命を守るために、彼はあえて泥を被っている。守ると誓った少年に、そうまでして守られている──

 

「……ふむ」

 

 ロディの言葉に少なからず感じるものがあったのか、沈思するタカマル。とはいえイズクが満身創痍であり、彼の視界にとらわれたままである以上、それは隙でもなんでもない。

 この場のすべてはタカマルに掌握されてしまっている──

 

 そう、この場のものに限っては。

 

──BOOOOOOOM!!!

 

 にわかに響いた爆発音は、両陣営ともに寝耳に水のもので。はっと顔を上げた彼らが目の当たりにしたのは、紅蓮を背に飛翔する漆黒の竜騎士の姿だった。

 

「死ィねぇぇぇぇ──ッ!!」

 

 その重厚な外装とは裏腹の、烈しいにも程がある罵声が響き渡る。同時に爆炎が火柱となって漆黒のドルイドンを呑み込んだ。

 

「何やってやがる、クソナードっ!!」

「!、かっちゃん……!」

 

 かっちゃん、カツキ──威風の騎士、リュウソウブラック。騎士竜ミルニードルの加護を受けた漆黒の鎧の右腕だけは、さらに上から黒にオレンジの炎をあしらった鎧で覆っている。

 

「どうして……」

「国境に向かっとんのだから近く通るに決まってンだろーが!そしたら戦いの空気くらいわかるっつの」

「ロロとララは!?」

「国境際に隠れさせとる。わーったらとっとと行くぞ!」

 

 ブラックがロディをひょいと抱え上げ、俵抱きにする。「またこれかよ!?」というロディの抗議めいた声は完全に黙殺された。

 

「ッ、ハヤソウル……!」

 

 彼の稼いでくれた数秒のおかげで、イズクはなんとか己を叱咤して立ち上がることができた。ハヤソウルを発動させ、爆破によって飛翔するブラックのあとを追っていく。

 

「──ヌウゥッ!」

 

 いかに頑丈とはいえ、高温の炎に灼かれればドルイドンとてダメージは受ける。それに耐えぬいてタカマルが劫火の中から飛び出したときにはもう、彼らの姿はどこにもなかった。

 

「……ふむ。補っていたのはあの童でござったか」

 

 追跡をとりやめるつもりはない。しかし彼らはこのまま隣国まで逃げおおせるだろうという予感があった。あの鞄に秘められた秘密を知れば、戻ってくるだろうとも。

 

 そのときこそ互いに不退転の戦いができるだろう。そんな想像とともに、タカマルはくつくつと笑った。

 

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