砂漠の片隅に、無駄に良い美声による癇癪が響き渡っていた。
「ムッキイィィィィ!!よもやよもやよもやァァァァ!!!」
「ちょ、うるっっっさ!!落ち着いてくださいよワイズルーさまぁ!?」
「こ・れ・が!!どうして落ち着いていられようか!!?長らくリュウソウジャーと戦ってきたこの私がぶっちゃけ負け続きだというのに、ぽっと出のウデンなんぞに一匹掻っ攫われてしまうとはァァァ!!」
舞い上がる砂塵にも構わずわめき立てる主──厳密な主従関係ではないのだが──に、クレオンはほとほと困り果てていた。主ことワイズルーは、ウデンがガイソーグことタマキを討ち果たしたことにいたくご立腹なのだ。理由は彼自身ががっつりシャウトした通りである。
確かにウデンが首級を挙げたことは事実だが、彼はそれと引き換えに戦死している。クレオンとしては命あっての物種なのでその時点で勝ちも負けもあったものではないと思うのだが、ドルイドンは共通してプライドが高く己の美学というか主義主張を大事にする。あれこれ宥めたところで無意味なのだ、自然と落ち着くのを待たなければ。
(しかしまぁ、ガチでもうマンネリなんだよなぁ……)
ワイズルーもいい加減ネタが枯渇気味のようだし、リュウソウジャーはどんどん実力を付けている。ウデンが現れる前にも思っていたことだが、やはり自分たちは侵略には向いていないのかもしれない──
そのときだった。不意に、砂漠の乾いた空気がびり、と震えたのは。
「!?」
あれほど喚いていたワイズルーが、ピシリと固まるほどの変容だった。いったい何が起こっているのか……いや、何が迫り来ようとしているのか。
その答は、すぐに出た。他ならぬ"彼"が、姿を現したことによって。
「──当然だろう?ウデンはとっても優秀なボクの弟なんだからね」
「き、貴様は!?」
「──プリシャス……!」
薄紫色の小柄で細身なボディからこぼれる、少年のような笑い声。しかし彼が自分より強大な力を秘めたドルイドンであることを──認めたくはないが──、ワイズルーは嫌というほど知っている。
「い、今さら地球に何しに来た……!?」
「今さらなんて。暫く宇宙でさがしものをしていてね、到着まで優秀なファミリーに侵攻を任せていただけだよ?」
「ふん、その優秀なブラザーはデェッド!!リュウソウジャーに倒されて☆NA!」
先ほどまで妬んでいたことを忘れたかのようにウデンをこき下ろすワイズルーだが、このあとのことを思えばそれは藪蛇と言わざるをえなかった。
「ああ、そうらしいね。──大丈夫、後釜はいるから」
「フン、わざわざ貴様の傘下につくキトクなguyがまだいるというのか?そんなバナナ……ゴホン、バカな!」
「いるじゃないか、ここに」
「ここ?」
プリシャスの細長い指が差したのは他でもない、ワイズルーだった。
「キミだよ、ワイズルー」
「What!?」
呆気にとられるワイズルーに対し、プリシャスは何かを投げつけた。胸元に張り付いた"それ"は、符のような形状をしていて。
プリシャスが掌に力を込める。途端、ワイズルーは苦悶の声をあげた。激しい痛みを覚えたのだ──まるで、胸に直接手を突っ込まれてかき回されているかのような……。
「グハッ、ア、アァァ……!!」
「わ、ワイズルーさま!?どうしたんスか、ワイズルーさま!!」
幸いというべきか、苦悶の時間はすぐに終わった。胸に絡みついていた符が剥がれ、プリシャスの掌中に戻っていく。
「ふふふっ」
「き、貴様……何、を、した……!?」
プリシャスが符をめくる。──そこには、心臓と思しきものが妙にリアルなタッチで描かれていて。
「貰ったよ、キミの心臓」
「な……っ!?何をバカな──」
「ウソだと思うかい?──それなら、ほら」
符を力いっぱい握りしめるプリシャス。ぐしゃりとそのかたちが歪むと同時に、ワイズルーの胸を再び激痛が襲った。
「グァ、ガ、ア゛ァァァァ!!??」
「わ、ワイズルーさまぁ!!」
「わかったかい、ワイズルー?今日からキミも、ボクの手足となって働くんだ」
同族を苦しめ嗤う悪魔の背後に、巨竜の影がよぎった──
*
旅を始めて以来、初めて明確な敗北と悲嘆を味わった騎士竜戦隊リュウソウジャー。それでも彼らは折れることなく北の大地をめざして旅を続けていた。
「ここから北へ渡るには、この海峡を抜けていく必要がある」
眼下に広げた地図を睨みながら、確認するようにイズクが告げる。西と北の狭間は地上でも繋がっているが、そこには巨大な山脈が聳えている。この頂上付近から既に氷雪に閉ざされており、人力で越えるのは至難の業だ。それよりはいったん海上に出、渡航するほうが現実的ではある。
それ"よりは"──つまり、その方法も容易いわけではないということ。
「この辺りから先は流氷があって、漕船は進入不可能だと言われてる。おそらく海中にも……──ショートくん、モサレックスなら突破できるかな?」
「流氷がある場所を通行したことはねえが、いけるとは思う。ネプチューンになれば分厚い流氷も破壊できるからな」
「しかしそうなると、時間がかかりそうだな。北方の様子も詳しく知りたいところだが……」
「………」
今後のことをプランニングする叡智、疾風、威風、栄光の四騎士。頭の回る彼らが色々と話し合って策を練るのはいつものことだが、皆それぞれ隣にぽっかり穴が開いたかのような錯覚を覚えていた。
ごく短い間だけだが、この輪の中には"不屈の騎士"がいたのだ。最年長者でありながら一行入りするまでに紆余曲折あったかの青年は──元々の性格もあって──遠慮を極めていたが、そんな彼の言葉少なな助言は極めて的確であり、彼らの旅に大いなる益をもたらしたことは衆目の一致するところである。
その死を悼み、嘆き悲しむ夜はとうに過ぎ去った。今はこうして先々の話に集中しようと皆努めているのだが、どうしても間隙の沈黙は訪れてしまう。と、ちょうどその瞬間を縫うかのように、明るい声で輪に入ってくる者たちがいた。
「おまたせ~!アップルティーと──」
「──アップルパイです」
それらを運んできたのはオチャコとコタロウだった。アップルづくし──取り返しのつかない喪失のあったバザールで買い込んでいたものだ。甘いおやつと甘いお茶。ひとりを除いては目を輝かせたことは言うまでもない。
「これはまた豪勢だな!」
「いや豪勢ではないですけど。カツキさんは食べませんか?」
「……食うわ、一応」
「一応て」
「美味そうだな、もう食っていいか?」
「相変わらずマイペースだね……──あっそうだ。エイジロウくんは……」
イズクの視線の先、皆から少し離れたところにエイジロウはいた。遠くを見つめ、じっと何かを考え込んでいる。今まではまったく見たことのない姿に、仲間たちは声がけを躊躇った。
「……タマキ先輩のことがあってからずっとああだな、エイジロウ」
「無理もないだろう……今際の際に居合わせたのは、エイジロウくんだけだったんだ」
もっと何か、できたことがあるのではないか。タマキを救えたのではないか──思いは皆同じだが、それがとりわけ強烈な悔恨となってしまっていても無理はない。何より彼が目の前で友を喪うのは、これで二度目だから。
「エイジロウさ──」
居ても立ってもいられず、コタロウが声をかけようとしたときだった。
「ドルドル、ドルッ!!」
「!!」
なんの前触れもなく響く、耳障りなかけ声。振り向いた彼らが見たのは、砂礫の彼方からこちらへ進撃してくるドルン兵の群れだった。
いつでもどこでも即応できること、それもリュウソウ族の騎士たる資格のひとつである。エイジロウも含め、一斉に剣を抜いて立ち上がった。そのまま迎え撃ち、鍔迫り合う。相手は統一された挙動が見事な雑兵たちだが、逆にいえばその戦闘パターンは極めて限定されている。この程度の相手ならばもう、竜装するまでもないことだった。
「またこいつらだけか……!」
「どうせッ、あのクソ道化師が糸引いとるわ!!」
その推測は的中していた……
皆の間に距離ができた瞬間を狙って、まさしくその"クソ道化師"が襲いかかってきたのである。
「ゼェェェット!!!」
「ッ!」
彼のステッキの矛先は、エイジロウに向けられていた。はっと顔を上げた彼は、すんでのところでそれを避ける。とはいえまったくの空振りでは済まず、頬がわずかに切り裂かれてしまった。
「エイジロウくん!!」
「ッ、大丈夫だ!」
それでも、ワイズルー自らによる攻撃である。救援に入ろうとする仲間たちだったが、押し寄せるドルン兵たちがその進路を阻む。
「こ、こいつら一体なんなん!?」
「俺たちとエイジロウくんを分断するのが目的か……!」
ワイズルーらしい奸智だと思うと同時に、彼らしくなさも如実に感じた。自らの身ひとつで直接攻めてくるなんて。いや、マイナソーがまだ近くに潜んでいるかもしれない。油断するな……などとは、今さら言うまでもないだろう。そういう信頼が皆の間には築かれている。
「リュウソウレッドよ、聞くところによると新たな力を手に入れたらしいな。──ガイソーグのボウヤをいけにえにして☆NA!」
「………」
ワイズルーの露骨な挑発にも、レッドは反応しない。その──少なくとも表向きの──平静は、触れれば切れそうな冷たさを孕んでいた。
「フッ、ノーリアクションとはまったくもって面白くナッシング……。──見せてもらおう、赤くて速い三倍なヤツの性能とやらを!」
ワイズルーの望み通りに動いてやるのは癪だったが、拒否する理由はなかった。
「後悔するなよ……!」
『マックス!ケ・ボーン!!』
右手に装着した巨大な鉤爪に、マックスリュウソウルを装填する。"いけにえ"──ワイズルーの言葉を、全面的に否定することなどできない。タマキの犠牲の上に、自分はこの力を得ている。
でも、それが、どうした。
「──マックスリュウソウチェンジ!!」
マックスリュウソウルから放出されたパーツの群れが、リュウソウメイルをさらにその上から覆っていく。衣服のごとき柔軟な鎧が、正真正銘の分厚い鋼へ。赤と金銀に彩られたそれは、砂漠に揺らめく陽炎のごとき灼熱を纏っていた。
「勝☆負ッ!!」
ステッキ片手にワイズルーが襲いくる。対するマックスリュウソウレッドは、その場から動くことなく彼を邀撃した。鋭く巨大な爪が振り下ろされるステッキを受け止め、押し返す。もとよりドルイドンの中では非力なワイズルーのそれは、拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。
だが、決して手は緩めない。相手がわずかに後退したところで一挙に距離を詰め、攻めたてる。防戦一方だ。ビショップクラスのドルイドンが。
「あ、アメイズィングパゥワー……グハァッ!?」
ついに弾き飛ばされるワイズルー。しかし彼もさるもの、マントを靡かせながら即座に態勢を立て直した。距離をとったところで、ステッキを天めがけて掲げる。
「ええいままよっ!──チェックメイト・デ・ショータァイム!!」
光の矢が雲間へ放たれ、大気中の塵を融合させながら灼熱のシャワーとなって墜ちてくる。既に見慣れたワイズルーの必殺技。
マックスリュウソウレッドは舞うようにそれらを回避しつつ、かわしきれないものは爪を振るって弾いていく。その捌きぶりは見事と言うほかなかった。今までのエイジロウが駄目だったというわけでは決してないが、見違えたようだ。
そうして一撃も彼に痛みを与えることすらかなわぬまま、光の雨はやんだ。
「それで終わりか?」
「な、なんだとぅ!!?」
切って捨てるような言葉に憤慨するワイズルーだが、かといって何ができるというわけでもない。ぐぎぎ、と歯を噛み鳴らしながら、その場に立ち尽くすことしかできないのだ。
「次はこっちの番だ」
マックスリュウソウチェンジャーに手をかけるレッド。『エクセレント!!』という明朗な叫び声が響くと同時に、彼は肉食獣のごとく腰を落とす。
そして、
「エバーラスティング、クロー!!」
『イケイケソウゥゥゥル!!!』
爪の放つエネルギーの猛威に任せ、身体を錐揉み状に回転させながら超高速で突撃する。
ワイズルーと同じビショップクラスのウデンをも葬り去った、マックスリュウソウレッドの必殺技。
(来たッ、気は乗らないが……!)
本来であればさっさと逃げるところだが、今は命を懸けるしかない事情がある。ワイズルーはぎりぎりまで敵の攻撃を引きつけることに決めていた。
コンマ数秒後、鉤爪の先が到達する。ワイズルーはようやく身を翻した。硬い表皮をいとも容易く削りとられ、激痛が襲ってくる。
それでも、目的は果たした。
「グハッ、ア、ガァ……!」
「────、」
ずりずりと砂礫を蹴飛ばしながら静止するマックスリュウソウレッド。その背後でワイズルーはぐらぐらと揺らめいていた。その身体からは血が滴っている。
「や、やったんちゃう!?」
「いや、浅ぇ」
ブラックの反応が正しかった。笑い飛ばせない程度のダメージではあったものの、ワイズルーは致命傷を避けたのだ。
「ッ、クローズド……!」
「!」
戦隊一行からみて、ワイズルーは驚くほどあっさりと撤退した。マントをくるりと翻し、忽然と姿を消したのだ。ドルン兵たちも同時に全滅させた以上、戦闘は終わりである。たとえ結果が不服であっても。
「やはり逃げおおせたか……」
「新しいレッドを見たいだけなら、代償は高くついたんじゃねえか」
「だけなら、な」
ワイズルーのことだ、"それだけ"ということも十分考えられる。しかしそれでは済まない深慮遠謀があるという可能性もあって──考えはじめるときりがないので彼らは早々に剣を納めた。
そしてあと一歩でウデンに続く金星を挙げられるところだった勇猛の騎士はというと、
「ふうぅ……はぁ」
大きくため息をつき、竜装を解く。ぐうっと伸びをした彼は、ややあって皆ににぱっと笑顔を向けた。
「みんな、おつかれ!」
「え、」
「あ、う、うん……?」
皆が戸惑うのも無理はなかった。先ほどまでのエイジロウは、まるで今までとは別人のような、タマキのそれをさらに鋭くしたような振る舞いを明らかにしていたので。
「え、エイジロウくん……?」
「ん、どうしたんだよみんな?ヘンな顔して……」
「いや、だってきみ……その、タマキ先輩のことで落胆していたのでは……?」
「へ?」
暫し考え込んでいたエイジロウは、程なくして「ああ!」と声をあげて手を打った。
「悪ィ、そういうわけじゃねえんだ。ただ、タマキセンパイから貰ったこの力……確かにすげえ強力だけど、今までの俺のままで活かせるんのかって。だからずっと、考えてたんだ」
自分自身が、どのように有るべきか──
「なぁんだ、そうやったんや……」
「紛らわしいんだわ、クソ髪」
「へへっ、悪ィ悪ィ!……タマキセンパイの死、無駄にするわけにはいかねえもんよ。落ち込んでなんかいられねえよ」
その言葉には確かに、彼らしからぬ重みがある。──陽気な彼が消えてしまったわけではない。ただ、変わりゆくものもあるということだ。
*
「グッ……ハァ、」
「!、ワイズルーさま、大丈夫っすか!!?」
満身創痍の状態で帰還したワイズルーを、クレオンは慌てて迎え入れた。流れ出す血が、マックスリュウソウレッドが如何に強力な敵であったかを思い知らせる。
尤もそんな同胞の姿を目の当たりにしてなお、動転することも労ることもない男がこの場にはいた。
「ふぅん。ま、それなりの相手ではあるみたいだね」
「ッ、プリシャス……!」
向けられる憎々しげな視線をものともせず、「ん」と手を差し出すプリシャス。ギリギリと歯を食いしばりながらも、ワイズルーはその意に沿わざるをえない。
彼が差し出したのは、プリシャスから預かった符だった。ブランクだったそこに、マックスリュウソウチェンジャーに似た鉤爪の紋様が描かれている。それを受け取り、プリシャスは満足げに頷いた。
「これで準備は整った。……次はボク自ら遊んであげるよ、リュウソウジャー」