「──試練の断崖?」
耳慣れぬ地名?が唐突にカツキの口から飛び出すのは、リュウソウジャー一行にとってもはや様式美のようなものだった。それをイズクが具体的に説明するのも。
彼曰く、北端の海岸近くに聳える峻険な山岳のことがそう呼び称されているという。古来、リュウソウ族の騎士たちが己を高めるための鍛錬の場として使っていると。
「試練かぁ……確かに山登りって体力付きそうやね!」
「う、う~ん……それもあるけど」
「アホ、ンなもん試練でもなんでもねーわ。そもそも大して標高があるわけでもねえ」
「じゃあ、なんなんだ?」
ため息混じりにカツキが続ける。
「試練っつーのは、登ってから始まンだよ」
「頂上で、何かがあるということか?」
「うん。頂上に魔力を宿した石碑があって、それが僕らを試練の間に送り込むんだ。試練っていうのも、人によって様々らしいんだけど……駆け出しの頃のマスターブラックが、まる一週間かかったって」
「一週間もか!?」
「お前らは、挑戦したことねえのか?」
「……ねーわ。試練に挑戦できンのは、それに耐えうる実力があるとみなされたヤツだけだ」
かつてのイズクやカツキでは、その石碑に触れても何も反応が返ってこなかった。それは彼らにとって極めて口惜しい事実だったが──
「今の僕らなら、必ず挑戦できる。そして乗り越えられると思うんだ」
「……だな!なら早速行こうぜ「てめェらは残っとれ」──!?」
思わぬ言葉に、一瞬反論も何も忘れてしまった。それも無理なきことだった。
「な、な、ど、どうし、なぜだ!?」
「いや動揺しすぎ……でもホンマ、なんで!?今さら距離とんないでよぉ~!」
「うるっせぇな!!定員オーバーなんだよ!!」
「!、あ……そ、そういう」
そういう事情となると、流石にスリーナイツとショートも沈黙せざるをえない。「ったく」と毒づきつつ、カツキは指三本を掲げた。
「三日だ、三日で戻ってくる。てめェらはその間に、あのクソ道化師でもブッ殺しとけ」
「ドルイドンをそんな簡単に……いや確かに、今のエイジロウくんが一緒なら可能かもしれないが」
「いいじゃねえか。やってやろうぜテンヤ、オチャコ、ショート!」
彼らが帰ってきたときにはワイズルーを倒していて、なんの後腐れもなく自分たちも試練の断崖に挑戦する──そんな未来を思い描く。そうすればきっと、北方で待ち受ける"真の"試練も乗り越えることができるだろう、と。
しかし新たなる脅威は手ぐすね引くどころか、自ら音もなく迫りつつあるのだ。彼らはまだ、そのことに気づいていなかった。
*
のんびりはしていられない。方針が決まるとすぐ、イズクとカツキはエイジロウたちと別れて試練の断崖へ向かった。
かたちとしては山岳ながら、"断崖"と呼び称されるだけのことはある。荒れた峻険な山道は、人間はおろかあらゆる生物が行き来することをよしとしてはいない。まるで陸の孤島のようにぽつんと聳えるこの地は、そうした条件の積み重なりによって何ものも立ち寄ることの滅多にないエリアとなっていた。
「よいしょ、っと」
とはいえ、今ここを登っているふたりはリュウソウ族の中でも選ばれしいくさびと、騎士である。リュウソウルの助けなしにも、すいすいと登っていっている。
「かっちゃん、待ってよ!」
「久々に聞いたわソレ」
「僕も久々に言った……。──ところでさ、訊きたいことがあるんだけど」
「あー?」
「ここ、定員があるなんて教わったっけ?」
ずんずん先を進んでいたカツキが、不意に歩みを止める。思わず笑みがこぼれそうになるのを、イズクは懸命にこらえた。
「……エイジロウは今、自信をなくしそうな
「……ここの試練は、僕らの心の脆い部分を突いてくるそうだもんね」
精神的弱点を強引に引きずり出し、徹底的に叩く。そうして極限状態に追い込まれながら戦って戦って、ようやく乗り越えられるのがこの地の"試練"なのだ。
「あのクソ道化師ブッ殺しゃ、少しは気分も変わんだろ」
「そうだね。でもそれなら、エイジロウくんだけ残せば良かったのに」
カツキが振り向く。向けられる眼差しは、心底から軽蔑するような冷たさを露にしていた。
「てめェ……本気でそう思うんか?今、あいつには──」
「──いちばん大きな負担がかかってる、でしょ?」
「!」
目をみひらくカツキ。イズクの意図を察した彼は、次いで白い頬を紅潮させた。
「わかってるよ、エイジロウくんひとりに背負わせちゃいけないって。だからテンヤくんたちも残したんだよね」
誰よりも突出した力をもつ者。自らがそうだったからこそ、それゆえの孤独というものをカツキはよく知っている。自らがそれを甘んじて受けるという心の強さはあっても、他人に同じ思いをさせたいとは微塵も考えない。
「けっ、俺ぁアイツがリュウソウジャー筆頭みてぇになるのが気に食わねーだけだわ」
「ふふ……」
相変わらず素直じゃないなぁ、なんて思いながら、抜きつ抜かれつしつつ登頂する。標高の高いかの地には、砂塵も舞い上がってはこない。ただ荒涼とした空間が続いているだけだ。
その中心に、薄ぼんやりと発光する石碑が打ち立てられている。いっそ無造作に置き去りにされているかのようだ。
どちらともなく顔を見合わせたふたりは、意を決したようにそこへ歩み寄っていく。そして、石碑に手を伸ばし──
「──!」
刹那、眩い光が石碑から放たれ、ふたりの視界は真っ白になった。
はっと我に返ったとき、カツキは見知らぬ街中に立ち尽くしていた。往来を大勢の人々が行きかっている。
訝しみながら周囲を見回すカツキだが、"試練"はすぐに開始された。頭上から降下してきた漆黒の鳥人が、目の前に立ちふさがったのだ。
「!、コイツ、昔オセオンで戦りあった──」
名前は……なんといったか。記憶力も抜群に良いにもかかわらず、他者の名前だけはめったに覚えないのがカツキという少年である。そもそも覚える気がないのだから、能力を活かせないのも当然というものだが。
それに──相手はもう、とうに死んだドルイドンである。亡霊の名前など、思い出しても詮無いことだった。
「クソナードもいねえしな……今度こそ俺がブッ殺してやらぁ!!」
リュウソウケンを構え、そのまま走り出す。この"試練の間"では、竜装は不可能──己が身ひとつで、試練を乗り越えねばならないのだ。
「オラァ!!」
剣と剣とが火花を散らしあう。その際の衝撃でまだ重さの足りないカツキが後ろに吹き飛ばされる。しかしもとより爆破を操る彼は、身体を力の作用にまかせる感覚に慣れている。素早く態勢を整え、ふたたび突撃を仕掛けようとする。
「もっぺん死ィねぇぇぇ──!!」
昂る感情のままに叫んだそのときだった。漆黒のドルイドンが、
「な──がッ!?」
完全なる不意打ちと言わざるをえなかった。片刃剣の柄で峰打ちされ、カツキは脳が揺れる感覚を味わいながら今度こそ地面に叩きつけられた。
「〜〜ッ、クソがぁ!!」
ギリリと歯を食いしばってその感覚に耐えながら、ふたたび立ち向かおうとする。しかし今度は、周囲を歩く人々が平気で戦陣に割り込んでくる。カッと頭に血が上ったカツキは、「邪魔だどけモブども!!」と彼らに向かって罵声を浴びせた。
すると、まるで人形のように規則正しい動作を繰り返していた人々に異変が起きた。ぐりんと折れ曲がるほどの勢いで首を傾けカツキを睨みつけたかと思うと、その姿がぐにゃりと歪んだのだ。
彼らは、ドルン兵へと姿を変えた。
「ッ!?」
彼らもまた、長槍を携えカツキに襲いかかってくる。それをいなしながらも、カツキは思考を巡らせていた。いったい、何が起きているのか。
不意に、マスターブラックとの会話が思い起こされる。
──試練の断崖では、己の欠点と向き合うことになる。
──俺に欠点なんざねえ!
──そうか。……その敵も味方もない口汚さは、克服すべき課題だと思うがな。
「あんたの言う通りってわけかよ、マスター……!」
襲いくる敵をいなしながら、カツキは自ずと笑みを浮かべていた。自分はまだ
それでも、
「絶ッ対、あんたより早く終わらせたらぁ!!」
発奮のために放った言葉。それを罵倒と見做すほど、試練の断崖も鬼ではなかった。
一方、イズクもまた、試練の場に飛ばされていた。
「ここは……」
なんの変哲もない草原である。いったいここで、自分には何が課されるのだろう。リュウソウケンを構え、ごくりと唾を呑み込んだときだった。
「──デェク、」
「!」
耳慣れた声に振り向けば、そこにはカツキが立っていた。彼らしからぬ表面上穏やかだが妙に胸のざわつくような笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「……かっちゃん……?」
「………」
先ほどまで一緒にいたのだ、同じ試練の場に飛ばされていても不思議ではない。しかしその表情、立ち振舞い──どこか、違和感がある。
不意に彼が、リュウソウケンを抜いた。
「────ッ!」
咄嗟に剣を突きだすイズク。──互いの喉元に、刃が突きつけられた。
「ッ、どういうつもりだよ、かっちゃん!?」
「………」
カツキは、答えない。それどころか、その透き通ったルビーのような瞳には温度というものがない。
(ニセモノ……?いや、幻を見せられてるのか……っ)
何も確証はない。ただ、直感的にわかった。目の前の幻影を斬らなければ、試練は終わらない──
*
そして、残されたエイジロウたち。
「じゃ、行ってくるな」
「はい。……また留守番は癪ですけど、お気をつけて」
「ぐぬぬ……!これが噂に聞く"ジト目"というものか……!」
「……どこで聞いたん、そんなウワサ?」
「じとめ?ってなんだ?」
──ともあれ、彼らは出立した。感覚強化系のリュウソウルを使い、ワイズルーの居所を探りながら進む。
「くんくん……東の方角や、間違いナッシング!」
「こらオチャコくん、ワイズルーの口調が移っているぞ!」
「これはあかん!」
「──そんなことより、なんか妙な匂いが混ざってねえか?」
オチャコと同じくクンクンソウルを使用したショートが、不意にそんなことをつぶやく。──ワイズルーとは別種の、不穏な気配。
「マイナソーではないのか?」
「……だったら良いんだが」
「ま、今から気にしてもしょうがねえよ」エイジロウが割り込む。「行こうぜ、皆」
「うむ……──いや、待て!」
不意にテンヤの顔色が変わる。キケソウルを使用している彼は今、遥か遠方の口笛さえも聞き取れるだけの聴力を有した状態となっている。その耳が、何か奇妙な音を捉えたのだ。
「どうした、テンヤ?」
「何か近づいてくる……。風を薙ぐような音……羽音か?大きい……これは──エイジロウくん、上を見てくれ!」
「!、お、おう」
テンヤの指示に従い、顔を上げるエイジロウ。その表情が、みるみるうちに危機感に染まっていく。
「──みんな、逃げろっ!!」
「!」
皆がその場から走り出す。エイジロウのように直接見ずとも、頭上に差す影と空気の変わりように"迫りくるもの"の存在を感じない者はいなかった。
そしてその影がいよいよ最大級にまで膨れ上がった瞬間、
激しい揺れと膨大な砂塵が、四人に襲いかかった。
「──うわあぁぁぁぁッッ!!?」
巻き上がる猛風が、四人の身体をいとも容易く吹き飛ばす。それが収まれば、今度は重力に従って地面に叩きつけられるだけだ。幸い頑丈な身体と、柔らかい砂に覆われた地面のおかげで大きな負傷に至ることはなかったが。
「ッ、てぇ……──みんな、大丈夫か……?」
「う、む……」
「もう……っ、なん、なん──」
振り向いたオチャコは、目を見開いて言葉を失った。怪物など既に見慣れている彼女が、怪物を見たような顔をして固まっている。
彼女だけではない。テンヤもショートも、もちろんエイジロウも、その姿を目の当たりにして呆然としていた。そうなるのも無理からぬことだった。
砂礫を踏みつけ聳え立つは、見上げんばかりの巨竜。その分厚い脚も大雲のごとく拡げられた翼も、彼らの相棒たる騎士竜の比ではなくて。
「オオォォォォォォ────ッ!!!」
その咆哮が、世界を震撼させた。