にわかにリュウソウジャーの前に姿を現したドルイドンの
タマキの戦死と引き換えに新たな力を得たはずの彼らの前に、早くも分厚い壁が立ちはだかろうとしている──
「………」
緊急避難先の洞穴の中にあって、一同の間には重苦しい沈黙が横たわっていた。ワイズルーを討ち果たすのだと揚々と出立したはずの四人が、戻ってきたときには打ちのめされたようだったのだ。迎えたコタロウが戸惑うのも無理からぬことで──無論、経緯を説明されて理解はしたが──。
口火を切ったのは、テンヤだった。
「おそらくウデンのそれと同じだ。奴は、エイジロウくんの技をなんらかの方法でコピーした……」
「コピーって……でもあいつ、私たちと初対面だったやん。どうやって──あっ」
オチャコも"その事実"に思い至ったようだった。テンヤが頷く。
「おそらく、ワイズルーだ。協力関係にあるのか、力ずくで従わせているのかはわからないが……とにかく奴を差し向けることで、エバーラスティングクローを引き出させたんだろう」
「だからって、リュウソウルもなしに同じ技を使えるなんて……」
「──技が同じなら、あとは個人の力量の問題だ」ショートが表向き淡々とした口調で告げる。「それが突破口になるはずだ」
「………」
個人の、力量。ショートはそれを肯定的に捉えているようだが、エイジロウはそうではなかった。自ずと、拳に力がこもる。
「……エイジロウさん?」
表情を曇らせたままのエイジロウの姿に、コタロウは不安を覚えた。今までの彼なら、こういう局面でむしろ闘志を燃やすところではないのか。
タマキから受け継いだ力を活かせなかったというのは、それだけエイジロウの心に暗い影を落としていたのだ。
「………」
仲間たちも当然、それをまざまざと感じとっている。──今は、彼が要なのだ。そしてだからこそ、皆が彼と肩を並べられるだけの強さを手にしなければ。
「やはり、俺たちも試練の断崖へ向かおう」
「!」
「……確かに、俺らがレベルアップするしかねえな」
持ちうる力が、通用しない以上は。
「エイジロウく「──そうと決まったら、すぐに向かおうぜ」!?」
有無を言わさず立ち上がろうとするエイジロウだったが、途端、その身体がぐらりと傾いた。
「ちょっ、エイジロウくん!?」
傍にいたオチャコが慌ててその身体を支える。彼女の細腕に力がこもるのを見て、三人は別の意味ではらはらした。
「すぐには無理やって……!」
「カガヤキソウルで傷は癒したが、そのぶん体力を消耗してる。ひと晩は身体を休めねえと、試練の断崖にたどり着く前に倒れちまうぞ」
「ッ、だけど、プリシャスは三日後に来ちまう……っ。早く試練の断崖を突破しねえとっ、間に合わねえ……!」
「そうかもしれへんけど──」
疲弊した身体で突破できるほど甘い試練ではないだろう。それに万にひとつ突破できたとて、満身創痍の状態でプリシャスと、スペースドラゴンとまともに戦えるはずがないではないか。
それでも抵抗するエイジロウの肩に、テンヤの大きな手が置かれた。
「エイジロウくん、頼む。今はどうか、堪えてくれ。……俺たちを置いて、ひとりで先へ進もうとしないでくれ……っ」
「!、テンヤ……」
忘れていたわけではない。しかし、改めて思い至った。俺たちスリーナイツ──同じ村に生まれ育ち、ともに騎士を目指して切磋琢磨してきた。実力の上では追い抜き、追い越されしてきたけれど……でも、彼らを置いてひとりで強くなろうとしたことは、なかったはずだ。
「……すまねえ。俺、まだ弱ぇや……」
「試練の断崖で、きっと乗り越える術が見つかるさ」
「ほんとは私たち、まだまだ駆け出しなんやもん。逆にこのペースなら、マスター越えも夢やないかも……なんてねっ!」
戯けたオチャコの言葉に、ふたりの表情も解れる。その様子を認めたショートとコタロウは、顔を見合わせて笑いあった。
──そうしてひと晩を昏々と眠り続けたスリーナイツとショートは、陽がいちばん高く天に上る頃になってようやく出立した。
「う〜〜……寝過ぎちまったぁ」
「そうだな、完全に朝寝坊だ!」
「でもおかげで、体力完全回復!って感じちゃう?」
「それはそうとコタロウのやつ、また拗ねてたな」
仮宿としている洞穴のほうを見遣るショート。一緒に行きたいと珍しく駄々をこねたコタロウだったが、試練云々を抜きにしても峻険な断崖を登るのに彼の運動能力では厳しいものがある。いやふつうの人間の子供としては十分なのだが、彼の供はリュウソウ族の騎士たちであるからして。
「わかってるけどさ……」
見送りつつ、ため息をつくコタロウ。そんな彼の背後に、寄り添うようにして接近する巨大な影があった。
「そもさん、汝に問う!」
「!、ディメボルケーノ……」
「りんごとバナナが店先に売っています。だが今はブドウが食べたい気分です。──さあ、どうする!?」
「……難しい質問だね。意地でもブドウを食べるために他の店に行くか、仕方なくりんごかバナナを食べるか、いっそ何も食べないっていうのも考えられるかな?……僕はそうしちゃうかも、へそ曲がりだから」
「むむむ……!正解ではないが、これは愚か者と言いがたい……!」ひとしきり唸ったあと、「果物はどれも美味い。……だが、それぞれに食べごろというものがある」
「そうかもね。……待つよ、今は」
今は自分の待つ場所が、彼らの帰りつくべきところになるのだから。
*
先行したイズクとカツキに与えられた試練は、佳境を迎えていた。
「──うぉらあッ!!」
掛け声とともに目の前の鳥人型ドルイドンを斬り捨てるカツキ。「死ね」という言葉はすんでのところで呑み込んだ。
代わりに、
「俺ぁ……勝つんだよ!!」
残る一体に、渾身の斬撃を放つ。相手もまた、同じように刀を振るった。
斬、と、肉を断つ音が響く。ぽたりと、血が滴る。
──頬から流れるそれを、カツキはぺろりと舐めあげた。
「グァ……ハッ……」
ドルイドンが、か細いうめき声をあげながらくずおれる。そして、ひときわ大きな爆発を起こして──消えた。
「はぁ、はぁ……は、満足かよ、これで……」
肩で息をしながらも、カツキは不敵に笑った。──試練は乗り越えた。時間の感覚などとうにないが、きっと三日もかかっていないだろう。
「見てろや、マスター……っ」
──俺は必ず、あんたより強くなる。
一方のイズクは、輪をかけて過酷な試練を乗り越えている真っ只中にあった。
「〜〜ッ、うあぁっ!!」
半ば悲鳴のような声をあげて、目の前の"敵"を袈裟斬りにする。甲高い断末魔の悲鳴をあげながら、
「ッ、は……は……はっ」
息が上がる。心臓が早鐘のように鼓動を刻んでいる。それは何も肉体的疲労だけが原因ではなかった。
「ッ、みんな……っ」
涙に滲む視界に映るのは……六人の──仲間たちの骸。彼らは一様に裂けた胴体から血を流し、苦悶の表情で絶命している。ドルイドンに敗れてこうなったのではない。ほかならぬイズク自身が、自分の意志で、斬りつけて殺したのだ。これは幻だ、これを為さねば試練は乗り越えられぬ。そう自分に言い聞かせて。
「これで……もう……っ」
戻れる。カツキの、仲間たちの笑顔にまた逢える──そう思った矢先、目前の風景が急変した。
「……!」
仲間たちの遺骸が忽然と消えうせ、現れたのは恐怖に顔を引き攣らせた友人と、その弟妹の姿だった。
「ロ、ディ……?」
絶望に濁った目が、ぎょろりとこちらに向く。
「どうしてだよ、デク……。俺たち、おまえのことは信じてたのに……っ」
「ッ、」
その言葉の意味を、否が応なく理解する。──ああ、この試練の地はどこまで残酷なのだ。イズクの世界でたったひとり、使命と関係のない親友までもを手にかけてみせろと言うなんて。
「これが、僕の弱さだっていうなら……っ」
握りしめたリュウソウケンが、澄んだ音を鳴らす。目の前のロディが、弟妹の身体をぎゅっと抱きしめた。
「頼む、やめてくれデク……っ。せめて、せめてロロとララだけは……!」
「……ごめん、ロディ……」
もう、後戻りはできないのだ。
ひとすじの涙を流しながら、イズクは剣を振り下ろした。
「……ク、デク──おいデクっ!!」
「っ!」
はっと目を覚ましたイズクが最初に見たのは、こちらを気遣わしげに見下ろす幼なじみの姿だった。
「かっちゃ……ほんもの……?」
「なに言っとんだ、ボケカス」罵りつつ、「起きろ、試練は終わったんだ。俺のも、てめェのも」
「……そっか……」
どんな試練だったのか、とは、お互いあえて訊かない。あの苦しみはまず、自分の中で消化しなければならないものだ。それに、ただ"試練を乗り越えた"という事実を共有しているだけで、絆がさらに深まったような気がした。
「ここにもう用はねえ。とっとと降りんぞ」
「……うん」
差し伸べられた手をとって、立ち上がる。汗ばんだそれは温かくて、彼がまぎれもなく今ここに生きているのだと実感させた。試練のための幻の世界で、その体温を奪ったのは自分だ。現実では、そんなこと誰にも為させない。そのために剣を振るうのだと、イズクは改めて決心するのだった。
登頂が困難なら下山もまた然り──ふつうの人間にとってはそうなのだが、彼らリュウソウ族においては少し事情も異なる。急勾配の下り坂を彼らはひょいひょいと降っていく。地面とほぼ垂直な、絶壁といっても過言ではない断崖については流石にそうスムーズにもいかないが、そこはリュウソウルの補助があれば如何様にもなった。
「エイジロウくんたち、今ごろどうしてるかな……」
「さァな。……マジでクソ道化師、倒しちまってりゃいいけど」
つぶやくような応答を聞いて、イズクはあれ、と思った。こうだったらいい、などという願望めいた台詞回しをする男ではないのだが。
現実の時間では一日半程度、別れたところから起算すれば二日ほどか。あんな内容の試練だったせいか、エイジロウたちのことが妙に恋しい。早く皆の元気な顔が見たいと思った。
──とはいえ、断崖の入口付近で相まみえることになるとは思わないではないか。
「よっ、ふたりとも!」
「え、エイジロウくん!?みんなも……」
「よ、じゃねえわ。クソ道化師はどうした?」
「実は、それどころではなくてだな──」
プリシャスのこと、スペースドラゴンのこと──にわかに立ちはだかった脅威について聞かされて、ふたりの表情が険しくなる。ただ、驚くようなことはない。新たなドルイドンの襲撃はいつだって当然だった。ワイズルーにしても、ウデンにしても。
「……わーった、俺らはここで待つ」
「すまねえ。あと二日……厳しいとは思うけど、なんとか乗り越えてみせるぜ!」
自分たちでさえぎりぎりの日数だったのだ。独りで海の王国を守っていたショートはまだしも、経験値でいえばよほど未熟なスリーナイツにまで並ばれるのはカツキにしてみれば口惜しいはずなのだが、どうしてか今だけは不快な気持ちが湧かなかった。
*
さて、イズクたちと入れ替わるように試練の断崖を登るスリーナイツとショート。彼らも峻険な道なき道に四苦八苦しつつ、数時間かけて石碑の前までたどり着いた。
「あれが試練の空間へ通ずるという石碑か……」
「はぁー、いよいよかぁ。なんか緊張してきた……」
「?、緊張する要素はなくねえか?」
「あるの!天然くんにはわからないだろーけど!!」
そんな緊張感のないやりとりは置いておくとして、エイジロウが一歩を踏み出した。それを認めた三人も、すぐさまあとに続く。
石碑の前まで来たところで、エイジロウは立ち止まった。
「みんな、……いいか?」
「うむ、もちろんだ!」
「やったるでぇ……!」
「………」
四人並び立ち──手を伸ばす。
その指先が石碑に触れた瞬間、四人の姿は光に包まれ、忽然と消え失せたのだった。