光が収まったところで、テンヤは目を開けた。と同時に、それを文字通り目いっぱいにまで見開く。
そこは奇々怪々なる空間だった。大小、形もさまざまな建造物が頭上から、あるいは左右から突き出している。およそ常識では測れない空間。
(ここで、いったい何をしろと言うんだ?)
じっと考えてみるが、想像もつかない。かといって、何かが起きる様子もない。自分から動かないと、何も始まってはくれないということだろうか。
「……よし!」
己を鼓舞して、テンヤは一歩を踏み出した。──刹那、
「ッ!?」
視界がぐるんと回転する。突然のことに混乱しているうちに、彼は確かに前進していた。ただし、望んだのとは別の方向に。
「どうなっているんだ、これは……?」
わからなければ、再度試すしかない。続いて右方向へ足を動かしてみる──と、今度は前方へ進んだ。
「そうか!ここは、方角が滅茶苦茶になっている世界……」
そんな世界で、自分はいったい何をすればいいのか。と、不意に視線を上げたずっと先に、ふよふよと浮遊している扉があった。
「あそこにたどり着けということか……」
跳躍しても届かない高さ。普通にはたどり着くことなんてできない。──だが、位相のゆがんだこの空間ならば方法はあるはずだ。
意を決して、テンヤは歩を進めはじめた。
「……なんで私、座らされとるん?」
思わず漏れ出した突っ込みの言葉通り、オチャコは椅子の上に着席させられていた。四本の脚は妙に細く、少し身体を動かすだけでぐらぐらと心もとない。どうしたものかと思っていると、目の前に分厚い本が落ちてきた。
「これ……読めってこと?」
恐る恐る開いてみる──と、オチャコは目を剥いた。そこにびっしりと記されていたのは古代文字の羅列だったのだ。日常生活では使われない……しかしながら、魔導士であれば解読できて当然のもの。
(これが……試練……)
未熟な魔導士であるというオチャコの特徴を、よく突いているではないか。眉間に皺を寄せてうららかでない表情を浮かべながらも、オチャコは書を手にとって読みはじめた。
次にショート。彼はというと、無数の父によってすし詰め状態にされていた。
「ショート!」「ショート!!」「ショートォ!!」「ショートォォ!!」
「あ……暑苦しい……!」
どうなっているんだこれは。まさかこの文字通りの焦熱地獄に耐えさせられることが試練だとでもいうのか。弱点を克服するどころか、死んだ父に対しての苦手意識がより歪な形で増長してしまいそうだった。
そのときだった。悪夢のような父の群れの彼方に、異形の姿の片鱗が垣間見えたのは。
「フッ……ショート」
「!、あいつ……ガチレウス!」
一瞬現れた冷酷非道なるドルイドンは、他と寸分たがわぬ父の姿に変身して紛れていく。そういうことか、とショートは合点した。
この父の群れの中からガチレウスただひとりを探し出し、倒さねばならない──それが、自分にとっての試練なのだ。
三人が次々と試練への挑戦を開始する中にあって──エイジロウだけは、何もない暗闇の中に立ち尽くしていた。
「なんだよ、ここ……?」
既に試練は始まっているのか?しかし、いくら待っても何かが起きる様子はない。
(これが試練だってのか?いや、でも──)
そのときだった。不意に、脳内に声が響いたのは。
──試練は、己で見つけ出すもの。
──たどり着いてみせろ、エイジロウ。
「!、この声は……?」
間違いなく聞き覚えのある、壮年の男性の声。雄々しく熱く、それでいて包み込むような。
これはいったい、誰の声だったろう。思い出せないことを口惜しく思いながらも、エイジロウは目を閉じた。
*
その頃、彼らの長らくの宿敵であったワイズルーはというと、
「ハァ〜……」
砂漠のど真ん中に寝そべり、怠けていた。灼熱の陽光がその身に容赦なく照りつけている。尤もその程度の環境変化にやられるほど、ドルイドンは軟弱ではないのだが。
とはいえ、
「ワイズルーさまぁ……その辺にしとかないと、黒焦げになっちゃいますよぉ?」
「フン!こんなもの、マグマに落とされたときに比べればどうってことないのでショータァイム!!」
そういえば、そんなこともあった。あれから随分と時が経った気がする。少なくともワイズルーにとって、この星を去ってからの6,500万年の中で最も濃密な数ヶ月であった。
「それはそうと、これからどうすんすかぁ?あんな調子でプリシャス……さまにこき使われてたら、身体もたねえすよ?」
「ふん、従うのは私の気分次第だ!心臓を奪られたくらいで、なんでもかんでも言うこときくと思ったら大間違いでショータイムショータイムショータイム──」
「うわしつこっ!……まあ確かに、いつ心臓潰されるかわかんないって、それはそれでスリルあって楽しそうすもんねぇ」
「そ・ゆ・こ・と☆このスリリングな状況も楽しんじゃうグレイテストエンターティナー、それがワイズルー……!」
むふふふふ、と笑いながら転げ回るワイズルーは、とても今後のことを考えているようには見えない。一応迎合めいた言葉をかけつつも、クレオンは密かに嘆息していた。元はと言えばペットとして可愛がっていたワームマイナソー、そしてタンクジョウの仇討ちのために始めた対リュウソウジャーの戦争。ワイズルーとはそのために専属で組んだわけだが、その力量はとうに通用しなくなっている。その点、プリシャスは──
(プリシャスさまと組めば、リュウソウジャーを倒せる……かも)
見出した光明……のはずが、どうしてか気乗りしないクレオンなのだった。
*
スリーナイツとショートが試練へ挑戦して、丸二日が経過していた。
「はぁ、はぁ……たどり着いたぞ……っ」
肩で息をしながらも、テンヤは笑みを浮かべていた。目の前には断崖と、その下に広がる海原が口を開けて彼を呑み込もうとしている。一見すると、目指すべき"天上の扉"とはまったく無関係な場所。しかし、位相の歪んだこの空間にあって、ここはゴールへの一本道にほかならない。幾度にもわたる試行と思考の果てに、彼はそう結論付けていた。
「俺は俺自身を信じる……。それが誤っていたとしても、後悔はしないっ!!」
己を鼓舞するように声を張り上げたあと、テンヤは虚空に身を投げた。
次に、オチャコ。
「はー……っ、やっと読み終わったぁ……!」
半ば地面に崩れ落ちるようにしながら、オチャコはそう声をあげていた。不安定な椅子の上で、一字一字をじっくり解読しながらの読書。頭脳をここまでフル稼働させたのは、村を旅立ってから久しくないことだった。
「今なら私、お母ちゃん並みの魔導士になれちゃう気がする……!」
そして、ショート。
「ショート、」「ショートォ!」「ショート!」「ショートォォ!!」
「………」
無数の父に揉みくちゃにされながら、ショートはじっと目を閉じていた。この中に一体だけ紛れているガチレウス──どうせ姿かたちは父に化けているのだ、この場において視覚は無用の長物でしかない。頼りになるのは聴覚。ただ、父とガチレウスは同一人物かと思うほどに声がそっくりである。
(声は似ていても、人格は別)
(俺を呼ぶ声音に、それが出る……)
それこそが、二日かけてたどり着いた答。体温の高い筋肉質な身体に四方八方を取り囲まれているせいで、じっとりと汗が滲む。呼吸も荒くなる。それでもショートの心は、冷たい水底のように凪いでいた。
「ショートォ!」「ショートォォ!!」
「………」
「ショートォォォ!!」
「……ショート」
「──!」
ショートはかっとオッドアイを見開いた。それと同時に、モサチェンジャーの引鉄を天めがけて引く。
放たれた電光弾は空を覆う見えない壁に弾かれて軌道を変え、
「──グオォアァァァァ!!?」
父の姿をしたものたちのひとりに直撃した。
苦悶の表情を浮かべた厳つい顔が崩れていき、異形のそれが露になる。ショートは笑みを浮かべた。
「な、何故ぇ……」
「おまえの声だけ、暑苦しくなかったからな」
声が同じだろうとなんだろうと、人格は根本的に異なる。見かけに騙されず真実を見抜く──騎士にも王位継承者たる者にも、必要な力だ。
「今度こそ最後だ、ガチレウス」
「グウゥゥゥ……おの、れぇぇぇぇ────ッ!!」
最期まで聞き苦しい断末魔とともに、ガチレウスは爆発四散──跡形もなく消えうせたのだった。
時を同じくして、あれほど密集していた父たちも次々と姿を消していく。所詮幻だ、未練はない。ただ、
「見ていてくれ、親父」
その言葉に、最後に消えたひとりが笑いかけてくれたような気がした。
──それから我に返った三人が立ち尽くしていたのは、あの石碑の前に他ならなかった。
「!、……達成か」
「うむ、そのようだ!」
「でも、エイジロウくんはまだみたい……やね」
時間がかかっている──それだけなら良いが。
漠然とした不安を抱えながら、三人は鎮座する石碑を見遣った。
*
その頃──エイジロウは未だ、暗闇の中に立ち尽くしていた。
「………」
じっと瞑目し、考え続ける。己の、今の弱点は何か。何を乗り越えれば、さらに強くなれるのか。
現実世界とは時の流れが異なるとはいえ、既に丸二日が経過している。それだけの時をかけて、エイジロウはようやくひとつの結論にたどり着いた。
「……わかったぜ、俺が克服すべきもの」
──それは、なんだ?
「それは……──こいつだっ!!」
振り向くと同時に、ぱあっと視界がひらけた。広がる野原。それと同時に、エイジロウの身体から何かが赤い塊となって抜け出ていく。
やはりな、とエイジロウは思った。──そこに立っていたのは他でもない、マックスリュウソウレッドだったのだ。
「………」
マックスリュウソウレッドは沈黙を保ったまま、マックスリュウソウチェンジャーを構えた。鋭い鉤爪がぎらりと光を反射すると同時に、彼は猛獣のごとくエイジロウに襲いかかってきた。
「ッ!」
予測はできていた。それでもなおリュウソウケンで受け止めたのはぎりぎりのタイミングだった。あと寸分遅れていたらば、エイジロウの喉笛は爪の尖端により貫き通されていただろう。
「ぐッ……ン、のっ!!」
押し返す──それは不可能だと、すぐに考えを改める。ドルイドンをも単騎で叩き伏せるマックスリュウソウレッドの力に、生身のいちリュウソウ族が敵うわけもない。
結局エイジロウはその猛威に従って後方へ飛び退きつつ、レッドリュウソウルを取り出した。イズクたちはそうではなかったようだが、自分にだけは竜装が許されているらしい。相手が相手だからなのかもしれないが、有効活用しなければ。
「──リュウソウチェンジ!!」
『ケ・ボーン!リュウ SO COOL!!』
自らはリュウソウレッドとなり、今度こそ勇猛果敢に斬りかかっていく。しかし振り下ろした刃は、チェンジャーの装甲部ひとつで受け止められてしまう。ならばと力を入れて押し込もうとするが、マックスリュウソウレッドの身体はびくともしない。当然だ、この重厚なる鎧の塊は、通常のリュウソウメイルを遥かに凌ぐだけの性能を誇る。真正面からぶつかり合ってどうにかなる相手ではないのだ。
「わかってっけど……!退けねえんだよ!!」
己に言い聞かせるように声を張り上げ、下半身に力を込める。石像のように動かない相手を動かそうと躍起になっていると、地面からずり、と音がした。
(やった!)
マックスリュウソウレッドに、ついに力で押し勝った!そんな喜びに囚われたエイジロウは一瞬、最も重要なことを忘れていた。
「──ぐあぁっ!?」
鉤爪が軽く一閃し、リュウソウレッドの身体は大きく吹き飛ばされる。──マックスリュウソウレッドはただその場を動こうとしなかったというだけで、攻撃はおろか守備の姿勢すらとっていなかったのだ。
「ッ、ぐ……」
『エ〜クセレントゥ!!』
「──!」
この音声は──エイジロウが危機感を覚えるのと、マックスリュウソウレッドが跳躍するのがほぼ同時だった。
──エバーラスティング、クロー。
「ぐああああああッ!!?」
凄まじい衝撃と痛み。吹き飛ぶ身体はまったく制御がきかず、何回転もする景色に翻弄されることしかできない。
時間にしてほんの一、二秒。レッドは地面に叩きつけられていた。
「ぐうッ、あ……っ」
不幸中の幸い、竜装は解除されていない。しかし圧倒的な力であることは確かで──エイジロウは、改めてマックスリュウソウレッドの力が規格外であることを思い知った。自身の扱う力としてではなく、対峙する者としての視点で、改めて。
「これが……俺に与えられた力……っ」
未だ未熟なエイジロウという少年に、それを完全に己のものとしうるだけの器があるか。──今、それを試されている。
「だったら……──あきらめるわけにゃいかねえだろーがよぉ!!」
痛む身体を叱咤して立ち上がり、目前に立つ真紅の鎧騎士めがけて斬りかかる。マックスリュウソウレッドはその場に仁王立ちしたまま、その斬撃を受け止める──さっきとなんら変わらぬ、有り体に言ってしまえば進歩のない構図。
しかし刃が火花を散らした瞬間、目の前の鎧騎士が少なからず怯んだことにエイジロウは気づいた。
(!、今のは……)
一瞬の違和感。マックスリュウソウレッド自身もそのことに気づいたのだろう、取り繕うように猛反撃を仕掛けてくる。
それを必死にいなしながら、エイジロウは違和感の正体を突き止めるべく思考を巡らせていた。
*
「もうすぐ三日だ」
カツキの放った端的に過ぎるひと言に、イズクは緊張した面持ちを浮かべた。何から三日が経つのかなど、訊くまでもない。
「もし皆が間に合わなければ、僕らふたりで抑えるしかない……ね」
「抑えンじゃねえ、ブッ殺す」
「はは……そうだね、その意気じゃないとね」
立ち上がり、歩を踏み出そうとする──と、ちょうどそこで背後から声がかかった。
「デクく〜ん!」
「カツキくん、待ちたまえー!!」
「!」
振り返れば、下山して駆け寄ってくる三人の姿。──エイジロウは、いない。
「すごい……!きみたちも二日で達成できたんだね!」
「うむ!俺たちとてきみたちと肩を並べて戦ってきたからな!」
「あっそ。で、赤ぇのは?」
「赤ぇのってアンタ……」
「心配ねえんじゃねえか。──それより、」
ショートの瞳がす、と細くなる。その理由を尋ねるまでもなく、びりびりと痺れるような強烈なプレッシャーが彼らに襲いかかってきた。
「やあ、こんなところに隠れていたのか。リュウソウジャー?」
「……あいつがプなんとかか?」
「プリシャス!」
「隠れていたわけではない!貴様を迎え撃つための用意をしていたんだ!!」
「へぇ、その割には大本命の彼がいないみたいだけど?」
プリシャスにとっての大本命が誰かなど知ったことではないが、エイジロウ……というよりマックスリュウソウレッドのことを言っているのだとはわかる。
「エイジロウくんはすぐに来る……!それまで僕らが相手だ!」
「は、あいつが来る前にブッ殺ォす!!」
言うが早いか、彼らは一斉にリュウソウルを構えた。それ以上言葉は要らない、すべきことはただひとつ。
「「「「「──リュウソウチェンジ!!」」」」」
『ケ・ボーン!!』
ワッセイワッセイドンガラハッハとお祭り騒ぎのような陽気な音声が流れ出す。それらを聴きながら、五人は武具を携え走り出す。迎え撃つプリシャス。
──ドルイドンの
*
その頃、リュウソウレッドとマックスリュウソウレッドの死闘はいつ終わるとも知れず続いていた。
鉤爪を振るってやむことなき猛攻を仕掛ける後者に対し、前者はカタソウルによる竜装でひたすら防衛に徹している。そのため急所への攻撃も大きなダメージにはならないが、エイジロウからの攻撃もほとんど通らない。遅延戦術、引き延ばし──そう捉えられても無理はなかろうが。
「へっ、どーしたよマックスリュウソウレッド!!そんな攻撃じゃ、俺の身体はブチ抜けねえぜ!?」
「!」
挑発の言葉に、マックスリュウソウレッドはぴくりと反応を示した。意志のない幻影なのかと思ったが、少なからず自分と似たようなメンタリティはもっているらしい。
明らかに攻撃が激しくなる。それでも捌かれ耐え抜かれてしまうのだと気づくと、彼は唐突に後方へ飛び退いた。
(──来た……!)
何を仕掛けてくるつもりなのかは、火を見るより明らかだ。エイジロウはリュウソウケンを構え、ひたすらそのときを待った。
そして、
「────、」
ふたたびの、エバーラスティングクロー。まっすぐ向かってくるそれに、カタソウルによる守護をもってしてもどこまで通用するか。いや、なんとしてももたせるのだ。勝機は、その先にあるのだから。
考えているうちに、ついに爪がレッドに接触した。ずりずりと肉を削るようなそれに、カタソウルでガチガチに固めた鎧と身ひとつで耐える。
「ぐううううう……ッ!!」
凄まじい衝撃の奔流であることなど、言うまでもない。巌のような身体も、皮ひとつ剥けばただの人間、もといリュウソウ族だ。内臓を激しく揺さぶられる苦痛。それでもエイジロウは、耐えて耐えて耐え抜くのだと歯を食いしばった。ただの根性論では決してない。自分の考えが正しければ、必ず──
「ッ、ぐぅぅ……ぅおらぁッ!!」
「ッ!?」
エバーラスティングクローの勢いがピークアウトを迎えた。その隙を突き、リュウソウレッドは剣を振るった。咄嗟に爪で防ぐマックスリュウソウレッド。強度の差から、その防御は完璧に成功しただろう──本来なら。
しかし現実には、彼は攻撃を防ぎきれずに胴体に被撃してしまったのだった。
「へっ、やっぱりな……!」
マックスリュウソウチェンジャーの力は、エバーラスティングクローの規格外の威力と引き換えに一時的に著しく低減してしまう。マックスリュウソウレッドの動作から、読んだ通りだ。
自分で扱っていたときには気付けなかった。敵として対峙してみて、初めて見えたのだ。
今はこれ以上後先考えない。先ほどまで守勢に徹していたぶん、攻めて攻めて攻めまくるのみ。
「うおぉぉぉぉぉぉ──ッ!!」
そこからはもう、がむしゃらに刃を振り下ろした。そのために攻守は完全に入れ替わっているが、それも短い間だけのこと。マックスリュウソウメイルの性能はすぐに回復へ向かっていく。──回復しきる前に、決着を。
「──アンブレイカブルディーノスラァァッシュ!!」
親友の顔を思い起こしながら、エイジロウは必殺の剣を振り下ろし──
はっと我に返ったときには、マックスリュウソウレッドが俯せに倒れ伏していた。
「やっ、た……」
──勝った。遥かに力勝る、マックスリュウソウレッドに。
その喜びを静かに噛み締めつつ、竜装を解く──と同時に、倒れたままのマックスリュウソウレッドの指先がぴくりと動いた。
「……見事だ、エイジロウ」
「!」
喋った!?ぎょっとするエイジロウを意に介さず、立ち上がるマックスリュウソウレッド。まさか第2ラウンドかと身構えたのもつかの間、彼はマックスリュウソウルを引き抜いた。
その身体から鎧が剥がれ、生身が露になる。──エイジロウは思わず目を見開き、言葉を失っていた。
「え……お、」
「………」
「親、父……?」
エイジロウに輪をかけて尖った赤髪に、村いちばんの筋骨逞しい身体つき。幼少の頃ただひたすらに憧れていた、完璧な男ぶりがそこにはあった。
「久しぶりだな、エイジロウ」
「お、おう……じゃなくて、なんで親父がこんなとこに……」
「このマックスリュウソウチェンジャーに宿った騎士の魂が、俺を呼んだんだ。こんな場にしか現れられなかったがな!」
がはは、と豪快に笑う姿は、記憶にある通りの父のそれで。感極まったエイジロウは、自分よりひと回りも大きな身体に抱きついた。
「親父……!俺、おれぇ……っ」
「はは、みなまで言うな。伝説のリュウソウジャーのひとりとして、ドルイドンと戦ってきたんだろ?」
「うん、うんっ」
涙ながらにひたすらうなずく。幼子に戻ってしまったようだと自覚はしていたが、感情が抑えられない。大きくて温かい、誰より漢らしい父。"しびと還り"のときにも現れてはくれなかった、だからもう二度と逢えないと思っていた。それなのに。
「強くなった。立派になったな、エイジロウ!」
「……まだまだだよ、俺なんて……」
強竜装、マックスリュウソウレッド──旅と戦いを重ねるごとに、強い力は確かに得た。だが、自分自身がそれに見合った腕を、器をもっているとはとてもではないがいえない。プリシャスへの敗北、そしてこの試練を通して、エイジロウははっきりとそのことを自覚した。
「それでいいんだ、エイジロウ」
大きな手が、くしゃりと赤髪を撫でる。
「今の自分が最強だと思ってしまった時点で、戦士はそこから先へは進めなくなってしまう。おまえは自分が未熟だと自覚した、すなわち努力次第でさらなる高みへ昇れると知ったということだ」
「さらなる、高みへ……」
「そうだ。忘れるな、エイジロウ」
──限界は、超えるためにある。
気づけば、エイジロウはもとの石碑の前に立ち尽くしていた。周囲を見渡すが、父の姿は当然のごとく消えうせていた。……否、最初から存在しないのだ、現世には。
「限界は、超えるためにある……」
最後に遺してくれた言葉を復唱しつつ、背後を振り向く。先ほどからほんの僅かに漂ってくるいくさばの音。仲間たちが既に戦闘に突入しているのだとしたら、こんなところで立ち止まっている時間はない。
躊躇うことなく、エイジロウは走り出した。