遙か彼方まで続く無限の回廊を、イズクとロディは駆け抜けていた。
「ほんとに良かったのか、デク?あいつのこと、置いてきちまって……」
走りながら尋ねる程度の余裕はまだ、ロディにもあった。
対するイズクは、
「かっちゃんなら大丈夫。無茶はしても、無理なことはない人だから」
「……それがよくわかんね~んだよな……」
人間がリュウソウ族並みの長寿にはなれないように、ドルイドンと正面切って戦って勝つことができないように。世の中には必ず無理なことは存在すると思うのだが。
ただ彼らが口先だけでないことは、二手に分かれながらもロロとララを、そしてロディ自身を守り抜いたことからもとうにわかっていて。
"限界"という世の中の道理をなんでもないように踏み越えていく連中は、確かに存在するのだ。そしてそれを可能とする心身の持ち主であるからこそ、リュウソウ族の中でも誉れ高い"騎士"が務まるのかもしれない。
「ロディこそ、僕についてきて良かったの?」
「ここに来ちまった時点で今さらだろ。それにカッチャンのとこに残ってたら、あのドルイドンに目ぇつけられねーわけがねえし」
「そうだけど……」
「それにあんたのほうが、俺のこと守ってくれそーだしな」
冗談めかして言うロディだが、実際カツキは使命を果たすためなら人ひとりの命を秤にかけることなど躊躇なくやってのけるところがある。幼い頃の彼は今以上に我が儘なガキ大将だったけれど、そういう冷徹なところはなかったように思う。師であるマスターブラックの影響だろうか。でも彼が変わったのは、そのマスターブラックの失踪に起因していて──
「──おい、デク!!」
走りながらも思考の海に囚われかかっていたところで、ロディの切羽詰まったような声が
響いた。
はっと我に返ったイズクが目の当たりにしたのは、前方を阻む憲兵たちの姿。皆一様に剣と盾を装備し、止まれ止まれとこちらに警告を繰り返している。
「ロディ、掴まって!」
「あーもうまたこのパターンかよっ!!」
逃亡中に散々繰り返したからもう学習したのだろう、ロディはひょいとイズクにおぶさるようにした。彼より明らかに長身であるにもかかわらずこうも軽々と扱われるというのは彼のプライドをいたく傷つけているのだが、今は緊急時である。それを受け入れざるをえないという分別はあった。
「ハヤソウル!!」
『ビューーーン!!』
そして自分より上背のある同年代の少年を背負っていてもなお、ハヤソウルを使用したイズクのスピードが衰えることはない。まだ小柄とはいえ大の男が猛獣もかくや、という勢いで突進してくる光景は、兵士たちを怯ませるに十分だった。
「ごめんなさい……っ、でも、通してくれ!!」
彼らが国の命令に従うだけの兵なら、できるだけ傷つけたくはない。リュウソウ族の騎士が戦うべきはドルイドンやマイナソーであって、人間はこの星でともに生きる仲間なのだから。
幸い、その速さに圧倒されてか、兵士たちはイズクとロディを見逃した……というか、見逃さざるをえないらしい。このまま──と思っていたら、背中のロディが不意に口を開いた。
「おいデク、あの指揮官っぽいの捕まえろ」
「え!?」
「塔の中の構造、知ってるかもしんねーだろ!このままやみくもに走り回るのは非効率だ
ぜ」
「~~ッ、ああもう、合理的っ!!」
ロディは案外かっちゃんと気が合うかもしれないなんて思いながら、イズクは最後列で指揮を出している重装の男に突撃を敢行した。驚いて硬直している一瞬の隙を突き──わずかに露出したその首元に、力いっぱいのラリアットをかます。「ぐえぇ」と蛙の潰れたような声を発して、相手は身動きしなくなった。
その身を引き摺り、他の兵士たちが追いつけないくらいにまで引き離す。太い柱の影に引きずり込んだところで、イズクお手製の気付け薬を使って目を覚まさせた。
「きっ、貴様らぁ……!」
「なぁ、この塔にいったい何隠してんだい?俺の持ってたあの鉱石となんか関係あんのか?」
へらりとした口調で問いかけるロディ。しかし、憲兵隊長は害虫でも見るような目で彼を睨みつけるだけだった。
「貴様のような薄汚いテロリストの小僧どもに割る口はない……!ひと思いに殺すがいい!」
「……だってさ。どーするよ、デク?」
イズクのとるべき行動は既に決まっていた。彼が手にしたのは、萌葱色にマルバツが書かれたリュウソウル。
「──コタエソウル!」
『コタエソウル!ペラペ〜ラ!!』
「うっ」と声をあげて、隊長が項垂れる。ややあって、その口がひとりでに動き出した。
「……このラグナロクタワーでは、我が国の国力を高めるための研究が日夜行われています……」
「………」
「その大部分は軍事研究ないしそれに準ずるものです……。中でも最近地下で行われているのは最先端の研究だそうで、宰相ガイセリック閣下のほか一部の高官しかその全容を知りません……」
「その研究には、巨大な装置とそれを作動させるための膨大なエネルギーが使われているんですね?」
「そのようです……。あ……そういえば、その地下施設内にA級囚人が移送されていったようです……」
「囚人が?」
ふたりは顔を見合わせた。それがいったい何を意味しているのか、問い尋ねるが答は返ってこない。彼はそれ以上なにも知らないようだ。
「……ありがとう、──ネムソウル」
リュウソウルを換装し、茫然としている憲兵隊長に作用させる。その身体が脱力し、ぐったりと床に倒れ落ちる。
「殺っちまった……ワケじゃ、なさそうだな」
「もちろん。眠らせただけだよ」
「オーライ。ひとまず向かうは地下、か」
ふたりが視線を向けた先には、大きなチューブに繋がれた箱が鎮座していた。
がたん、ごとんと重たい音が響き、大きな振動とわずかな浮遊感が絶えず襲ってくる。
「魔導昇降機……こんなものまであるなんて」
「ま、おかげでラクができて助かるけどな……にしても、」
「どうかしたの?」
訊くも、ロディは暫く難しい表情で唸っている。ややあって、
「いや……どうでもいいことなんだけどさ」
「良いよ、ちょっとでも気になることがあったら共有しておこう」
「気になることっつーか……いや昔さ、こういうのに乗ったことがある気がすんだよな」
「そうなの?」
こういった昇降機というのは世界にいくつもない、魔法で動いているとはいえ極めて先進的かつ科学的な代物である。それがいつ、どこでのことだったのか半ば純粋な興味から尋ねるも、ロディは首を傾げるばかりだった。
「……わっかんねぇ、それこそロロが生まれるより前だったんじゃねーかと思う。ただ……親父は一緒だった、気がする」
「そっか……」
「………」
父親のこととなると、ロディも取り繕ってへらりと笑うことはできない。いやまったくの赤の他人が相手なら無理にでもそうするのだろうが、イズクに対してはそれだけ心を許してくれているのだろう。
彼の肩でどこか泣きそうな顔をしているピノを、イズクはそっと撫でた。
「おわ……ちょ、何すんだよ」
「やっぱりこの子は、ロディの良い相棒だなと思って」
「……そーかい。あんたらの騎士竜には負けるよ」
イズクの指にこちょこちょと撫でられ、ピノは気持ちよさそうに目を閉じている。──イズクはこの魔法人形が、ロディの心を生かし続けてくれたのだと言った。それは確かに事実かもしれない。
父は、賢い人だった。ひょっとして自分がいなくなることをわかっていて、息子の心を守るためにピノを贈ったのだとしたら。
(……あるわけねーよな、そんなこと)
どんなにかつて愛情を注いでくれていたのだとしても、それをすべて台無しにするようなことをしたのは他ならぬ彼自身なのだから。
がたん、ごとん。
不意に、昇降機が停止した。
「……着いた?」
「!、いや、これは──ロディ、下がって!!」
「え──」
心のうえでは一瞬呆けてしまったが、身体は半ば反射的に動いた。イズクに守られるような態勢になると同時に、天井が外側から突き破られる。
「グオォォォォォッッッ!!!」
ずしん、と地響きをたてて姿を現したのは、筋骨隆々の霊長類めいた怪人だった。
(マイナソー!?いや、違う……)
それにしては人型のシルエットを色濃く残している。ただ瞳孔の溶けてなくなった単色の瞳は、知性を宿しているようにはとても見えなくて──
「グオアァァァァ!!」
「!!」
怪人は体躯を加味しても規格外の拳を振り上げ、襲いかかってくる。ロディを守りながら咄嗟にかわすイズクだが、その一撃はいとも容易く壁を穿った。
「な、なんなんだよこいつ!?」
「わからない……けど……!」
そのとき、不意に見えた。巨人の首筋のあたりに、数字が刻まれている。
ただそれが何を意味するのか、考えている余裕はとてもではないが存在しなかった。だいたい、こんな閉鎖空間ではまともに戦えない。
「仕方ない……!──ロディ、飛び降りるよ!」
「そう来ると思った、よっ!!」
ロディの手を掴み、怪人の開けた大穴から飛び降りる。眼下には真っ暗闇が口をぽっかり開けていて、このままでは真っ逆さまに呑み込まれる、死を待つだけだ。無論、そんな未来を迎える気は微塵もない。本来昇降機との出入口になるだろう扉が目に入ったところで、
「ノビソウル!!」
口に咥えたリュウソウルを、片手で握った剣の柄に装填する。『ビロ〜ン!!』と愉快な声が響いて、伸長した刃が扉を貫き床に突き刺さった。
そのままソウルの効果を解除すると、柔らかく伸びきっていた刃が一気にもとへ戻っていく。その勢いに引きずられ、ふたりは回廊へ躍り出た。
「はぁ、はぁ……ふぅ」
「ふぅ、じゃねーよ……ったく」
「ごめん。でも、咄嗟に思いついたのがあれだったんだ」
あれこれ考えている時間はなかったのは確かだし、それで結果的に助かったのも事実だ。にしたってとんだ無茶をするものだとは思うが。
「それにしても、あの怪物はいったい……」
「ドルイドンじゃねーの?」
「ドルイドンにしては知性が感じられなかった。タカマルと組んでるっていうのも、奴らの習性には合致しないし」
考え込むイズクだったが、ややあって「よし、」と声をあげて立ち上がった。
「とにかく進んでみよう!ロディ、きみは──」
「──ここまで来たら一蓮托生、だろ。デク?」
一見軽薄ながらその実有無を言わせぬロディの言葉に、イズクは反論の言葉をもたなかった。彼の安全を志向するにしても、あんな怪物がどこに潜んでいるかわからないこの塔の中にひとりにはしておけないのだ。
ふたたび動き出す。幸いあの怪物は追ってきたりはしていないようだ。そのまま走ると、程なくして大きな広間に出た。
「ここは……」
人の手で作られたとはおよそ推量しがたい、不可思議な空間だった。見上げんばかりの天井には夜空を象ったのだろう、薄墨色に星々の描かれた絵が張り巡らされている。そして床──硬いものを踏みしめている感触こそあるものの、そこはやみいろ一色だ。踏みしめているものが見えないというだけで、まるで宇宙にふわふわと浮いているような覚束ない気分になる。
「なんなんだ、こりゃ……」
「ロディ、僕の傍から離れないで」
とんでもないところにロディを連れ込んでしまったのではないか。そんな予感を覚えながらも、彼を背に率いて歩く。──と、不意に彼らの姿が強烈な光の中に照らし出された。
「ッ!?」
「──ようこそ、リュウソウ族の少年たちよ」
「!!」
眩しさに目を細めながらも、ふたりは顔を上げた。そこに立っていたのは、黒衣を纏った壮年の男。その背丈はイズクはおろか、ロディよりも遥かに高く見える。かなりの長身であるだけでなく、筋骨も逞しいようだった。
「余はガイセリック。畏れ多くも聖上陛下より、神聖オセオン国宰相の任を仰せつかっている」
「ガイセリック……!あなたが──」
ロディの命を狙っている、この国の実質的な首魁。ふつふつと血が滾るのを、イズクは自覚した。
「あなたはいったい、何を企んでるんだ……!さっきの化け物はなんだ!?」
「──"ドルイドン"」
「!!」
ガイセリックはどこか得意げな口調で続けた。
「彼らは紛れもなくそう呼ばれる存在だ。いや……そう呼ばれる存在となった、と言うほうが正確だな」
「……どういう、意味だ?」
嫌な予感に、どくりと心臓が跳ねる。まさか、でもそんなこと。
「わが神聖オセオン国はその建国以来、周辺の異教徒どもの侵略に悩まされてきた。衝突のたびに多くの臣民が傷つき、斃れる。その連鎖を断ち切るためには、さらなる強大な力が必要だったのだ」
「そのために得たのだ──人間を、ドルイドンへと変える術をな」
「!!?」
イズクは一瞬、目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。人間を、ドルイドンに?そんなことできるわけがないと声を張り上げるも、ガイセリックは密やかに嗤うばかりだった。
「不可能を可能にしたのだよ、わが神聖オセオン国の科学力は!」
「まさか、あの鉱石を必要としていたのは……!」
「装置を完全起動させるには膨大な魔力が必要でね。きみが持っていってしまった"アレ"は大事なエネルギー源なのだよ。──アレさえあれば、全臣民をドルイドンへと変えることもできる」
「ッ!!」
「なに、言ってんだ……こいつ……」
イズクはおろか、ロディもこの宰相の言っていることをまったく理解できなかった。
オセオンの国が民を第一に考えた政をしているなどとはもとより思っていない。しかし人間がそこで当たり前に暮らしていなければ国体も何もあったものではないではないか。
この男は、国というものを根底から覆そうとしている。
「理解は求めていない。了承も必要とはしていない」
同時に宰相という地位は──少なくとも秘密裡に動けば──、それを可能にするだけの権力をもっているのも確かだった。
「余がきみたちに求めるものは──屈服だ」
刹那、天井を突き破るようにして、巨大なシルエットが落下してきた。激しい地響きとともに床を凹ませながら着地したのは、先ほど昇降機内で襲撃してきた巨躯の怪人──ガイセリックに言わせれば、ドルイドン。
それだけではなかった。ガイセリックがす、と左手を掲げると同時に、彼の背後なら同様の怪物が四体も現れたのだ。通常の人型を保ったもの──体格からみて男女一対のようである──が二体、"細長い"と形容するほかないような背の高いものが一体、逆に二頭身半ほどしかない、ディフォルメした犬獣人のようなものが一体。
「ドルイドンが……五体も……」
本当にドルイドンなのかはともかく、それに類する存在であることに間違いはない。ロディは戦慄した。だってこの連中は、リュウソウジャーであるイズクを一対一で圧倒するだけのパワーをもっているのだ。
しかしイズクは、険しい表情を浮かべながらも一歩前に進み出た。
「下がってて、ロディ」
「ッ、無茶だろデク!連中がどれほどのモンなんかは知んねーけど、ドルイドンなんだろ!?……いったん退いてカッチャンと合流して、作戦を立てるなり──」
「……それだって簡単じゃないよ、ロディ」
「ッ、」
イズクの言いたいことはわかる。このドルイドン軍団を振り払って最上階に戻って、カツキと合流して、今度はタカマルから逃げおおせて──仮にそこまで為せたとして、どこへ身を隠すのか。作戦を立てるというのは、吹きつける臆病風に対する方便でしかないのだ。ロディは唇を噛んだ。
そんな彼を激励するかのように、イズクは歯を剥き出しにして笑う。
「大丈夫、今度こそ勝つよ。あんな紛いもののドルイドン相手に、リュウソウ族の騎士は打ち負かされたりしない!」
「……デク……」
そう──既に賽は投げられている。己を叩き伏せてでも、立ち向かうよりほかに道はないのだ。
だから、
「リュウソウチェンジ!!」
『ケ・ボーン!!──リュウ SO COOL!!』
『ハヤソウル!ビューーーン!!』
イズクの全身がリュウソウメイルに覆い尽くされる。と同時にハヤソウルの力が発動し、彼は疾風怒濤のごとく攻勢に打って出た。