「ロディ────ッ!!」
脇腹に風穴を開けられ倒れ伏した友人の名を叫びながら、少年騎士は走っていた。
その細い身体を抱き起こし、「ロディ、ロディ」と必死に呼びかける。真白いグローブが、血で赤黒く染まっていくのがわかる。イズクは手持ちの薬と包帯で出血を止めようと試みたが、他ならぬロディ自身の手がそれを妨げた。
「ロディ……?」
「ッ、おお、げさだよ……デク……。こんなん、日常茶飯事、だって……」
笑みを浮かべようとしてみせるロディだが、頬は青ざめ、身体は震えている。もしも……もしもその言葉が事実であったとしても、今この瞬間こんな状態にある者を放っておくわけにはいかないではないか。
「おまえ、は、医者じゃない……騎士、だろ……?」
「そうだけどっ!」
「だったら!……いちばんにすべきは、悪を斬ること、だろうが……っ」
「ロディ……っ」
「早く、あいつらを、倒せ……。そんで、この国を、正してくれよ……。お前らにしか、できねー……」
「ッ、」
諭すようなロディの声音は、彼が兄──それも、弟妹の唯一の庇護者としての──であることをイズクに改めて思い起こさせた。それでも彼は、精一杯自分に甘えて、頼って、騎士の使命を忘れさせまいとしてくれている。
「愚かなことを」
少年たちの健気な想いに銃口を向ける男が、ここにいる。
「この国を正す?笑わせるな、我ら一族こそこの神聖オセオンを立て直し、正しく導いてきたのだ!百数十年生きてなお青臭さの抜けないような小僧どもに、我が国の針路をねじ曲げられて堪るものかぁ!!」
ガイセリックはまたしても躊躇なく引き金を引いた。今度はイズクめがけて、その弾丸が吸い込まれていく──
イズクは激痛の到来を覚悟していた。しかし炸裂音のあとも、まったくその類いの感覚は
やってこない。
代わりに、ピンクの羽根がいくつも舞った。
「──ピノっ!!?」
イズクを庇ったのは、ピノだった。ひよこのような丸っこい小さな身体に大穴が開いて、イズクの懐に崩れ落ちる。つくりものの身体からは、主と違って血が流れ出すことはない。しかしその身を包むあたたかさは、ロディ本人と同じだけの"命"の重みをイズクに味わわせた。
「無駄なことを……!弾はまだ残っているのだよ!」
ふたたび発砲しようとするガイセリック。しかしイズクが動くまでもなく、次の瞬間異変が起こった。
イズクの手の中でぐったりと横たわるピノが、突然ぼうっと発光しはじめたのだ。
「!、なんだ……?」
「……?」
意識が朦朧としているロディさえ、怪訝な表情を浮かべている。こんな現象は初めて見るものだったのだ。
ややあって──ピノの身体に開いた風穴から漏洩するかのように、光の束が飛び出した。
それはたちまち、ひとつのシルエットを形作っていく。
『──ロディ、』
「!!」
光に包まれた人型が、静かにロディの名を呼ぶ。それは年かさの男性のもので──イズクには当然聞き覚えのないものだったけれど、ロディにとってはそうではなかった。
「その、こえ……親、父……?」
「えっ──」
「ッ、エディか!!」
ガイセリックの銃口が光る人影に向く。しかし発砲したところで、それは実体を持つものではない。
『ロディ……ロディ』
「……!」
ロディの顔がくしゃりと歪む。──今さら、なんだ。そんな反発心とは裏腹に、目の奥から熱いものがこみ上げてくる。
父の声をもっと聞きたい。そう欲する自分をロディは否定できなかったが、父の亡霊──なのかどうかもよくわからない──は名を呼ぶ以上の言葉を発することはできないようだった。それを承知で今、エディは愛する我が子を救うためにここに立っていた。
『──ロディ、』
エディが手を伸ばす。すると、ロディの握りしめた鉱石も呼応するように光を放ちはじめた。光は溶け合うようにひとつとなり、そして、
「……?」
「!、これは──」
ピノの姿が消え、代わりに残されたのは竜の頭部を模した真白いオブジェクト。──リュウソウル?
「ピノが……」
「………」
冷たくなったロディの手が、そっとイズクの肩に触れる。はっと見遣れば、彼は弱々しいながらもはっきりと頷いた。ピノがリュウソウルに変化してしまったことへの動揺に、イズクへの信頼が勝っている。
今は、その想いを受け取るだけだった。
「……ありがとう、ロディ」
その場にそっとロディを横たえ、イズクは立ち上がった。ガイセリックの銃口が再び向けられる。そこから引き金が引かれるまで数秒とかからない。しかし"疾風の騎士"の動きはそれよりずっと早かった。
「──リュウソウ、チェンジ」
弾丸が到達するより早く、『ケ・ボーン!!』と声が響く。イズクの周囲を覆うパーツがそれをはじき返す。
そして、
「疾風の騎士──」
『リュウ SO COOL!!』
「リュウソウグリーン!!」
右手にリュウソウケンを──そして、左手に新たなるリュウソウルを構える。ピノの身体を、ロディの父・エディの魂を宿したこのソウルに、あるべき名は。
「──ハバタキソウル!!」
純白の煌めきを鍔に装填し、
『強!』
一回、
『リュウ!』
二回、
『ソウ!』
三回、
『そう!』
四回。
『──この感じィ!!』
『ハバタキソウル!!ビュンビュン、ビューーン!!』
リュウソウグリーンの胴体が、純白の鎧によって覆われる。肩口が鳥の頭を模したような装甲で覆われ、背部からは小さな翼の先端が覗いている。
一対のそれが、一気に展開した。
「──!」
跳躍は、即座に飛翔へと変わった。鼻白むガイセリックの頭上を飛び越し、"ドルイドン"たちに向かっていく。
笛による指示がなければ細かな状況対応はできないとはいえ、向かってくる敵に対して棒立ちのままでいるほど彼らも文字通りの無能ではない。各々グリーンを捉えようと攻撃を繰り返すが、翼を得、自由自在に宙を舞う彼に対して通用することはない。
「はぁ──ッ!!」
推力を加えて放たれた斬撃は、通常のそれを遙かに凌ぐほどのエネルギーを発する。その直撃を浴びた男女一対の"ドルイドン"は光に呑まれ──そして、消失した。
「な、何……!?」
唖然とするガイセリック。この国の切り札たりうると確信していた"ドルイドン"が、こんな一瞬で。
同時に、イズク自身もまたその力の激甚ぶりを痛感していた。
(なんて力だ……!騎士竜でもないピノが、こんなにも──)
ピノの制作者であるエディ──ロディの父は、こういう局面を想定していたのだろうか。
息子が危機に陥ったとき、傍にリュウソウ族の騎士がいて、あの鉱石をめぐる攻防が繰り広げられていて……という状況が訪れるのを。
まるで予言者のようだと思った。むろんその真なるところはわからない。エディは既に亡く、その魂も安らかな眠りについているだろうから。
ただひとつ、はっきりしていることがある。
「エディさんは、間違いなくロディを、ロロくんとララちゃんを愛していた……!だからこそ、二度と会えないことも告げられずに姿を消したんだ!」
意識の消えかかっているロディに聞こえるようにと、イズクはあえて声を張り上げた。広い地下空間にそれは反響し、幾重にもこだまする。
「ロディ……きみはお父さんとよく似てる。大切なものを守るために、苦しいことつらいことをひとりで背負い込もうとしてる。でも、もういいんだ。これ以上、きみにそんな思いはさせない。そのために今、僕にできることを!」
──きみに仇なすものを、打ち払う力を。
その願いに呼応するかのように、広がる白翼が光り輝きはじめる。それらが粒子となって空間にばらまかれ、見る者の目を幻惑する。
「唸れっ!!」
全身を覆う旋風が、そのままエネルギーに変わる。それを剣先に集め、
「──ハリケーン、ディーノバーストッ!!」
濃縮した風力を、一挙に解放する。それは竜巻の形状をとって残る"ドルイドン"の三体、そしてガイセリックを捉え、情け容赦なく巻き上げていく。
天井にまで到達した竜巻はその分厚い壁すらも突き抜け、さらに上昇していく。グリーンは少し考えたあと、自らそこへ入っていった。吸い上げられる身体を翼を使って制御しながら、敵ともども上昇していく。彼はこのまま摩天楼をぶちぬいてゆくつもりであったし、実際竜巻は頭打ちになる気配もなかった。
*
「ぬぅん!!」
「がぁ──ッ!!?」
爆破を巧みに操りかろうじて戦線を保っていたリュウソウブラックだったが、ついにタカマルの斬撃をその身に浴びてしまった。墜落、直後に床に叩きつけられた身体は、一瞬にして竜装解除にまで追い込まれてしまう。
「……よくもまあここまで粘ったものだ。称賛に値する、でござる」
「……クソドルイドンなんぞに称賛されたって、うれしかねーわ……クソがっ」
「フッ、そうか。では、一刀のもとに斬り捨ててくれようぞ!」
刃を突きつける動作。それを肉の奥深くまで押し込むべく、タカマルは急降下を開始した。足掻こうとするカツキだが、肉体はもう思ったようには動かない。視線だけで殺せるならまさにそうなるだろう強さで、彼は宿敵を睨みつけた。
そうしていよいよタカマルの姿が彼の視界を覆い尽くさんとした、刹那。
あらゆるものを巻き込んだ竜巻が、床を突き破ってタカマルに襲いかかった。
「ぐおおおおッ!!?」
タカマルも巻き上げられ、吹き飛ばされる。空中での姿勢制御にすぐれた彼は翼をはためかせてその渦中から脱することができたが、カツキからは大きく引き剥がされてしまった。
「ッ、なんだというのだ!?」
「──!」
投げ出されたガイセリックとドルイドンが、床に叩きつけられる。それを追うように飛び出してくる、純白の鎧を纏ったリュウソウグリーン。
「かっちゃん、大丈夫!?」
「デク!?てめェその竜装は……」
「説明はあとでする!今ここで……こいつら全員まとめて倒す……!!」
イズクの声音は騎士というよりもはや戦士のそれになっていた。兜に隠れた幼い顔立ちも、今では凄まじい威圧感を発していることだろう。
「フン……新たな力を得たようでござるが、このような紛いものどもと一緒にされては困る。わが剣技の神髄、其方に見せてくれよう!」
気圧されることなく、タカマルはグリーンに斬りかかった。グリーンもそれを受け止め、反撃を仕掛ける。空中で鍔迫り合い、火花を散らすふたりの剣士。どちらも一歩も譲らぬ、翼をもつ者同士の戦いだ。
「後付けで翼を得たからと調子に乗りおって……!同じ空での戦いなら、生まれ出でたときより翼をもつ拙者が有利に決まっておろう!」
「うるせぇッ!!」
グリーンの応酬は激しかった。ロディが聞けば重ねて驚くだろう程度には。
彼の心は鴉などものともしない、血に飢えた猛禽類そのものだった。友人を傷つけ、苦しめた諸悪の根源たるこのドルイドンを、今ここで必ず討ち滅ぼす。頭の中にあるのはそれだけだった。
「おまえを倒して……この国に平和を取り戻すッ!!」
「ふん、国を覆う暗雲が拙者ひとりの責に帰するものと思うてか、これだから単細胞だというのだ、其方らリュウソウ族は!」
「拙者ひとりが悪なのではない、ガイセリックのみが悪なのではない。積み重なった血の歴史がこの国をそうさせているのだ。拙者を討ち、ガイセリックを失脚させたとて、この国はあの童のような力なき者どもを虐げ続けるのでござるよ!」
「ッ、そうだと、しても──!」
考えたことがないわけではない。ドルイドンの侵攻が激しい地域ほど、街や部族同士の関係は融和的だった。逆もまた然り──表立った脅威のないここオセオンやクレイドなどは常に緊張関係にあり、武力衝突に至ることも珍しくはない。そして正義の名のもとに、自国民すらも平気で傷つける。
四十年余の旅の中で、幾度も見てきた光景。──だからこそ、
「──答は出てンだよ、とっくになァ!!」
「!?」
怒声とともに、背後で爆発音が響く。しまったと振り向いたタカマルの視界いっぱいに映
ったのは、獰猛な笑みを浮かべるカツキ少年の姿だった。
──BOOOM!!
「グハァッ!?」
爆炎をまともに浴び、重力のままに墜落を強いられる。大きなダメージではないが、態勢を崩されてしまったことは事実だった。
そこに、新翠の騎士が迫る。
「おぉぉぉぉぉ──ッ!!」
「ッ、この程度で討たれてなるものか!!」
愛刀"劫涅"を構え、仇敵を迎え撃つ。もはや互いに小細工は通用しない、純粋な力勝負しかありえない。タカマルは己の身を削る禁断の剣技の使用を決断した。
「"劫涅"よ、己が主の命を糧に獲物を喰らい尽くせ!!」
「!」
「"晦冥無間斬"──!!」
膨大な闇を吸い込んだ刃が、向かってくる標的めがけて振り下ろされる。それを認めたグリーンだが、回避を試みることすらせず、まっすぐに突撃していった。その時間すら惜しいと感じたのだ。
無論、無抵抗で受けるというわけではない。必殺の一撃を返すべく、彼もまたリュウソウケンの鍔に手をかけた。
『超!超!超!超!──イイ感じィ!!』
「ソアリング──ディーノ、スラァァァッシュ!!!」
最大限のエネルギーを纏った刃と刃がぶつかり合う。旋風が巻き起こり、閃光が辺り一面にばらまかれる。反射的に腕で顔を庇いながらも、カツキは片目を開けて一部始終を見守ることをやめなかった。手出ししえないなら、最後まで見届ける。それも騎士の役目だと心して。
「おぉぉぉぉぉぉ────ッ!!」
「ガァァァァァァ────ッ!!」
ぶつかり合う矜持と矜持。精神は鋼でも、肉体はそうではない。身に纏う鎧は少しずつ剥がれていく。とりわけ全身を覆ったリュウソウグリーンなどは、それが顕著だった。
まず、兜にヒビが入る。右半分を中心に広がっていくそれらは、ややあって明確に兜の前面を破片へと変えた。ばらばらと崩れ落ちた中から、イズクの大きな翠眼が露わになる。
しかしそこにあどけなさはない。鋭く滾ったそれは、まさしく騎士たる者の瞳であった。
──あんたなら、世界を変えてくれるか?
(変えるよ、ロディ)
(そのために今、きみの力で──!)
「こいつを……倒す────ッ!!)
悪鬼を滅する刃が、敵の勢いすら己に取り込んで猛威となっていく。タカマルは懸命に抗おうとしたが、そうすればするほどリュウソウケンの勢いが増していく。やがて彼は少しずつ地上へと押しやられていった。
「お、のれぇぇぇ────ッ!!」
「うおぉぉぉぉぉ────ッ!!」
「いけぇ、デクゥゥ!!」
幼なじみの声援を浴びて──彼は、ついに最後の一撃を遂げた。
タカマルの身体が床に叩きつけられ、巨大なクレーターが生まれる。床にヒビが入っていき、タカマルの身が崩れ出す。
「拙者が、このタカマルが、リュウソウ族の小童ごときに討たれるなど……!ありえん、絶対に、認めんぞぉぉぉぉ────!!!!」
皮肉にも、それが最期の言葉となった。
凄まじい閃光と突風とが、辺り一帯を支配する。吹き飛ばされそうになったカツキだが、リュウソウケンを突き立てて懸命に堪える。せめてこの戦場に立ち続けると誓ったのだ、最後の最後まで。
そうして光が収まった頃、そこに立っていたのは疾風の騎士ただひとりだった。易々とは破壊されないはずのリュウソウメイルは既にあちこちボロボロ、兜はほとんど破損してその素顔を覗かせている。
「……デク、」
「………」
わずかに振り向いた横顔に、喜色は微塵も窺えない。──その理由は、明白だった。
「ロディが……」
「──!」
息を呑んだカツキは……ややあって、彼らしからぬ静かな言葉を発した。
「まだ飛べんのか?」
「多分……高度を保つくらいなら」
「俺があのクソ宰相を見張っとる。おまえは下に降りて、悔いを残さず戻ってこい」
次がエピローグ……なんですが執筆の遅れにつき再延期といたします、すみません汗
あとでまとめて移動させようかとも思うのですが、感想の話数とずれるのをクウガで体験してますので避けたいところ。いかがしたものか……