「トーヤ、兄ィ……」
──北方のドルイドン・シグルトとの死闘のさなか現れた男は、ショートの長兄だった。
唐突な再会に、ショートの脳は混乱していた。何故、トーヤがここに?地上にいるだろうとは、わかっていたけれど。
彼は軽やかに丘から飛び降りると、こちらに歩み寄ってくる。身構えるゴールドとコタロウだったが、彼はふたりを素通りした。
「こんなとこで何遊んでんだよ、鳥ブラザーズ」
「遊んでるように見えたか?」先ほどまでへらへらと笑っていたケイゴが、露骨に眉を顰めてやり返す。「そっちこそ、解読は終わったんだろうな?」
「もちろん。で、例の騎士竜は?」
「……いるだろ、そこに」
ケイゴが顎をしゃくった先には、言うまでもなくコタロウに抱きかかえられたピーたんの姿があって。
「ふぅん……じゃ、ありがたくいただこうかな」
「……!」
「な、なんだよぉ、オレはモノじゃないぞぉ!?」
声高に主張するピーたんだが、トーヤはまったく意に介する様子を見せない。ずんずんと迫ってきて、すらりと長い腕を伸ばしてくる。コタロウは身を硬くした。
すんでのところで、ゴールドが間に割り込む。
「よせ、トーヤ兄ィ」
「あ?──!、おまえ、もしかして……ナツくん?」
「ッ、違ぇ」
深々とため息をつきつつ、彼は竜装を解いた。露になった紅白に分かたれた髪とどこか自分と似通った顔立ちを覗き込んで、トーヤが「あぁ!」と手を叩いた。
「なァんだ、ショートかよ。ニイチャンに向かって随分偉そうな口きくようになったじゃんか」
「………」
「で、そこ突っ立ってられると邪魔なんだけど?」
「……あんた、ピーたんが欲しいのか?」
「ピーたん?……あー、そう、そいつを貰いに来た。だから退けよ」
「嫌だっつったら?」
す、とトーヤが手を掲げようとする。すかさずショートはモサチェンジャーを構えた。一触即発、張り詰めた空気がもとより凍てついた世界を支配する。
そこに割り込んできたものがあった。
「!」
『兄弟喧嘩ハ犬モ喰ワナイゾ!』
ダークシャドウ。その影は地面を通って、フミカゲの足下に繋がっている。「……それを言うなら夫婦喧嘩だ」と、彼は静かに突っ込みを入れた。
「ショート、コタロウ!」
と、そこに騎士竜から降り立ったエイジロウたちも駆けつけてくる。数的不利を悟ってか、トーヤは驚くほど呆気なく引いた。
「いやぁ、喧嘩するほど仲が良いってヤツか。そんなエネルギーが有り余ってるなら、ドルイドン相手にとっとくほうが賢明ばい」
どこまで本気かもわからないようなケイゴの台詞が、空々しく響いた。
*
根拠地たる古城に帰還したシグルトは、玉座を恣にする主の前で床に頭を擦りつけていた。
「大変申し訳ございません……!奴ら、想定よりずっと強力で……」
「………」
プリシャスは何も言わない。ただ、す、と符を掲げるのを認めて、シグルトの顔はこれ以上ないほどに引き攣った。
「そ、それは……!どうか、御慈悲を──」
「……ふんだ♪」
ぐしゃり。符がいとも容易くその形を歪められていく。途端、シグルトは悲鳴をあげてのたうち回った。ワイズルーのそれと同じく、彼の心臓もまた符の中に囚われているのだ。
「弁解なんてきみらしくもない。自分では力不足だったと、素直に認めたらどうだい?」
「う、が、あ゛ぁぁぁぁ……ッ!し、かしィ、このままでは、引き下がれませぬう゛ぅ……!」
「……ふぅん。そういう意地っ張りなところは好きだよ、シグルト?」
プリシャスはあっさりと手から力を抜いた。激痛から解放され、シグルトは荒い息を繰り返しながらその場に跪く。
「ならゲームをしよう、シグルト」
「ゲーム……でございますか……?」
「そう。──クレオン、」
「!!」
陰から様子を窺っていたクレオンは、唐突に名を呼ばれて跳び上がりそうになった。ひとまず待機中の身となったワイズルーからこっそり偵察してくるよう言いつけられこうしていたわけだが、プリシャスにはお見通しだったのだ。
やむなく道化ぶって躍り出た彼に対し、プリシャスは思わぬ"お願い"を口にした。
「キミは確か、万物からマイナソーを生み出せるんだったね。──シグルトからも創れるのかい?」
「えっ!?い、いやそのぅ、でき……なくはないスけど……」
「じゃあ頼むよ。マイナソーがシグルトの命を吸い尽くす前にリュウソウジャーを倒せるかどうか、なかなかおもしろいゲームだろう?」
「ええ……」
クレオンは引いた。自分に忠誠を誓っている臣下相手に、なんと冷酷な仕打ちをするのか。しかしシグルトはあっさり納得した様子で、クレオンを手招きした。
「じゃ、じゃあお口開けてくださいね……失礼しや〜す……」
シグルトの口に指を挿し込み、体液を一滴垂らす。途端、彼は苦しみ悶え、その身からマイナソーを誕生させた。
「モットハヤク!モットォ!!」
馬獣人とでも呼ぶべき怪物。その姿は宿主であるシグルト自身によく似ていた。強いて言うなら、より獣に近いか。
「出やした!スレイプニルマイナソー、でっす!!」
「カウントダウン、スタートだ。期待しているよ、シグルト?」
「ははっ……必ずや!」
一礼して立ち上がり、シグルトは広間を出ていった。己の命を養分として成長し続ける、スレイプニルマイナソーを引き連れて。
「………」
「じゃ、じゃあボクはこれで……失礼しゃーす……」
恐る恐る退室しようとするクレオンだったが、
「そういえば、キミの心臓はまだ貰ってなかったねぇ」
「!?」
嫌な予感は的中した。逃げ出そうとするクレオンだったが、切札の液状化より先に符が飛んでくる。何かが吸い取られるような感覚のあと、それはプリシャスのもとへ戻っていった。
「これがキミの心臓かぁ……さて、試してみるか、なっ!」
「ぐはああっ!!?」
符がぐしゃりと形を変える。先ほどのシグルトよろしく倒れ込み、のたうち回るクレオン。──しかし、
「……あれ?あ、スンマセン、なんともねっす……」
「?、おかしいな……」
符を確認するプリシャス。しかしそこに描かれた緑色の心臓はどろりと液状に溶け、流れ出してしまう。今までに見たことのない現象だった。
「どういうことかな?」
「あー、っと……ボク、見てのとおり身体が溶けるもんで……。内臓もつくり直せるんスよね……」
せめてもの抵抗というか、生存本能のうえでは仕方のないことだった。とはいえドルイドンが本気になれば痛い目に遭わされることに変わりはない。怯えるクレオンだったが、意外にもプリシャスは怒りより興味を露にした。
「へぇ、面白いねキミの身体。──気に入った、キミをボクの軍団の最高幹部にしてあげるよ」
「さ、最高幹部!?」
怒られるどころか、思わぬ称号を与えられてしまった。ここに来てからというもの蔑ろにされっぱなしであったために、それはどこまでも甘美な響きを放っていて。
ただ一瞬、脳裏にワイズルーの顔が浮かんだ。
「……か、考えさせてください。ボクにはその、身に余る光栄なもんで、エヘヘへ」
「ふぅん。ま、いいよ、ひとまずはボクに協力してくれれば」
「モチロンす!」
どのみちリュウソウジャーの仇敵はワイズルーからこの少年のようなドルイドンに移りつつある。利害は一致しているのだ、少なくとも。
(リュウソウジャーさえ倒しちまえば……!)
倒しちまえば……どうしよう。クレオンは初めて、戦い終った先のことを考えた。
*
「でかくなったな、ショート。まァ百年近くも経つんだから当たり前か」
「………」
へらへらとした兄の言動に、ショートはこれ以上はないほどに不機嫌な表情を浮かべていた。色々と思うところがあるのは言うまでもないが──
「うわ、怖っえぇ顔。ただでさえ火傷で酷ぇありさまなのに、せっかくのお母さん譲りの美形が台無しだぜ?」
「……お母さん譲りはお互い様だろ」
「あーそう?ソレハ光栄デスネー」
「あんた……本当にトーヤ兄ィか?」
「あぁん?」
小首を傾げるトーヤ。大人になって頬のラインはシャープになったが、完成された顔立ちは幼い頃からほとんど変わっていない。唯一父親から明確に受け継いだのだろう碧い瞳には、幼いショートも愛着をもっていた。その頃は物語の世界の情景でしかなかった、青空と同じ色をしていたので。
しかし、
「トーヤ兄ィはこんな巫山戯た、空っぽの人間じゃなかった。俺とはあまり遊んでくれなかったけど、第一王子としての責務は果たしていたはずだ。それを、いきなり海を捨てたりして──」
本来なら第一王子たるトーヤが王位を継ぐ者であり、またリュウソウゴールドにもなるべきだったのだろうと思う。しかし彼は父・エンジのあとを追うようにして海を去った。「トーヤ兄ィはお父さんのことが大好きだったから」とは、フユミやナツオに言って聞かされたことだったか。いずれにせよ、幼いショートは父ともども彼らを裏切者だと思った。
「ははっ……随分買いかぶられたもんだ。──
「何……!?」
「変わってねえよ俺は、昔も今も。薄っ暗い海ン中もぬめりくさった魚も、殻に閉じ籠もってばっかの民も……はっきり言って、反吐が出んだよ」
「〜〜ッ、あんたは……!」
思わず拳を握りしめるショートだが……それを振り上げることは、かろうじて堪えた。相手が発したのがどんな誹謗であったとしても、言葉に対して暴力で制裁することがあってはならない。騎士という実力と、王族という権威。ふたつの力を兼ね備えているからこそ、それだけは守らねばならないと教え込まれてきた。
「そもそも、俺は自分が海のリュウソウ族だとは思ってないからな」
「……あんたがどう思ってようが、その血が身体に流れてることは否定できねえだろう」
「だったら"もう半分"はどうなる?」
「もう半分?」
「お父さんの……"火の部族"の血だよ」
「!、それは……」
先ほど彼が現れたときの光景が、ショートの脳裏に浮かぶ。──蒼い炎。氷雪を一瞬にして大河へと変え、さらに蒸発させてしまうほどの高温の火炎だった。
「わかるだろ、ショート。俺は海のリュウソウ族ではなく火の部族として生まれた。……お前らとは違ぇんだ」
「……ッ、」
「──何話してんだろ、あいつら……」
少し離れたところから様子を窺っていたエイジロウは、耳を澄ませながらもそうごちた。吹雪は止んで小康状態にあるが、冷たい北風がひゅうひゅうと虎落笛のような音をたてている。
「さあ?でも久しぶりの再会を祝して〜って感じじゃなさそうだよねー」
「そうっスよねー……」
視界の端で揺れる赤翼に、もうすっかり慣れてしまったエイジロウである。そしてふたり仲良く並んでいる光景を前に、カツキが青筋をたてる。
「てめェらァ、打ち解けてんじゃねえぇ……!」
「……かっちゃん、どうどう」
嗜めつつ、イズクは背後を見遣った。コタロウの懐に納まったままのピーたん。そんな彼をじっと見つめるフミカゲ。なんというか……なんともいえない雰囲気である。前者が警戒するのは当然だが、後者が何かよからぬことをしでかすというふうでもなかった。
「ヤダァ、こいつジロジロオレのこと見てるぅ!また攫う気なんだぁ!!」
「……誤解だ。少なくとも俺にそんなつもりはない」
「本当ですか?」
「嘘をつく必要を認めない。……そもそも俺は、最初からこんなやり方には反対だったんだ。おそらく、隊長も──」そこでいったん言葉を切り、「……いや、わからんな。隊長の真に思うところなど」
「?、どうしてです?」
大鴉を模した覆面の下で、フミカゲは小さく笑った。皮肉めいたそれは、自嘲の類いなのだろうか。
「隊長は誰にも親身だしよく笑う、凡そ軍人のありようからは外れた方だ。……しかし我々部下だった者に対しても、心の奥底までもを曝け出したことはないように思う」
思えばいつもそうだった。カツキが早速"ヘラ鳥"などとあだ名をつけているように、ケイゴは軽薄な笑みの裏で何を考えているのかわからないところがあった。無論フミカゲ自身や、付き随う部下に対して二心を抱くような、冷たい男ではないと信じている。いる、けれど──
「何考えてるかもわからないようなヤツと、なんで一緒にいるんだ〜?」
「……ピーたん、黙って」
流石騎士竜と言うべきか、ひと筋縄でいかない人間の機微に関して理解が不足している。有り体に言えば、デリカシーが足りない。
とはいえそういった疑問をもたれることについては織り込み済みだったのか、フミカゲは小さくため息をついただけだった。
「……何を考えているかわからないといっても、彼が自ら他人を裏切ることはない。それだけは信じられるからな」
フミカゲにはそれが可能だった。長らく行動をともにしてきたから……それもあるけれど、それだけではない。
「……あなたもあの人も、そういう生い立ちだったから。そういうこと、ですね」
「??、どーゆーこと?」
ピーたんはよくわかっていないようだが、コタロウの理解が早すぎるだけともいえる。むろん彼も母の死を契機に色々なものを見聞きして考えて、旅の中でケイゴやフミカゲのような人間とも出逢った。生まれつき常人とは異なるものを備えていて、そのために常人たちの世界には溶け込めなかった者たち。
「……彼にも俺にも、親も友人もない。だからなるたけ自力本願になる。入隊したばかりの頃はいつも先回りで助けてもらっていた」
『オイ、俺ガイルゾ!』
「そうだった。おまえは唯一の友だったな、"黒影"」
光を吸収しないのだろう影でできた身体を、するりと撫でる。その存在が生まれながらの苦心の原因であることなど、もうとっくに受け入れて消化しているのだろう。ただそれは容易な旅路ではなかったに違いない。コタロウが母の死を、それに至るまでの生き方を理解するのに、およそ通常ではありえない出逢いと試練を必要としたように。
「拠るもののない我々にとって、街の防衛隊は唯一の居場所だった。しかし戦争中である以上、そんなものは容易く失われる……」
彼らの部隊は壊滅し、その責任をとってケイゴは防衛隊を追われた。有翼の、他人に本音を見せない有能な若造──各所から疎まれないほうが不自然なほどだった。部隊の壊滅さえ、契機にすぎなかったのだ。
目を閉じると、その後のことが思い起こされる。街を去るケイゴ、彼を呼び止める自分。
──隊長。俺はあなたについていくと決めた。既に暇乞いはしてある、後戻りはできない。
──……わかった。ならついてくるといい、命の保証はできないけど。
そう言って了承したあと、ケイゴは困ったような笑みを浮かべてこう言った。
──馬鹿だな……きみも。
それだけは恐らく、彼が自らの意志で覗かせた本心だったのだろう。