さて、翌日。
イズクとカツキが当初の依頼通り狩猟のお供に出るのと引き換えに、市街の北側にある市が管理する造成地の使用許可がプレゼント・マイク市長から下りた。地均しを終えたところで事業が停滞しているとのことだが、おかげで巨大な騎士竜にも十分なスペースを確保できている。
「できました、これが脚本の素案です」
そう言って手帳を差し出してくるコタロウを前に、ユウガ少年は目を剥いた。
「まさかひと晩で書き上げたのかい!?」
「ええ、徹夜でしたけど」
ぐっとサムズアップするコタロウ、目がギンギンである。
それはともかく、
「まあ、一から考えたわけではないので」
「そうなのか?」
「ええ。"泣いた赤鬼"って知ってますか?」
「ないたあかおに……」
テンヤとオチャコ、そしてショートの脳裏に、同じイメージ図が浮かぶ。立てた髪を角に見立てたエイジロウが、わんわんと泣き叫んでいる姿。
「……おめェら、なんか失礼なこと考えなかった?」
「「「いいえまったく」」」
人間社会のあれこれにまだまだ疎い四人衆はともかく、ユウガは当然のようにそれを知っていた。
「もちろんさ☆人間と仲良くなりたい、でも怖がられてばっかりの赤鬼が、人間の村を襲った青鬼を退治することで願いをかなえるってお話だね☆」
「ほう、勧善懲悪か!」
「ええんちゃう、シンプルで!」
勧善懲悪──そうと言えなくもないが。
「おっと失敬、それだけじゃないよ☆」
「?」
「実は青鬼は、赤鬼の友だちだったんだ☆」
「ええっ?」
四人は混乱した。どういうことだ、いわゆるマッチポンプというやつなのか?
「まぁ、身も蓋もない言い方をすればそうなっちゃいますけど」一応首肯しつつ、「青鬼は赤鬼が人間と仲良くなれるよう、一計を案じたんです。だからわざと人里で暴れたりして、赤鬼に自分を追い払わせた」
「……イイ奴だったんだな」
「それで、青鬼はそのあとどうなったんだ?」
「………」
「コタロウ?」
「──いなくなったのさ」
珍しくまじめな声でそう引き継いだのは、ユウガだった。
「その日から、青鬼は赤鬼の前に姿を現さなくなった。心配した赤鬼が青鬼の家へ行くと、そこはもぬけの殻になっていた──人間たちと仲良くするようにという言いつけと、いつまでも友だちだというメッセージを残して、ね」
「………」
四人には言葉もなかった。青鬼の献身は、果たして赤鬼を幸せにしたのだろうか。人々と仲良くしたいという願いは叶ったかもしれない。しかしそれと引き換えに、彼はかけがえのない親友と別離しなければならなくなった。
「……それで、今回の話っていうのは」
「その"泣いた赤鬼"をモデルにしました。とにかく、練習してみましょう」
コタロウがそう告げたところで──赤鬼と青鬼役が、地響きとはばたきの音のハーモニーとともにやって来た。
「「待たせたな!」ティラ〜!」
「そもさん、汝らに問う!」
「演劇というのはどうやればいいのだ?」
プティラミーゴに、スピノサンダー。後者はなんだか久しぶりに見た気もする一行だったが、とにかく到着!……である。
「彼らが主役か……」
「ねぇ、私たちどうなるん?」
「キミたちは村人役さ☆」
「えぇー……」
せっかく赤鬼っぽいビジュアルをしているのにと、自画自賛?とともに残念がるエイジロウ。まあその派手な赤髪は後天的なものであるし、彼らの外見は常人となんの変わりもない。騎士竜たちは違うどころではないのだが、異形の怪物が人間と仲良くしたがるという設定にはぴったりであるとも言えた。
「じゃ、早速練習を始めましょうか」
「い、いきなり大丈夫なのか?」
「ノープロブレム☆パッションさえあれば誰でも演じ手になれるのさ☆」
ユウガの言葉は妙に説得力があった。ともあれやってみなければ何も始まらないということで、一同は早速練習を開始したのだった。
*
「っくしゅん!!」
「うわ汚っ……大丈夫っスか、ワイズルーさま?」
散った飛沫を心底嫌がりながらも、クレオンは上司というには些か緩い関係の相方にそう声をかけた。
「ふ、フン、問題ナッシング!」
「ホントっスかぁ?ってか、ドルイドンの皆さんも寒さには弱いんスねぇ」
「いや寒さのせいではなぁい!」
「!?」
そんなに強く否定されるとは思わなかったので、つい肩をびくつかせてしまうクレオン。ドルイドンは総じてプライドが高いのでどんな些細なことでも弱点と思われるのを嫌がるのだが、ワイズルーの場合、プライドというよりこだわりの問題だった。
「これは……どこかで途轍もないエンターテインメントがはじまろうとしている予感……!」
「え、あ、アァ……ソッスカ」
「こうしてはおれん、セイン・カミイノの街へ急ぐぞクレオン!」
「あ、ちょっ……待ってくださいよワイズルーさまあ!」
走り出すふたり。しかし彼らの行く先には、吹雪とそれらが降り積もった雪原が広がっている。どんなに走ろうともセイン・カミイノ領域にたどり着くまでに二日はかかるのだが、いつまでこんな調子でいられるか……という具合であった。
*
上述の通りなわけで、街は未だ平穏を甘受していた。
「おおっ、肉だ!!」
目の前に供された切り身を前に、目を輝かせるエイジロウ。切り身といってもふた口三口で食べきってしまう大きさだが、それでも久方ぶりに目の当たりにする新鮮な肉であった。
「狩りでとれたのか?」
「うん!お手伝いしたぶん、僕らにもおすそ分けがあったんだ」
「腹の足しにもなりゃしねえ量だけどな」
腹の足しにはならなくとも、心の足しにはなる。事実、特に肉を好むエイジロウとオチャコなどは、キラキラと幼子のように目を輝かせていた。
「さっそく、いっただきま~す!!」
もぐもぐ、むしゃむしゃ。たちまちエイジロウの頬がとろけた。
「うんめぇ!!」
「どれどれ……ムッ、これは美味いな!」
仲間たちも次々とむしゃぶりついては、舌鼓を打つ。こんがりと焼かれた肉は表面こそ香ばしくかりかりとした食感に覆われているが、中は豊富な脂肪分によりひと噛みでとろとろと溶けるようだった。
「なんか、ほかのとこで食べるお肉と全然ちゃう……なんでやろ?」
「寒冷地の動物は、寒さに対応するために脂肪を溜め込むんだよ」
「へぇ〜……」
「そういやデブったな、丸顔」
「どこがや!!!」
怒りを露にしたオチャコは、カツキのまだ手をつけていない肉の切れ端を奪いとってしまった。当然、これには彼も黙っていない。
「てんめェ何しやがるこのデブ!!」
「どーせならとことんデブってやる!ホラ、イモもよこしな!!」
「賊かてめェは!!」
「ちょっ……やめろよふたりとも!」
エイジロウとイズクが慌てて割って入る。旅の道中なら好きにやらせておけばいいが、一応ここは間借りしている守備隊宿舎の食堂なのである。同じく食事中の隊員たちが胡乱な目でこちらを見ている。如何に街を守った英雄とはいえ、自分たちへの評価が揺らぎかねない。
「まったくきみたちは……ところで、護衛にはいつまでつく予定なんだ?」
「あさってだよ」
「そうすると、発表には来られねえのか……」
劇の発表もちょうどあさってである。もとより街の子供たちに向けたものであるが、イズクたちにも見てもらいたかったという気持ちはある。
「しょうがねえけど、残念だなぁ」
「そこまで言うからには、それなりのもん見せられるんだろうなァ?」
「!、あ、いやそれは……」
途端に口ごもる一同。主演の二体……もとい四体は、演劇の経験どころか存在すら知らなかったのだ。あさってまでに台詞を覚えきるのはもちろんのこと、臨場感あふれる演技を身につけなければならない。今もユウガとコタロウがつきっきりで彼らをコーチングしている。
「──スピノサンダーくん、そこはもっと抑えて☆」
「お、抑えるとは?」
「感情を落ち着かせて、もっと静かに喋るんだよ。やってみて……──プティラミーゴ、寝ない!」
「「!?、ね、寝てない」ティラ!!」
そもそも騎士竜たちは睡眠をとる必要もないのだ。対して子供のコタロウなどは本来たくさん寝ないといけない身体だ、二日連続で夜遅くまで起きているとなると、自ずと限界も近づいてくる。
「くぁ……」
飛び出す欠伸を懸命に噛み殺す。注意したそばからこれでは立つ瀬がない。そう思ったのだが、ユウガには見られてしまっていたようだ。
「コタロウくん、今日はもう休みなよ。根詰めすぎると、本番まで保たないよ☆」
「ありがとうございます。でも、こう見えて身体は頑丈なほうなので」
「でも騎士竜くんたちも疲れているみたいだし、少し休憩を入れようか☆」
「……そうですね」
セイン・カミイノの夜は凍えるような寒さである。砂漠の夜も昼間との寒暖差は途轍もなかったが、この北の大地はもとより日照時間が非常に短い。ただでさえ快晴の日がひと月に数えるほどしかないにもかかわらず、だ。
「はぁ……」
手と手を擦り合わせ、白い息を吐く。と、ユウガが湯気の立った飲み物を持ってきてくれた。
「おまたせ☆」
「どうも……あ、紅茶。この街にもあるんですね」
物資が不足しているこの街では飲み水の確保が精一杯で、嗜好品の類いは流通していないはずなのだが。
「フフ……そうだよね、そう思うよね」
ユウガの表情に自嘲めいたいろが浮かんだことに、コタロウは気がついた。
「……僕の家はもともと貴族の出でね。かつて王国が栄えていた頃は、非常に裕福な暮らしをしていたそうなんだ」
セイン・カミイノ周辺も、当時はユウガの祖先たる貴族の領地であった。しかしドルイドンの侵攻がとりわけ激しかったこの地にあっては、到底いち貴族の権威で政が治まるものではなく。
ユウガが生まれた頃には既に領主の地位は過去のものとなっており、生活は苦しくなっていた。
「そのこと自体に不満はないんだ。この街の民は皆大変な思いをしながら生きている、貴族といえど……いやそうであればこそ、自分たちだけが特別であって良いはずがない。ただ……それと同時に、決して貧窮している姿を見せてはならないのさ」
「それで、紅茶……ですか?」
「これが精一杯なのさ☆」
貴族であったせめてもの痕跡が、この一杯の紅茶とは。そういった存在に特段の価値を見出していない現代っ子なコタロウだが、当事者の想いを直接聞いて何も感じないほど冷淡ではない。一般的に羨ましがられる立場、身分にある者であっても、当人にしかわからない苦しみや葛藤があることは、旅の中で十分に学んだつもりだ。
「……だから、この道楽もこれが最後かもしれないんだ」
「えっ……」
「没落貴族の子弟が、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。これも当然の摂理さ☆」
確かにそれは当然のことかもしれない。でも──
「道楽なんて、言わないでください」
静かだが断固とした言葉の響きに、ユウガは目を見開いた。
「エンターテインメントは遊びじゃない。少なくともあなたは、この街の人たちを笑顔にしたいと思ってひとりで踏ん張ってる。違いますか?」
「……うん」
「だったら、それがあなたの使命なんです」
「僕の……使命……」
使命のカタチは人それぞれ──それが直接的であれ間接的であれ誰かの笑顔に繋がるのなら、胸を張って続ければいい。そう思うのだ。
コタロウの言葉に、ユウガは心底嬉しそうに頬を綻ばせた。
「……ありがとう、コタロウくん。僕らで最高のショーにしよう☆」
「はい!」
絆を深めあったふたりは、意気揚々と演者もとい演騎士竜たちへの指導に戻っていくのだった。
*
それから二日間の短期集中練習を経て、披露の日はあっという間に訪れた。ステージ代わりの造成地、臨時で設置された客席には子供たちを中心に大勢の観客たちが詰めかけている。これまで娯楽が大幅に制限されていたということもあり、彼らは久しくなかった催し物を心底楽しみにしているようだった。
「うわ……めちゃくちゃ期待されとるやん……」
舞台裏代わりの岩肌の裏から客席を覗き込み、オチャコは声を上擦らせた。ここまでの人が集まるとは思ってもみなかったのだ。むろん、それは悪いことでは決してないのだが……。
「緊張してんのか、オチャコ?」
「当たり前やん!ってかショートくんはいつもながら涼しいお顔ですことっ!」
「それはそうと、ユウガくんの姿が見えないが……」
「ああ、彼なら──」
噂をすればというべきか、よろよろとした足取りで戻ってきたユウガ。心なしか顔色が青いばかりか、下腹部のあたりを手で押さえている。
「ど、どうしたユウガ……?」
「い、いや……緊張するとどうしてもね……」
「??」
緊張するとお腹がゆるくなってしまう──というのは、内臓も強いリュウソウ族には想像もつかないことだった。
そんな彼の背中を、コタロウの手がそっと叩く。
「大丈夫、絶対に上手くいきますよ」
「!、コタロウくん……ありがとう☆」
プティラミーゴとスピノサンダーがやってくる。
「こっちも準備オーケーティラ!!」
「我らの名演技、見せてやろうではないか」
「……だな!そうだ、円陣組もうぜ円陣!」
「うむ、それがいい!」
人間たちで互いに肩を組み、円形をつくる。肝心の騎士竜たちはスケールの差もあって直接は混ざれないが、こういうのは気分の問題である。ぐいっと顔を差し入れてきて、円陣の完成だ。
「ユウガ、音頭とってくれ!」
「ぼ、僕が?……よし☆」
「チーム・ブルーマウンテン、ファイトアンドゴー☆」
「……ブルーマウンテン?」
「僕の先祖の家名さ☆」
ともあれ、いざ出陣!……である。