饗宴が終わり、村人たちも解散したあと、エイジロウたちは宿に戻った。二人部屋がちょうど三つという小さな宿屋なので、そのうち既にひとつを借りているイズクとカツキはそのままとして、エイジロウとテンヤ、オチャコとコタロウという組み合わせで部屋をとった。寿命の長さゆえ思春期であっても性別の意識が薄いリュウソウ族だが、外の世界で適齢期の男女が同室になったらあらぬことを勘ぐられることくらいは想像がつく。
宿を営む老夫婦の厚意から用意してもらった湯で身体を清めると、彼らは早々にベッドに潜り込んだ。色々あった──そう、怒涛のごとくあらゆることが押し寄せてきた一日。最後に美味い食事で腹を満たしたこともあって、皆、夢の世界へ旅立つのはあっという間だった。
ひとりを除いて。
「………」
昼間、村に居残っている間に睡魔に負けていたコタロウは、ベッドに入ってもなかなか寝つけずにいた。まして彼は、思考するということにおいては人並み以上の頭で人並み以上にしてきた少年である。眠ろうと目を瞑るたび晩餐会でのエイジロウの顔が脳裏をよぎり、ますます頭が冴えてしまうのだった。
寝返りを十回は繰り返した頃、己の心身に根負けしたコタロウはベッドから起き上がった。そのまま部屋を出ていくのだが、熟睡しているオチャコは気がつかない。
外に出たコタロウは、どこへ行くでもなく宿屋の壁に寄りかかり、ため息をこぼした。
(……何をやってんだろう、僕は)
自分の気持ちを誰も理解してくれない場所から逃げ出し、独りで生きていこうと思った。しかしドルイドンの脅威に晒されたこの世界では自分のような境遇の人間は大勢いて、まっすぐに生きている者もたくさんいる。その最たる少年に、出逢ってしまった。
彼は立ち直れとも母を許せとも言わない。ただ、苦しければいつでも思いを吐き出していいと言ってくれた。そう言える強さを自分は羨んでいるのか、恨んでいるのか。
息子より世界を優先した母。息子になどなんの関心もない女だったら、いっそ気が楽だったのに。
──ああ、だめだ。考えがまとまらない。いっそもう、無理を言ってでもこの村に残ったほうがいいのかもしれない。一刻も早く彼らと別れなければと思うくらいには、エイジロウたちはコタロウの心をかき乱す存在になりつつあった。
不意に声がかけられた。
「おぼっちゃん、真夜中に子供のひとり歩きは危ないですよ」
おぼろげに記憶のある声だった。コタロウを子供と言いつつ、生意気な少年のような。
顔を上げたコタロウは刹那、顔から血の毛が引いていく音を聴いたように錯覚した。
「こんばんはァ、クレオンちゃんでぇぇすっ!」
「あ──」
タンクジョウと行動をともにしていたドルイドン!こみ上げてくる恐怖のままに逃げ出そうとするも、足がもつれて尻餅をついてしまう。
その隙を逃すことなく、クレオンの手が伸びてきた。
「うぐっ」
「優秀なマイナソーを生んで、せいぜいリュウソウジャーを苦しめてネ!」
口を強引にこじ開けられ、細く尖った指にかき回される。その直後に喉の奥を粘り気のある液体が満たして、コタロウは気を失った。
*
夢も見ないほど深い眠りの中にいたエイジロウとテンヤを叩き起こしたのは、村中に鳴り響く半鐘の音ではなく隣の部屋からやって来たイズクだった。
ともあれ騎士として即応訓練を受けている彼らなので、尋常でない事態であることを察知してすぐに飛び起きた。向かい隣からはローブも羽織らないでオチャコがやってくる、それだけ焦った表情を浮かべて。
「コタロウくんがおらん!」
その言葉は、少年たち三人をも焦らせるに十分だった。
カツキが独断
既に顔見知り同然となった羊飼いが駆け寄ってくる。
「ああ、勇者様!」
「何があったんスか!?」
「化け物です!皆さんのお連れの子供が人質に──」
「!!」
最後まで聞き終わらないうちに、四人は避難する村人たちの流れに逆らって走り出していた。
繰り返すようだが狭い村であるので、全速力で走れば端から端まで十分とかからない。
しかしどこまでも皮肉なことに、騒擾の中心にあったのは数時間前に饗宴の開かれた広場だった。
「ぐへへへ……!」
「……ッ、」
「クソが……!」
ドルイドン──クレオンと、既に対峙しているふたり。村の戦士と、カツキだ。揃って剣を構えながら、一歩も踏み込めないでいる。
「カツキ!!」
背後から響く呼び声と複数の足音に、カツキは眦を吊り上げながらも振り返ることもしなかった。敵から目を離すなどありえないし、彼らがそろそろ来ることなど予測できていたからだ。
そしてエイジロウたちは、クレオンが抱えているものを認めて剣を握る手を震わせた。──コタロウが、その腕に抱え込まれている。
「こんばんちゃ〜っす!リュウソウジャーの諸君!」
「てめェ、クレオン……!」
「どうやってこの村に侵入した!?」
「コタロウくんに何しとるん!?」
「人質にしてんだよ見てわかんねーのかぁ!?あと侵入方法はノーコメントでっす!」
相変わらず業腹な物言い。クレオンの手中にいるコタロウは意識がないのか、わずかでも抵抗する様子がみられない。
「わかったら五人揃って剣を捨てなァ!」
「てんめェ……!」
欠けてしまうのではないかというほどに強く歯軋りをするカツキ。しかしエイジロウたちの目配せを受けて、クレオンの命令に従うそぶりを見せた。──そう、奇しくも頭数は揃っているため敵は気づいていないが、この場にはひとり欠けているのだ。
その"欠けたひとり"の到来は、クレオンがいよいよ油断しきった瞬間を狙ってのものだった。
『──ハヤソウル!ビューン!!』
「へ?」
唐突に背後から響く賑々しい声。振り向いたときにはもう、少年の残像が目前にまで迫っていて。
「はぁああ──ッ!」
少年──イズクの手がコタロウの小さな身体を奪い去る。クレオンは呆けたままだ。やった!
──喜びもつかの間、肩口のあたりに鋭い痛みが走った。
「ッ!?」
何が起きたかわからないまま、コタロウを抱えて仲間のもとへ駆け戻る。ほっと胸を撫でおろしたのもつかの間、狼に似た異形がクレオンの隣に控えているのが見えた。
「マイナソー……!いつの間に……っ」
「イズク、大丈夫か!?」
純粋に気遣いの言葉を発するエイジロウたちに対し、
「デクてめェ、人質ひとり救けんのにケガしてんじゃねえ!シロウトか!」
長年連れ添った相棒はこの調子である。イズクは苦笑した。彼の真意はわかっているつもりだが、この調子では付き合いの浅い面々には誤解されてしまうだろう。
「大丈夫。大した傷じゃないよ」
「チッ……!」
それより問題は、マイナソーだ。犬の顔面、大きく開いた口から顔が飛び出し、その口からまた……という具合に、頭が幾つもある。不気味な姿だが、生まれたてだ。宿主はどこだ?
「……カ、ェセ……」
「!」
イズクの抱きとめている少年が、譫言のような声を洩らす。そういった人間を昼間見たばかりのリュウソウジャーは、愕然とした。まさか、という思いを裏切るように、マイナソーが「カエセ」と唸る。
「クレオン貴様、コタロウくんからマイナソーをつくったのか!?」
「へへへっ、御名答〜」
これみよがしに拍手するクレオン。人質を奪還されたことはまったく堪えていないようであった。
「このケルちゃん……ケルベロスマイナソーはぁ、そこのぼっちゃんからデキちゃいました、てへっ」
「てんめェ……!──リュウソウチェンジっ!!」
真っ先に突撃したのは意外にもカツキだった。一瞬のうちに竜装し、マイナソーに斬りかかる。
「ケルルゥッ!?」
猛火のごとき勢いに圧されてか、回避が間に合わない。腕を深々と切り裂かれ、ケルベロスマイナソーは悲鳴をあげながら逃げ出した。
「あっ、こらケルちゃん!……まあ良いや目的は達した!おさらばなのだっ!」
クレオンもまた、躊躇なく踵を返して森の中に消えていく。頭に血が上っているカツキはその言を読むこともせず「待てやゴラァ!!」とがなりたてた。しかし、彼がクレオンたちを追おうとすることはなかった。
「カツキっ!!」
「ア゛ァ!?──!」
呼び止める声に憤然と振り向いたカツキは次の瞬間、言葉を失った。
「う、うぅ、ぐ……っ」
「デクくん、大丈夫!?」
エイジロウとテンヤに身体を支えられたイズクは、噛まれた肩を押さえて苦しんでいる。リュウソウ族の夜目がきくとはいえ、その頬からみるみると血の気が引いていくのが見えるほどだった。
「デク、どうした!?」
噛まれた傷は浅いようだったのに。
「ッ、たぶん……毒だ」
「毒……!?」
すぐに合点がいった。ケルベロスマイナソーの牙から、毒が分泌されていたのだろう。この短時間でイズクが体調を崩すほどだ、尋常のものではない。
「ヤツの狙いは、それか……!」
「ッ、いったん宿に戻ろう。イズクくんもコタロウくんも、このままにはしておけまい」
マイナソーの宿主と、その毒に侵された少年。リュウソウ族の騎士たちも、この状況を前にしてはあまりに無力だった。
*
イズクがマイナソーの毒に倒れた隙を突いてまんまと森の奥深くへ逃げおおせたクレオンは、そこでタンクジョウと合流していた。
「首尾はどうだ、クレオン?」
「上手くいきましたよぉ、ぐへへへ……あっ」
笑うなと言われていたことを思い出し、慌てて口を噤む。実際のところタンクジョウはこれみよがしな追従を嫌っただけで、クレオンが笑うこと自体を禁じたわけではないのだが。
「ケルベロスマイナソーの毒にかかればどんな大男でも二日ともちません!しかもコイツの毒は……グフフフ、あっ」
「カエセっ!」
宿主から吸い取った感情を表す言葉。自らを突き動かすものの意味を理解しないマイナソーという生き物は哀れだとタンクジョウは思う。現金なようだが、そんなことを考える余裕が今の彼には生まれていた。
「……呆気ないものだな。リュウソウジャーも、これで終わりか」
ただ、それに満足してもいられない。以前にクレオンも言っていた通り、自分の目的はリュウソウジャー撃滅の先にあるのだから。
「この星は、俺が獲る……!」
*
宿に運び込まれる頃には、自力で歩けないほどにイズクの体調は悪化していた。彼の荷物の中にあった毒消しをすぐさま飲ませたが、いっこうに効く様子はない。オルデラン村のような小さな集落では宿屋が病院を兼ねていることもあって、具えの薬もあったのだけれど。
「ダメだ、これも効かねえ……!」
結果は変わらず、エイジロウたちはますます焦燥に駆られるばかりだった。
「オチャコくん、魔法でどうにかできないのか!?」
「……初歩的なやつなら。でも、薬が効かないんじゃ──」
そのときだった。薄目を開けたイズクが、「無理だよ」とかすれた声で告げたのは。
「……マイナソーの毒は、マイナソーにしか、消せない……」
「え、それって──」
「──こういうこったろ」
「!」
振り向いた三人は、ぎょっとした。もうひとつのベッドに横たわったコタロウの喉元に、カツキがリュウソウケンを突きつけていたから。
「おまっ……何してんだ!?」
慌てて飛びかかり、引き剥がそうとする。目を血走らせたカツキは背丈も体格もエイジロウとほとんど変わらないのに、その場からびくともしない。
「やめろよ!!どうしてそんなこと……」
「……宿主が死ねば、マイナソーも消える……!」
「……!」
エイジロウたちはぞっとした。コタロウを殺すことで、カツキは相棒を救おうとしているのだ。
「きみは……!俺たちの使命を忘れたのか!?俺たちの使命は──」
「使命なんざ知ったことか!!」
血反吐を吐くような反駁に、テンヤまでもが言葉を失う。そうしてできた一瞬の静寂が差し響いたのか、カツキの声音がわずかに落ちた。
「……使命っつーなら、星を守ることだ。リュウソウジャーひとりと
「カツキ、おめェ──」
「違うよ、かっちゃん」
幻聴かと誤認するほど、水を打ったような声だった。
一同の視線が、そこに集中する。──毒に侵されたイズクが、半身を起こしていた。
「……デク、」
「命に、重いも軽いもない……。僕らは、そのひとつとして見捨てちゃいけないんだ……!」
柔和な瞳の奥底で、イズクは固く信じていた。命を価値という概念で推し量ってはいけない。比べてはいけない。それが偉大な騎士竜に選ばれた騎士であれ明日をも知れぬ身の孤児であれひとつの命として平等であり、守らねばならないものなのだと。
「デクくん……。大丈夫、大丈夫だから……」
絞り出すような声はまさしく身を削ってのもので、これ以上負担をかけるわけにはいかないとオチャコがイズクをベッドに横たえた。華奢な容姿に見合わずそれなりに厚みのある胸元だが、今は力なく上下をしている。体力の消耗が激しいことは素人にでもわかった。
「……ッ、」
果たして彼の言葉はカツキに効いた。ぎりりと奥歯を噛んだ彼は、剣を引くと同時に部屋を出ていってしまう。その後姿が、コタロウやイズクと同じくらいエイジロウには気にかかった。
「ッ、クソが……」
傍らの外壁を殴りつけたくなるほどに、カツキは苛立っていた。何にと言われれば、すべてに、である。世界を回す歯車はどれもこれもずれていて、結果がこのありさまだ。何ひとつ、思い通りになどならない。
「カツキ、待てよ!!」
追ってくる赤髪の男も、カツキの業腹を助長させる一因に違いなかった。
「何しに来やがった、クソ髪」
「……おめェ、ほんとに口悪ィな」
眉をハの字にして、エイジロウは呆れた様子である。この少年のころころ変わる表情が、カツキには理解できない。自分のアイデンティティにかかわるものを、ひと晩のうちに殆ど失ったばかりだというのに。
「おめェとイズクって、どれくらい一緒に旅してるんだ?」
不意の質問だったが、予想だにしないというほどの内容ではなかった。
「……五十年」
それがどうしたとばかりに答えると、エイジロウが「長ぇな」と微笑む。それは同意するところである。人間の感覚でいえば赤ん坊が壮年になり、その子も立派な大人になるくらいの年月だ。旅をして外の世界で過ごしてきたぶん、こいつらより常人の感覚に触れているという自負がカツキにはあった。
「それでも、あいつと考えが合わねえんだな」
「………」
「あいつの言うことが、綺麗事だからか?」
ニュアンスはともかく、綺麗事、という単語がエイジロウの口から飛び出したことに驚いた。彼の仲間などは、それを当然の義務として語っていたというのに。
「イズクの言うことは正しいよ。俺たちリュウソウ族の騎士は命を懸けてもそれをやらなくちゃならねえ。……でも、力及ばないことだってある」
そう、エイジロウはそれが身に染みたばかりだった。守るべき友人。実際には守るどころか守られ、ケントはその瑞々しい命を血潮とともに散らした。
自分にとってのケントがカツキにとってのイズクなのではないかと、今ならそう思えてしまう。
「……デクの言うことが正しいっつったな」
「ああ」
「確かにそうだわ、俺もそれは否定しねえ。でもあいつにとって平等なンは、自分以外の人間だけだ」
「……どういうことだ?」
一拍置いて、カツキは告げた。
「あいつは、自分の命なんざどうでもいいと思ってる」
言葉もなかった。まして嘘だ、とは言えなかった。──カツキの目が、本気だったから。
「もちろんデクはこの世で唯一、タイガランスに選ばれたリュウソウジャーだ。その意味がわからねえほど馬鹿じゃねえ。だからそれ以前の問題なんだよ。あいつにとっちゃ自分の命は懸けるモンですらねえ、簡単に捨てちまえるモンだ。それが僕の騎士道だからだとかなんだとか、言い訳並べてな」
「なんで……そんな、」ようやく搾り出した問いだったけれど。
「知るか、根っからそういうヤツなんだ。……だから俺が、見張ってなきゃならねえ」
心底忌々しげな、それでいてどこか傷ついたような表情だった。
「……大切なんだな、あいつのこと」
「酸素みてぇなモンだわ」
「じゃあ、絶対に救けなきゃだな」
それほどまでに自らの人生に溶け込んだ相棒が理解の及ばない存在だというのは、エイジロウには想像もつかない。ただ今は、カツキの気持ちが少しでも報われれば良いと思った。
彼は知らない。酸素は生きていくうえで確かに必要不可欠なものだが、濃度を誤ればたちまち猛毒になるということを。