シャケキスタンチーン!!
※投稿時間戻しました。UAの伸びがよかったのはたまたま?だったようで……
セイン・カミイノの夜は美しい。漆黒の夜空には虹色のカーテンが浮かび、見る者に天界の存在を確信させる。来訪者であるエイジロウたちなどは到底その光景を信じられず、初見のときは思わず何度も瞼を擦ってしまったほどだ。
いずれにせよその下で人々は寝静まり、しんしんと降り積もる雪ばかりが世界に動きをもたらしている。
平穏そのものの空に、いっとう輝く星斗があった。他と比べてもあまりに眩く、美しい光のかたまり。しかし少しでも天体に精通した者が見れば、すぐに違和感に気づくだろう。あんな位置に、あれほど目立つ星があっただろうか。そして何故、加速度的にその面積を増しているのか──
その理由は至ってシンプルだった。──墜ちているのだ、星……否、隕石が。
それはごおぉと音をたてて街の結界を突き抜けると、凍りついた北部の湖に落下した。セイン・カミイノ始まって以来の椿事、しかしこんなものは序の口にすぎなかった。
*
隕石の落下は夜警の守備隊員によって即座に察知された。発表があったのが翌朝、昼前には街中の話題を攫うことになっていた。
それは来訪者たる"彼ら"においても例外ではなくて。
「隕石だってなぁ。正直伝説かと思ってたぜ」
「いやいや……恐竜たちが滅んだ原因のひとつだと習っただろう」
「そうは言っても6,500万年も昔の話やし!しかもちょーっと湖の氷が割れただけなんでしょ?」
「隕石っつっても、大きさは色々なんじゃねえか」
そんなやりとりをしていると、隕石の落下した湖近辺に行っていたイズクとカツキが戻ってきた。
「あ、デクくん!偵察、お疲れさまでっす!」
「あ、お、お疲れさまです!」
「おい俺は」
堅苦しく敬礼しあうオチャコとイズク──守備隊の挨拶を真似しているのだ──に、盛大に顔を顰めるカツキ。もとより説明役はイズクに一任されることになるので待遇に差が生まれるのもやむをえないのだが、オチャコがそこまで考えていないのは言うまでもあるまい。
「で、どうだったんです?」
「あぁ、うん……結論から言うと湖までの道は守備隊の人が封鎖してて、直接見には行けなかったんだけど」
「そっかぁ、残念……」
「最後まで聞けや」カツキが割り込む。「ミョーなことになってんぞ」
「ミョーなこと……?」
カツキがン、と顎をしゃくる。彼はそれ以上具体的なことを言うつもりがないようで、結局説明はイズクが継続することになった。
「その、本当に奇妙な話で……からかってるわけじゃないから、信じてね!?」
「し、信じる!信じるとも!」
仲間たちの態度を受けて──意を決して、イズクは続けた。
「増えたらしいんだ……シャケが」
「しゃけ??」
みんな揃って首を斜めに傾げるのはもう、致し方のないことであった。
*
同じ頃、街は昼食どきを迎えつつあった。連日の狩猟によって十分な獣肉が供給され、人々は久方ぶりの肉料理を楽しめるようになっている。
某家庭でもそれは決して例外ではない。両親と子供たち、目の前のローストに今にも涎が溢れんばかりである。それでもいただきますと両手を合わせて、いよいよ手をつけようとしたときだった。
「ドーーーーーーン!!!」
「!!?」
大声とともにいきなり扉を開け放ち、侵入してくる者があった。明らかに人間のシルエットでないそれは、恐怖のあまり硬直している一家には目もくれず"あること"を施した。そしてそのまま嵐のごとく去っていくのであった。
それから約半刻。街は隕石の話題など塗りつぶされるほどの大騒ぎになっていた。阿鼻叫喚といえばそうだが、その内容といえば、
「シャケが!シャケのバケモノが、肉をシャケに!!」
「シャケー!肉がシャケになっちまったあぁぁぁ!!」
──こんな具合である。
「あっちもシャケ、こっちもシャケかよ!」
街中から響くシャケによる悲鳴に、エイジロウは思わず焦れたように叫ぶ。「こんな状況、習わなかったぞ!?」とはテンヤの言。実戦は往々にして事前に学んだ通りにはいかないものだが、これはあまりに常軌を逸している。
「シャケまみれになるなんて、海の中でもなかったぞ」
「たりめーだわアホ!!」
「誰かさっき、"シャケのバケモノ"って言ったよね?もしかして、またマイナソーが……」
その可能性は十二分にある。竜装の騎士として、とにかくその影をひっ捕らえなければ。
「手分けして探そう!」
そう言うと、イズクとカツキはそのまま走り出していた。「あっデクくん……」とつぶやいているうちに、隣りあっていたエイジロウとテンヤも反対方向へ駆け出していて。
「じゃあ俺たちも行くか。……オチャコ?」
「!、あ、あぁうん。……まあええか、イケメンやし」
「?」
首を傾げるショート。顔も出自も良いくせにそんな天然めいた振る舞いをするところが侮れないのだ。とはいえオチャコが好意をもっている人物は他にいて、その彼は先陣切って幼なじみと一緒に飛び出していってしまったのだが。
──それにしても、である。
「本当に、どこもかしこもシャケだらけ……」
「すげぇな、これは」
街中をビチビチと跳ね回るシャケの群れ。中にはしっかり切身にされたものもあるが、昼食どきであったせいかそれらはあらかた拾い食いされている。不衛生だが仕方がない、みな空腹には抗えないのだ。
それはむろん、彼女も例外ではなくて。
「じゅるり……」
彼女ら一行も、この騒動のせいで昼食にありつけていないのだ。洩れる涎と鳴き叫ぶ腹の虫は、もしかしなくても空腹の証。
「ど、どれ、味見してみようかな……」
「!、おい……」
恐る恐るシャケを捕まえようとするオチャコを、ショートは慌てて押しとどめた。
「やめとけ。見た目はただのシャケでも、何が仕込まれてるかわからねえ」
「で、でもみんな普通に食べてて……なんともないし……」
「遅効性ってこともある。つーかオチャコ、おまえ生魚苦手じゃなかったか?」
「焼いたり煮たりできるでしょ!まったくもうっ、普段はぽやっとしてるのにどうしてこう……」
むろんそうでもないと、王子など務まらないのだが。
「まあ食うのはともかく、分析は必要だな。一尾持っていって、モサレックスにみてもらおう」
そう言って、ショートが跳ね回るシャケを両手で捕まえたときだった。
「うわぁあああ!!シャケのバケモノだぁぁぁ!!?」
「!!」
それを聞いて、オチャコは真っ先に走り出す。ショートもあとを追おうとするが、つるんとすっぽ抜けたシャケが見事に顔面を直撃してしまった。
「お、──こいつ、活きが良いな……」
*
現場にたどり着いたオチャコが目の当たりにしたのは、長いリュウソウ族人生でも見たことのない、悪夢ともいえないような光景だった。
「う……うぅ……」
「うごけ、ないぃ……」
「たすけ、て……」
苦しげな声。しかし彼らは苦痛を伴う何かに苛まれているわけではない。強いて言うなら、膨れた腹を抱えているだけだ。周囲には魚の骨らしきものが落ちている。
「ちょ……大丈夫!?何があったんですか!?」
「しゃ……シャケ……」
「またシャケ!?」
しかしシャケがどうしたと言うのか。──まさか?
「シャーッケッケッケッケ!!」
「!?」
妙に演技がかった笑い声が響き渡る。はっとオチャコが顔を上げると同時に、彼女の眼前に巨大な魚人のシルエットが降ってきた。
「あんたは……!」
「我が名はサモーン・シャケキスタンチン!どの世界でも獣肉なんぞを食べる愚かな人類どもよ、365日シャケを食えぇ〜!!」
高らかにシャウトする、サモーン・シャケキスタンチンを名乗る謎の怪人。その胸元には、鈍色の直方体が埋もれている。形からして、金庫だろうか。
「何もんだ、おまえ。喋れるっつーことはマイナソーじゃねえな、ドルイドンか?」
遅れて駆けつけたショートの問い。鳴き声ではない明確な言語能力をもつ異形の怪人は、ドルイドン──
しかしサモーンなる怪人の返答は、予想だにしないものだった。
「ドルイドン?なんだそれはァ?」
「えっ!?」
「何?」
サモーンは誇らしげに胴体の金庫を叩いた。その衝撃で胸元を覆う卵状の赤い物体がぼろぼろとこぼれ落ちる。「しまったイクラちゃんが!」と騒ぎながら、彼はそれを慌てて拾い集めた。
「これはあとでお裾分けしよう!」
「えっ……あ、アア、ドウモ……」
「ドルイドンでもねえならなんなんだ、とっとと答えろ……!」
珍しくショートが焦れている。正体不明なうえに、煙に巻くような言動──彼にしても苛立つのは無理もないだろう。
「ふん、オレはギャングラーなのだ!」
「ぎゃんぐらー??」
なんだ、それは?
「知らないのも無理はなァい!オレはこことは別の世界から隕石に乗ってやってきたのであーる!」
ギャングラー、サモーン・シャケキスタンチンは語る。かつて彼はここより遥かに文明の進んだ別の世界において、クリスマスという行事にシャケを食べることを強制しようとしたのだと。しかしその企みをかの世界の英雄たちに阻まれ、討ち滅ぼされてしまった──はずだった。
「死んだはずのオレは、気づけば隕石に閉じ込められて宇宙を彷徨っていた。長きに渡る放浪の末、いつしか次元の壁を越えたオレは、この星に墜落したのだった!めでたシャケめでたシャケ!」
「何もめでたくねえ」
「ほんまや!シャケくれるのはいいとしても……無理やり食べさせたり、お肉を奪い取るなんて!」
「こんなのは序の口!いずれこの世界の主食をことごとくシャケに変えてやるのだ!シャーッケッケッケッケ!!」
元いた世界よりもエスカレートした野望を嬉々として披瀝するサモーン。現実になればはた迷惑どころではない。明確な脅威は、竜装の騎士として排除しなければ。
「いくよ、ショートくん!」
「ああ」
同時にリュウソウルを構え、
「「リュウソウチェンジ!!」」
『ケ・ボーン!!』
『ワッセイワッセイ!そう、そう、そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』
『ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』
──リュウ SO COOL!!
オチャコの身体を桃色の、ショートを黄金のリュウソウメイルが包み込む。それは現実にして、コンマ数秒の出来事で。
「剛健の騎士!リュウソウピンク!」
「栄光の騎士、リュウソウゴールド!」
名乗りをあげるふたりに対し、どういうわけかサモーンは驚愕しているようだった。
「何ィ!?この世界にもなんとかレンジャーがいるなんて、わたし聞いてない!」
「れ、れんじゃー?」
「俺たちはリュウソウジャー……だっ!」
そう告げると同時に、先制の弾丸を見舞う。「シャケッ!?」という短い悲鳴?とともにサモーンが後退し、複数のイクラがこぼれ落ちた。
「ああっ、またイクラちゃんが!?」
「どりゃー!!」
『ツヨソウル!』
「!?」
ツヨソウルの鎧を纏いつつ、ピンクが一気呵成に斬りかかる。強化された斬撃にサモーンは押される一方……のように見えて、どこまでもその巫山戯た態度が崩れない。
そこに、ゴールドも参戦した。
「オチャコ、一気に行くぞ」
「言われなくてもそのつもり!」
さっさと倒して、お昼ごはんを食べる!オチャコはもとより、ショートもそのつもりだった。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
一方このシャケの化け物も、歴戦のつわものたち相手に一歩も引くつもりはないようだった。
「ぬうぅ、
「関係ある!」
「シャケェッ!?」
モサブレードの一閃により、ついにサモーン自身が吹き飛ばされた。「ゴロゴロ〜!」と自ら擬音を口にしながら転がる巨体。胴体から突き出た金庫のせいで早々につかえているにもかかわらず、最後のほうは自分で身体を転がしているように見えたのは気のせいだろうか?
「とどめだ」
ビリビリソウルを構えるゴールド。一方でピンクも、リュウソウケンの鍔に手をかけようとしている。
いずれにせよ必殺の構え、サモーンの運命もここまで……の、はずだった。
「せっかくここまでかわのぼりしてきたのだ……まだ終わらんぞぉ!」
「!」
「相手はピンクと金ぴか!ならばラッキーシャケアイテムはぁぁぁ──」
「シ ャ ケ 大 根 ! ! 」
「──!?」
刹那、ふたりは文字通り足元が崩れるような錯覚を味わった。同時に景色もがらりと変わり、彼らが落下したのは大きな鍋の中。
何事かと戸惑っている間もなく、彼らの頭上からどぼどぼと液体が降ってきた。
「ひゃあっ!?なんやこれ!?」
「酸っぱ……熱ィ!?」
突然下から襲ってくる、ぐつぐつと煮えたぎるような感覚。というか、本当に煮られている!
それはふたりが熱さにノックダウンするまで続けられたのだった。
「ッ、うぅ……」
「ぐ……っ」
気づけば、ふたりはぐったりと路地に倒れていた。雪の感触が冷たくて気持ちがいい……などと言っている場合ではない。目の前ではサモーンが「シャーッケッケッケッケ!」と高笑いをかましている。
「オレの勝ちだ!──シャケキャーッチ!」
叫ぶや否や、サモーンは思いもよらぬ行動に出た。釣り竿のような武器を取り出したかと思うと、糸を放ってふたりのもとから何かを奪い去ったのだ。
「あっ、リュウソウケンが……!」
「モサチェンジャー……返せ!」
あまりに重大なモノ。それを返せと言われて返す悪者はいない。サモーンはまたしても耳障りな笑い声をあげた。
「これで貴様らはまな板の上のシャケ!この世がシャケパラダイスになるのをシャケをくわえて見ているがよろしい!ではでは〜……失敬!」
リュウソウケンとモサチェンジャーを抱え、物凄い勢いで走り去っていくサモーン。ダメージを負ったばかりか得物まで奪われてしまったオチャコとショートは、その後姿を悔しげに睨みつけることしかできないのだった。