疲れているのか、俺……
古城の片隅も片隅にある、かつて独房として使用されていた部屋。
今はそこがワイズルーに割り当てられた居室であった。昼間でも薄暗く、じめりとした空間。グレイテストエンターテイナーを自称する群青の道化師は今、そのような場所に押し込められているのだった。
「ぬううっ……!心臓を奪われたとはいえ、最高オブ最高の私がこうまで忍従を強いられるとは……!」
しかもそこに来て、"エラス"の復活──もはやドルイドンの頂点に立つことはおろか、これまでのような自由な日々さえも永遠に過去のものとなりかねない。ならば自分はいったい、なんのためにこの星に戻ってきたのか。なんのために、リュウソウジャーと戦い続けてきたのか──
「かくなるうえは……いや、しかし──」
思い悩んでいると、不意に床から何かが滲み出してくる。初見なら驚き固まってもおかしくないが、ワイズルーにとっては既に見慣れた光景だった。
「ワイズルーさま、おばんでっす!」
「ン〜ン、こんばんは。クレオンよ、プリシャスの動きはどうだ?」
「ええと、それがぁ……」
「?」
一瞬口ごもったクレオンだが、ゴホンと咳払いをしてその問いに答えた。
「なんかプリシャスさまとサデンさま、このお城を放棄するみたいでぇ……」
「What's!?」思わず立ち上がり、「ヤツら尻尾を巻いて逃げ出すつもりなのか!?リュウソウジャーとの勝負はこれからだというのに!」
悔しいが、戦闘力においては自分より遥かに上回るふたりだというのに。憤るばかりのワイズルーに対して、クレオンは懐疑的だった。プリシャスたちの様子を見る限り、そういう後ろ向きなふうではなかったからだ。
「──そうだよ、逃げるんだ」
「!?」
いきなり背後から少年めいた粘着質な声が響いたものだから、クレオンは跳び上がらんばかりに驚いた。慌てて振り返ればそこには、
「ぷ、プリシャスさま……!?」
「やあ、クレオン。ボクらの一挙一動、余すことなくワイズルーに伝えてくれたみたいだね。おかげで説明する手間が省けたよ」
嫌味、というだけならまだましだ。小柄な体躯から発せられる邪悪な徴表が、クレオンの身をすくみ上がらせる。
一方でワイズルーには、曲がりなりにも同じドルイドンとしてのプライドが残されていた。
「ふ、ふん!情けない、ドルイドンのナイトが聞いて呆れる!かくなるうえはこのワイズルーが、ヤツらを葬り去ってくれるでショータァイム!!」
宣言すると同時に、修復したステッキを突きつける。プリシャスはそれを事もなげに手で押し下げると、わざとらしい明るい声で応じた。
「ああ!それは頼もしいねぇ。じゃあ彼らのことはキミに任せるよ。──あ、そうだ、」
プリシャスは符を取り出すと、ワイズルーの胸元に投げつけた。そこから何かが体内へ吸い込まれていき、ずっと続いていた、ぽっかりと穴が空いたような感覚が埋まっていく。
「返してあげるよ、ボクからの友情の証だ」
「な!?貴様いけしゃあしゃあと……っ」
怒りに震えるワイズルーだが、残る理性でそれを抑えた。せっかく返ってきた心臓をふたたび奪われてはかなわない。
「それとクレオン、」
「!」
いきなり呼びかけられて、クレオンは肩をびくつかせた。
「キミはどうする?ついてくるも来ないも、キミの自由だけど」
「えっ、あ、あぁ〜……」
「………」
「……ひと晩だけ、考えさせてもらってもいいっスか?」
「……」
「………」
プリシャスが去ったあと、ふたりきりの場には珍しく沈黙が漂っていた。
(き、気まずい……っ)
ワイズルーは、自分がプリシャスに阿っていると思ったのではないだろうか。いやそうとられたとて何も不都合などないはずなのだが、クレオンにとってはつらいことだった。本心を言えば、彼と馬鹿をやりながらリュウソウジャーと戦っていたかったのだ。むろん、その果てに勝利があることが前提ではあるが。
ややあって、ワイズルーが不意に口を開いた。
「……クレオン、おまえはプリシャスとともに行くがいい」
「えっ!?な、なんで……っ」
「その代わり、頼みがある」
クレオンの声を遮り、ワイズルーは独演を続ける。もとより他人の話を聞かない男だが、今このときばかりはあえてそうしているようにも思われた。
「私からマイナソーを生み出せ」
「な……!?何言ってんスか、そんなことしたら──」
元々ドルイドンの中では武闘派とはいえないワイズルーである、マイナソーの貪欲さ如何によっては彼の命はあっという間に吸いつくされてしまうかもしれない。
「私単独ではマックスリュウソウレッドだのリュウソウカリバーだのには到底敵わん!……マイナソーの力に懸けるしかないのだ……!」
「………」
「頼むクレオン、我が一世一代のラストショータイム……飾らせてくれ……!」
何かを悟ったかのように気迫のこもったワイズルーの頼みに、クレオンはもはや二の句が継げない。説得の材料など何ひとつもたない今、彼にできることはひとつしかなかった。
*
セイン・カミイノの街から送り出されたリュウソウジャー一行が北限の地へ向かうこと丸二日、ついにプリシャス軍の本拠たる古城付近にまで迫っていた。
「ドルドル、ドル〜〜ッ!!」
唸り声をあげつつ、ドルン兵の群れが襲いかかってくる。それらを迎え撃つのはもう、エイジロウたちにとって半ばルーティンワークのようになりつつあって。
『ツヨソウル!』
『「オラオラァ!!」』
リュウソウルの発する音声と、使用者の声とが重なって響く。そして鍔迫り合い、刃が分厚いものを切り裂く音。ドルン兵たちの槍ではリュウソウメイルは貫けない。雪に埋もれるようにして倒れ伏すのは彼らばかりだ。
「おい、そっちとっとと片付けろや!」
「わかってるから怒鳴らんといて!」
「手伝うよ!」
「助かる、イズクくん!」
互いに助け合い、連携しつつ戦う六人の騎士。この場の戦いが彼らの一方的な勝利に終わるまで、そう時間はかからない。
「ふぅ……片付いたか」
モサチェンジャーを手のひらで──手袋の上からだが──磨きつつ、ショートがつぶやく。もう何度目になるかもわからないドルン兵との偶発的戦闘、油断はならないと頭では理解っていても、どうしても飽いてしまう。
ただ、それも終わりに近づいているだろうことは明らかだった。
「地図によると、プリシャスの占拠してる古城にはあと一時間もあれば到着できるはずだ」
セイン・カミイノで購入した地図を見下ろしつつ、イズク。古城はそこだけ北に突き出した半島部分の小高い丘に築城されている。セイン・カミイノの街が拓かれるおよそ千年前までは、その周辺に小さな城下町があったのだとか。かつて住んでいた領主一族こそ、街で出逢ったユウガ少年の先祖だったのだろう……などと想像もしてみたり。ただドルイドンに占拠されて久しい現在、その面影がどれほど残っているか。
「残るはプリシャスとサデン、あとワイズルー……か」
「ヤツらを討てば、少なくともこの地に平和は戻る」
「………」
「──頑張ろうぜ、みんな」
エイジロウが手を差し伸べる。その意味を考えるまでもなく、テンヤ、オチャコ、イズク、ショートと順に上から手を重ねていく。カツキは案の定斜に構えていたが、オチャコとイズクに半ば無理矢理引っ張られてその輪に入ってきた。
「……」
「………」
「……えっ、もしかして僕待ちですか?」
少し離れたところから皆を見守っていたコタロウが、呆気にとられたような表情を浮かべる。しかしエイジロウたちにしてみれば、そんなのは当たり前のことだった。コタロウは故郷の村からこっち、ずっと一緒に旅してきた仲間なのだ。肩を並べて戦うだけの力はもっていないというだけで、彼に教えられることはたくさんあったし、彼のおかげで打ち解けられた人……そして騎士竜たちもいた。彼もまた、リュウソウジャーの一員であることは一点の疑いもない事実なのだ。
「はぁ……わかりましたよ」
コタロウはカツキほどには頑なでないので、ため息混じりながらも自発的に手を乗せてきた。エイジロウたちに比べればまだまだ小さく柔らかいが、それでも出逢った頃よりは大きく逞しくなったように思う。リュウソウ族でない彼は、エイジロウたちの十倍早く成長する。そういえば身長差も少し縮まったなあなんて考えていたところだった。
「コタロウだけじゃなくて、オレも混ぜろよな〜!」
「あ……ピーたん」
「悪ィ悪ィ……じゃあピーたん、騎士竜代表っつーことで!」
──皆で心を合わせる儀式。それを遂げて、ふたたび行軍を再開する。不思議なことに、そこからはドルン兵による襲撃はなかった。普通なら城に近づくほど歩哨の数は増えそうなものだが、人間相手なら寡兵でも十分追い払えるということで、ドーナツ状の配置になっているのかもしれない。それにしても敵はおろか、虫一匹の息吹すらも感じられない環境はあまりに不気味だったが。
「そろそろ一時間になる頃だが……城は見えてこないな」
「ってか吹雪のせいで、全然先が見えへんねんもん……」
あるいはもう、目と鼻の先なのかもしれないが。
ならば、"これ"しかない。
「──ミエソウル!」
ミエソウルを発動し、吹雪にも負けないほど視力を強化する。果たして、
「……見えた!あそこだ!」
「あ、イズク!」
真っ先に走り出したイズクを慌てて皆で追いかける。いよいよ決戦だという中で、彼も少なからず高揚しているのかもしれない。そういうとき彼が突っ走りがちなのはもう、今に始まったことではないのだ。
そうして彼らが城の外郭にまで足を踏み入れたときだった。
「ハーッハッハッハッハッハッハ〜〜!!」
「!!」
にわかに響き渡る、無駄に美声な高笑い。常人には困難なほどの長時間にわたって続くのも特徴だ。みな半ば辟易しつつ、敵対者として身構えることだけはかろうじて忘れなかった。
「ウェルカム、リュウソウジャー諸君?最高オブ最高のエンターテイナー、ワイズルーである!」
「いや知っとるし……」
「いい加減見飽きたわ、てめェの顔にはなァ!」
「今日こそ決着をつける……!」
口々に浴びせられる敵意に満ち溢れた言葉に、ワイズルーは思わず身震いをした。良い。実に良い。まして相手が、自分以上の力をもった相手だというのだから。
城のバルコニーから敵対者の群れを見下ろしながら、ワイズルーは自ら死戦の火蓋を切ることにした。
「祝おう諸君、泣いても笑ってもこれがラストステージだ。そのために最高のアシスタントを用意した!──カモン、"ロキマイナソー"!!」
ワイズルーの背後から、霧のように"それ"が姿を現す。宝石のような美しい虹色の外套を纏い、骸骨の仮面を被った男の姿。一見すればそれは、人間のようにもみえる。
「ショータァイム……」
「!、そいつ、まさか」
「そのまさか!この私の身体から生み出したマイナソーでショータァイム!」
「……てめェも、いよいよ本気ってわけか」
マイナソーを生み出すことが即、死に繋がるわけではない。しかしその思い切りの良さと逃げ足の速さでここまで生き延びてきたワイズルーが背水の陣を敷いたのだ。こちらも、覚悟を決めなければ。
「コタロウくん、下がってて」
「はい、お気をつけて」
「っし、みんな行くぞ!」
リュウソウルを構える六人。しかし彼らの口が竜装を宣言するより早く、ワイズルーは声を張り上げていた。
「そうはイカサマ真っ逆さま!──ロキマイナソー、ステージオン!!」
「ショータァイム!!」
ロキマイナソーの仮面の奥──瞳がぎょろっと光り輝く。そしてその光が辺り一帯に広がり、エイジロウたちを呑み込んでいく──
「……!」
思わず目を瞑ったコタロウがふたたび視界を取り戻したときには、ワイズルーたちの姿も、六人の姿も忽然と消え失せていて。
「……皆さん……?」