「──誰かに、認めてほしかったんだと思う」
雪原を彷徨いながら、クレオンはぽつりと独りつぶやいていた。いや彼の背後にはお付きのドルン兵たちがいるので、一応は彼の言葉を聞きとめる者はいるのだが。
「オレはずっと独りぼっちだったから……ただ、仲間とよべる人が欲しかったんだ。ワイズルーさまは、変なヤツだったけど……やっぱり……」
拳を握りしめ、クレオンはぐっと天を仰いだ。
「オレはワイズルーさまを信じる……!だから捜すんだ、この世界の果てまでも!そして、あの輝かしい日々を取り戻してみせる!──止めるなよお前ら、絶対に止めるなよっ!」
ドルン兵たちは何も言わない。そもそも「ドルドルッ!」としか喋らないのが彼らなのだが。
暫く経っても反応がないとみたクレオンは不意に足を止め、彼らのほうを振り返った。
「……止めるならっ、今だよ!?」
*
ガンジョージを倒したエイジロウたちは、暫しその場にとどまっていた。サデンの足止めに対処しているであろうイズクとカツキを、これ以上放って先へは進めなかったのだ。
しかし、
「……遅いな、イズクくんもカツキくんも……」
焦れたようにつぶやくテンヤ。それは多かれ少なかれ皆が感じていることでもあった。
「まさか、今ごろふたりともサデンに……」
「え、縁起でもないこと言うなよな!あいつらなら大丈夫だって……!」
「……まあ実際、万が一ってことがあったらサデンが追いついてくるだろうからな。どっちも来ねえってことは、戦いが長引いてるんだろう」
「──なぁなぁ、」ピーたんが話に混ざってくる。「そんな心配なら、オレたちも戻ればいいんじゃないか〜?」
「……まぁ、それは確かに」
合理性でいえば間違いなく正論なのだが、ふたりを信用していないようで実行は躊躇われた。イズクはともかく、カツキはそう捉えるだろう。いやイズクにしたって、物腰は柔らかくとも騎士としてのプライドはきっちりもっているのだ。
「あと十分待ってみよう。それでも来なければ、そのときは──」
テンヤが言いかけたときだった。ざり、と、砂利を踏みしめる音が奥から聞こえてきたのだ。
「!!」
瞬時に立ち上がる一同。──足音なのは間違いない。問題は、
「……ッ、」
足音の主が姿を現すまでの数秒間は、あまりにも長い。じりじりとした緊張感は──揺れる金髪が最初に暗闇の中から覗いたことで霧散した。
「カツキ……!」
「デクくんも──え?」
現れたのがふたりだけなら、純然たる感動の再会だったのだが。実際には彼らに、まったく見も知らぬ黒衣の男性が同伴しているわけで。
「……誰、そのオジサン?」
「おじっ……」
カツキの"小汚い"発言に続き、二度目のショックを受けるマスターブラック。そんな彼に噴き出しそうになるのを堪えつつ、イズクが告げた。
「ぷふ、ゲホッ、ゴホン!……この人は、その……マスターブラック、です」
「なぁんだ、マスターブラックか!」
「まったく、驚かせ……おどろ、かせ……?」
──…………、
──えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??
*
と、いうわけで。
「はじめまして、と言うべきかな……この姿では。俺はショータ、先代のリュウソウブラック……まぁ、こいつらにはマスターブラックと呼ばれているものだ。よろしく」
「ショータ……なんかややこしい名前だな」
「こらっ、ショートくん……!」
「よ、よろしくっス!……あの、どういうことなんスか?サデンに化けてたって……」
マスター相手に非礼だという自覚はあったが、逸ってしまうのも無理からぬことだった。プリシャスの忠実な配下であったサデンの正体が裏切者──と言われていた──マスターブラックで、そのマスターブラックことショータがカツキたちとともにやってきて……と、あまりに状況が急転しすぎている。率直に言って、誰もついていけていなかった。
「順を追って説明しよう。……でないと、そいつも納得しないだろうからな」
ショータが傍らに目を向ければ、強烈な感情を滲ませる紅い瞳と視線がかち合う。内心ため息をつきたくなかったが、元をただせば自業自得だ。後悔はしていないが、自分の行動の結果、彼の信頼を裏切ってしまったのだから。
「始まりは、今からもう二百年近くも前のこと──」
「いや長ぇわ!!」
「……黙って聞け」
今度こそため息をつきつつ、ショータは話しはじめた。
──約二百年前。ショータ少年が、リュウソウブラックに選ばれて間もない頃だった。
「我々の村に、突如としてプリシャスの軍勢が襲来した」
リュウソウケンとリュウソウルのほかに武器のないリュウソウ族たちにとって、プリシャスは到底太刀打ちできない相手だった。ひとり、またひとりと倒れていく中、リュウソウ族一の勇者と謳われたマスターグリーンが出撃する。
ショータもまた、友人たちの制止を振り切ってそれに同行した。
──リュウソウチェンジ!!
「……しかし、あの頃の俺は一人前とは言い難かったからな。マスターグリーンの足を引っ張るだけに終始して……終いには、プリシャスの攻撃で崖から転落した」
「だが、そのために見つけたんだ」
──地底深くに、封印されていたエラスを。
「エラスが、リュウソウ族の里の傍に……」
「あ、て、ていうか、プリシャスのことはどうしたんですか!?」
脱線だし過去のこととわかっていても、気になってしまう。
「マスターグリーンが撃退した。……但し、禁じられた伝説の鎧の力を使ってな」
「!、ガイソーグの……」
マスターグリーンがガイソーグの力を使ったというのは、既にタマキから聞き及んでいたことではあった。──その果てに鎧の意思に囚われた彼の末路が、どのようなものであったかも。
「話を戻すぞ」
冷淡にさえ聞こえるショータの声で、郷愁に浸っていた一同は現実へと引き戻された。
「戦いが終わったのち、俺はエラスのことを調べはじめた」
エラスは球状の姿のままその場にとどまり続け、何か行動を起こす様子は見受けられなかった。……いや、起こせなかったのだ。不思議な光の膜に包まれ、封じられていたために。
「その光を辿って、俺は旅に出た。……そして空に浮かぶ島と、その中心に鎮座する神殿を発見した」
「"はじまりの神殿"、ですね。リュウソウカリバーが納められていた」
「……そうだ」
「そのリュウソウカリバーが、エラスを封印していたんだ」
「──!?」
みな一瞬、声を発するのも忘れていた。リュウソウカリバーがエラスを──ならば、それを引き抜いてしまったのは……。
「俺たちの祖先がリュウソウカリバーを使い、エラスを封印していた。プリシャスたちもそれを知っていたようだ」
──この剣が、エラス様を?
──そうだねえ。でもボクたちじゃ抜けないみたい。
──いかがいたしましょう。
──リュウソウ族に抜かせればいい、宇宙に散ったドルイドンに地球を攻めさせればいいんだよ。この星が脅威に陥れば、リュウソウ族はこの剣の力に頼らざるを得ないからね。
神殿を訪れたプリシャスと、サデンの会話を思い起こすショータ。程なくプリシャスは去り、監視役を命じられたサデンのみがその場に残ったことで、彼は奇策に打って出た。
「俺は不意打ちでサデンを殺し、その皮を剥いで奴に化けた。そして──……、」
「裏切るふりをして、かっちゃんに剣を向けたんですか」
「!」
そう声をあげたのは他でもない、イズクだった。抑えた声、表情ではあったけれど……その翠眼には、明らかな怒りの感情が宿っている。
「……ああ、そうだ」
「僕らを、巻き込まないために?」
「ついていくと行って聞かなかったろうからな。カツキも、おまえも」
「でもそのせいで、かっちゃんはそれからずっと苦しむことになった……!」
「……デク、よせ」
「あなたがそんな嘘をつかなければ、かっちゃんは一点の曇りもない太陽のままでいられたんだ!」
「デク、」
「あなたは……!
「──イズク!!」
真名を呼んだのは他の誰でもない、カツキだった。一年にわたってともに旅をしてきたエイジロウたちでさえ、それを聞いたことなど一度もなかったのに。
「もう、いい」
「……かっちゃん、」
「………」
「あんたの事情はわかった。……でも現に、俺らはリュウソウカリバーを抜いちまった」
自分たちは、決定的な間違いを犯してしまったのか。後悔先に立たずとは言うが、それでも暗澹たる気持ちになるのは止められない。
しかし、ショータが続けたのは意外な言葉だった。
「いや、今となっては誤りだったとは言い切れない」
「……どういうことですか?」
「リュウソウカリバーの力を、エラスが吸収しはじめたんだ」
あのまま放っておけばリュウソウカリバーのもつエネルギーは吸い尽くされ、いずれにせよエラスは復活に至っていた──と、ショータ。安堵が広がるが……エラスが復活してしまったという事実は、変わらない。
「エラス……ドルイドンの女王……」
「ど、どれくらい強いんですか!?」
「……それはわからん。ただひとつ断言できるのは……あれは、不死身だということだ」
「不死身って……」
「エラスはこの星と完全に一体化しているんだ。倒すには星ごと滅ぼすしかない……むろん、そんな仮定に意味はないが」
「ッ、………」
ふたたび沈黙が訪れ、ただ足音だけが響き続ける。心情とは裏腹に、行く先からはまぶしい光が洩れている。出口まで、あとわずかだ。
──そして、
「うわっ……」
長らく浴びていなかった遮るもののない日差しに、皆、思わず目を瞑った。この地下通路はもとより、北方の地ではまともに"晴れ"と呼べるような天候だったのだ。
それでも常人より環境適応力も高い彼らは、程なく視界を取り戻した。
「!、これは──」
そうして見たのは、緑あふれる自然の森。雰囲気からいって山中だろうか。
いや、そんな憶測をたてるまでもなかった。
「ここ……ガキの頃からよく遊んでた山だ……」
「ムッ、ということはやはり──」
テンヤが言い切らないうちに、エイジロウは走り出していた。急勾配の坂を半ば滑るように駆け下りていく。逸る気持ちは仲間たちも同じで、彼らも一様にそれに続いていった。……ひとりを除いて。
「……みんな、ひどくない?しょうがないけど」
「げ、元気出すティラ、コタロウ!ワガハイが背中に乗せてやるティラ!」
「あっ、ずるいぞティラ公!コタロウはオレが乗せるんだからナ〜!」
睨みあうティラミーゴとプテラードン。ありがた迷惑だ、とため息をつくコタロウだったが、不意に傍らからの視線を感じて顔を上げた。
「……何か?」
「いや……」
何か言いたげな様子を見せたマスターブラック・ショータだったが、結局彼も口をつぐんだまま斜面を降りていった。まあ、リュウソウ族の騎士たちに同行している人間の子供というのは、それだけで珍しいのかもしれない。まして騎士竜たちに取り合いになるくらい懐かれているというのは。
ショータの思いが予想より甚だ深いものであったと知るのは、もう暫くあとのことになる。