緑あふれる大地。質素だが人々の営みを強く感じさせる堂宇の数々。
エイジロウたちが生まれ育った、夢にまで見た風景がそこにはあった。
「──エイちゃあぁん!!」
「トモナリぃ!!」
がしっと強く抱きあうエイジロウと、小柄だが恰幅の良い少年。おいおいと泣きながら身体を密着させるふたりを見て、カツキが蛙の潰れたような声を発した。
「クソきめェ……」
「キモくない!マブダチと一年ぶりに会えたんやから」
「そっか、あの子がもうひとりの……」
「……親友、か。なんつーか、羨ましいな」
「ン〜、なんやぁ?お坊ちゃんは親友おらんかったんか〜?」
素直すぎる性分ゆえ飛び出したショートのひと言に、タイシロウが耳聡く反応した。いい歳になっても少年のような悪戯好きな性が抜けない男なのだ、彼は。
「ショートくんは海のリュウソウ族の王子だったのです!」
「お、王子?……海の!?」
「リュウソウジャーがおまえたちを含めて六人もいるのは妙だと思っていたが、そういうことだったのか……」
マスターたちは揃って寝耳に水とでも言いたげな表情を浮かべている。海のリュウソウ族と争ったというのは太古の昔のことで、彼らにしても敵意はなかろうが……その太古から接触がない相手というのは、外界の人間たち以上に遠くの人という印象だった。その王子が仲間のひとりに加わっているとは。
「何があったか、詳しく聞かせてほしいもんやねぇ」
「えへへ、話すと長くなるでぇ〜」
「そういえば、彼らの紹介がまだでしたね!」
言うまでもなくイズクたちとは初対面である。ショートに続きイズク、カツキと順に紹介していく。
「──というわけで、カツキくんは言動に大変難がありますが、僕らにとって頼れるリーダー格なのです!」
「そうかぁ!おもろいヤツが仲間になったもんやなぁ」
「グッ、ぎぎぎ……!」
「かっちゃん、顔!感情が絡まりすぎてとんでもないことに……!」
毀誉褒貶がいっぺんに降ってきたせいで、怒りやら照れやらで顔を真っ赤にしたまま硬直しているカツキである。──まあ、彼のことは放っておくとして。
「それと、彼は──」
テンヤの紹介が最後のひとり、ショータに移ろうとしたときだった。
「いい、必要ない」
「えっ?」
ショータはそう言って彼らを抑えると、自ら前へ進み出た。同じくマスターの称号をもつ者たちとの視線が交錯する。
ややあって、彼はおずおずと口を開いた。
「……久しぶりだな。タイシロウ、テンセイ」
「……そうだな。二百年……は、経っていないか」
どういうことかと一瞬混乱しかけて、そういえば彼も元々はこの村の出身だったのだと思い至った。であるならば、同年代の彼らとは顔見知りどころでない、深い関係であっても自然なことだろう。
「なんかオレ、ごちゃごちゃしてきたぞ〜」
「ネタ的には美味しいけどね」
「ネタぁ?」
ただピーたんの言う通り、関係は整理しておいたほうが良いかもしれない。早速手帳とペンを取り出そうとしたコタロウだったが、よくよく考えなくてもピーたんを抱いたままなのである。思わず自分で苦笑していると、彼に輪をかけて小柄な老人が一行のもとにやって来た。
「お前ら、やぁっと戻ってきたか」
「あっ、長老!」
「お、お久しぶりです!」
畏まる若者たちを前に、ドワーフのような体型の老人はカカカッと特徴的な笑い声を発した。
「ったく待ちくたびれたぞ。その間に召されちまったらどうしてくれる」
「いやぁ、まだまだお元気そうで……」
「ふん。……冗談だ、よく頑張ったな。そっちの連中も」
「けっ」
「ど、どうも……。──あ、僕、イズクといいます」
「リュウソウグリーンらしいで。で、こっちの子らがブラックとゴールド」
「聞いとったわ、年寄りの地獄耳を舐めんな。──ところで、イズなんとかとやら」
「い、一文字……」
名前を覚えてもらえなかったこと、いきなり距離を詰められたことにイズクは面食らう。何か失礼でもあっただろうか?横の幼なじみなどは徹頭徹尾失礼の塊のような男だが。
「……おまえさんがあいつの後継者か……。ったく、タイガランスも難儀なヤツばっか選んだもんだ」
「え、えっ?」
「おまえさんと先代は、雰囲気からしてよく似てるっつーことだ。ま、あいつはもっと存在のうるせぇヤツだったがな!」
独特のワードセンスで若人たちを翻弄すると、ソラヒコ長老は不意に真面目な表情になった。
「さて、ムダ話もここまでだ。村が復活したからには、いの一番にやらなきゃならんことがある」
「?、なんです?」
「──慰霊の儀、じゃよ」
踵を返しつつ、ソラヒコは告げた。
*
一方、村近くの丘陵に陣を築いたプリシャス軍団。彼らの目も当然、村の復活を察知していた。
「忌々しいリュウソウ族の村が甦るとは……!プリシャス様、こうなれば一気に攻め込んで壊滅させてやりましょう!」
鼻息荒く提案するガンジョージ・ツヴァイ。とはいえそういう彼は昼間のリュウソウジャーとの戦闘でそれなりにダメージを負っており、無事なはずのヤバソードでさえ様子がおかしいのである。時間をかければかけるほどこちらが有利になると考えるプリシャスにしてみれば、拙速にはなんの価値もなかった。
「強者の余裕、というのは大事だよ。ガンジョージ?」
「!」
「ヤツらはつかの間の再会を喜びあっているんだ。──奴らの希望が膨らみに膨らんだところで、粉々に叩き潰す。そのほうが面白いゲームになるからね」
「仰せのままに!」という一点の曇りもない返答を聞いて、プリシャスは満足げに玉座に身を沈めた。サデンの裏切り……というより置き去りにされた死は正直残念だったが、盲目的に忠誠を誓う"仲間"がこれから増えていくのだ。今となっては、些末な問題だった。
それでも、
「ボクに屈辱を与えたこと、後悔させてあげるよリュウソウジャー……。死ぬほど……いや、死にたいと思うほどにね……!」
*
パチパチと、篝火の爆ぜる音が響く。
村の中心にある丘の頂にはただ今、夜にもかかわらず大勢の村人たちが集っていた。橙に照らされた表情は、いずれも厳粛そのもので。
彼ら、そして先頭に立つ長老及び騎士団長たち──若輩でありながら、長き旅を経てこの地に凱旋した騎士竜戦隊リュウソウジャーの面々。
その数百の視線の先には、幾つもの墓標が立てられていた。墓標といっても、木の板を削ってつくった簡素なものだ。それぞれに死した者たちの名が刻まれ、長老の口から読み上げられていく。
その中にはむろん、エイジロウの親友の片割れだったケントの名もある。すぐ背後から聞こえる、複数のすすり泣き。トモナリ、そしてケントの両親のものか。騎士として皆を守るべき立場である自分を庇って、彼は命を落とした。それは騎士のひとりとして丁重に葬られるほどに名誉な行為だったけれども、ケントはそんなこと微塵も望んではいなかっただろう。彼の両親も同じはずだ。一年の時が開いていなければ、エイジロウは彼らに土下座で謝罪をしていたかもしれない。
しかしこの旅での経験、そしてマイナソーの能力により一時的に甦ったケントとの二度目の別れが、それをしないことをエイジロウに決断させていた。肉体は亡びても、魂は繋がっている。自分は命尽きるまで、彼との友情を大切にして生きていく。彼が守りたいと願ったものを、守り続ける。
──そして弔いたい仲間は、ケントのほかにもうひとりいた。
「長老、これも」
「ム……」
マックスチェンジャーを差し出され、ソラヒコは一瞬困惑した。一見すると色鮮やかな竜爪であるそれは、この厳粛な場には不似合いにすら思われたからだ。
「"七人目のリュウソウジャー"……タマキセンパイの、遺したものです」
「!、タマキ……」
その名にタイシロウが反応する。タマキはマスターブラックのもとを去ったあと、彼に師事していた時期もあったのだ。短い間だったけれど、情に厚い彼がそのことを忘れるはずもない。一瞬呆気にとられたような表情を浮かべたあと、やりきれないとばかりに顔を逸らした。そして本来の師匠であるショータもまた、俯きがちに拳を握りしめていた。
「……ここに眠るすべての者たちに、とこしえの安寧がもたらされんことを……」
ソラヒコの神妙なる祈りの言葉とともに、鎮魂の儀は終わった。
*
厳かな儀式のあとには、村じゅうに松明の火が灯される。広場では先ほどまでと打って変わって芸能の心得がある女性たちが踊りを披露し、楽器という楽器を使って音楽がかき鳴らされる。
音楽といえば、最大のものは人の声だろう。歌の形を成しているものに限らず、おしゃべりだとか、単なる笑い声だって場の雰囲気をつくるバックグラウンドミュージックになりうる。夜の闇など到底及ばぬ、賑やかな喧騒がそこにはあった。
「………」
その間隙を縫うようにして、ショータは人気のないほうへ移動しようとしていたのだが。
「どこ行くねん、ショータ?」
「!」
そんな彼を目ざとく呼び止めたのは、マスターレッドことタイシロウだった。同じ"マスター"を称してはいるが、騎士団を率いる彼と自分は大きく立場が違う。立場だけではない、人間性も。
「せっかく百ウン十年ぶりに会ったんやで、しゃべくり倒そうや」
「……いや、俺は……」
やんわりと断ろうとするが、半ば強引に肩を組まれて連行されてしまう。ため息をつきつつ、ショータは早々に抵抗を断念した。昔からどういうわけか、このテの陽気でまっすぐな性質の人間ばかりが自分の周囲には集まる。この男もそうだし、ヒザシが良い例だ。それゆえ自分でも気づかないうちに、対応に手慣れつつあった。
「こういうときはな、飲んで食べて騒いでっちゅーんが一番の供養なんやで」
「……そう、だな。聞かせてもらえるか、おまえに師事していたときのタマキの話」
「そっちもな!」
先に逝ってしまった弟子。しかし決して汚辱と悲嘆にまみれた死ではなかった。彼はその誇り高き魂を後輩へと繋ぎ、未来を切り開いて旅立っていったのだ。その証は今、もうひとりの弟子とともにある。
*
一方、自宅へ帰ったテンヤとオチャコを除くリュウソウジャーの面々は、エイジロウの自宅へ招待されていた。
「さ、上がってくれ。なんもねー家だけど」
「マジでなんもねーな」
「……かっちゃんやめなさい」
「お邪魔します、でいいのか。この場合?」
「僕は二度目ましてです」
この独り暮らしの手狭な家に、これだけの友人を招待することになろうとは。仲間ならまだしも、友人などと形容すると怒り出しそうな客も約一名いるが。
「おふくろ……親父も、ただいま」
一年の時間経過を感じさせない小さな祭壇の前に立ち、今は亡き両親に帰宅の挨拶をする。しかし後者とは、試練の断崖において思わぬ再会を果たしたことがあった。傍にはいなくとも見守ってくれている──それを疑ったことは一度もないけれど、やはりどうしようもなく胸が熱くなった。
一年ぶり二度目の光景を見つつ、コタロウは頬を緩めた。あのときは二度目があるなんてこと考えもしなかった。あれから長い旅をして、多くの出逢いを経てここに戻ってくることになった。あまりにも濃い年月、数字にすればたった一年なのだけれど、遥か太古の昔のようにも感じる。
「やっぱりお母さんとお父さんのこと、すごく大事にしてるんだね。エイジロウくん」
イズクの言葉に、「へへっ、まぁな」と鼻頭を掻くエイジロウ。多感な時期の少年にとって両親を大事にしているというのは必ずしも誇らしいことではないのだが、斜に構えるという言葉とは無縁な彼はやはりその例外にあるようだった。
「そういえば、イズクさんたちのご両親はご健在なんですか?」
「え、僕たち?……うん、たぶん」
「たぶん?」
「……あちこち旅して回ってっと、安否確認なんざ十年にいっぺんできりゃいいほうなんだよ。わかれや」
確かに、それもそうだ。コタロウにしたって、里親である親族一家の身に何かあったとしてもそれを知るすべはない。長旅というのは、よほど気をつけないとそういうことも起こりうるのだ。
「引っ越しとか……万が一のことがなければ、僕らが生まれ育った山奥の里にいると思うよ。──旅が終わったら一回は顔出さないとね、かっちゃん?」
「フン、どーでもいいわ。あんのクソババア……」
「クソババアとは、穏やかじゃねえな」
「でもカツキのおふくろさんと親父さん、スゲー気になるなぁ。そうだ、俺も一緒に行っていいか!?」
「俺も」追随するショート。
「うん、もちろん!お母さんたちも喜ぶよ」
「行くっつってねーわ」
そんな他愛のないおしゃべりを繰り広げていると、トモナリが訪ねてきた。〆たウサギの入った麻袋をぶら下げて。彼の家は狩人を生業としているが、そのすぐ隣に住む親類は畜産を主にしている。村を挙げての宴であるから、気前よく分けてもらえたのだろう。
「ほんとはイノシシ食わせてやりたかったんだけどなー。ま、すぐに捌いちゃうからさ、みんなで食おうぜ。そんで旅の話、色々聞かせてくれよ!」
「おう、もちろん!」
たったひとりの主を抱えた家は、瞬く間に温かく賑やかになる。それはエイジロウ自身が積み上げてきたものの結果なのだと、彼の戦いを傍で見続けてきたコタロウは思った。
*
一方、青の兄弟は自宅と中庭にて剣戟を繰り広げていた。
「はあぁッ!!」
「ふッ!」
リュウソウケンとリュウソウケンとがぶつかり合う。既に成熟した、鍛え抜かれた肉体をもつテンセイだが、彼の半分ほどしか生きていないテンヤも既に劣るものではない。かつては憧れるばかりだった兄に、全力で喰らいついている。
「ッ、強く……なったな、テンヤ!」
「当然、だっ!俺はたくさんのマイナソー、それにドルイドンとも剣を交えてきたのだからな!」
「なるほど、なっ!」
なんとか一撃を弾き返しつつ、テンセイは思う。やはり、可愛い子には旅をさせよということか。伸び盛りの時期に激しい実戦に次ぐ実戦を繰り広げてきたのだから、それだけの実力が身につくのも当然だろう。師としては喜ばしいことであると同時に、兄としては少し寂しくもある。できればその成長に、もっと寄与したかったけれど。
「どうだろう、兄さん!俺はブルーパラディンズの騎士として恥ずかしくないだけの男になれただろうか!?」
ただ、そう聞いてくるテンヤは子供のころと変わらない、純粋で愛しい弟のままだ。その憧憬に応えられるだけの兄であり続けねばと、テンセイもいっそう奮起した。
*
自宅に帰ったオチャコは、両親と食卓を囲んでいた。みな鎮魂の儀に参列したあとなので、用意されたのは簡単につくれるものばかりなのだが、オチャコの舌にはそのどれもがこのうえなく美味に感じられる。仲間とともにする食事だってもちろん楽しかったけれど、一年ぶりの家族団欒はやはり他とは比べられないと思う。
「う〜ん、おいひぃ!どれもおいしーわぁ」
「そうか、そりゃ何よりやわ!」
がははは、と豪快に笑う父。時たま騒がしいと思ってしまうこともあったが、今となってはかけがえのないものだと感じる。この笑顔にもう一度逢うために、自分は旅をしてきたのだと。
「で、旅のほうはどうやったん?」
「ん?ん〜、色々ありすぎてなぁ……」考え込みつつ、「大変なこととか、それこそ大ピンチとか……ほんと色々やったんよ。でも、楽しいこともめっちゃあったと思う」
何より村からほとんど出たことのなかったオチャコにとって、東西南北多くの人里や街を回り、そこに住む人々と交わるというのは極めて新鮮な経験だった。皆それぞれに譲れない何かを抱えて、必死に生きている。その事実を知ってしまえばなおさら、独りよがりな欲望のために侵略行為に手を染めるドルイドンが許せなくなった。
「オチャコは騎士としても人としても、一人前になったんやねぇ」
「そ、そう……かなぁ。魔導士としてはまだまだやけどね……」
「でも、レパートリーも随分増えたやないの。お母ちゃんやって先代のマスターピンクに認めてもらえたんはもっと大人になってからやったし、まだまだこれからよ。──ね、お父ちゃん?」
「おう、オチャコは頑張り屋さんやからな。きっとお天道様が見とってくれとる!」
「自慢の娘や!」と胸を張って言う父、それを全面的に肯定する母。もう子供ではないので、気恥ずかしくなってしまう。しかし同時に、幾つになっても褒めてもらえるのは嬉しいことなのだ。矛盾しているようだが、人間として不自然な感情ではない。
「それよりオチャコ、気になる人はできた?」
「「ぶふぅっ!?」」
せっかくのメインディッシュを盛大に噴き出してしまったのはオチャコだけではなかった。彼女の父もまた、今までの上機嫌な言動が嘘のように動転している。
「な、なななななナニ言うてんねんお母ちゃん!!??」
「せせせせせやで!!オチャコにはまだそーゆうんは早いやろ!?」
「あらぁ、そんなことないよ?オチャコくらいの歳になればね、好きな人のひとりやふたり、できるのも当たり前やん?」
「私もそうやったし」と母。愛妻の告白に父はあからさまにショックを受けているようだった。両親が結ばれたのは今のオチャコの歳よりもっと大人になってからだと聞いているので、その言葉を率直に解釈すれば父以外の人を好きだった時期もあるということになる。まあ当然といえば当然なのだが、結婚して百何十年と経っても大変な愛妻家である彼にしてみれば考えたくもない事実なのだろう。
「だっ誰や!?どこの男やっちゅうんや!?」
「私のことはええの。ね、オチャコ、どうなん?旅先で出逢った人とか……あ、でもエイジロウくんたちの中の誰かってこともあるんかな?」
「……!」
思わず目を丸くするオチャコ。子供の頃から変わらないわかりやすい反応は、それが図星であると示しているようなものだった。
「えっ、そうなん?誰誰!?」
「え、えぇと……だ、だだだ誰でもえぇやん!」
「教えーや!そいつがホンマにオチャコにふさわしいか、お父ちゃんが見極めたる……!」
猛然と立ち上がる父を、母が慌てて宥めるひと幕もありつつ。──村じゅうがそんな温かい空気に包まれたまま、決戦前夜は更けていくのだった。