微睡みの中で聴いたのは、雄々しくも優しい声だった。
「……じろう、えいじろう」
「んん……」
「朝だぞ、えいじろう。起きろ」
大きな手に優しく身体を揺り動かされ、エイジロウはぱちりと目を開けた。そこにあったのは、もう二度と見ることはないと思っていた懐かしい顔で。
「お、親父……!?」
慌てて身体を起こす。目に入った景色は、見覚えのない不思議な部屋──
──いや、何を言っている。ここは自分の部屋じゃないか。
「どうした鋭児郎、今日は一緒にヒーロー展を観に行く約束だろう?」
「……う、うん!」
身体も小さく、頼りないものになっている。……いや、これが普通なのだ。自分はまだちいさな子供でしかないのだから。
「ほら、おいで。母さんが朝ごはんを用意してくれてる」
「あ、まって──」
部屋を出ていく父を慌てて追いかける。廊下との敷居を踏み越えた瞬間、段差もないはずのそこでがくんと身体が落下するような感覚があって──
「──お〜いえいじろー、いい加減起きろ〜」
「!」
はっと顔を上げた鋭児郎の前に広がったのは、またしても見慣れない部屋だった。
──いや、教室じゃないか。自分は今中学生で、ここは学校なのだから。
「やーっと起きた。次、移動教室だぞ?」
「エイちゃんが居眠りなんて、珍しいなぁ」
「ケント、トモナリ……」
揃って黒い学生服を纏った親友たちが苦笑混じりに、しかし親愛に満ちた目でこちらを見下ろしている。寝惚けているせいか混濁している頭を押さえつつ、鋭児郎は立ち上がった。
「……なぁ、ケント」
「ん〜?」
踵を返したところを呼び止める。首だけ傾ける形で、ケントは気だるげな三白眼をこちらに向けた。
「どした、鋭児郎?」
「いや……なんでもねえ」
どこか斜に構えたようなケントだけれど、ヒーローを目指す自分をいつも温かく見守ってくれている。トモナリと一緒に。
これから先、物理的に離れることはあるかもしれない。それでも彼らは変わらず、ずっと親友でいてくれるだろう──
「ヘンなの。ほら、いくぞ」
「お、おうよ──」
差し出された手をとろうとして──すり抜けた。
「ぅおっ!?」
つんのめりそうになり、慌てて態勢を立て直す。気づけば鋭児郎は、大勢の人が行きかう往来の中心に立っていて。
「ここは……あれ?」
見下ろすと、殆ど裸同然の恰好ではないか。ただ装備品の類は身につけていて──
なんだ、これはヒーローコスチュームじゃないか。切島鋭児郎が、漢気ヒーロー・烈怒頼雄斗であるための。
「……烈怒頼雄斗、大丈夫?」
「!、あ……」
こちらを気遣わしげに見下ろしている、白い外套の青年。
「タマキ、センパイ……」
*
ショートは、王宮のダイニングルームに座っていた。周囲からは賑やかな話し声が絶えず聞こえてくる。
(俺はなぜ、ここに……?)
「どうしたショート?ぼーっとしちまって」
「!」
大人のそれだが少年らしさを残した声に我に返る──と、そこには白髪をところどころ立たせた青年の姿があって。
「トーヤ兄ィ……」
「せっかくの家族団欒なんだ、楽しもうぜ」
そう言って穏やかに笑う兄の姿は、以前と別人のようで。
以前?トーヤはずっと、自分の傍にいたじゃないか。トーヤだけではない、フユミもナツオも……両親も。
「ショートも成人して、政務を担うようになったからな。疲れているんだろう」
「……親父」
「ショート、明日は一日ゆっくり休みなさい」女王である母が言う。「大丈夫、焦ることはないわ」
「そうだよショート。あなたには頼りになる家族がこんなにたくさんいるんだから」
その通りだ。仲睦まじい両親に、頼もしい兄姉たち。自分にはこんな素晴らしい家族がいる。だから、心配することなど何もない──
「……?」
ふと、違和感が芽生えた。何かが……いや、誰かが足りない。家族は全員、揃っているはずなのに。
そうではないと、何かが訴えかけてくる。家族、臣民……それらと同じくらい、大切に思うようになった人たちがいたはずなのだ。
*
カツキは、マスターブラックと剣戟を繰り広げていた。どちらも一歩も譲らぬ鍔迫り合い。しかし若さと猛々しさにものを言わせたカツキが少しずつ主導権を握りつつあって。
「オラァッ!!」
「ッ、」
ついに彼の閃刃が、ショータのそれを弾き飛ばした。
「俺の、勝ちだ」
「……ああ、そうだな」肩をすくめつつ、「腕を上げたなカツキ。大したものだ」
「ふん、トーゼンだわ」
胸を張りつつ、カツキは思う。もっとだ、もっと俺は強くなれる──と。
(すごいなあ、かっちゃん!)
(僕も、かっちゃんみたいに──)
「──!」
いつか聞いた声。しかし背後には誰もいない。誰よりも遥か高みを目指す者として当然のことなのに、カツキは今までにない空々しさを感じていた。
*
イズクはリュウソウグリーンとなり、大勢のドルン兵を次々に斬り伏せていた。
「はぁぁ──マイティ、ディーノスラッシュ!!」
ドルウゥ、と断末魔の声をあげ、ドルン兵が全滅する。それと同時に、背後から歓声と拍手が沸き起こった。
「あ、ありがとうございます……!救けてくれて!」
「あなたはホンモノのヒーローだ!」
「いえ、当然のことをしたまでです」
答えつつ、イズクの心には達成感が広がっていた。ヒーローとして、人々を守る。そのために、ずっと独りでがんばってきたのだ。
──独りで?
本当に、そうだっただろうか。大した才能のない自分が、独りでやってこられただろうか。
言いしれぬ違和感が、霞のようにイズクの心を覆っていった。
*
オチャコはたくさんの料理に囲まれていた。ひとつの例外なくこのうえない美味であるそれらを、次々に平らげていく。旅のなかでは干し肉を齧るばかりの日々もあったし、それ以前、村にいた頃も質素な食事が基本だった。ずっと、こんな食事ができたらいいのに。
でも、その幸せを共有できる相手がいない。干し肉だろうとなんだろうと満足感を味わえたのは、一緒にごはんを食べる"誰か"がいたから──
*
テンヤは兄の跡を継ぎ、ブルーパラディンズを統べるマスターになっていた。ただいまは団員たちを前に就任に際しての訓示を述べているところだった。
「……であるからして、我々竜装の騎士の使命は──」
あらかじめ考えに考え抜いた言葉を暗誦しつつ、目は自然と団員たちのさらに外側を追っていた。テンヤの団長就任を祝ってくれる友人たちが、いたのではなかったか?でもこの場にそんなもの、影も形もなくて。
*
街は平和そのものだった。
一応は抑止力として警邏を続けながら、鋭児郎は拭えぬ違和感を抱きつつあった。果たして自分の居場所は、本当にここなのだろうかという。
「……烈怒頼雄斗、」
「………」
「烈怒頼雄斗!」
「へ!?あ、ひゃい!」
ぼうっとしていたのもあったが、一瞬自分のことだとわからなかった。声が裏返ってしまい、思わず顔を赤らめる。
「お、俺は人にどうこう言えるような人間じゃないけど……パトロールは集中しないと、駄目だ。たとえ平和に見えても……どんな事件の芽があるか、わからないから」
「う、うす……スンマセン」
「……何か心配なことでも?」
他人とのコミュニケーションが大の苦手なセンパイに、気を遣わせてしまって申し訳ない──そう思いつつも、鋭児郎はおずおずと口を開いた。
「……なんかヘンなんスよ、俺。自分が自分じゃねえみたいな……それに、ここじゃないどこかで、誰か大切な人たちが呼んでる気がする……」
「……なるほど。思春期には往々にしてそういうことが起こると、本で読んだことはある」
「思春期……なんスかね?」
そうだとしたら、脳裏に浮かぶ風と草木の風景はなんなのだろう。そして竜を模した鎧兜を纏い、剣を振るう赤の騎士。
「……俺、そこへ戻んなきゃいけねえ気がする……」
「………」
「──そう思うなら、戻るべきだよ」
「!」
思いもよらぬ声は、背後から響いた。はっと振り向いた鋭児郎が目の当たりにしたのは、
「ケント、親父……!?」
なぜ、彼らがここに?しかしその親愛に満ちた瞳が無性に懐かしく感じる自分もいて。
駆け寄りそうになるのを堪えて声をかけようとすると、父が先んじて口を開いた。
「起きろ、エイジロウ」
「え……」
「おまえには、まだやるべきことがある。そうだろう?」
「やさしい夢に浸るには、ちーっと早ぇんじゃねーの?」ケントも追随する。
夢──これは夢なのか。だったら、彼らは。
「……エイジロウくん。俺たちの
「セン、パイ……」
そうだ。誓ったのだ、だから行かなければ。
「センパイ、ケント……親父。おれ、俺、いつか必ず──」
言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉にならない。喉を詰まらせ、震わせていると、不意に誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。「リュウソウレッド、リュウソウレッド」──と。
そして、エイジロウの視界は
*
「──はっ!?」
「ぅおっ!?」
慌てて身を起こすと、そこには緑色の粘体怪人の姿があって。
「うわっ、ヴィラン!?」
「ハァ?ヴィ……なんだって?」
「え、あ……クレオン?」
まだ記憶が混乱しているようだ。自分は切島鋭児郎ではなくエイジロウで、烈怒頼雄斗ではなくリュウソウレッドで──
(夢……だったのか?でも、あれは──)
茫洋とした意識のまま周囲を見渡して……愕然とした。
そこには数え切れないほどの人々が、地面を埋め尽くすようにして倒れ伏していたのだ。
「な、なんだよ……これ……!?」
いったい、何がどうなっているのか。混乱のままに立ち上がり、仲間たちの姿を探す。
と、人、人、人の群体の中に、立ち上がる複数の姿が現れる。
「エイジロウ!!」
「あ……皆!」
未だ状況を呑み込めていない様子の一同が駆け寄ってくる。まあ、それはエイジロウとてお互い様なのだが。
「これはいったい……」
「おい菌類、てめェの仕業か!?」
「ハァ!?ちげーよバ……ゴホンっ!……エラスの放った光を浴びた途端、みんなパタパタと眠ってったんだよ!」
「でも、なんでこんな場所に……──あ、ミノルくん!?」
見知った顔かたち。そのたわわに実った葡萄のような頭髪と、幼子のような体躯は見間違えようはずもない。
彼だけではない。ここには今までの旅で出会った大勢の姿があった。
「皆、エラスに集められたのか……」
「でも、肝心のエラスはどこに──」
そのときだった。轟音とともに、巨大なシルエットが天上から墜落してきたのは。
「ッ!?」
──キングキシリュウオーだった。その巨体は断崖に直撃し、土石を地表へと降らせる。人々を巻き込まなかったことだけが幸いしたか。
「ぐうう……っ、なんというパワーだ……!」
操縦するトシノリ──蒼穹の騎士が呻く。目前に迫る真紅の異形の姿は、エイジロウたちが眠りに落とされる寸前に一瞬目の当たりにしたものだった。
「あれが、エラス……!?」
「巨大化してるなんて……」
「ッ、とにかく戦うしかねえ!」
キングキシリュウオーさえ一方的に追い詰めるような相手に、どう戦ったら良いのか。一瞬浮かんだネガティブな思考を瞬時に振り払い、六人はリュウソウルを構える。
そこに、
「覚醒者……発見!」
「!、ヤバソード……!?」
暴走の果て、プリシャスの手で処刑されたはずのドルイドンの"キング"。何故、とはもはや思わなかった。ガンジョージの死後に瓜二つのツヴァイが現れたように、彼もまたエラスによって創造し直されたのだろう──尖兵として。
「排除スル……──ウガァアアア!!」
「ッ!」
問答無用で斬りかかってくるさまはまるで魂を刈りに現れた死に神のようだった。咄嗟に散開し、ヤバソードを包囲するような陣形をとる。
そして、
「──リュウソウチェンジ!!」
『ケ・ボーン!!』と声が響き、六人が一斉にリュウソウメイルを"竜装"する。ヤバソードは臆することなく、ただ斬り刻むことだけが生きがいであるかのように刃を振るっている。無闇矢鱈ながら、その剣捌きは空気をも八つ裂きにするようだった。
「てめェの相手してるヒマなんざねーんだよ!!」
リュウソウブラックが叫び、爆炎がヤバソードを吹き飛ばす。その先には、キングキシリュウオーの姿があって。
「!、キングキシリュウオー、ヤツを!」
ヤバソードが文字通り飛んできたことに気づいたトシノリが声をあげる。言葉足らずもいいところだったが、その意を察したキングキシリュウオーがすかさず動いた。
「ぬぅん……どりゃーっ!!」
地面に叩きつけられたヤバソードを──勢いにまかせて、踏み潰したのだ。ギャ、という短い断末魔とともに、エラスの近衛兵と言ってもいいドルイドンの"キング"はペーストへと変わった。
「え、えぐ……っ」
「マスターグリーン……手段を選ばないお人だな」
むろん、それだけ切迫した状況だということもあろうが。
「エイジロウ、皆、目ぇ覚ましたティラ!?」
「ティラミーゴ!──待ってろ、今そっちに……」
いかな強敵でも……いや、であればこそ皆で力を合わせて戦わなければ。そう思った矢先、ヒトガタとなったエラスは次なる行動に出た。
『……す……』
か細い声とともに、その身体から光の触手が伸びていく。一、十、百……ネズミ算式に増えるそれらは、到底数えきれない。
そして触手は、眠ったままの人々を次々に捕らえていった。
「なっ……何だ!?」
囚われた人々が、エラスの中に吸収されていく。止める間もない、一瞬の出来事だった。
「みんなが、エラスの中に……」
「なんということだ……!」
吸収された人々はどうなってしまったのか。いずれにせよこれ以上は絶対に止めねばならない。
意を決して動き出そうとした六人を、エラスの不気味な視線が捉えた。
『……この星を、創り直す……』
「……!」
記憶が甦る。光を浴びて眠らされる直前にも、彼女はそう言っていた。と、いうことは。
『おまえたちも、その礎となれ』
無数の光の触手が、リュウソウジャー六人めがけて放たれる。各々の剣で、あるいは龍爪で弾きつつ後退を強いられる。それでこの攻撃がやめばいいが、そうはならなくて。
「ッ、キリが……ねえ……!」
「くそっ、このままじゃ──」
歯噛みしかけたときだった。
「──きゃあぁぁっ!?」
「!?」
甲高い悲鳴が響く。慌ててそちらを見ると、触手に巻きつかれ引きずられていく剛健の騎士の姿があって。
「オチャ「オチャコさんっ!!」──!」
真っ先に跳んだのは疾風の騎士だった。ノビソウルで彼女の身体をとらえ、引き戻そうとする。しかしエラスの力はあまりに強く、逆に彼までもが引きずられつつあった。
「ぐ、うぅ……っ!」
「デクくんだめっ、放して!!」
「ダメだ!!僕は、絶対に──」
救ける──そんな決意もむなしく、エラスによって引きずり込まれていくふたり。歯噛みして見送るほかないと思われた仲間たちだったが、何かを思いついたらしいブラックが思わぬ行動に出た。
「──てめェも行け菌類!!」
「へぇっ、なんでオレまでぇええええ──!!?」
BOOOM!!と爆炎によって吹き飛ばされ、オチャコたちともどもエラスの中に呑み込まれていくクレオン。これまでの所業が所業とはいえ、あまりに哀れな姿であった。
「な、なぜクレオンを!?」
「……苦肉の策だわ」
「なんか考えがあるみてぇだな……わかった」
残された彼らは、一度撤退を選ばざるをえなかった。キングキシリュウオーすらも圧倒する"ドルイドンの女王"、真正面から挑み続けてもこちらが追い詰められるだけ。
口惜しくとも、それが現実だ。