「おーい、タンクジョウさまァ。タンクジョウさま〜?」
崖下の峻険な大地を、死の商人クレオンがひょこひょこと歩いていた。上客の名を絶えず呼ぶ姿はいっそ献身的とも言えるだろうが、それにしては声色にやる気がない。
「あ〜あ、くたばっちまったかなァ?ったく所詮ルークか、使えねぇなァ。オレでも勝てっぞマジで!」
誰も聞いていないと思って、潜めることもなく罵声を発したときだった。
「……なら、試してみるか?」
「!!」
クレオンはぎょっとした。巌の影から、今まさに捜し求めていて、なおかつ罵倒した相手が姿を現したからだ。
「げぇっ、タンクジョウさま……!ご、御無事で何よりでクレオン感謝感激雨あられでございやす!あっ、生きててくれたお祝いに1万ポイント進呈しちゃいまぁす!!」
「そのポイントで何ができる?」
「ドラゴンマイナソー百体はお譲りできますっ!」
タンクジョウとは持ちつ持たれつの関係とはいえ、その糸が切れることがないとはいえない。まして彼はプライドの高い男なので。
しかしクレオンの予想に反し、タンクジョウは静かに「そうか」と応じただけだった。
「……タンクジョウさま?」
「それを使うときが来るかは、奴らとの決戦次第だ」
「!」
その意味がわからないクレオンではなかった。──リュウソウジャーを命を懸けて討ち果たすべき敵と見定めたのだ、この男は。でなければ、決戦などという言葉は出てこないのだから。
*
コタロウは、夢を見ていた。
まだ母が生きていて、幸せだった頃の夢だ。そう、幸せ。勇者として日夜侵されゆく世界を守ろうと飛び回る母はめったに帰らなくて、寂しいと思わなかったことはないけれども、コタロウはそれを不幸だと思ったことはなかった。たとえ遠く離れていても、母はたしかに生きていて、帰ってくれば頭を撫でてくれる。
それだけで良かった、十分だったのに。
「──大好きだよ、コタロウ」
だったら何故、僕を置いていったの?
*
ケルベロスマイナソーの毒は、イズクの身体を蝕み続けていた。
「ご……めん………」
「……!」
駆け寄る幼なじみに謝罪の言葉を発し、イズクは──意識を失った。
「謝ってんじゃねえぇぇッ、クソデクがぁあああああッ!!!」
対するカツキの絶叫は、こじんまりとした宿全体を振動させるほどのものだった。平時だったら建物内はおろか、隣近所に至るまで何事かと飛び起きていただろう。
病臥する相棒に掴みかかろうとする少年を、エイジロウは慌てて羽交い締めにした。
「放せやクソ髪ィ!!!」
「落ち着けって、カツキ!今は寝てるだけだ!!」
そんなこと、いくら冷静さを欠いているカツキでもわかっている。彼が怒りを禁じえないのは、必死の足掻きを無に帰すかのように恥も外聞もなくあきらめを表明できるその根性に対してだ。
「どうすりゃ良い、どうすりゃ……!」
拘束を抜け出すことを忘れるくらい、カツキは必死に思考を巡らせている。悩んでいる。それが自分たちに助力を求めることには繋がらないのだと思うと、わかっていても寂しくなるエイジロウである。
だが彼が求めずとも、力になることはできる。
「──カツキくん!ならば我々全員で、クレオンを捜そう!」
「……あ?」
声を張ったのはテンヤだった。彼とて、イズクを救けたいのだ。
「先ほどのきみたちも、そうして奴とマイナソーを捜し出したんだろう。奴がまだ何かするつもりなら、村の傍を離れてはいないはずだ!」
「いーや、仮に逃げとったとしても絶対捕まえたる!こっちにはデクくんから貰ったソウルもあるんやから!」
「……てめェら、」
気づけばエイジロウの手の力も弛んでいた。ふたりの体調を慮りながらも、彼はカツキに微笑みかけてみせる。
「この状況なら、手は多いほうが良い。……だろ?」
「……チィっ」
舌打ちは、事実上の了承に他ならなかった。
*
エイジロウたちの推測は当たっていた。クレオンは未だ、オルデラン村付近にとどまっていたのである。
「タンクジョウさま、ナニ考えてんだろうなァ……」
そんなことをつぶやき、黄昏る。一応ドルン兵を護衛に付けてはいるが、何か作戦を遂行しているというわけでもなかった。
──強いて言うなら、時間が経つのを待っていたのだ。彼は。
「なあお前らさァ、タンクジョウさまは勝てると思う?」
「ドルッ?」
問われたドルン兵たちは、困惑した様子で顔を見合わせる。言葉は話せない彼らだが、知能は人並みにある。そんなことを俺たちに訊かれても、と言いたいところではあった。
むろんそんなことはクレオンもわかっている。所詮、答などは求めていなかった。
「ホントだったらさァ……今ごろ、あいつ放って他のヤツ勧誘に行ってる頃だったわけよ。でもタンクジョウさま、思った以上に熱心で……ハァ、もし敗けちゃったらオレ独りぼっちじゃねえ?なのになんか放っておけないんだよなァ……」
単なる商売相手とはいえ、一対一で、時には作戦行動にまで手を貸すクレオンである。相手の言動に対する好悪の感情は当然生まれるし、今のように共通の敵がいればそれは共感へと繋がる。
──クレオンは、ドルイドンではない。たまたま宇宙を彷徨っているところを彼らと遭遇し、マイナソーを生み出せるという能力もあって行動をともにしているだけだ。
その出自ゆえに生まれる感情というものがある。ただ彼はまだそういったものに疎かったし、深く考える暇もなかった。
たとえば、今も。
「──死ねぇ粘菌ヤロォ!!」
「!!?」
いきなり罵声が飛んできたかと思えば、護衛のドルン兵たちがその役目を果たすことなく吹っ飛ばされていた。爆炎によって。
「ぎゃああ!?」
当然、それを間近で受けたクレオンもただでは済まない。熱風に煽られて転がったところを、力いっぱい踏みつけられたのだ。
そうして刃までもを突きつけてきたのは、漆黒の竜騎士だった。
「うげぇッ、ざ、残虐ファイト……!?」
「余計なこたぁ喋んな、滅多刺しにすんぞ……!」
「ヒィッ!?」
兜に隠れた顔が般若のごときものと化している様相を、クレオンは幻視した。たかだか数秒前まで黄昏れていたのに、なんでこんなことに。
「おい粘菌野郎……マイナソーの毒はどうやったら消える?」
「ハァ?……まさかグリーン、まだ死んでないの?見かけによらずしぶと……うぎゃああッ!?」
ブスリと、肩口を刺し貫かれる。そこはイズクがケルベロスマイナソーに齧りつかれたのと寸分たがわぬ部位だった。
「聞こえなかったか?あ?」
「い、痛てて……けっ、教えるわけねーだろ!ブァァカ!!」
元々液状化が可能な身体だ、貫かれたところで肉体的なダメージは小さい。痛いものは痛いが。
それを察したのだろう、威風の騎士はフンと鼻を鳴らす。激昂するかと思ったクレオンは、あてが外れた形になった。
「答えたくねえなら結構。──クソ髪、出番だ」
「はぇ?」
「任せろ、カツキっ!」
岩陰から揚々と飛び出してきたのは、真紅の鎧を纏った勇猛の騎士だった。いや──右腕だけは、黄土色の鎧で覆っている。
『コタエソウル!ペラペ〜ラ!』
リュウソウケンから発せられた波動が、クレオンを包み込む。途端に彼の意識は茫洋としたものとなり、身体からは力が抜けた。
「おら、答えろや」
「……ケルベロスマイナソーは生きています……」
「!」
いきなり信じられない言葉が飛び出した。ケルベロスマイナソーは確かに、ダイナマイトディーノスラッシュの直撃を受けて粉微塵となったのだ。しかし現実に、コタロウももとには戻っていなくて──
クレオンの回答には続きがあった。
「ケルベロスマイナソーは双子として生まれたのです……。原因はわかりませんが、まれに起こります……。兎にも角にもリュウソウグリーンを噛んだのは兄貴のほうで、おまえが倒したのは弟のほうです……」
「じゃあ、兄貴を倒せば良いってことだな!?どこにいる?」
「それは……」
「それは?」
そのときだった。うつらうつらしていたクレオンの瞳が、突如かっと見開かれたのは。
「な、ナニ言わせてくれてんだおめェらぁ!?」
「ッ!」
突然クレオンが暴れ出したために、ブラックは後退を余儀なくされた。
「っぶねー。色んな能力持ちすぎだろ、お前ら!」
「ちくしょう……あと少しだったのに!」
「喋らねえなら用はねえ。今度こそてめェをブッ殺す!」
再び実力行使に出ようとするブラック。しかし次の瞬間、異変が起きた。
「!?、う、ぐ……っ」
突然、苦しみ出して倒れかかるブラック。咄嗟にレッドが身体を支えるが、程なく竜装も解けてしまった。尋常な事態ではない。
「カツキ!?どうしたっ、カツキ!!」
「──ハハハっ、や〜っと効いてきたぁ!」
「!」
いつの間にか立ち上がり、勝ち誇っているクレオン。こうなることを予期していたかのように。
「も〜ひとつだけ教えてやるよ。ケルちゃんの毒はァ……なんとっ、感染しまぁ〜〜す!」
「な……!?」
つまりイズクを介して、カツキもまたケルベロスマイナソーの毒を受けてしまったということか?いやカツキだけではない、彼を看ているテンヤとオチャコ……いや、エイジロウ自身も。
「い〜気味だ、お前らまとめて毒にやられて死んじまえ!そうすりゃタンクジョウさまの野望も叶うんだからな!」
「ッ、ふざけんな!!」
口ではそう叫びつつも、倒れたカツキを介抱している状況ではまともな攻撃など望むべくもない。その隙に乗じ、クレオンは身体を液体へ変えて逃亡を謀ったのだった。
*
率直に言って、手詰まりと言うほかない状況だろう。
宿に戻ったエイジロウとカツキを待っていたのは、やはりベッドに寝かされたオチャコだったのだから。
「オチャコまさか、おめェも……?」
「……う、ん………感染った、みたい……」
か細い声で答えるオチャコに、往時の元気の良さは窺えない。相当苦しいのだろうことは、イズクやカツキを見ていればわかる。
「エイジロウくん、きみはまだ大丈夫そうだな」
「とはいえ俺たちも時間の問題だ」とテンヤが言う。カツキとオチャコが感染していて、自分たちが無事だとも思えない。毒が回るまでに個人差があるというだけだ。
「……俺らまで倒れちまったら、奴らを止められなくなる」
「うむ。それまでに再びマイナソーを捕捉しなければ……」
話しつつ、もうひとつの部屋へ入る。──イズクもそうだが、宿主となっているコタロウもかなり衰弱している。いずれにせよ、時間がない。
と、そのときだった。もはや意識もないと思われていたイズクが、不意に身を起こしたのは。
「ッ、ふたり……とも、」
「イズクくん……!?駄目だ、寝ていなければ!」
強引に横たえようと歩み寄るテンヤを手で制し、イズクは声を搾り出した。
「マイナソーを、倒しても……毒が消えるとは、限らない………」
「え……!?」
「な、ならばどうしろと……──そうか!」
「毒をもって毒を制す、と言うことだな!」と、テンヤ。何がなんだかわからないエイジロウは戸惑うほかないが。
「マイナソーの毒を含んだ体組織からなら、薬を作ることができる。世の毒消しは、そうやって生み出されているんだ」
「!、なるほど……。でも、薬なんて……」
未知の毒から薬を調合できる人間は、おそらくこのオルデラン村には居ないだろう。机上の空論では意味がないのだ。
「──僕が、作る」
「……!」
イズクの瞳は……落ち窪んではいても、真剣そのもの。──そういえばエイジロウたちが村を訪れたとき、彼は転んだ子供に薬を分け与えていた。あれも、自ら調合したものだったのだろう。
「僕もかっちゃんも、旅をしながら色んなことを学んできた……。信じて……まかせてほしい」
「……わかった。なら俺たちも、全力で獲りに行く!」
互いに、互いを信じる。それしかないからいっそ、彼らは躊躇なく走り出すことができるのだった。