断続的に響く水音に、エイジロウはゆっくりと目を開けた。
そこは一面、漆黒の闇に包まれた空間だった。夜目のきくリュウソウ族にとってさえ、何も見えない、時が止まったような場所。ただ足元を包む濡れた感触が、水あるいはなんらかの液体に地面を浸していることを明らかにしている。
(ここは?)
脳裏に浮かんだ疑問に応えるように、声が響く。
『おまえの命は、私が貰った』
『これが、おまえたちが選んだ争いの結果だ。この星ができ、私は最初におまえたちを作った。だがお前たちは互いに争い、この星を傷つけた。お前たちを生かしておけば、いずれまた過ちを犯す』
『お前たちはこの星に、もはや必要ない……!』
エラスの触手が、ブルーとピンクを捉えた。藻掻くふたりを完全に拘束し、そのまま体内へ取り込もうとする。
それを、
「これ以上、誰もやらせない──!」
そのとき、リュウソウグリーンの鎧兜にバチバチと電流のようなものが奔った。断続的に現れるそれらはやがて空色の輝きとなり、彼の全身を包み込んだ。
「これは……!?」
「あのオッサン、まだなんか残してやがったか。──行けデク!!」
「──うん!」
躊躇いを打ち捨てて、彼は駆け出した。ハヤソウルを使用したのと同等……否、それ以上のトップスピードに、刹那にして至る。肉薄から刃が振るわれ、ふたりが救け出されるまで一秒となかった。
「で、デクくん……ありがとう……?」
「う、うむ……しかし、今のは?」
「マスターグリーンの力の、残り香だと思う。それより──」
ふたたびエラスを見遣る。さらなる強制吸収を阻まれたことで、彼女の苛立ちは高まっていた。
『おまえたちは、どこまでも愚かだ……!』
洩れた憤りの言葉に応えたのは──内なる、"勇猛の騎士"の声だった。
「確かに、愚かかもしれねえ。でも──」
「俺たちは、愚かだから学ぶんだ」
届いていないはずの言葉を引き継ぐように、叡智の騎士が。
「ひとりじゃだめでも……みんなとなら、乗り越えられる……!」
「僕は、明るい未来をみんなと見たい!」
剛健の、疾風の騎士が。
「……失敗することもあるかもしれねえ。それでも、」
「こいつらがいる限り……俺ぁ、絶対折れねえ」
ふたたびエイジロウが、そして威風の騎士が。
「世界はおまえのものじゃない……。俺たち、生きとし生けるものが、新たな歴史を紡いでいく」
栄光の騎士が。
──それが、俺たちの騎士道だ!
全員が、そう言った。
『私はもう、過ちは犯さない……。おまえたちに、歴史など創らせない……!!』
向かい来るエラス。──そのときテンヤが、あるものに気づいた。
「!、皆、見てくれ。エラスの胸のところ……」
「!」
「あの傷は……」
エラスの胸元に走る傷跡。当然、最初からそんなものがあったはずはない。
「さっき、コタロウくんがリュウソウカリバーでつけた傷だ……」
「でも、エラスは不死身なんじゃ……」
「傷がつくってことは、そうじゃなくなったのかもしれねえ。あいつは自由に動けるようになった代わりに、星への寄生をやめたのかも」
だとすれば──倒せる。にわかに希望が膨れ上がり、戦意が漲る。
「皆、あそこを狙うぞ!」
「指図すん……いや、今日だけは聞いたるわ、テンヤぁ!!」
テンヤの叡智と勤勉さを、なんだかんだで評価していたカツキである。半ば勢いによるものではあるが、今回ばかりはそれを素直に評価してやってもいい。そう思っていた。
一方──暗闇の真っ只中にいたエイジロウは、淡い赤の球体と対峙していた。プリシャスを取り込む前の、エラスの真の姿。尤も実際よりずっと小さく、弱々しいかたちをしているけれど。
「エラス……おめェ、ずっと独りだったのか?」
『……当然だ。私は、唯一無二の星の母』
「なら、笑ったことは?泣いたことは?」
『何?』
球体に向かって、エイジロウは笑みを向けた。
「俺たちはさ、おめェみたいに永遠には生きられない。まして人間なんか、俺らの十分の一だぜ?あっという間にじいちゃんばあちゃんになって、いなくなっちまう。……それでもさ、笑ったり泣いたりして……失敗しても立ち上がって、最期に良い人生だったって振り返れるように必死んなって生きてんだ」
『……愚かな……。そんな刹那の営みなど、無意味だ』
「この世に意味のないことなんてねえ。その人の人生はその人のものだ。でも、遺せるものだってある。その人が目指したものが……
『繋ぐ……?』
すべてが自分ひとりで完結してしまうエラスにとって、それは頭の片隅にもない言葉だった。しかし彼女もこれまでの戦いの中で、騎士たちの信念を幾度となくぶつけられている。──繋ぐ。それが有限の命しかもたぬ彼らに、決して擦り切れぬ闘志を与え続けている。
「そう、繋ぐんだ」
──命を、笑顔を。
「うおぉぉぉぉぉぉ────ッ!!」
「オラアァァァァァ────ッ!!」
エラスの猛攻に吹き飛ばされそうになりながら、テンヤたちは雄叫びとともに前へ進んでいた。幾度となく酷使したリュウソウメイルはあちこち擦り切れ、既に限界寸前にまで至っている。それでもあの胸の傷跡に、一太刀を打ち込むまでは。
『来るな……来るなっ!』
業を煮やしたエラスが、光の触手を解き放つ。向かってくるそれらは五人を貫き捕食せんとするもの、エイジロウに対するのと同じように。
「待ってたでっ、それかましてくるの!」
しかしそれこそが、"彼女"の狙いそのものだった。オチャコ──剛健の騎士が、魔導士というもうひとつの姿ゆえに魔法を放ったのだ。
巨大な鏡が顕現し、伸びる触手を呑み込む。そして次の瞬間、鏡面から触手が逆流、エラスを拘束した。
『何……!?くっ──』
身を捩るエラスだが、己の触手の頑丈さが災いして微塵も動くことができない。
形勢は一気に逆転した。──騎士たちの勝利の
「貫け……!」
「貫け──!!」
──貫けえぇぇぇぇぇっ!!
そして──正義に仕える六本の剣が、エラスの身体を穿った。
『ッ!』
「やっ──」
やった……そう言いかけて、彼らはすぐに気がついた。剣はエラスに突き刺さりはしたが、その身体を完全に貫き通すには至っていない。
「くっ……あと少し、……!」
勝利はもう、指先に触れている。しかしあと一寸、何かが足りない。もうひと押しがあれば、完全にエラスを──
『まだだ……!私の意志は、何ものにも譲らぬ……!!』
「……エラス。おめェは、まだわかんねえんだな」
『何……!』
そのとき、エラスは気づいた。──エイジロウの背後に、幾つもの人影が現れつつあることに。
「オイラ……目ぇ覚めたぜ!やっぱり女体はナマじゃなきゃ意味ねえ!」
ミネタ男爵──ミノルが、
「俺だって……!いつか絶対、トオルをもとの姿に戻してみせる!」
「夢の中でもとに戻れたって、ぜんっぜん面白くなかったもん!」
マシラオ、トオルが、
「ケロケロ……私たち家族は、これからもたくさんの人にうちの温泉を楽しんでほしいの」
ツユとその家族たちが。
デンキが、ハンタが、コウジが、リキドウが、ロディたち兄弟が、メゾウが、ミナが、モモが、キョウカが、フミカゲたちが、ヒトシが、ユウガが……他にも旅の中で出逢った、大勢の人たち。そしてトモナリやタイシロウたち、村の面々が。
エイジロウの背を支えるようにその後方に立ち、声をあげている。
発せられた彼らの想いは、やがて闇を照らす虹色の煌めきへと変わった。それはエイジロウのもとに集まり、ひとつの具体的なかたちを形成していく。
それは、剣にほかならなかった。世界じゅうの人々の希望が詰まった、魂の剣。
「エラス……──受け取れえぇぇぇっ!!」
それを手にしたエイジロウは──勢いよく、虹色の刃を突き立てた。
『────、』
エラスはもう、悲鳴さえもあげなかった。内と外から同時に穿たれ、肉体ばかりでなくその心にまでも大きな風穴を開けられたようだった。
やがて、彼女が途切れ途切れの声で口にしたのは、
『この星に……不要なのは……私、だった……のか』
「………」
エイジロウは静かにかぶりを振った。
「エラス……。俺たちを生み出してくれて、ありがとう」
『ありがとう、か……なぜだろう、その言葉、とても……』
そして──禍々しい赤が、弾けるようにして消え去った。
時を同じくして、現世に存在していたエラスの肉体もまた粉々に砕け散っていく。それは塵となり、やがて光の雫となって地面へ染み込んでいく。ここまでの死闘が夢だったかのように幻想的で美しい光景に、疲れ果てた一同は一瞬すべてを忘れて見入ってしまう。
しかし──そのあとには、何ひとつ残らなくて。
「……エイジロウさんは、皆は、どうなったんですか?」
駆け寄ってきたコタロウの声に、騎士たちははっとした。エイジロウも人々も、エラスの中に身体ごと囚われていた。そのエラスが消滅してしまったのだ。それが意味するところは、少し想像力を働かせれば明らかだった。
「そん、な……」
「……ざけんな、返せ……!!」
「エイジロウくんを、みんなを、返せよぉおおおおお────ッ!!」
慟哭にも似た叫びが、世界にこだまする。
それ以外には何もできずに立ち尽くしていた彼らは、不意に奇妙なものを見た。
空から、何かが降ってくる。徐に近づいてくるそれをよくよく目を凝らして見つめていると、ややあってその全貌が明らかとなった。
──エイジロウだ。エイジロウが、墜ちてきている。
「な……!?」
「え、エイジロウくん!?どうして──」
「理由はあとだ!あのままでは……」
「──私にまかせてっ、カルソウル!!」
通常のリュウソウルは生きていたのが幸いした。カルソウルの力が作用し、墜落速度がたちまち低落していく。
そしてゼロになると同時に、エイジロウの身体は彼女に受け止められていた。
「ふぃー……セフセフ」
「……偏見かもしれねえが、こういうのって普通逆じゃねえか?」
「てめェは今までナニ見てきたんだショート。こいつがゴリラなンは空が青いレベルの概念だろ」
「だぁーれーがぁゴリラやあぁぁぁ……!?」
唸るオチャコ。いつもながら一触即発の状況は、エイジロウが「んん……」と小さく唸ったことで霧散した。皆が口々にその名を呼ぶと、彼は薄く目を開ける。
「あ……エイジロウくん!!」
「エイジロウさん!」
「みん、な……」
目を覚ましたエイジロウに、オチャコが、テンヤがぎゅううっと抱きつく。「痛ででででっ!」と声をあげると慌てて離れてくれたが。
「良かった……!ほんとに良かったよぉ、エイジロウくん゛んんん〜〜っ!」
だばだばと滝のような涙を流すイズク。皆ぎょっとしたが、彼は元々泣き虫な性質なのだ。もはや気を張る必要もなくなったのと……あと、マイナソーを一度生み出したことが影響しているのかもしれない。
「エイジロウさん……」
「お……コタロウ、」
テンヤとオチャコに比べればきちんと遠慮はしているが、コタロウが頭をぐりぐりと擦り付けてくる。彼の頭髪もエイジロウほどでないにせよ硬くて、その感触がありありと感じられた。
「……心配、かけちまってごめん。あと……おめェもよく頑張った。蒼穹の騎士、カッコよかったぜ!」
「〜〜ッ、はい……!」
ぐしぐしと鼻をすすりながら顔を上げたコタロウが、泣き笑いを浮かべる。下手をしたらリュウソウジャーの誰よりも大人びた少年だと思っていたけれど、やっぱり彼は子供だ。むろん、良い意味で。
「あ……でも、他のみんなはどうなったん……?」
不意にオチャコが不安げな声を発する。仲間というかけがえのない存在であるエイジロウが戻ってきたとはいえ、それは世界全体で見れば数十億分の一でしかない。すべてが戻らなければ、それはあってはならない滅びと同義であって──
「……大丈夫だよ」
そう言って、エイジロウは笑った。その視線が、自然と空へ滑っていく。
皆もつられて顔を上げた。──青空に、無数の星屑が浮かんでいる。それらは隕石のように東西南北、各地へと降りそそいでいく。まるで6,500万年前、恐竜たちが滅びたときのようで。
でも──これは滅びではない。世界の再生、そして新たなはじまりを告げる光景だ。
星降る蒼天のもとで少年たちは泣き、そして、笑っていた。
──さて、危うく忘れかけていた読者諸氏もいることであろうが、そんな彼らを密かに見守る姿がひとつ、ふたつ。
「ウ〜ン……コングラッチュレーション、リュウソウジャー。素晴らしいショーだったよ」
「グレイテストっすね!でもワイズルーさま、バッチシ無事で良かったっス!」
「フフン、ワタシ不死身なので!……不死身といえばクレオン、前から不思議に思っていた。ナゼ!リュウソウ族から発生する存在であるはずのマイナソーを、キミが万物から生み出すことができるのクワァ!!」
「うわあ、いきなり謎テンション!!……なんでって言われても、それがボクの特技というか、強みというか?」
「──よし決めたっ!キミの星へゴートゥー!!」
いきなりそんなことをのたまう相棒に、クレオンは目を剥いた。
「えぇ〜っ、いきなり人んち来るタイプっスかぁ?」
「行くもん!いいかクレオン、キミはキミの母星にとってのエラスなのだ!いや正確にはエラスもかつてはキミのような存在だったのかもしれない!つまりキミは将来、とてつもない大物になる……かもしれない!」
「え〜……オレああなっちゃうんスかぁ……?」
思わず肩をすくめるクレオン。──と、彼らの傍らに光の塊が墜ちてきた。
「ッ、うぅ……」
「あーっ!」
光が姿を変えたのは、プリシャスだった。無事だったのか!──ワイズルーとクレオンは揃って彼に駆け寄った。
「アーユーオーライ、プリシャ〜ス?」
「う……ワイズルー、クレオン……。ボクは……」
プリシャスの心はぽっきりと折られていた。もはや彼には、拠るべきものは何もない。
いや──ひとつだけ、残されていたものがあった。
「プリシャス。キミも、ともに行かないかい?」
「え……」
「色々やらかしてしまった私たちが、この星に居座るのは色々と禍根を残すだろう。ここは新天地で新しい生き方を模索してみるのも、ノットソーバッド!……ではないかい?」
「そっスよ!ウチの星……に来るかはともかく、三人で仲良く旅しましょうよー!」
ふたりの声に言葉には、上っ面だけではない好意が宿っている。──初めてのことだった。忠誠でも恐怖でもない、対等な友情というものを示されるのは。
「う゛っ……うう……っ!ありがとう……ありがとう……!」
泣きじゃくるプリシャス。その歪んだ欲望が、涙に乗って洗い流されていくようだった。
──そうして、ドルイドンはこの星を去っていった。エラスが消え去り、マイナソーが自然発生することももうない。
この星に、正真正銘の平和が訪れたのだ。