「服を引っ剥がすマイナソーだぁ?」
何言ってんだこいつら、とでもいいたげなカツキの声に、どうにか衣服を回収したエイジロウは耳まで赤くして頷いた。
「で、てめェは見事に素っ裸にされたっつーワケか?」
「う……そ、そうだよ!ほんと、顔から火ィ出るかと思ったぜ……」
「それは……災難だったね」慰めつつ、「実は僕ら、この街の領主さまの様子を見に行ってたんだ」
「領主?」
「あ、うん。元々この街を中心とした一帯はミネタ男爵家の領地なんだ。といっても伝統的に皇都で役人を務めていて、街のまつりごとにはほとんど関与していないようだけど」
難しい言葉がポンポンとイズクから飛び出したものだから、エイジロウとオチャコは揃って首を傾げる羽目になった。要は偉い人には違いないが、村長のように人々を指導する立場ではないということなのだろう。
そういう微妙な立場の人間が街に居続けているのは、ドルイドンの侵略によって国という大きなまとまりが破壊されているためだ。奴らは地上に舞い降りてまず、マイナソーを使って皇都をめちゃくちゃにした。尤も他と隔絶された村に育ったエイジロウたちは、それがどれほどの惨禍であったか肌身に染みてはいないのだけど。
ともあれ、今はそのミネタ男爵とかいう領主さまの話だ。その御方がどうしたというのか?
「昨夜、道端に倒れているところを発見されて、そのまま屋敷に担ぎ込まれたらしい。しかも、譫言のように同じ言葉を繰り返していたって」
「!」
そう──マイナソーの宿主にされた人間は、その者のもついちばん大きな欲望にまつわる言葉を繰り返し続けるのだ。命尽きるか、マイナソーが倒されるまで。
「その欲望ってのが……」
「……脱衣?」
「とんだスケベ野郎っつーことだろ」
吐き捨てるカツキは、苦虫を数十匹も噛みつぶしたような表情を浮かべていて。
「ま、まあ、本当のところはわからないけど!……とにかく、馬鹿みたいな能力のマイナソーでも、放ってはおけない」
「マイナソーを完全体にさせちまうわけにはいかねえもんな!」
「そういうこと!──そういえばテンヤくん、ひとりで捜索に出てるって言ってたけど、何かあったの?」
テンヤはどちらかというとこのふたりのまとめ役であり、またブレーキ役でもあると思っていたのだが。
エイジロウとオチャコは顔を見合わせた。イズクの分析は間違いではないが、同時に彼は、生真面目で責任感が強い男でもあった。ときに、独りで突っ走ってしまうほどに。
*
(どこだ、マイナソー……!どこだ!?)
そう、テンヤは一刻も早くマイナソーを見つけ出さなければと焦っていた。人目も憚らず、鎧を鳴らしながら往来を駆けめぐる。
そうでなければ彼は、自分のことが許せなかった。あのとき意図せず躊躇してしまったために、マイナソーを取り逃がしてしまった自分のことを。
しかしあてもなく探し回ったところで、雑然とした街並みの中にマイナソーの姿を見出すことはかなわない。息が上がっていることに気づき、いつしかテンヤは足を止めていた。
(……いつもそうだ。僕は、体面を気にしてしまう)
一人称を分けているのも、そのためだ。──兄にも指摘されてきたのに、ついぞそれが直ることはなかった。
その点、兄はりっぱで非の打ち所のない男だった。テンヤと同じく生真面目だが、同時に豪放磊落、他人を受け入れる度量があったし、人を助けるためなら恥を搔くことも厭わなかった。ただ家柄や、剣の腕だけでマスターになったのではない。
「僕は……未熟だ……!」
再び拳を握りしめたときだった。どこからか、男たちの不思議なかけ声が聞こえてきたのは。
「ム……この声は?」
耳を澄ませてみるが、判然としない……と言うより意味のよくわからない言葉がループしている。思考の袋小路に入っていたこともあって、テンヤの足は自ずとそちらに誘われていた。
それは平屋の長細い建物だった。住居という雰囲気ではない。そっと扉を開けて中を覗いてみると、
「どすこい!」
「のこった!」
「どすこいどすこい!」
「のこったのこった!」
「どすこいどすこいどすこいどすこい!!」
「のこったのこったのこったのこった!!」
勇ましい声とともに、テンヤより体格の良い男ふたりががっぷり組み合っている。裸で!何も身につけていないのかと一瞬ぎょっとしたが、よく見れば股周りは肌と色の変わらない布で覆っていた。
(何をしているんだ、これは?)
無論、ただ取っ組み合っているという風ではない。しかし鍛錬であれば、こんなふうにほとんど赤裸になっている理由もよくわからない。
考えてもわからないことは、知りに行くしかない。立ち上る熱気に些か気圧されながらも、テンヤは意を決して足を踏み入れた。
「失礼いたします!!」
「!」
いつなんどきでもよく通る大声に、組み合っていた男たち、それに周囲の面々も一斉にこちらを見た。皆、筋肉も脂肪も一緒くたになったような体格で押し出しもいい。彼らに押し飛ばされれば、あっという間に外に追い出されてしまうだろうとテンヤは思った。
「突然の訪問、申し訳ありません!自分はテンヤという旅の者です!こちらから不思議なかけ声が聞こえましたので、気になって様子を見に参りました!!」
折り目正しく一礼して、闖入の経緯を率直に語る。そういう姿勢が良い方向に作用するかは時と場合にもよるのだが、少なくとも今回は暑苦しい雰囲気に合致していたらしい。彼らは皆、テンヤを歓迎してくれた。
「それで、皆さんはいったい何をしてらっしゃるのですか?」
「"スモウ"さ!」
「スモウ??」
曰く、遥か海の彼方にあったという東の島国発祥の伝統競技である。マワシと呼ばれる腰や局部を覆う布のみを身につけ、ドヒョウという枠の中で組み合って戦うのだという。
「そんな競技があるのですか……」
テンヤは素直に感嘆した。リュウソウ族の村でも遠征帰りの騎士たちが外界の娯楽やスポーツを子供たちに教え、流行が起きたりすることはままあった。その中には一対一で殴り合うという身も蓋もないものもあったが、スモウはそれとも少し異なるようだ。伝統と言うだけあって、もっと神聖で荘厳なものとテンヤには感じられた。
「しかし、なぜ裸なのですか?」
「スモウは神事……神様に捧げるものだからさ」いちばん体格の良い男が答える。「ほとんど何も身につけないことにより、何もやましいモノは持っていないと神様に証明するんだ」
「なるほど……!」
興味深い、実に興味深い。テンヤは己の知識欲がむくむくと頭をもたげていくのを感じていた。百聞は一見に如かず、今に限ってはその逆か。
百聞も一見も上回る方法があるとしたら、ひとつしかない。
「──もし可能でしたら、自分も参加してよろしいでしょうか!?」
「きみが?」
「はい!普段はこの通り剣技に親しむ身ですが……己が体躯ひとつで相手とぶつかり合う高邁な精神、感服いたしました!!是非、自分にもご教授ください!!」
テンヤは心の底から、この暑苦しくも崇高な神事に浸りたいと考えていた。無論、マイナソー退治を忘れたわけではない。人々の衣服を吹き飛ばし、多大な羞恥を与えることでその心に傷をつける怪人。だがここに居る人々は、最低限の腰布をおいてはその素肌こそが戦衣であり正装なのだ。その心にふれ、自らのものとすることが、ネイキッドキングマイナソーに打ち勝つための端緒になるという確信があった。
「……タカヤス、予備のマワシを持ってきてくれ」
「押忍!」
男のひとりが奥へと走っていく。それを見送りつつ、
「テンヤと言ったな。その物々しい鎧、脱ぐ覚悟はあるとみて良いな?」
「もちろんです!」
言葉より行動。テンヤはごくりと唾を呑み込み、いよいよ鎧に手をかけるのだった。
*
テンヤがスモウレスラーの道に足を踏み入れようとしている頃、仲間たちもマイナソー捜索を開始していた。とはいえ、カサギヤの街はくどくどしく説明するまでもなく広範である。コタロウを除く四人ひと塊で捜していては効率が悪いということで、二手に分かれるという流れになったのだが──
「……チィッ」
「………」
不機嫌の極みとしか言いようのない表情で舌打ちをこぼすカツキを横目で見つつ、オチャコは密かにため息をついた。二手に分かれるのは良いが、なぜこんな組み合わせになったのか。誰だったかがグーパーでチーム分けをしようと言い出して、嫌がるカツキを無理やり巻き込んで──
(私やん言い出しっぺ!!)
つまり、全部オチャコのせい。カツキが苛々しているのも。
「そ、それにしてもアレやね……!今日は良いお天気で……えへへ」
「………」
無視。まあ、こんな雑談に付き合ってくれるような少年でないことは流石にわかっているけれど。
「エイジロウくんとデクくん、どうしたかなぁ……?──それにしてもデクくん、すごいね。なんだかんだキミに言うこと聞かせちゃうんやもん」
「……あ゛ぁ?」
カツキがようやくこちらを見た。尤もその視線は、より冷たく険しいものとなっていたが。
「な、何」
「これだけは覚えとけ。──俺が上であいつが下だ!わかったな丸顔!?」
「え、えぇ……。なんなんそのこだわり」
「こだわりじゃねえ、真実だ」
フンと鼻を鳴らして足を速めるカツキ。もうそれに並ぶ気にもなれず、オチャコは再びため息をついた。
「あいつら、上手くやってっかなあ」
街の中心にそびえ立つ鉄塔の屋上にて、エイジロウは誰にともなくつぶやいた。尤もオチャコと違い、彼が一緒にいる相手はささやかな独り言にでも応えてくれるのだが。
「上手くやってるかはわからないけど……かっちゃんああ見えて女性には多少気ィ遣うから、大丈夫だよ」
「え、あれで……?」
気を遣ったうえで"丸顔"呼ばわりするとは、げに恐ろしき男である。オチャコはその辺の男よりよほど漢気のある少女だが、普通の女の子を相手にあの言動は泣かれても文句は言えまい。
「それにしてもテンヤくん、独りで背負い込んでないといいけど……」
ミエソウルで地上に目を光らせつつ、イズク。彼とは未だに連絡がとれていないのだ、心配するのも無理はなかった。
「……テンヤは良いヤツだし漢気もあるんだけど、思い込んだら一直線だからなあ。背負い込むなっつーのは無理な相談かもしれねえ」
「そう……。大丈夫、かな?」
「………」
「大丈夫だよ」
何かを確信した口調で、エイジロウは断言した。
「あいつはひとりで思い込んで暴走すっけど、最終的に誰も思いつかないようなアイデアを思いつくこともあるからさ。今回も、きっと」
それは彼の兄にもない、テンヤ独自の強みだとエイジロウは考えていた。それは単なる知識を超えた、正しく"叡智"と言えるものなのだ。
「信じてるんだね、テンヤくんのこと」
「おうよ!おめェとカツキほどじゃねーけど、一緒に頑張ってきたダチだからな!」
含むところのないエイジロウの言葉に、イズクもつられて笑みを浮かべた。ただ、
「……ダチ、か」
思い浮かぶのは、言い知れぬ何かを背負った相棒の背中だった。
*
マワシを締め、テンヤはドヒョウの上に立っていた。騎士となるべく幼少の頃から厳しい鍛錬を続けてきた彼は、少年の身でありながら既に完璧に近い体躯を誇っている。元々骨太で肉厚な体格であることも手伝い、彼は"リキシ"と呼ばれるスモウレスラーたちにも見劣りしなかった。
「テンヤ、基本の動作は覚えたな?」
「はい!」
「では……──蹲踞!」
号令に応じて腰を落とす。ただしゃがむだけでなく、折った膝を開き、まっすぐに背筋を伸ばす独特の座り方だ。その状態で取組相手と向かい合う。
「次!四股!」
「はいっ!!」
脚を開いたまま立ち上がり、曲げたままの両膝に手を置く。そして一方を限界まで持ち上げ、力いっぱい地面に下ろす。続いて、もう一方。何度か繰り返すと、それだけで脚に心地よい痺れが走るのがわかる。
「この動作……ひょっとして下半身を鍛えられるのでしょうか!?」
「ああ」
「では、日々の鍛錬に組み込みたいと思います!!」
そんなやりとりもありつつ、
「では、取組を始める。ショウダイ、相手をしてやれ」
ショウダイと呼ばれた力士のひとりが土俵入りする。これから戦う相手。しかし命の奪い合いをするのではない。ゆえにまっすぐ見据えながらも、一連の動作、そして礼を欠かしてはならないのだ。
「はっけよい──」
「………」
「………」
張り詰めた静寂が場を支配する。
そして、
「のこった!!」
地が、ゆれる。
「────ッ!!?」
ぶつかりあった瞬間、走ってきた猪と正面衝突したかと錯覚した。慌てて踏みとどまろうとしたときにはもう、テンヤは土俵の外で仰向けに倒れていた。
「……すごい、力だ……」
オチャコにも匹敵、いやそれにも勝るのではないかと思う。常人の十倍長く生きて、そのぶん長く鍛錬を積んできているリュウソウ族より上を行っているというのは、人間について殆ど伝聞でしか知らなかったテンヤにとって大きなカルチャーショックだった。
ただ、それで終わらないのがこの少年の美点でもあって。
「もう一度、お願いできますでしょうか!?」
煤を払いながら立ち上がると、リキシたちがほのかに笑った。
「はっけよい……──のこった!!」
二度目。今度はぎりぎり踏みとどまるも、そこからあっさり押し出されて負け。
「のこったのこった!!」
三度目。二度目の決め手に倣って相手を押し出そうとするもぴくりとも動かず、上手投げで負け。四度目、五度目──
「見合って見合って──」
「………」
合図の瞬間を待ちながら、テンヤは懸命に頭脳を働かせていた。既に息は上がっている。
(この方と僕とでは身体の出来が違う、長期戦になればなるほど不利だ……!一瞬で決めるしかない、だがどうやって……)
考えて考えて考えて、体感では永遠ともいえる時間が流れたとき──テンヤの脳裏に浮かんだのは、敬愛する兄の姿だった。
──テンヤ、相手を全力で受け止めるのは悪いことじゃない。
──だが、勝負は先に勢いを得た者に傾く。オレがハヤソウルを軸に戦法を組み立てているのは、つまりそういうことなんだ。
──"考えるより先に身体が動く"……騎士にとって、ときにそれも大事な資質なんだ。たとえ、"叡智"の称号をもつ者であってもな。
(……兄さん、僕に力を貸してくれ)
兄の教えを胸に──テンヤは、そのときを待つ。
そして、
「はっけよい──のこった!!!」
「────!!」
号令がなされた瞬間、テンヤは半ば跳ぶようにして地を蹴っていた。目をみひらいた相手が動き出すより早く、姿勢を低くして懐に潜り込み、マワシに手をかけた。
「ぬうぅぅ──ッ、ぬぉおおおおおおお!!!」
雄叫びとともに全身の筋肉が隆起し、相手リキシの身体は宙を舞っていた。
*
「見事な一本背負いだったぞ、テンヤ」
稽古を終え、道場の隅で座り込んでいたテンヤに声をかけたのは、このスモウ部屋の主であるハクオウ親方だった。慌てて立ち上がろうとするが、そのままでいいと押しとどめられてしまう。礼を省略してもやむをえないと思われるほど、今のテンヤは精魂尽き果てていたのだ。
「ありがとう、ございます……」
「いや。それは、こちらの台詞だな」
「……?」
隣に座るハクオウ。その切れ長の瞳が、慈しむようにテンヤを見つめた。
「この街ではいろいろと格闘技も流行しているが、その中でスモウの門戸を叩く若者など皆無に等しい。こんな恰好をしなければならんし、身体も大きくなりすぎて女にはもてない。そもそもこの街の人間は、堅苦しいのが嫌いだからな」
だから、旅の人間とはいえ若いテンヤが自ら惹かれてやってきたのは、ハクオウ以下リキシたちにとって祝杯をあげたくなるような出来事といっても過言ではなかったのだ。
「……自分は、故あって旅を続けなければならない身です。それでもスモウのことは、これからも深く学びたいと思っています」
騎士を本分とするテンヤの、それが精一杯の気持ちだった。──世が平和になれば、時間はたっぷりある。そのときは再びこの街を訪れようという気持ちはあったが、それがいつになるかはわからない。数十年も先になってしまえば、今ここにいる面々は生きていないだろう。ゆえに、安易な約束はできない。
「そう言ってくれるだけで嬉しい。あと、スモウの精神をこれからも忘れずにいてくれれば」
「……もちろんです!」
それだけは、確信をもって約束できる。誠実さを絵に描いたようなテンヤの言動に、ハクオウは笑った。
──不意に、戸が開いた。
「失礼します。……うわっ」
「ムッ、コタロウくん!何故ここに?」
普段は鎧を着込んでいる仲間の奇特な姿に訝しげな表情を浮かべつつ、コタロウは歩み寄ってくる。
「探してたんですよ、街の人に聞いたらここに入っていくのを見たって。それにしても、皆さんすごい恰好ですね……」
「これはスモウの由緒正しい姿なんだ!良ければきみもどうだい?」
「……そ、それはまた追々。そんなことより、マイナソーが出ました。皆さん、もう戦いに向かってます」
「なんだって!?──よしッ!!」
敢然と立ち上がったテンヤは、ハクオウ以下リキシたちに向かって深々と頭を下げた。
「親方、皆さんも、本当にありがとうございました!恩返しと言ってはなんですが、これから街の平和を乱す不届き者を退治してまいります!!」
それが騎士としての本懐。そして今の自分は、騎士の上にリがついてリキシとなった。新たに身につけたものがある以上、何ものにも負けはしない。