苦難?の末に"裸の王様"マイナソーを倒し、宿への帰路についたリュウソウジャー。
その行く手に現れたのは、ミネタ男爵家に仕える老紳士シエンだった──
「主からの仰せつけです。皆さまを、客人としてご招待したいと」
その言葉にカツキは露骨に目を眇め、イズクは困ったような表情を浮かべた。一見すると魅力的な誘いだが、領主から、と言うのは何かと面倒ごとに巻き込まれる端緒になる場合が多い。カツキがいかに他人との接触を忌む傾向にあるといえど、五十年も旅をしていれば様々な職業・階級の人々とのつながりも生まれる。ミネタ男爵家のことは間接的にしか知らなかったが。
「領主さまから……?マジっすか!?」
「助かりま……じゃなかった、光栄ですっ!」
エイジロウたちはそんなこととも露知らず、無邪気に喜んでいる。無理もないことだが、オルデラン村の宴会と同じように考えているのだろう。
そんな彼らに事実を伝え、この老紳士の誘いをすげなく断ることができるならそうしたい。しかしそれで領主の機嫌を損ねれば、最悪の場合二度とこの街の一帯に足を踏み入れることができなくなりかねない。
「どうぞこちらへ、館までご案内いたします」
「………」
であれば結局、このシエンという男についていくよりほかにないのだ。これだから街中で目立つ戦いはしたくないのだけれど、そんな事情をドルイドンが慮ってくれるはずもなかった。
*
そう、ファーストステージの幕を下ろしたドルイドン・ワイズルーは、昂る心のままに早くもニの矢を放とうとしていた。
「ワイズルーさまぁ、新しいマイナソーができましたよぉー!」
「おぉ、待っていたぞクレオン!で、最高のショータイムを演出できる逸材なんだろうな?ナ?NA!?」
「うわ、顔近っ!」
新たなビジネスパートナーに気圧されながらも、クレオンはもちろんですと頷いた。
「リュウソウジャーみたいな正義(笑)のヤツらは、人間を守るために戦ってるワケっすよね?」
「うんうん!」
「人間を守りたいってことは、人間に手ぇ出せないってコトっすよね!?」
「うんうん!それで?」
「それで!」
一瞬の溜めのあと、
「人間のガキどもを操って、手駒にしちゃおうのコ〜ナ〜!!──来い、パイドパイパーマイナソー!!」
「……オイデ……」
蚊の鳴くような声とともに現れたのは、やはりヒトに近い姿をしたマイナソーだった。色とりどりの服を身に纏い、背丈の3分の2ほどもある角笛を手にしている。
「コイツを使えば、人間のガキどもを簡単に釣ることができまっす!どうっスか、ワイズルーさま!?」
「う〜〜〜〜〜〜ん………」
ぽく、ぽく、ぽく、ぽく。
「──最高オブ最高!!早速ショーの用意を進めるのだ、クレオンくん!」
「よっしゃあ!じゃ、いってきや〜す!」
「晩ごはんまでには帰るんだよぉ!」
「了解っス!!」
褒められるとわかりやすくやる気を出すのがクレオンである。時たまわけのわからないことを言うのが玉に瑕とはいえ、ワイズルーは彼を巧みに動かしていた。そこにどの程度計算があるのかは、未だ未知数であるが──
*
ミネタ男爵の館は、街の最北端にあたる湖を背に立地している。厳重な垣牆の内側には街の広場とも遜色ない大きさの庭園が広がり、不思議な形をした木々が幾つも植えられている。人工の森とでも言うべきその空間を抜けると、見上げんばかりの巨大な屋敷が聳えていて。
初めて見る貴族の館に圧倒されながら、エイジロウたちは屋敷に入った。庭園の木々や豪奢な調度の数々についてシエン執事が説明してくれるが、残念ながらほとんど頭に入らない。コタロウやカツキなどは理解できているのかもしれないが、彼らはそもそも貴族の自慢話などに興味はなかった。
結局、彼ら若者がいちばん興味を惹かれるものといえば、ひとつしかない。
「こ、これは……」
「なんなん、これ……」
「う、う……」
「美味そう……!」
そう──大きなテーブルの上に並べられた、手の込んだ料理たち。六人分合わせれば数えきれないほどのそれらは、ことごとくが食欲をそそる香りを発していた。
「これはわが主から、街を守ってくださった皆さまへのせめてもの心尽くしです」
「ンな大したことはしてねえっスよ!でも腹減ってるし……お言葉に甘えていただきま──」
早速料理に食指を伸ばそうとするエイジロウだったが、その手は隣に座るカツキにぴしゃりと跳ね除けられた。
「痛でっ!?いきなり何すんだよ!」
「黙れゴミ。てめェもそこの丸顔も、ほんと何も知らねえな」
「ぎくっ!」
同じく料理に手を伸ばそうとしていたオチャコが、露骨に肩を跳ねさせた。テンヤは流石に落ち着いているため、カツキの言うところのゴミにはあたらずに済んだ。
「食事に手をつけるのは主人が来てからだよ。……ゴミは言い過ぎだけどね」
「お、おう……わかった」
消沈するエイジロウとオチャコ。テーブルマナーなど、リュウソウ族の村では知る機会もないのだから仕方がない。幸いにして、彼らには学ぼうという意欲はあった。
「間もなく主が参ります、それまでお待ちを……──おや、噂をすれば」
部屋の外から響く靴音。シエンの口ぶりから察するに、主人──つまりミネタ男爵が来たのだろう。
「どんな人なんやろ、領主さま。やっぱり白馬の王子様!って感じなんかなぁ……!」
「どうだろう、俺としては立派な方だと嬉しいな。兄さんのように!」
ふたりの妄想に対する答は、程なく出る。シエンが扉を開き、いよいよ主人が姿を現す──
「よく来てくれた、旅の勇者たち。オイ……我輩がミネタ男爵家当主、ミノルである!」
「えっ……」
皆が目を丸くし、次いで怪訝な表情を浮かべるのも無理からぬことだった。
濃い紫を基調とした仕立ての良いロングコート──服装や振る舞いは如何にも貴族然としていて、なんなら傲岸不遜にすら思える。しかしその体躯は立派とも傲慢とも程遠い、ささやかにも程があるもので。
何せ、10歳のコタロウより明らかに小柄なのだ。少年、いや幼児のような姿。頭髪は紫色の珠が幾つも連なったようなかたちをしており、少なくとも普通の美的感覚では受け入れがたい。
「当主って……子供やん」
思わず口に出してしまうオチャコである、流石に声はひそめているが。
だが、そんなことはないはずなのだ。イズクたちが調査した限り、当主は若いとは聞こえたが幼少であるという話はなかったはずだ。だいたい見かけ通りの子供なら、そこからあんな性欲丸出しのマイナソーが生まれるのも……まあありえないことではないかもしれないが、不自然な話だった。
ともあれ、指摘できるはずもなく。もやもやしたものを皆抱えながら、当主の着席を待った。
「怪物退治、ご苦労であった。きょうは好きなだけ食べていかれるが良い。特にそちらのお嬢さんは」
「え、私?ど、どうも……」
実際、胃袋の大きさなら育ちざかりの少年たちにも負けないという自負はあるけれど。
なんとも厭らしい流し目に不快感を覚えながらも、表向き和やかに晩餐は開始された。
残念ながら、と言うべきか、エイジロウたちにテーブルマナーも何もあったものではない。食べたいものから手をつけ、むしゃぶりつく。一応ナイフとフォークは扱っているが、手つきもおぼつかない。テンヤだけはそれなりに形になっているし、注意すべきことを隣のイズクに尋ねたりする程度の理性は残っているようだが。
「チッ……」
思わず舌打ちをこぼすカツキだが、主人とその執事は気にした風もない。年端もいかない旅の勇者など、礼節も何もあったものではないと考えているのだろうか。それはそれで間違いではないが、その一味に数えられていると思うと、有り体に言ってむかつく。落ち着いた所作で食事を続けながらも、カツキの機嫌は急降下していた。
何より彼を苛立たせたのは、延々と続くミネタ男爵の自慢話だった。男爵家は何代も前から国王の信任を受けて役職を得ているだの、先祖の誰々がこんな勲章を貰っただの。
エイジロウたちにとっては縁遠く新鮮な話であることに変わりはなく、いちおう興味深く聞いてはいたのだが……ふと、違和感が芽生えた。客人たちが怪訝な表情を浮かべたことに、小さな主は気がつかない。フォークを握ることも忘れて、滑るような男爵家の歴史についての話を続けている──
「であるからして、わがミネタ男爵家は国王陛下から与えられた領地を見事に繁栄させ──」
そのときだった。金属製のフォークとナイフが、かあんと胸のすくような音を打ち鳴らしたのは。
部屋じゅうに響きわたるその音は、あれほど間断なく続いていたミネタ男爵の自慢話を止めるのにひと役買った。代償として、全員の視線が音の出処に集中する。
「……ご高説十ッ分に拝聴しました、バロン・ミネタ」
慇懃だが冷ややかな口調で言い放ったのは他でもない、フォークとナイフを皿に叩きつけたカツキだった。
「で、あなたは今なにをしてらっしゃるんですか?」
「え……」
「それだけご立派な家柄をお持ちの領主サマなんだから、さぞ街のために身を粉にして働いてらっしゃるんでしょうねえ?」
「ちょっ、かっちゃん……!」
止めようとしたのは案の定イズクだったが、彼の気持ちもわからないではなかった。ミネタ男爵の話は過去の栄光に終始していて、そこに彼自身の為したことは何もない。──エイジロウたちが覚えた違和感も、そこにあった。
「りょ、りょ、領主というのは、君臨すれども統治せずというのが原則であって……」
「あっそ。で、夜な夜な街で遊び歩いた結果、怪物の苗床になったっつーわけですか」
「!?、どうしてそれを……」
「俺らがあの怪物──マイナソー退治の専門家だからですよ。で、街は怪物のせいでとんだパニックでした。辱めを受けた市民も大勢いる。責任もとらずに自慢話してる場合じゃ、ないと思いますけどね」
同輩であるエイジロウたちに対するように、猛火のような烈しさはない。しかし落ち着いた丁寧な口調は、かえってそこに滲む侮蔑を際立たせていた。彼の多くを知るイズクを除いては、誰も、何も言えない。──男爵自身も。
「………」
「だんまりかよ。なんとか言ったらどうなんですか、領主サマ?」
「かっちゃん、もういい加減に──」
招待された身で流石に言い過ぎだと、イズクが咎めようとしたときだった。
「う、うぁあああああああ!!」
「!?」
絶叫にも近いわめき声をあげたのは他でもない──ミネタ男爵、その人だった。楕円形の目は潤み、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
「何も知らないよそ者のくせに、わかったようなこと言いやがって!!ああそうだよっ、どうせオイラは領主失格さ!!領主のくせに何もしないで威張ってるだけだよっ、しょうがないだろそれしか能がないんだから!!」
「ミノルさま、落ち着いてください」
「黙れよシエン、だいたいおまえが──」
興奮した男爵が、執事にもその矛先を向けようとしたときだった。
──すぱんと、鋭い音が部屋に響き渡ったのは。
「……!?」
その光景を前にエイジロウたち、なんなら元凶ともいえるカツキでさえも目を見開いて、固まっている。
ミネタ男爵の丸い頬に、真っ赤な花が咲いている。──シエンが、主の頬を張ったのだ。
「……常々申し上げているでしょう、何があっても客人の前で取り乱してはならないと」
「……ッ、」
いよいよ、少年の目から涙がこぼれる。そしてその口からは、
「……でてけよ……」
「………」
「出てけよ、みんな出てけっ!!」
招待されて一時間足らずで、客人たちは館を追い出されることになった。
「なんであんなこと言ったんだよ、かっちゃん!?領主さまを侮辱するなんて、殺されても文句は言えないって、きみならわかってるだろ!?」
逃げるように館を出て早々、カツキに対して怒りを露にしたのは彼の幼なじみだった。エイジロウたち三人にしてみれば何がなんだかわからないうちに状況が移ろってしまったというところだが、彼の行動がまずかったことはわかる。
しかし幼なじみの剣幕に対して、カツキは鼻を鳴らしただけだった。
「はっ、確かに文句は言えねえな。で、あの領主にンな力があるか?」
「……そういう問題じゃないだろ!」
否定は、イズクにもできなかった。昼間ふたりで調べていたのだから、街でミネタ男爵がどのように思われているか、どう扱われているかは理解しているのだ。君臨すれども統治せず、とかの領主は言っていたが、要するに彼には行政権も裁判権もない。誇るべき家柄も、国というかたちを失った現代にあってはさしたる意味をもたないものであった。
「あのチビは街でも鼻つまみもん扱いされとる。何もしねえくせに税金で養われて、毎晩夜遊びしに出てくる放蕩モンだってな」
「だが、なぜそのような存在が認められているんだ?」
純然たるテンヤの疑問に応じたのは、コタロウだった。
「そういうもの、だからです」
「……そういうもの、とは?」
「国があって、国王がいて、国王を代理して実務を担う貴族たちがいる……僕ら人間の社会は長年、そういう形で成り立っていました。ドルイドンが現れるまでは」
リュウソウ族に独自の歴史があるように、人間にも人間の歴史がある。絶対数が多いだけに、それに対する捉え方は様々あるのだが。
「今となっては、テンヤさんが言ったような疑問をもつ人は人間にも大勢います。正直、僕もそうですし」
「それなのにあんな贅沢してて……大丈夫なんかな?」
リュウソウ族の村では見たことのないような大きな屋敷に、豪勢な食事。しかしそれらすべて、伝統という霞のような概念によって与えられたものなのだ。時を追うごとにそれは薄く朧気になって、このままでは遠くないうちに消えてしまうに違いない。
「そういう生き方しかできないんだとしたら、あいつもつらいだろうな」
「どうしてですか?」
「だってあいつ、泣いてた。たとえ周りになんでもあって、毎日贅沢できたって……自分の意志でできることが何もなかったら、きっと苦しい」
エイジロウの言葉が、夜の帳にしんと染み入る。マイナソーを、ドルイドンを倒し、世界の平和を取り戻す──それが自分たちに課せられた使命だ。同時にエイジロウは、そこに生きる人々の笑顔が見たかった。