【完結】僕のリュウソウアドベンチャー   作:たあたん

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10.猿の門 2/3

 

 マイナソーを連れたマシラオ少年は、街のはずれにある廃屋へと足を踏み入れていた。そこは家主が死んだか他の街の親類のところに身を寄せただかで無人になったと言われていて、前者の関係から幽霊屋敷などと周囲では呼ばれている。ゆえに、誰も近づかない忌み地となっているのだった。

 

 そこに、先客がいた。しかしそれは人間ではない、ある意味このような場所にふさわしい悪魔たちで。

 

「おおっ、待っていたよ宿主の坊や。マイナソーは……くくくっ、順調に育っているようだな」

 

 怪人による坊や呼ばわりに、十代も後半に差し掛かるマシラオは顔を顰めた。尤もドルイドンは人間はおろかリュウソウ族をも遥かに超える長命であり、6500万年前とほとんど顔ぶれが変わっていない。無論そんなことは知るよしもないのだが。

 

「にしてもやるなぁおまえ、こんな強いマイナソー生んだうえ普通に動けるなんて!リュウソウ族のヤツらくらいだぜ?」

 

 毒々しい緑色をしたキノコの怪人が、声変わりもしていない少年の声でのたまう。彼の言葉をこれまでのものも含め解釈するに、このマイナソーとかいう怪物を生み出した人間はふつう意識を乗っ取られて人事不省の状態に陥ってしまうらしいのだ。こいつに襲われたあと、なぜ自分がそうならなかったのか──それはわからないが、今のマシラオにとっては僥倖と言うほかないことだった。

 

「……そんなことより、こいつを自由に使って良いって話、嘘じゃないんだよな?」

「フフフフ……オフコォォス!ワイズルー、ウソつかない!その代わり、見物には行かせてもらうがね」

「好きにしろ」

 

 ぶっきらぼうに言い放ち、踵を返す。それさえ確認できたら、ドルイドンになど用はない。去りゆく途中、マシラオ少年はふと己の拳を見下ろした。

 

(俺が……臆病者だったせいで)

 

 

「本当に良いんスかぁ、ワイズルーさま?ハヌマーンマイナソー、せっかくクソ強いんスよ?それを宿主とはいえ人間ごときに貸してやるなんて」

 

 マシラオが去ったあと、クレオンは半ば悪態をつくような態度でそう言い放った。人間を虐め苦しめるためにマイナソーを生み出しているというのに、それを人間の良いようにさせるのではまったく本末転倒ではないか。

 しかし彼が実質仕える身となった主は、およそ突飛な思考の持ち主であって。

 

「そのリザルトとして、ファニーな見世物が見られるならノープロブレム!なのだよ、クレオンくん!」

「アァ……ソッスカ」

 

 呆れを隠そうともしないクレオンに対し、ワイズルーは再びぐいっと詰め寄った。

 

「ところで……キミの口の利き方、些か矯正の余地があるように見受けられるな」

「ッ!!?」

 

 

 *

 

 

 

「マイナソーを操る人間……だと?」

 

 信じられないと言いたげなテンヤの言葉に、オチャコはおずおずと頷く。

 宿に戻ったあと、オチャコは仲間を集めて事の顛末を報告したのだ。カツキだけは相変わらず、皆の輪に入らず距離をとっているが。

 

「……うん。しかも、マイナソーにエネルギー吸われてたし……宿主なんやと思う」

「でも宿主って、廃人同然になっちまうはずだよな?」

 

 まだ何人でもないが、エイジロウたちが見てきた宿主は皆そうだったし、イズクたちもそれを当然として受け止めていたのだ。

 しかし、

 

「言ってなかったけど、そうとも限らないんだよ」

「なんだって!?」

 

 マイナソーに寄生された人間たちを、イズクとカツキはもう数えきれないほど目の当たりにしてきた。その大多数がエイジロウの言うような状態になるのはその通りだが、そうでない例もあったのだ。

 

「かなり身体を鍛えていたり、強い精神をもっている人間は、マイナソーに意識を乗っ取られずに耐える場合があるんだ。そのマシラオって人は格闘家って名乗ったんだよね?それなら可能性は十分にあると思うよ」

「……だとしても、マイナソーが人間に従うなんざありえねえ」

 

 カツキが口を開く。ぼそっと毒づくようでも、やたら通る声だった。

 確かに、その疑問点は解消されていない。マイナソーが従っていることも──マシラオが、従えていることも。

 

 そんな気がかりを抱えて、このまま夜を迎えられるわけがなかった。

 

「……私、マシラオくん探してくる!」

「え──」

 

 即断即決、程度の差はあるがエイジロウたち三人組に共通した性質である。叡智の騎士なだけあってテンヤは考え込むときもあるが、どちらかというとそのときのために事前に思考を整理しておくタイプだ。そしてオチャコは、三人の中でもとにかく身体が動いてしまう性質だった。そう、仲間たちの反応さえも間に合わないほどには。

 

「いつもながら電光石火だぜ……」

「とりあえず、僕が同行するよ。みんなは働いて疲れてるだろ?少し休養をとったほうがいい」

 

「僕はミノルくんの書斎にこもってたからね」と自虐気味に言うと──ちゃっかり男爵と友人関係になったのだ──、イズクは彼女のあとを追った。

 

 

(マシラオくん……っ)

 

 あの塩顔の少年は騙されているのではないか、おそらくはあのワイズルーに。そうとしか思えないほどに彼は穏やかで、芯の強さをもっている人間に見えたのだ。

 

「オチャコさん!」

「!」

 

 宿から数百メートル離れたところで、イズクが追いついてきた。マシラオとは対照的に、顔の上半分をほとんど占めている大きな翠眼。ただマシラオに下した評価は、そのまま彼への評価でもあった。

 

「デクくん……ついて来てくれたん?」

「うん。いくら騎士でも、女の子に夜道をひとり歩きさせるわけにはいかないからね」

 

 イズクの言葉に、思わず頬を赤らめる。彼はどちらかというと初心な少年だから、これは心底からオチャコを気遣ってのものだろう。彼とは出逢ってまだ日も浅いが、親近感でいえばエイジロウやテンヤに負けないものを覚えつつあった。

 

「効率は悪いかもしれないけど、ふたりで一緒に探そう。その人の特徴って何かある?」

「尻尾!」

「尻尾!?」

 

 イズクの大きな目がさらに見開かれたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 不幸中の幸い、その特徴的すぎる特徴のおかげでマシラオの情報はすぐ手に入った。彼は早くに両親を亡くし、今は街の中心部から少しはずれにある集合住宅で独り暮らしをしているのだという。

 

「とりあえず、まだ帰ってきてないみたいだね」

 

 ミエソウルで部屋の様子を探りつつ、イズクがつぶやく。対するオチャコは、そわそわした様子で街路の左右を見やった。

 

「心配だよね、マシラオくんのこと」

「……わかってくれる?」

「もちろん。きっと何か事情があるんだ、まずはそれを聞いてみよう」

 

 イズクはいつも物腰が柔らかくて、優しい。彼の幼なじみとは対照的で、でも似通ったところもないではない。それはふたりだけの長い長い旅の間に、互いに影響を与えあった結果なのだろうとオチャコは思う。

 

「デクくんとカツキくんって、良いコンビやね」

「えっ、どうしたのいきなり?」

「いや、デクくん見てたらなんとなく」

「そ、そう。……かっちゃんもそう思ってくれてたら、嬉しいなぁ」

 

 まろい頬を掻きつつ、はにかむイズク。彼の想いは単なる幼なじみ、あるいは相棒としても甚だ深いところにあるのだけど、オチャコはまだそれを知らなかった。

 そうして互いのことをぽつぽつと話しながら、待つこと数十分。

 

「!、来た!」

 

 イズクが声をあげる。彼らの視線の先には、重い足取りでこちらへやって来るマシラオ少年の姿があった。どこか消耗しているようにも見える、マイナソーに相当な量のエネルギーを吸われてしまっているのだろうか。

 居てもたってもいられず、オチャコは彼の前に飛び出していた。

 

「マシラオくんっ!」

「!、きみは……なんでここに?」

「街の人に聞いたんよ。ねえ……なんでマイナソーと行動しとったん?あなた、あいつの宿主なんでしょ?」

「………」

 

 沈黙、すなわち是であった。後ろめたさがありありと現れた表情は、暗がりの中にあってもよくわかる。

 

「事情があるなら、教えてもらえないかな?」イズクも追随する。「知らないかもしれないけど、マイナソーは宿主……つまりきみの生命エネルギーを吸い続けるんだ。このままだと──」

「……死ぬ、だろ?」

 

 さも当然のように言い放たれ、ふたりは二の句が継げなくなった。

 

「ワイズルーってドルイドンから、全部聞いてる。そのうえで俺は、俺から生まれたあの怪物を利用することに決めたんだ。今の俺には……敵をみんな倒せるだけの力が、必要だから」

「敵って……」

「………」

 

「──"煉獄(インフェルノ)"って、知ってるかな」

 

 またしても耳慣れぬ言葉だった──オチャコにとっては。一方で彼女にしてみれば知らないことなどないのではないかと言うほど世事に詳しいイズクは、「それって」と、半ば唖然としたような声を発したのだ。

 

「聞いたことがある……。この街の裏社会で行われているなんでもありの格闘大会──"煉獄"」

「なんでもありって……?」

「なんでもはなんでもだよ。格闘大会というのは表向き、どんな武器を使おうが、卑怯な手を使おうが構わない。その結果として出場者が命を落とすようなことがあっても、すべて闇に葬られる……」

「……!」

 

 オチャコは思わず息を呑んだ。格闘家であるマシラオがその名を出す理由など、ひとつしかない。

 

「俺は、その煉獄に出場していたんだ」

「なんで……なんできみが、そんな大会に!?」

 

 暴漢に絡まれている自分を救けてくれたマシラオ。その際、拳を握らず暴漢を傷つけることもなかった優しい彼が、殺人拳を振るうなんて。とても想像できなかったし、したくもなかった。

 

「──俺には、幼なじみがいるんだ」

 

 幼なじみ、という単語に、イズクはひときわ大きく反応した。

 

 

 マシラオ少年にとって人生最初の不幸は、尻尾などというおよそ人間ではありえないものを持って生まれてきてしまったことだった。

 そのような子供は当然、周囲から奇異の目で見られることは免れない。それでも精一杯愛情を注いでくれた両親を早くに亡くし、マシラオは独りぼっちになってしまった。尻尾の生えた子供を慈しんでくれる他人が、どれほどいるか。

 

 それでもマシラオが己の人生を悲観しなかったのは、その幼なじみの存在が大きかった。

 

「あいつは……トオルは、いつも俺に明るく笑いかけてくれた。あいつがいれば、俺は世界じゅうすべてが敵になっても生きていける……そう思っていたんだ」

 

 それなのに、

 

「トオルは突然、身体が透明になっていくという奇病に罹った。……今じゃもう、どんな姿かたちをしているのかもわからない。服を着ていなければ、そこにいるさえも」

 

 それだけだ、命を落とすわけではない。しかし透明人間になって、他人様の見る目が変わらないわけがない。トオルは気にしたふうもないが、マシラオと同じように憐れまれ忌避される立場に落ちてしまったのだ。

 そんなのは、嫌だった。

 

「俺はまた、あいつのまぶしい笑顔が見たいんだ。そのためならどんなことでもする、名医に診せるために金を稼ぐんだって……格闘技を習って、煉獄に足を踏み入れた。それなのに──」

 

 幸か不幸か、マシラオには才能があった。鍛えれば鍛えるだけめきめきと実力がついていったし、マシラオ自身も身体を動かすことは好きだった。

 しかし──その才能が、仇になった。

 

「それなのに……俺は、拳を振るえなくなった。煉獄での初試合、武器をもって襲いかかってきた対戦相手に無我夢中で拳を叩き込んだ。それが急所に入ったようで、そいつは倒れて動かなくなった。そのままどこかへ運ばれていって、今どうしてるのかもわからない」

 

 たまたま瞬間のダメージが大きかったというだけで、なんということはなかったのかもしれない。──その一方で、もうこの世にはいない可能性だって否定はできない。

 自分の拳が、他人を殺めたかもしれない……その事実にマシラオは打ちのめされ、他人に相対したとき拳を握ることができなくなった。だからオチャコを助けるときも、掌を開いたまま相手に立ち向かったのだ。

 

「……まさかきみ、マイナソーを自分の代わりに出場させるつもりなのか?」

「あいつなら……俺の代わりに頂点に立てる。賞金は好きにすればいい、そういう契約になってるんだ」

 

「だから、邪魔しないでくれ」──そう言い残すと、マシラオは自宅へと入っていった。今度はもう、引き留める言葉が出てこないふたりである。どんなに彼を説得したところで、マイナソーは既に生まれてしまった。

 

「……とりあえず、帰ってかっちゃんたちに相談してみよう」

「あっ……うん」

 

 名残惜しい思いはあった。守るべき人間に邪魔をするなと、距離をとられることがオチャコは悲しかった。まして悪人ではない、大切な人のために悩み足掻いている少年に。

 

「……彼の気持ち、僕にもわかるんだ」

 

 こちらに背を向けたまま、イズクが言った。

 

「僕は生まれつき身体が弱くて、騎士にはなれないって言われた。かっちゃんからもずっと、あきらめろって言われ続けてたんだ。ときには殴られたりもした」

「えっ……」

 

 あのカツキが、そんなことを?

 

「でもそのかっちゃんが傍にいたから、僕は夢をあきらめきれなかった。そんな僕をタイガランスは選んでくれて、騎士になることができた。今となってはもう、昔の話だけど……」

 

 だから幼なじみを太陽のように思う気持ちはイズクにも理解できるし、それを失いかねないことがあるならどんな手を使ってでもという思考にだってなる。

 

「僕と彼は同じだ。だとしても、彼の願いをかなえさせるわけにはいかない。──それが、騎士の務めだから……」

 

 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、イズクは再び歩き出す。彼にどんな言葉をかければいいのか、もはやオチャコにはわからなかった。

 

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