【完結】僕のリュウソウアドベンチャー   作:たあたん

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10.猿の門 3/3

 その闘技場は、文字通り地下に存在した。

 日頃から日の当たらない場所で生きるならず者たちが自ずと集まり、鬱憤を晴らすべくわあわあと奇声歓声をあげている。

 

 むさ苦しい人混みから離れたVIP席を、変装もしていないワイズルーとクレオンが占拠していた。ここがアンダーグラウンドである以上、彼らがドルイドンであることは──暴れでもしない限り──なんの問題にもならない。まして彼らは今回、唯一無二の出場者を連れてきた"上客"なのだ。

 

「楽しみスねぇ、ワイズルーさま」

「イッツ・ショータァァイム!ハハハハ、ハッハハハ、ハハー!」

 

 リングの上に、見るからに屈強な男が足を踏み入れる。鍛え上げられた上半身を惜しげもなく晒し、丸太のような腕には絶えず力こぶが現れる。しかしながらその顔立ちは悪辣で下卑ていて、良心などというものを欠片も感じさせない。それゆえ彼はこの煉獄の真っ只中で、獲物を縊り殺しにやって来たのだ。

 

 しかし彼が対する獲物は、人間ではなかった。

 

「……タオス!」

 

 黄金の被毛に全身を覆われた、猿に似た怪物──ハヌマーンマイナソー。その身体は男よりよほど細く小柄で、それゆえ得体の知れない怪物であろうと男は勝利を確信していた。

 

 対峙するひとりと一匹。試合開始まで彼らは動いてはならないが、観衆は既にエキサイトしている。彼らが品性のかけらもない言葉を次々に浴びせる中で、この場には不似合いな少年が固唾を呑んで状況を見守っていた。

 

──そして、

 

「オルアァァァッ!!」

 

 ゴングが鳴ると同時に、男はマイナソーに襲いかかった。その拳には鋭い棘が幾つも生え出たメリケンサックが塡められている。掠るだけでも皮膚は裂け、相手は耐え難い苦痛を味わうことになる。そうして相手の動きが鈍ったところで、何度も何度も殴りつけ嬲るのが彼の戦い方なのだ。

 一方のハヌマーンマイナソーはリュウソウピンクと戦ったときよろしく、自分からは動こうとしない。じっとその場に構え、男を待ち受けている。

 

「ハハハァッ!!」

 

 下卑た高笑いとともに振り下ろされた拳を──マイナソーは、身体をわずかに逸らして避けてみせた。

 

「何ィ!?」

「………」

 

 そのまま懐に潜り込み、

 

 己の拳を、男の分厚い腹に突き立てた。

 

「う、がぁ……ッ!?」

 

 男が目を見開き、次いで苦悶の表情を浮かべる。鍛えた腹筋に脂肪で壁をつくり、並大抵の殴打ならびくともしない自負があった。にもかかわらず、内臓ごと潰されたかのように錯覚してしまうほどの一撃だった。

 

「ぐ、ごぉぉぉ……ッ」

 

 ふらつきながらも、かろうじて男は耐えた。これだけで倒れるようでは、煉獄で名を馳せることなど到底できはしないのだ。もっともそうして再起不能になって、消えていく有象無象も大勢いるのだが。

 しかしマイナソーは、男の忍耐になんの敬意も払いはしなかった。一瞬屈み込んだかと思うと、その腕が()()()

 

「────ッ、」

 

 いや……正確には、消えたように見えたのだ。そうと誤認してしまうほどの速さで放たれた一撃は、男の顎を正確に穿いていた。白目を剥き、仰向けに倒れ伏す男。彼の脳は蕩けそうなほどに頭蓋の中でシェイクされ、もはや痛みを感じることもない。

 既に、勝負はついた。敗者が気絶した以上、勝者がそれを宣言すればこの試合は終わる。しかしハヌマーンマイナソーは未だ、己の欲望を遂げたとは思っていなかった。

 

「……タオス!」

 

 マイナソーは手始めとばかりに大の字にのびた男の首を掴むと、軽々と持ち上げてみせた。浮き上がっていく巨体をそのまま投げ飛ばし、リングの壁に叩きつけた。

 それを皮切りに彼は、無抵抗の相手に対して暴力の嵐を見舞った。彼自身に興奮した様子はなく、ただただ機械的に。それが己のアイデンティティであるから、やっているまでだとでも言いたげに。

 しかし観衆たちは違った。おぞましい光景に沈黙、あるいは悲鳴をあげるでもなく、むしろ尋常でない目つきでもっとやれと野次を飛ばし続けている。当然だ、この光景、煉獄では日常茶飯事なのだ。圧倒的強者が獲物をいたぶる姿は、彼らの何より切望する見世物に他ならなかった。

 

 そんな中で唯一、青ざめて言葉もないのがハヌマーンマイナソーの生みの親、マシラオだった。自らがリングに上がっていたときは無我夢中で気がつかなかった。こんな……こんなのは、格闘技でもなんでもない。俺は、こんなことをしたかったわけじゃ──

 

「これがキミの望みだろう、少年?」

「……!」

 

 VIP席にいたはずのワイズルーが、いつの間にか耳元まで近寄ってきていた。脇腹に手を添えられ、逃げ出すこともできない。

 

「キミは自分を蔑ろにし遠ざけてきた人間どもが許せなかった、本当はずうっと復讐の機会を伺っていたんだ」

「!、ち、違う……俺は、」

「大丈夫……なぁんにも心配することはないさ。あの男がボロ雑巾のように殺されたとしても、キミが気に病む必要なんてどこにもない。アレが死んだところで、悲しむ人間なんて」

 

 囁かれる優しげな声が、麻薬のようにマシラオの頭を痺れさせていく。

 半ば夢うつつのようにその言葉を受け入れかけた彼は──しかし、次の瞬間現実に引き戻された。

 

「でも……それはキミも同じだろう?」

「!、え……」

「キミだって、誰にも必要となんかされてない。キミが死んでこの世に遺せるのは、あの醜悪な怪物だけでショ〜タイム!」

 

 家族も亡く、人々からは疎まれ。──幼なじみだってきっと、自分のことなんて必要とはしていない。いつか病気を治して、別の誰かと幸せになるのだろう。

 ワイズルーに言われなくともずっと昔から、心のどこかで考えていたことだった。だからこそマシラオは侵食されていく。絶望という、不治の病に。

 

「──うぁあああああ……ッ!!」

 

 慟哭と同時にその生命エネルギーが吸い出され、マイナソーに注ぎ込まれていく。身体にあふれる力を発散するように、彼は咆哮した。そして息も絶え絶えの獲物に向かっていく。

 

「──タオォスッ!!」

 

 倒す……命も何もかもを奪い尽くそうと、ハヌマーンマイナソーが拳を振り上げ──

 

「──そこまでやっ!!」

 

 すんでのところでリングに飛び込んできたのは、桃色の鎧騎士だった。小柄で丸みを帯びた身体が、彼女が女性であることを示している。

 

「……ッ、タオス……!」

「………」

 

「──剛健の騎士、リュウソウピンク……!」

 

「ワァオ、リュウソウジャー!乱入とは小粋なことを!でもこちらには人質というものがおりまして!」

「ッ、あんた、ホントに最低……!」

「最低!?そんなの、そんなの……」一瞬項垂れたと思いきや、「──最高オブ、最高じゃないかぁ!!」

「ええっ!?」

 

 驚いたのは駆け寄ってきたクレオンだった。それにワイズルーは目ざとく反応する。

 

「人間にとって最低なら、ドルイドンとして最高オブ最高ということになるじゃないか!そうは思わんかね?」

「え〜……いやまぁ、そうっスけどぉ……」

 

 だとしても最低と詰られるのは良い気がしないクレオンであった。

 閑話休題。

 

「まあそういうわけで……この少年を大事に想うなら、身の処し方を弁えることだ」

「ッ、……!」

 

 そんなことを言われて、リュウソウケンを振るえるオチャコではなかった。

 立ち尽くす彼女に、ハヌマーンマイナソーが襲いかかる。せめてもの抵抗に防御姿勢をとるリュウソウピンクだが、

 

「タオス……!」

「うぅ……っ!」

「タオスッ!!」

「うあぁッ!?」

 

 二発の連打で態勢が崩れ、壁際まで吹き飛ばされる。マシラオから膨大なエネルギーを供給されたマイナソーは攻撃の手を緩めない。即座に迫り、もう一発。かは、と、声にならない声が洩れる。

 観衆の興奮は、いよいよ最高潮に達しているようだった。怪物の相手が裸體の大男から全身鎧の小柄な女騎士に変わったのだ。しかも後者のほうが攻撃に耐え続けている。その強靭な心身が叩き折られ、泣いて許しを乞うようになるさまを彼らは見たがっていた。

 

「や、めろ……!」

 

 マシラオだけがただひとり、そう言った。今まで宿主である自分に従っていたのだ、今回もその言葉が届くのではないかという一縷の望みにかけて。

 いや──本当は、わかっていた。マイナソーが自分に従っているのは隣にいるドルイドンの意向によるものであって、既にもう手遅れなのだと。

 

「いいぞハヌマーンマイナソー、やっちまえぇー!!」

 

 その証拠に、命令ともいえないクレオンの歓声により、マイナソーはいよいよその動きを大ぶりなものにした。ここまで身体を丸めて踏ん張ってきた剛健の騎士も、本気の一撃には耐えきれないだろう。マシラオの頬から、血の気が引いた。

 

「いやだ……──やめてくれぇええええッ!!!」

「タオス──ッ!!」

 

 声が重なりあった刹那、

 

『ブットバソウル!ボムボム〜ッ!!』

 

 気の抜けるような音声とともに、天井近くを漆黒の影が舞った。

 

「死ィ、ねぇぇぇぇッ!!」

 

──BOOOOOM!!

 

 剣が振り下ろされると同時に凄まじい炸裂音が響き、爆風がマイナソーに襲いかかった。体重の軽い身体は、物理法則の猛威を前にして容易く吹き飛ばされてしまう。

 さらに、

 

『ハヤソウル!ビューーン!!』

 

 緑の影がワイズルーらに迫ったかと思うと、その手中からマシラオを奪い取ったのだった。

 

「チッ……くたばっちゃいねえだろうな、丸顔」

「!、カツキ……くん。デクくんも……」

「マシラオくんは奪還したよ、オチャコさん!」

 

 サムズアップをしてみせるイズク──疾風の騎士・リュウソウグリーン。彼らを置いて独り先行してしまった自分だが、彼らはここぞというタイミングで助けに来てくれた。エイジロウとテンヤの姿はないようだが──

 

「まさかの乱入パート2、パート3!?」

「ッ、ワイズルー……!」

 

 意識が朦朧としはじめているマシラオを抱えつつ、二体のドルイドン──うち一体は厳密には異なるが──と対峙するグリーン。対するブラックはリングに入り込み、ハヌマーンマイナソーとの対決姿勢を鮮明にしていたのだが、

 

「……私にやらせて、カツキくん」

「!、……できんのか?」

 

 問いかけるカツキの声は、いつになく気遣わしげに感じる。彼が少なくとも情のない人間、もといリュウソウ族でないことを知っているオチャコは、はっきりと頷いた。

 

「できる!私の一発、ブチ込んだる……!」

 

 それは彼女の矜持、そのものだった。自分が傷つけられたことなど取るに足らない、マシラオ少年の優しさゆえの懊悩につけ込んだこの怪物は、自らの手で屠らねば騎士としての面目が立たない。

 

「なら、オモソウルを使え。てめェ持ってんだろ」

 

「その間、時間は稼いでやる」──そう告げて、威風の騎士は前面に出た。爆風によるダメージから立ち直ったハヌマーンマイナソーが、怒りのまま彼に襲いかかる。

 

「タオス……!」

「やれるもんならやってみろやぁ、猿野郎!!」

 

 目にも止まらぬ拳を剣でいなし、すかさず回し蹴りを放って強制的に距離をとらせる。その余裕ある所作、やはり彼は数段上の実力の持ち主なのだとオチャコは思い知らされた。

 

(それでも……!)

 

 いつか、必ず追いつく。今日をその、第一歩とするのだ。

 

「──オモソウルっ!」

 

 黄金と紺碧に彩られたリュウソウルを鍔に装填し、

 

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『オモソウル!ドーーーン!!』

 

 右腕に鎧を纏ったリュウソウピンクはそのまま、リュウソウケンをリングの床に突き立てた。それを敏く察知したブラックが、リングから飛び降りる。

 

 刹那、異変が起こった。

 

「タオ、ス……!?」

 

 あれほど機敏に動いていたハヌマーンマイナソーが、まるで巌でも背負わされたかのように全身を強張らせている。

 

「おいっ、どうしたハヌマーンマイナソー!?」

 

 慌てた様子で訊くクレオンに対し、答えたのは疾風の騎士だった。

 

「オモソウル、指定の範囲内に超重力をかけるリュウソウルだよ。──これでもう、あのマイナソーはまともに動けない!」

「ワット!?」

 

 そして、オモソウルにはもうひとつの能力がある。使用者の右手を覆う金色の籠手、その先に鉄球を装備しているのだ。直径はさほどでないながらみっちりと鋼鉄の詰まったそれは、超重力によってさらに何倍、何十倍にも重量を増している。

 オチャコはそれを、軽々と振り上げた。

 

「グラビティ──」

 

「──ディーノ、スラーッシュ!!」

 

──振り下ろした。

 

「グァアアアアッ!!?」

 

 鉄球と刃、ふたつを同時に浴びたハヌマーンマイナソー。悲鳴をあげた彼は、次の瞬間爆炎に呑み込まれた。余剰エネルギーが高熱を発し、その場にとどまることができずに拡散されたのだ。

 

「ハヌマーンマイナソーが……──マンマミーア!」

「次はおまえや……ワイズルー!!」

「!」

 

 グリーンとブラック、そしてピンク。波を打ったように静けさを取り戻した闘技場の中で、三人の竜騎士が邪悪な怪人たちに剣を突きつける。

 

「その澄ました顔……泣きっ面に変えてやる!!」

 

 その瞬間、ワイズルーは背中にぞぞぞ、と冷たいものが走ったように錯覚した。これは……怖気?自分は、リュウソウピンクに怯えているのか?

 

「へんっ、お前らごときワイズルーさまにかかりゃ一瞬だぞ一瞬!そうっスよね、ワイズルーさま!?」

「………」

「え……ちょっ、ワイズルーさま?」

 

 固まっているワイズルーの傍ら、クレオンは焦った。頼みのマイナソーもドルイドンの力も借りられないとなれば、彼には己の身を守る手段がないのだ。

 

 しかし、ハヌマーンマイナソーはまだ生きていた。

 

「……タオ、ス……!」

「!、こいつ……!」

 

 今度こそとどめを……なんて、身構えている猶予もなかった。

 

「──タオォォォスッ!!」

 

 再びマシラオから大量のエネルギーを吸収し、ついにハヌマーンマイナソーの肉体は限界を迎えた。器ごと膨れ上がる──つまり、巨大化するのである。

 その光景に、さんざんエキサイトしていたろくでもない観衆たちはようやく我に返ったらしい。悲鳴をあげながら我先にと闘技場を飛び出していく。もっとも次の瞬間、巨大化の余波で崩壊した天井が瓦礫となって崩れ落ちてきたのだから、彼らは機を見るに敏ともいえるのだが。

 

「チッ、街中でホイホイでかくなりやがって」

「とにかく手はず通りにいこう、かっちゃん!──オチャコさんも」

「……うん!」

 

 ぐったりしたマシラオを背負い、仲間とともに離脱する。──だが、これだけは。

 

「ワイズルー、クレオン……!──次は必ず倒す!」

「!!」

 

 そのまま外へ消えていくリュウソウジャー。彼らの姿が見えなくなってようやく、クレオンは「うっせぇバーカバーカ!!」と罵声を返したのだった。

 一方で、

 

「……く、くくくっ。ふはは、ふはははは!!」

「わ、ワイズルーさま!?」

「ハハハハ……面白いじゃないかリュウソウピンク!この私に恐怖を感じさせるとは!これからが……楽しみだよ!!」

 

 崩壊していく闘技場に、ワイズルーの高笑いがいつまでも響き渡っていた──

 

 

「タオォス……!」

 

 巨大化したハヌマーンマイナソーは、標的をリュウソウジャー三人に見定めて追撃を続けていた。圧倒的な質量差ゆえか、彼女らは先程とは打って変わってひたすら逃げ続けている。それがますます、怪物の嗜虐心を煽った。

 それが彼らの作戦の一環であるとは、思いもよらなかった。

 

「──待ってたぜ、マイナソー!!」

「!?」

 

 広場のような場所に入った途端、そこに赤い竜騎士と青、桃の騎士竜が待ち構えていたのだ。キシリュウオーにトリケーン、そしてアンキローゼ。

 

「みんな……!」

「すまなかったオチャコくん、助けに行けなくて!」トリケーンの中からテンヤの声が響く。「ミネタ男爵にキシリュウオーが戦える場所を確保してもらっていたんだ。そちらをイズクくんたちに任せて、俺たちは用意をして待っていたというわけだ!」

「ここなら心置きなく戦える。来いよオチャコ、おめェの底力見せてやれ!」

「──うん!」

 

 この戦場の主役は彼女だ。ならば戦い方は、ひとつ。

 

 

「「「──竜装合体!!」」」

 

 変形したトリケーンとアンキローゼがキシリュウオーに合体する。スリーナイツ……ではなく、アンキローゼを中心とした竜装形態だ。桃色の頭部は、その可憐な色合いと裏腹にごつい鉄仮面で覆われている。

 名付けて、

 

「「「キシリュウオー、アンキローゼ!!」」」

 

 

「──タオォスッ!!」

 

 ハヌマーンマイナソーは巨大化しても変わらぬ敏捷さで襲いくる。対するキシリュウオーアンキローゼはその場から動かず、じっと待ち構えている。

 

「どうする気だ、オチャコくん?」

「まぁ見てて!」

 

 マイナソーの拳が機体を穿つ──と思われた刹那、

 

「お、りゃあッ!!」

 

 右腕のテイルウィップでマイナソーの勢いを削ぎつつ、左腕のハンマーを叩きつける。

 

「グアァッ!?」

 

 マイナソーがうめき声をあげ、よろける。それを見たレッドが「おぉ」と声をあげた。

 

「当たったな、オチャコ!」

「うん。でも、直撃ちゃうかった……!」

 

 その証拠に、ハヌマーンマイナソーはすぐに態勢を立て直そうとしている。キシリュウオーアンキローゼは頑丈かつインファイトを得意とする形態だが、この敵を捉えきれるほどのスピードはない。

 もう同じ手は通用しないだろう。オチャコが必死に勝ち筋を見出そうと思考を巡らせていたらば、眼下をエメラルドグリーンの騎士が走り抜けていくのが見えた。

 

(……デクくん?)

 

 

「──かっちゃん、こっちは準備オーケーだ!3、2、1でいこう」

「仕切んなや、クソデク」

 

 彼らの足元にあるのは、地面に埋め込まれら何かのレバーらしきものだった。そこに足をかけ、3カウント。そのすぐ傍では、ハヌマーンマイナソーが再びキシリュウオーに襲いかかろうとしていて。

 

「「──せーのぉッ!!」」

 

 カウントを終えた瞬間、ふたりは同時にレバーを踏みつけた。刹那、

 

「!?、グォアァッ!!?」

 

 マイナソーの足下から、巨大な柱が突き出てきたのだ。予想だにしないオブジェクトに腹部を打たれ、身体を丸めた姿勢のまま天に打ち上げられる。

 そこに今度は壁面から柱が飛び出してきて、彼を反対側の壁に叩きつけた。

 

「よしっ、うまくいった!」

「ふん、たりめーだわ」

 

 イズクとカツキが喜びを露にする一方で、

 

「え……何?何が起きたん?」

「ここはミネタ家の所有する……なんだっけ?」

「アスレチック。大掛かりな仕掛けのある遊び場なんだそうだ!」

 

 それを利用して、マイナソーの思いもよらぬ攻撃を仕掛けたのだ。奴らの敵は人間そのものだけではない、人間の知恵と創り出した道具をも相手にしているのだ。

 地面に叩きつけられ、うめくハヌマーンマイナソー。それでもなお彼が立ち上がろうとしたところに、キシリュウオーは迫った。

 

「とどめや……!」

 

 

「──アンキローゼっ、ボンバー!!」

 

 ナイトハンマーからあふれ出したエネルギーが、巨大な槌を形成する。

 その一撃を、マイナソーの脳天に叩きつけた。

 

「タオ……ォ──ッ!!?」

 

 断末魔の声すら最後まで発しきれぬまま、ハヌマーンマイナソーは終わった。紅蓮の大輪だけを、その場に遺して。

 

 

 *

 

 

 

「……ごめん。きみには本当に、申し訳ないことをした」

 

 マシラオ少年が深々と頭を下げる。それを見て「きみ"たち"だろが」と毒づくカツキを、「かっちゃん……!」と密やかに諌めるイズクというひと幕もありつつ。

 

「これから、どうするん?」

 

 過去のことなどオチャコにとっては詮無いこと。マシラオがこれから、どうやって生きていくのか。──ままならない現実と罪の意識に、押しつぶされはしないか。

 オチャコの心配に反して、彼は静かに拳を握ってみせた。

 

「……俺、もう一度イチから頑張ってみるよ。こんな俺でも、入門させてくれるって道場が見つかったんだ。今度はそこで、人を喜ばせられるような格闘術を磨くよ」

「!、……そっか。うん、それが良いよ!」

 

 この少年なら、きっとできる。オチャコはそう信じた──イズクも。

 

「でも、私も一回会ってみたかったかも。トオルくん!」

「……くん?」

「?」

 

 そのときだった。いずこからか、「マシラオく〜ん!」と呼ぶ声が響いたのは。

 振り向くマシラオ。オチャコたちの視線もつられてそちらを向く──驚いた。

 

 駆け寄ってきたのは、浮遊する衣服の幽霊だったのだ。しかしよくよく見ればそれは、人間の──それもあるべきところにしっかりと膨らみのある──ボディラインを映していて。

 

「トオル!?どうしてここに……」

「えっ、この人が……!?」

 

(ってかトオルって、女の子やったん!?)

 

 どちらかといえば男性的な名前だったから、男だとばかり思っていたのだ。幼なじみといえばイズクとカツキがいるから、というのもある。実際イズクも驚いているようだった。

 それにしても、近い。年頃の異性との距離感ではない。──マシラオの顔は、これでもかというくらいに赤くなっていた。

 

「だって、マシラオくんが怪物騒ぎに巻き込まれたって聞いたんだもん。心配したんだよ、本当に!」

「わ、わかった!わかったから離れて……!」

 

 逞しい腕を掴んで放さない透明少女により、マシラオ少年はいずこかへ連行されていく。会話を聞く限り、今日はうちで一緒にごはん食べようだとか、そんな話をしている。いずれにせよ、湿っぽい別れではなくなってしまった。

 

「……トオルさん、女の子だったんだね」

「……うん」

 

 どうしてか、オチャコの心にはもやもやしたものがあった。マシラオに対して抱いていた、仲間たちに対するそれとは似て非なる感情。それに付ける名前を、彼女は知らなかった。

 

「……ま、いっか!」

 

 お幸せにね、マシラオくん。

 

 ちいさな胸の痛みを抱えながら、彼女は仲間たちの輪に帰っていくのだった。

 

 

 つづく

 

 




「新たな騎士竜……!」
「この、愚か者めがぁあああああ!!」

次回「そもさん、汝に問う」


「一緒に戦おう、ディメボルケーノ!!」


今日の敵‹ヴィラン›

ハヌマーンマイナソー

分類/ビースト属ハヌマーン
身長/175cm
体重/80kg
経験値/528
シークレット/インドの神猿「ハヌマーン」に似たマイナソー。黄金の被毛に覆われた身体は痩せているが筋肉質であり、その格闘術は他の追随を許さない。
ひと言メモbyクレオン:あんまり生まれない武闘派マイナソーだったんだけどなぁ……どっちかというとタンクジョウさまのほうが相性良かったかも?
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