彼らがもう幾度目かもわからない出立を決めたのは、やや蒸し暑いある晩のことだった。
「明日の昼にはここを出るって……すいぶん急だな!?」
エイジロウの言葉に、イズクは苦笑混じりに頷いた。
「僕もそう思うけどね、かっちゃんは大体いつもそんなだし」
「……苦労するな、きみも……」
同情ぎみなテンヤだが、エイジロウ、そしてこの前の一件で少し彼と距離を縮めたオチャコは知っている。イズクはむしろそれを誇らしくすら思っているふしがあるのだと。
「それに、今回ばかりはしょうがないよ」
「?、どういうこと?」
時は数時間前に遡る。カツキはこの夜、街の酒場に足を伸ばしていた。彼はリュウソウ族としても立派な成人だし、そもそもこの世界に飲酒制限は──明確な法としては──ない。まあ、あまり小さい子供に飲ませるのは良くないという暗黙の了解があるくらいだ。
と言っても、カツキ自身酒を飲むことが好きなわけではない。酒場というのは皆、だいたい気兼ねない仲間とお喋りを楽しむ場である。酒が入って口も軽くなるというおまけ付きで。
つまり、情報収集には最適というわけだ。
そういうわけで酔いすぎないようちびちび酒を飲みつつ、耳をそばだてていたカツキは、ついに重大な情報に接することとなったのだ。
──街の北東にある火山、通称"賢者の釜"に最近、恐竜に似た怪物が現れるようになった。
「恐竜って……もしかして、」
「うん。かっちゃんが聞いた特徴からみるに、これ──」手持ちの書を開いてみせるイズク。「この騎士竜、"ディメボルケーノ"の可能性が高い」
そこに描かれていたのは、鮮やかなオレンジ色のボディをもつ騎士竜だった。背中からは燃え盛る炎のような突起が突き出しており、目つきと相まって気性の荒い印象を受ける。
「新たな騎士竜が、そんな近くにいたとは……」
「正直、僕も驚いたよ。騎士竜たちはみな封印されていて、それを見つけ出すのも一筋縄ではいかなかったんだけど……おそらく、何かの拍子で封印が解けてしまったんだね」
「なんにしても、仲間を増やすチャンスってわけだな!」
明るい表情で言うエイジロウ。実際、これが明るいニュースであることに違いはない。まだまだ終わりの見えない戦旅、新たな騎士竜の参入はそのままこの星を護る力となるのだから。
ただ、
「……大丈夫かなぁ……」
「ん?」
「あ、いやちょっとね」
イズクが言葉を濁した理由は、よくわからなかった。
*
翌日の出立は忙しないものだった。
まずとっていた宿を引き払い、なんだかんだで顔見知り以上の関係にはなったミネタ男爵に辞去の挨拶をしに行った。そして旅の間で必要となる食糧を買い込んでいると、昼などとうに過ぎてしまう。
「チッ、時間かかりすぎだわてめェら」
ようやく街を出たところで、カツキからそんな文句が飛び出すのもむべなるかな、である。ただ、当然抗弁はあって。
「い、いくらなんでもさ……!半日は強行軍すぎん!?」
「ア゛ァ?何甘ったれたこと言っとんだ」
カツキの返答はにべもないものだった。
「だいたい、誰もてめェらについて来いとは頼んでねえ」
「ッ、この期に及んでそんなことを……」
「たりめーだろが、戦場で足引っ張り合うのなんざごめんだから手ぇ組んでたまでだわ。わーったら距離をとれ」
「……はぁ」
イズクがこめかみのあたりを押さえている。こうなるとカツキは基本的に、何を言っても無駄なのだ。
「頼まれちゃいねえけど、ついてくるなとは言われてねえぜ!」エイジロウが食い下がる。「俺らも新しい騎士竜に会いてえんだ。このまま同行させてもらうぜ」
「……勝手にしろや」
そう言わせただけで、少なくともエイジロウは満足だった。自分たちを仲間と認めてくれるまで果てしない道のりかもしれないが、千里の道も一歩からと言うではないか。
(……ブレないな、この人)
戦力ではないがしっかりエイジロウ一行には組み入れられたコタロウは、彼を観察しながらそんなことを思っていた。彼らが如何にして出逢い、そして距離を縮めていくのか。その記録をつけてみるのも面白いかもしれない。そんなことを最近の彼はつらつら考えていたが、なかなか実行には移せずにいた。
*
さて、それからひと晩を野営して過ごし、翌朝。
リュウソウジャー(+1)一行は賢者の釜の麓へと足を踏み入れたのだが。
「なんだこれは……酷いところだな」
思わずテンヤがそうこぼすのも無理からぬことだった。辺りには草木がほとんど生えず、鼻をつくような硫黄の匂いがぷんぷんと漂っている。生命の息吹というものが、この地からはまったく感じられなかった。
「こんなとこにほんとにおるん?その……ディメボルケーノ?」
「元々ディメボルケーノは活火山帯を好んでいた騎士竜だそうだから、間違いないと思うよ」
「騎士竜は荒れ地だろうがなんだろうが生きていけんだよ、てめェら軟弱モンと違ってな」
相変わらず余計なひと言を言わずにはいられない男である。激発しかかるテンヤをエイジロウが慌てて押し留める。こんな臭いのひどいところで喧嘩をして、立ち止まっている場合ではない。
「と、とにかく先を急ごうぜ!イズク、ディメボルケーノはどの辺にいるんだ?」
「え、えっと……そうだね、旅人が目撃してるくらいだしそんな奥ではないはず──」
そのときだった。やまびこのようにいずこからか野太い声が響いてきたのは。
「!、今のは!?」
「チッ、だぁってろ。──キケソウル!」
素早くキケソウルを発動し、耳を澄ますカツキ。彼の顔から険がとれて、静謐なものとなる。その表情からはプライドだとか鬱屈だとか、そういった"灰汁"を取り払った彼の心の核を感じることができる。昔からイズクはそう思っていて、つい目が離せなくなってしまうのだ。気づかれると「きめェからやめろ」と罵倒されてしまうのだが。
ややあって静聴をやめたカツキは、何も言わずにずんずんと歩き出した。
「あ、おいカツキ!?」
「とにかく行ってみよう!」
彼が何かを捉えたのだ、そのことは付き合いの浅いエイジロウたちにでもわかった。
*
「そもさん、汝に問う!」
頭上から降り注ぐいかめしい声に、ワイズルーとクレオンは揃って居住まいを正した。
状況を追って整理してみよう。まず彼ら──前者は擬態能力によって堂々とカサギヤの街に侵入しており、後者は液状化能力によってまた然り、である。彼らもまたそのようにして、リュウソウジャーの面々のように堂々とではなくとも情報収集を行っていたのである。
そうして接したのが、やはりあの噂──賢者の釜に恐竜の怪物が出るという話である。それが騎士竜であるとこれまたやはりワイズルーは当たりをつけた。そうしてリュウソウジャーたちに一歩先んじて、この賢者の釜に足を踏み入れた。
──そして、見つけたのだ。オレンジ色に輝く、マグマのようなボディをもつ騎士竜を。
そしてかの騎士竜は、上述の台詞のあとにこう続けたのだ。
「パンはパンでも、食べられるパンは!?」
「な、な……」
「なぞなぞ!?」
衝突を織り込み済みで来たゆえに、彼らは驚愕と拍子抜けを同時に味わった。これがタンクジョウなら「ふざけるな」と自分から攻撃を仕掛けていたかもしれないが、幸か不幸かワイズルーは自分自身が真剣にふざけ倒す男であって。
「フハハハハ!そのような謎かけなど片腹痛し、このワイズルーに解けない謎はなァい!」
「おおっ、カッコいいッスワイズルーさま!」
「というわけでクレオンくん、回答したまえ!」
「お安い御用で……なんで!?」
「グレイテストエンターティナーはここぞというときに活躍するものなのさ」
要するに美味しいところだけ掻っ攫っていくと言っているようなものである。まあ、謎かけなど適当にあしらえば良いのだとクレオンは前に進み出た。
「……そんなモン決まってる!食べられないパンといえば……鉄板!!」
「………」
この世界にまだフライパンはないので、これが定番の答になる。閑話休題。
「……こ、」
「こ?」
「この、愚か者めがァアアア!!!」
怒りの咆哮と同時に、ディメボルケーノが口から火炎を吐き出した。
「うぎゃあああああ!?」
炎に巻かれ、悶え踊るクレオン。ワイズルー、そして護衛のドルン兵部隊はというと、
「おぉ……アンビリーバボー」
ちゃっかり炎の拡散範囲外まで逃げていたのだった。
「な、なんで、なんでェ!?」
「質問をちゃんと聞かんヤツは、グレイテスト愚か者だァ!!」
「ちゃんとって……あっ」
そこでようやくクレオンは気がついた。──ディメボルケーノは、"食べられるパン"と言ったのだ。先入観に囚われ、クレオンは質問から聞き違えていたのだった。
「フッ……やはりまだまだだな。──次は私に出題してもらおう、炎の騎士竜よ!」
「!、……ヨッ、ワイズルーさま!」
満を持しての真打登場、内心唾を吐きたい気持ちのクレオンも太鼓持ちに徹した。もういっぺん回答してこいと言われても困るのである。
「その意気や良し!」応じる炎の騎士竜ことディメボルケーノ。「そもさん、汝に問う!」
「ドンと来い超常問題!」
「──ひざを十回言ってみよ!」
(それは問いなのか?)──クレオンは心中で突っ込んだ。
「ひざ、ひざ、ひざ、ひざひざひざひざひざひざひざ!!」
素直に言い切るワイズルー。そして、
「──それで、どうだ!?」
「ンン〜……」
「意味がわからん!」
「愚か者めがぁああーー!!」
素直すぎる返答が災いして、ワイズルーもまた紅蓮の焔に呑み込まれてしまうのだった。
「何しとんだ、あいつら」
その光景を岩陰から眺めつつ、カツキは冷たい声、瞳でごちた。今回ばかりは仲間たちも、諸手を挙げてうんうんと頷いている。
「ディメボルケーノ……ドルイドン相手に遊んでるのか?いやでも、それにしては……」
「つーかディメボルケーノ、喋れんのか?騎士竜なのに──」
「騎士竜は俺とてめェらの中間くらいには賢ぇ。喋るヤツは喋んだよ」
「!、じゃあティラミーゴも!?」
「俺のトリケーンはどうなんだ!?」
「アンキローゼは!?」
「知るかボケ!寄んな距離をとれ!!」
「あ、ドルイドンが逃げていきますよ」
またひと騒ぎ起きそうなところで、コタロウがそう声を張り上げて言った。
「こ、ここは仕切り直しでショ〜タイム!!」
炎に巻かれながら脱兎のごとく逃げていく二体とプラスアルファを、ディメボルケーノはことさら追いかけたりはしなかった。ただじっと、その背中を睨みつけている。
「あいつ、どういうつもりなんだ……?」
相手がドルイドンだからといって、特別に敵意を抱いてはいないのだろうか?人語を解しているにもかかわらず、ティラミーゴたちよりその思考が読めなかった。
「とにかく今がチャンスだ、行ってみようぜ」
「しかし、我々にも謎かけが飛んできたらどうする?」
「そこは頼むぜ、叡智の騎士!」
「俺なのか!?ど、努力はするが……」
「あ、僕も手伝うよ!」
頭脳労働といえばこのふたりの領分だ。いやカツキも負けないくらいに賢いのだが、彼は如何せんこの性格である。ディメボルケーノと血みどろの争いになるさまが容易に想像できた。
というわけでイズクとテンヤが先行して岩陰から飛び出し、残る四人が数歩あとに続いた──後方組にされたことにカツキは憤慨していたが──。
「ディメボルケーノ!」
「!」
オレンジの身体の中で目立って輝く翠の瞳が、ぎょろりとこちらに向けられる。騎士竜はみなそうだが、思わず身がすくみそうな迫力があった。
「なんだ、おまえたちは?」
「はじめまして!我々はリュウソウジャー、リュウソウ族の騎士です!私はテンヤと申します!!」
「同じく、イズクです」
「リュウソウ族……これはご丁寧に!」
意外な返事だった。礼節を重視するタイプなのかもしれない。なおさらカツキを前に出さなくて良かったと思う。
「先ほどの連中……ドルイドンを倒すため、お力添え願いたく参りました!どうか、我々と協力して戦っていただけないでしょうかッ!?」
ティラミーゴたちに比べて堅苦しいにも程がある対応だが、彼らと違ってまだ明確に味方と断じることのできない状態である。下手で出て機嫌を伺う作戦でいこうと、テンヤとイズクが相談して決めたのだ。
それについては功を奏したらしく、ディメボルケーノはいきなり攻撃を仕掛けてきたりはしなかった。しかし、
「礼儀がなっているのはよろしい。だが願いを聞き届けてほしいというなら、俺の謎かけを解いてみせよ!」
「ッ、」
やはり、そうきたか。ふたりは身を硬くした。
「……受けて立ちます!」
イズクが思い切ってそう叫ぶ。──決戦の火蓋が、切って落とされた。
「そもさん、汝に問う!──上は洪水、」
聞いたことのあるフレーズだった。そのあと下は大火事と続けば、答は風呂である。そこはこの世界でも変わらないのだった。
しかしそこはディメボルケーノ、そうは問屋が卸さない。
「──下も洪水!なーんだ!?」
「な……!?」
「!!」
それってただの洪水じゃん!と突っ込みたくなるのを、後方の四人はかろうじてこらえた。ここは叡智の騎士、そして彼に負けじと知識を蓄えている疾風の騎士に任せるほかない。
しかし肝心の彼らはというと、
「」
「上も下も洪水……?二層構造?地下水路があふれている状態ならそう言えるのか?でもそんなの謎かけとは言わないし………」
テンヤは完全に固まってしまい、イズクはブツブツと思考を垂れ流しながら考え込んでいる。しかし明確な答が出る様子はない。考えすぎて深みに嵌っているという状況だった。
そうして数十秒が経過した頃、ディメボルケーノが我慢の限界を迎えた。
「──愚か者めがぁああああ!!!」
問答無用とばかりに劫火が吐き出される。リュウソウ族といえど素の頑丈さはドルイドンに及ぶべくもない。まともに呑まれれば命はないのだ。
「「ッ、ハヤソウル!!」」
覚悟はしていたふたりは咄嗟にハヤソウルを発動、その場から離脱する。果たして紅蓮の壁が双方に溝をつくった。
「うわっ、私ら相手でも容赦ナシなん!?」
「このクソ騎士竜がァ……下手に出てりゃいい気になりやがって!!」
燃え盛る炎のような少年はこちらにもいる。激昂するカツキを慌ててエイジロウが羽交い締めにして引き留めた。
「放せやクソ髪ィ!!」
「落ち着けって!反撃したらそれこそ全面戦争になっちまうだろ!?」
リュウソウ族と騎士竜の争いなど笑い事ではない。彼らの助力なしに、ドルイドンと戦っていくことは到底できないのだから。
ただ、エイジロウの心配は少なくともこの場では杞憂に終わった。炎が収まりはじめたときにはもう、その向こう側にディメボルケーノの姿はなかったのだから。