抜けるような青空、白波の寄せては返す紺碧の海原。黄金を散りばめたかのように輝く砂浜。
「これが……!」
「これが!」
「これが!!」
「「「海だぁ──っ!!」」」
少年たちの歓喜の声が響き渡ったのは、間もなくのことだった。
ダイノ古代遺跡群で目的を果たしたリュウソウジャー一行は再び南下を続け、いよいよ南方との玄関口であるコランの港町近郊にまで迫っていた。
「すごいな、これは……。絵では見たことがあったが、こんなに雄大とは」
「先が見えへん……。ここ、世界の果てちゃうの?」
「ははは」イズクが笑う。「そう思うのも無理はないけど……これ、見て」
そう言ってイズクが取り出したのは、この国の領域──今となっては旧王国領と呼称すべきだろうか──を表した地図だった。
「僕らが今いるのはこの辺」
「うんうん」
「それで、渡ろうとしてるのがここね」
「うんう……えぇっ!?」
オチャコが驚くのも無理はなかった。地図上でのその距離は、爪の先ほどしかないのだ。そして東西南北、天然の要害を挟みながらも緩く繋がった大陸の周囲は、それとは比べ物にならないほど広大な海に囲まれているのだ。
「ぜ、全然広くないやん……」
「まあ、船で二日もあれば渡れる距離だからね」
「なんと……。──もしや、この地図の外側にスモウの発祥地でもある東の国もあるのか!?」
「もっと広い地図はないのか!?」と詰め寄るテンヤ。そのスモウレスラーもといリキシたちと遜色ない押し出しの良い体格でそんなことをすると、当然凄まじい威圧感である。イズクが思わず半歩下がるほどには。
「ご、ごめん……。世界地図はその、高いから……」
「ムム……そうなのか。ならば南の大地でもたくさん働いて、いつか自分の力で入手してみせるぞ!」
「その意気や〜!」
おー、と拳を突き上げる三人。付き合いがまだ浅い割に、この面子は妙に波長が合っている。まあ、それは悪いことではないのだが。
「……おい、てめェら──」
ここは目的地でない、あくまでその途上である。そのことを指摘しようとしたカツキだったが、
「ぃいやっっっっほーーーー!!!」
「ティラァァァァ!!」
上着を脱ぎ捨てたエイジロウと彼にくっついているミニティラミーゴが、勢いよく海にダイブする。水飛沫が跳ね、陽光を反射してきらきらと輝いた。
「うわこれしょっぺえ!でも気持ちいいぜー!!」
「ティ〜ラァ♪」
海水濡れになりながら戯れるエイジロウとミニティラミーゴ。その姿は竜装の騎士と相棒の騎士竜というより、ただの主人とペットのようである。
「エイジロウくん、いつもながら全力全開……ムッ?」
足下を引っ張るような感覚。見下ろしてみると、ミニトリケーンが必死に裾を引っ張っていた。オチャコにも同様に、ミニアンキローゼが引っ付いている。
「どうしたんだ、トリケーン?」
「ひょっとして、海で遊びたいん?」
その問いに、ピィ、ピィと可愛らしい鳴き声を発して訴えかける二体。──彼ら、そしてティラミーゴもまた、カツキが新たに製作したチーサソウルでミニミニ状態(オチャコ命名)となっている。
「ふむ……鎧を脱ぐのは大変だから、浅瀬で少しだけだぞ!」
「私も……流石にエイジロウくんばりに脱ぐわけにいかんもんねぇ」
それでもと海に入っていくふたりと二匹。ここ数日は鬱蒼とした森の中にいたために、開放感から彼らも少しばかり羽目を外したかったのだ。
きゃいきゃいはしゃぐ合計年齢数百+数億歳の面々を目の当たりにして、カツキは呆れた。
「……カスどもが。おいデク、行くぞ──デク?」
デクことイズクが、いつの間にか隣から消えている。再び前方に目をやれば、緑のもさもさが視界を横切っていくのが見えた。
「おっ、イズクも来るか!?」
「えへへ、みんなで遊ぶなんて数十年ぶりだから……ちょっとだけね!」
言い訳をしながら馬鹿どもに混じるイズクであった。
「ごぉらぁクソデクゥゥゥ!!!」
「………」
その光景を見つつ、コタロウ少年は木陰で何か書きものをしていた。ペンをつらつらと動かし、白いページを埋めていく。
「そもさん、汝に問う!」
「ッ!?」
いきなり背後から声をかけられ、コタロウはびくっと肩を跳ねさせた。振り向けば、森の中からオレンジの巨大な顔が覗いている。
「いったい、何をしている?」
「あぁ……ちょっと、記録を」
「記録とな……フム、人間は面白いことを考える。それよりせっかくの海なのに、遊ばなくて良いのか?」
「気分じゃないから。きみこそ良いの、チーサソウル使ってもらわなくて?」
「あんな大きさになるのは性に合わん!」
ふふ、とコタロウは笑った。見かけによらず寂しがり屋なディメボルケーノだが、そういう騎士竜のプライドめいたものは大事にしているようだ。騎士竜たちも千差万別、個性豊かだ。ただ戦うときは皆、勇猛果敢になるのは共通しているけれど。
いったん手を止めて、再び皆のほうを見やる。楽しそうに水辺ではしゃぐ少年たち──約一名はブチ切れているが──。彼らは常人の倍ほども生きている竜騎士たちなのだけれど、そうしている姿は外見年齢相応の少年たちにしか見えない。
この人たちが、ほんとうに世界を救えるのだろうか──正直なところ、コタロウは未だ半信半疑である。それでも自分を含め、彼らの純粋さとひたむきさに救われた人間がいるのはまぎれもない事実だった。
そのひとりとして、彼らのたどる結末を見届ける──それが己の義務であり、また権利でもあると、コタロウは信じているのだ。
彼が不意に奇妙なモノを見たのは、その直後だった。
「あれは……──みんな!!」
急に声を張り上げたものだから、一同の視線が彼のほうに集中する。尤もコタロウが見てほしいのは、その逆方向だったのだが。
「見てください、海のほう──」
「?」
皆が再び海原を見やる。と、先ほどは影かたちもなかったシルエットが見えた。──船だ。見ると、コランの港町のほうへ向かっているようだ。
船が海を行き、港へ入ろうとしていることはなんら不思議ではない。問題はその挙動だった。帆がまるで生き物のようにぐにゃぐにゃと蠢いている。
「……ミエソウル!」
カツキがミエソウルを発動する。ただでさえ吊り上がった瞳をさらに眇め、じっと目を凝らす。──刹那、彼の纏う空気がひりついたものになった。
「おい、急ぐぞ」
「え、なんで?」
「いいから早よしろや!!」
いつもの脊髄反射的なそれとも異なる剣幕に、エイジロウたちも尋常な事態でないことを理解した。慌てて海から上がり、既に走り出してしまったカツキのあとを追うのだった。
*
コランの港町。南方の湿地帯への玄関口でもあるこの町は、海に面しているという利点を活かして漁業や交易で栄えていた。市場には豊富な魚介類、さらには南方の湿地帯のさらに向こう側、熱帯林でとれた珍しい果実などが並んでいる。そんな環境から、こんな時代にあってもこの町は飢えや貧困とはほとんど無縁だったのだ。
──つい、最近までは。
「き、来た!来たぁ!」
「幽霊船が来たぞぉ!!」
半鐘の音がけたたましく鳴り響く中、がらんどうの港に着岸する一隻の帆船。漆黒に染め抜かれた船体は、まるで冥界の海から流れ着いたかのようだ。
"幽霊船"と明確に呼称していることからわかるように、町の人々はその存在を認知していた。むろん交易の相手などではなく、恐怖の象徴として。
人々が蜘蛛の子を散らしたように逃げまどう中、船から漆黒の外套を纏った者たちが降りてくる。彼らは一様に深々とフードを被っていて、その容姿を窺い知ることはできない。
彼らは町に足を踏み入れるや、恐れられている通り次々と破壊活動を始めた。手近な建物を殴りつけては外壁にヒビを入れ、市場を滅多矢鱈に荒らしていく。
そして逃げ遅れた人々に対しても、彼らは牙を剥いたのだ。
「ヒィ……っ」
「………」
顔を引きつらせた青年に対し、黒い外套の男は短剣を振り上げる。そこには躊躇はおろか、愉悦すら存在しない。まるでそうするのが当然かとでも言うような、機械的な行為。
しかしそれゆえに祈りの暇も与えられぬまま、青年は死を賜る──そう思われた矢先だった。
『ハヤソウル!ビューーン!!』
涼やかな緑風が青年の頬を撫ぜると同時に、外套の男は斬り飛ばされていた。
「大丈夫ですか?」
「えっ、あ……」
彼を庇うように立っていたのは、翠の全身鎧を纏った騎士。続いて色の異なる、それ以外はよく似た姿の者たちも駆けつけてくる。
「ここは我々にお任せを!」
「早く逃げてください!」
青と桃、ふたりの騎士の促しに、青年はようやく身体の自由を取り戻して逃げていく。
「これで邪魔モンは消えた」
「邪魔って……それはないだろ、かっちゃん」
「ッ、それよりおめェら、一体何モンだ!?」
それに対する答は……ない。外套の群れはこちらを敵とだけ認識し、短剣を構えている。そういう反応なら、こちらも遠慮する必要はない。
「ドルイドンと関係あるか知んねえけど……なんの罪もない人や町を襲うんだったら黙ってらんねえ。俺らがブッ飛ばしてやる!」
彼ら──騎士竜戦隊リュウソウジャーが。
「──いくぜっ!!」
その掛け声とともに、戦闘が始まった。黒衣の男たちは短剣を携え、無感情に迫ってくる。対するリュウソウジャーの得物は、言うまでもなくリュウソウケンという長剣だ。どちらに利があるかは明らかであった。
「ぅおらぁッ!!」
勇猛の騎士・リュウソウレッドの刃が一閃し、短剣を弾き飛ばす。その際の風圧でフードが外れ、中身の顔が露となる。──皆、ぎょっとした。
そこには皮も肉もない……髑髏が踊っていたのである。
「が、ががががガイコツ……!?」
「こいつら、やっぱり人間じゃない……!」
「人間じゃねえなら遠慮はしねえ!」
むしろ愉しそうな声をあげたのはカツキ──威風の騎士・リュウソウブラックだった。愛用しているブットバソウルをリュウソウケンに装填し、
『ブットバソウル!ボムボム〜!』
「おらァ死ねぇぇぇッ!!」
仲間たちが引くほどの勢いで敵に突撃し、刃を振り下ろす。──刹那、爆発。
劫火に呑み込まれた黒衣の骸骨たちは、ことごとく黒焦げになって倒れ伏した。ややあって、その身体が空気に融けるようにして消えていく。
「せっかくだ、僕らは新しいソウルを使ってみよう!」
「うむ!──ならば、これだ!」
「マブシソウル!」
『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』
『マブシソウル!ピッカリーン!!』
刃先が眩い光を放ち、辺り一帯を純白の世界へと変えてしまう。それ即ち視界を失うことと同義である。
そしてリュウソウ族の面々は、夜目もきくが、同時に五感が常人より遥かに鋭いのである。たとえ光ですべてが覆われようと、敵の位置を見失うことはありえない。
「フエソウル!」
今度はイズク──疾風の騎士・リュウソウグリーンが新たなソウルを装填し、
『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』
『ブットバソウル!ポン!』
ひとりがふたりに、
『ポンポン!』
ふたりが四人に、
『ポンッ!』
そして、五人にまで増えた。
「うわぁ、デクくんがいっぱい!?」
「クソきめェ」
「失敬な!──行くぞぉっ!!」
「「「「うおぉぉ──ッ!!」」」」
疾風のように駆ける五人のリュウソウグリーンが、骸骨どもを次々に斬り伏せていく。分身してもなお、それぞれのスピードが衰えることはない。彼らの意識は独立しているが、同時に同じ心のもとに動いている。ゆえに鈍ることもばらけることもなく統一された行動をとることができた。
「うおぉ……!俺らも負けてらんねえぜ、オチャコ!!」
「よ〜しっ!ここは久々に魔導士の意地、見せたる!」
具体的なことを言わなくとも、ふたりの意志は通じていた。リュウソウピンクが詠唱を開始すると同時に、レッドは切り札たるメラメラソウルをリュウソウケンに装填する。
『キョウ!リュウ!ソウ!そう!──この感じィィ!!』
『メラメラソウル!メラメラッ!!』
「っしゃあ、燃えるぜぇ!!」
炎の鎧を纏い、突撃するリュウソウレッド。それと同時に、詠唱も終わった。
「とりゃーっ!」
気の抜けるような掛け声とは裏腹に、ピンクの手の中から灼熱の火炎球が放たれる。それはレッドと並走するようにして、骸骨の群れへと迫った。
「──ぅおらぁぁぁぁぁッ!!!」
一閃、そして爆発。
港が紅蓮へと染まり、そしてそれが収まったときにはもう、骸骨の群れの姿はどこにもなかった。
「!?、熱っちぃ!」
それで心が落ち着いてようやく気づいたのだけれど、リュウソウメイル自体が熱されて相当な高温になっていた。このままでは蒸し焼きになってしまうと、エイジロウは慌てて竜装を解いたのだった。
「わわっ、ごめん!火傷しとらん!?」
「だ、大丈夫……メラメラソウルは火に強ぇからな!」
「でも気をつけないと、中身だけ丸焦げになりかねませんよ」
「こ、怖ぇこと言うなコタロウ……」
「油断すんな!」
そう声を張り上げたのは、リュウソウブラックことカツキだった。
「まだ本丸がいンだよ」
「!」
そう──骸骨の群れを解き放った、漆黒の帆船が、不気味な姿で海上に佇んでいる。
「あの骸骨たちは魔法かなにかで操られていただけだ。きっと、操者が船の中にいる」
大規模な海賊団などには専属魔導士がいて、邪悪な魔法の力で海に沈んだ死者の魂をあのような亡霊へと変えて使役する──直接見たことはないが、そういう話を聞いたことがイズクたちにはあった。
「ならば船へ踏み込み、中の海賊たちを引きずり出す!」
即断即決で動くテンヤこと叡智の騎士・リュウソウブルー。その意気は間違いではなかったが、それでもなお遅かった。
漆黒の船は動力部から黒煙を大量に吐き出し、文字通り彼らを煙に巻いたのだ。
「ッ、なんだこれは……ゴホッ!ゴホッ!」
「!、テンヤくん下がって!これを吸うのは危険だ!」
もしかすると、有毒ガスかもしれない。その憂慮が正しいか否かは兎にも角にも、分厚い黒煙はあっという間に帆船を覆い隠してしまった。
「あのヤロ……逃げる気か!」
捕らえようにも、相手は海の上。歯噛みしているうちに黒煙が辺りを覆い尽くし、それが晴れる頃には、帆船の姿は忽然と消えていたのだった。