結論から言えば、往来は酷い有様だった。
美しく整備されていたはずの街路はあちこちに穴が開き、立ち並ぶ民家や商店にも大小様々な破損がある。何よりそこには、かつて活気を振りまいていたはずの人々の姿がない。
「たった数ヶ月前には、こんなじゃなかったのに……」
半ば呆然とイズクがつぶやくのも無理はなかった。あまりといえばあまりの変容である。
そしてその原因は、明白だった。
「おふたりが発たれて間もなくのことでした……あの幽霊船が現れるようになったのは」
リュウソウジャーの面々を招いた町の代表──イズクたちとは面識があった──が告げる。
幽霊船は昼夜を問わず来襲し、あの黒い骸骨のような尖兵たちを放っては強盗や破壊行為……果ては、殺人までもを繰り返しているのだという。
「その結果、町はこの通り見る影もない状況です。交易はもちろんのこと、今では漁にも出られません。あの海賊たちがどこから現れたのか、せめてそれがわかれば……とも思うのですが」
交易で運ばれてくるのは物品だけではない。情報もまた然り、なのだが今はそれすらも満足に入ってこない状況だ。町の閉塞感は日に日に増している。飢餓という、現実の危機も。
「そういえば、この町には専属の
数ヶ月前の記憶を辿りつつ、イズクが訊く。それに対して代表の顔に滲んだのは、色濃い諦念と絶望だった。
「……当初はそれである程度、町への攻撃を防ぐことはできていました。しかし奴らの襲来はいっこうに収まらない。そこで、勇者さま方が幽霊船へ乗り込むことになったのです」
幽霊船へ突入し、黒幕を叩く──先ほど彼らがしようとしたのと同じことを、既に勇者たちも実行していたのだ。
「しかし……彼らはそのまま、戻ってきませんでした」
「!!」
幽霊船の討伐に失敗したどころか、町の守護者たる戦士たちを失ってしまった──コランの港町は今、それこそ滅亡の危機に瀕しているのだ。王都をはじめとした、数えきれないほどの都市と同じように。
「──なら、」
不意に声をあげたのはカツキだった。
「あの幽霊船、俺らが討伐してやる」
「!、あなた方が……ですか?」
男の顔に当惑が浮かぶ。その理由は明白だった。
「失礼ですが……お二方は、まだ駆け出しの勇者さまでしょう?年格好から言って、そちらの方々も」
「え……いや、俺らはともかくこいつらは──うごっ」
軽く鳩尾のあたりを殴られ、エイジロウはうめいた。手を出したのも言うまでもない、カツキである。
「な、何すんだよぉ……」
「余計なこと言うなボケナス。オッサンの言う通り年格好で見たら駆け出しに決まってンだよ」
リュウソウ族の存在は公に知られていない。実はコタロウを除く全員がこの男より百歳以上も年長で、イズクとカツキなどは騎士歴五十年の大ベテランで──などと言っても、一笑に付されるのがおちだ。
それでも彼ら町の人々を安心させるために、言えることはある。
「この街を発ったあと、僕たちは東の大地に侵略の手を伸ばしていた、タンクジョウというドルイドンを倒しました」
「あと、ワイズルーってヤツも!……多分」
「!、ドルイドンを……!?」
まさか、とでも言いたげな表情だ。実際、ドルイドンを倒せる人間などそうはいない。熟達した勇者であれば自分の身くらいは守りきれるかもしれないが、それは到底勝利とはいえないだろう。
しかし皆の瞳は、イズクの言葉が嘘でないことを如実に示していて。
「……本当、なのですか?」
探る……否、縋るように訊く町の代表に対し、一同ははっきりと頷いた。
「約束します。──俺たちが、この町の平和を取り戻します!」
エイジロウの言葉が、そのままリュウソウジャーの次なる行動を決めた。
*
そして、その夜。
「イズクくん、そろそろ見張りを変わろう。きみも少しは休まないと、身体がもたないだろう」
「うん、ありがとうテンヤくん。でもきみたちのほうが長めに休むべきだよ、まだ旅慣れしてないんだから」
論理的にそう言って、イズクはテンヤの申し出を流した。物腰が柔らかいため一見そうとは思われないが、実はこの少年もカツキ並みに意固地なのでは……と思われることが増えてきたように思う。旅の道中数えきれないほど喧嘩、それも掴み合い殴り合いを繰り返してきたというのも、どちらに責任があるとは一概には言えない。まあ、第三者とのトラブルに関してなら、明らかに威風の騎士殿に原因があるだろうが。
彼らは今、港の片隅にある監視所を宿代わりに使わせてもらっていた。見た目は古びた小屋だが宿舎としても利用されており、最低限の設備は整っている。カサギヤを出てから昨日まで野宿の日々だったので、屋根があるというだけでも十分ありがたいのだ。
「くかぁ〜……」
「うぅん……パンが一斤、パンが二斤……」
「うぅ……あ、あつぃ……」
疲れが出たのか、エイジロウとオチャコ、それに挟まれたコタロウはすっかり熟睡している。半ば抱き枕にされているせいか、コタロウが時折苦悶の表情を浮かべてはいるが。
「……海賊か。海の上にも、人間は生きているんだな」
「うん。人間は僕らより圧倒的に寿命が短いけど、どんな場所ででも生きていこうっていう地力がすごいんだ」
そうしてリュウソウ族より後発の種族であるにもかかわらず彼らは繁栄し、文明を、時代を築いていく。目まぐるしく変化するそれらはリュウソウ族にはやや性急に映らなくもないけれど、少なくともイズクはそんな彼らが好きだった。
「……だから僕は、そこに生きる人たちの笑顔を守りたい。それが、世界を守るってことなんじゃないかと思うんだ」
「イズクくん……」
「僕は、きみが羨ましい」
飛び出したのは、自分でも思ってもみないような言葉だった。
「僕は叡智の騎士だが……村を出てみて、まだまだ何も知らないのだと思い知らされた。その点きみは色々なことを知っていて……何よりそれに、驕ることがない」
「そ、そそそそんなことないよ!?驕らないっていうのはほら、僕はまだまだ未熟だからってだけで……それに、」
「テンヤくんだってそうじゃないか」と、イズクは笑った。
「出逢ったときからきみは、知る努力も腕を磨く努力も、人一倍できる人だった。もしきみが僕の立場なら、僕なんかよりずっと頼りになる騎士になっていたと思うよ」
「そんなこと!きみだって人一倍努力家だ、それに才能もある!」
「いやそんな、僕は──」
「きみのほうが」「いやいやきみのほうが」──そんなやりとりを何度か繰り返したあと、ふたりはぷっと噴き出した。
「ははは……きみは案外、面白いやつでもあるんだな」
「あはは……腰を据えた話って、なかなかできなかったもんね」
「そうだな。まったく、カツキくんが必要以上に距離をとろうとするから!」
日常的に距離をとれと言い続けながら、戦いにおいては五人でリュウソウジャーを名乗って戦っているのだ。もうそろそろ信用してくれても良い頃合いではないか。
そんなことを愚痴ると、イズクは苦笑した。
「かっちゃんのあれは、もう癖みたいなものだから……大丈夫、皆がまっすぐでひたむきな人たちだってことはちゃんと理解してくれてるよ」
「そうだと良いんだが……。──そういえばきみたち、子供の頃からふたりで旅をしていたと言っていたが。マスターは居ないのか?」
「あぁ……僕のマスター、つまりマスターグリーンになるのかな、その人は僕が生まれるより前に亡くなったらしいんだ。それで僕もかっちゃんも、先代のリュウソウブラックに師事していたんだよ」
「そうなのか……。先代のブラック、なんというか……想像がつかないな」
マスターレッド──タイシロウとエイジロウはその明るく陽気な性格やころころと変わる表情は兄弟のようによく似ていたし、マスターブルーとピンクに至っては実際に肉親なのだ。似たような特性、性格をもっていても不思議ではない。
「マスターブラックは正直、かっちゃんとは全然違うタイプだよ。ストイックで用心深いところは似ていたけどね」
「そうか、その方は今どこに?」
不意にイズクの顔が曇る。
「それが……僕らが旅を始める少し前に、突然失踪してしまったんだ」
いったい何があったのか──当時タイガランスと一緒にカツキやマスターブラックとは別の場所で修行をしていたイズクは、残念ながらその事情を知らない。
(それからだった。かっちゃんが……人を信じなくなったのは)
快活さが鳴りを潜め、疑り深くなったカツキ。──マスターブラックが行方を晦ましたことと関係しているのは、想像に難くない。
そのカツキはというと、宿舎の外──その屋根の上で身を横たえていた。マントを布団代わりにして身体を包んでいるのは、お世辞にも寝心地が良い状態とはいえない。しかしひとつ屋根の下、それも手を伸ばせば触れられるような距離でイズクを除く他人と眠るのは、どうしても受け入れられない。エイジロウたちに対する好悪とは関係なく、神経が逆立って眠れなくなるのだ。この五十年間、ずっとそうだった。
そして浅い眠りの中にいると、いつも夢を見る。去っていく、黒衣の背中。伸ばしても届かない手。
──………を、
その言葉が、今も耳の奥に焼きついて離れないでいる。
「………」
そこで夢は終わり、いつも目が覚める。カツキは黙って身を起こした。夜の港はひどく静かで、寄せては返す波音だけが耳に入ってくる。
それを聴きながら──カツキは思った。
(マスターブラック……。あんたは、俺が──)
そのときだった。流れては淀むだけの水音に、かすかに別の音が混ざったのは。
「……来やがったか」
水平線に浮かぶ漆黒のシルエットを認めて、つぶやく。日も変わらないうちに再訪とは、撃退されたことが随分と腹に据えかねたとみえる。ただ、こちらとしても早く決着がつくのは好都合だ。
好戦的な笑みを浮かべたカツキは、軽々と屋根の上から飛び降りた。鮮紅のマントがふわりとはためき、彼の抜けるように白い肌を闇夜に晒す。それでも今の彼から儚さを感じとるのは、到底不可能なのだが。
「──おいてめェらぁ!!」
「!?」
怒声とともに勢いよく戸を開けると、ぐっすり眠っていたエイジロウたちが慌てて飛び起きた。なんなら起きていたイズクとテンヤですら一瞬固まるのだから、無理もない反応だ。
「クソ幽霊船のお出ましだ、三秒で仕度しろ」
「!、わかった」
「う、うおぉ〜……」
「え、なに朝ごはん……?」
「違うぞ目を覚ますんだオチャコくん!」
「ぼくは町に知らせに行きます……ふあぁ」
コタロウと別れ、剣を携え走り出す五人──まだ寝ぼけている者もいるにはいるが──。
埠頭へ出ると、先ほどは彼方にいた幽霊船がかなり接近してきていた。なるほどこれは、常に警戒していても対処が追いつかないだろう。
「っし、見てろ海賊ども。今度こそブチのめしてやる!」
そうしてこの町の平和を取り戻す。そうでなければ自分たちは、南の大地へ渡ることができないのだ。
「てめェら……──殺んぞオラァ!!」
「「「「おう!!」」」」
「「「「「──リュウソウチェンジ!!」」」」」
『ケ・ボーン!!』
『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』
『リュウ SO COOL!!』
五人を囲むように踊っていた小さな騎士たちが、リュウソウメイルのパーツへと姿を変える。それらが寄り集まってひとつの鎧へ。そう──まるで柔らかな衣服のように見えても、それはまぎれもない鎧なのだ。
「……正義に仕える、五本の剣ッ!!」
──騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!
「俺たちの騎士道、見せてやるッ!!──行くぜぇッ!!」
五色の竜装の騎士たちが、海の怪退治をなすべく走り出した。