【完結】僕のリュウソウアドベンチャー   作:たあたん

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14.黄昏の王子 2/3

 

「海の王国へようこそ、陸のリュウソウ族の皆さん」

 

 現れた美女は、髪色と同じ白銀のドレスを纏っていた。柔和な笑みとは裏腹に、涼やかを通り越して凍えるような冷たさすら感じさせる姿かたち。まるで、童話で見た氷の女王のようだとコタロウなどは思った。

 

──女王?

 

「おまえたち、女王陛下の御前であるぞ!」

「頭が高い、平伏せよ!」

「!」

 

 やはり、この女性が。約一名を除いて衛兵たちの言に従おうとするエイジロウたちであったが、かの女王がそれを制した。

 

「そのようなことをなさらず結構です。──貴方たち、」

「はっ!」

「"あの子"を連れてきてちょうだい」

 

 命令を受け、衛兵たちが慌ただしく退室していく。広間に一瞬、静寂が戻る。

 

「用心が足りねえンじゃねえの」

 

 そこに不穏の火を灯したのは、やはりカツキだった。

 

「なんのことかしら?」

「女王サマひとりンなって、俺らが殺る気だったらどうする?武器なんかなくたって、あんたを絞め殺すくらいはできんだぜ」

「ッ、かっちゃん……!」

 

 流石のイズクも顔面蒼白になっている。当然だ、相手は女王を名乗っている。海の王国というのがどれほどの国家なのかはまだわからないが、少なくともミネタ卿など比にならない貴種であろうことは疑いようがないのだ。

 

「貴方たちはそんなこと、しないわ」

 

 しかし女王は、一切の動揺もなく断言した。

 

「だって貴方たち、リュウソウジャーでしょう」

「……!」

 

 カツキの表情から笑みが消えた。この女は……否、海の王国とやらは、自分たちのことをどこまで知っている?

 

「リュウソウジャーはこの星を守る騎士……。邪悪でないものに害をなすとは、思っていません」

「──失敬!質問をお許しいただけますでしょうか!!?」

 

 逞しい腕をぴっと伸ばして、テンヤ。一国の王相手にはそれでも十分不敬なのだが、幸いにしてこの女王は許可をくれた。

 

「貴方がたはもしや、海のリュウソウ族……なのですか?」

 

 海のリュウソウ族──リュウソウ族の歴史を学ぶ中で、ほんの一、二箇所登場する名前だ。テンヤが覚えていたのはその博学ゆえで、エイジロウとオチャコの頭からは抜け落ちていた。

 

「ええ、その通りよ。そしてここは、海のリュウソウ族が暮らす国なのです」

「う、海の中で呼吸とか、できるんですか!?」

 

 今さらのことを訊くオチャコに、女王は頷いた。

 

「私たち海のリュウソウ族は、外見こそ貴方がたと同じですが、異なる進化を辿っています。水中でも、陸上でも同じように活動できるのよ」

「じゃあ、僕らは……?」

「陸からの客人には、魔法をかけさせていただいています。私たちと同様、水中でも活動できるように、ね」

 

 そう言って、女王はなんとウインクしてみせた。母親ほどの年齢の女性だが、衰えを感じさせない美貌は思春期の──人間より淡白とはいえ──少年たちには毒だった。やはり約一名を除いては、揃って顔を赤くしている。

 

「他には何かあるかしら?」

「あ……じゃ、じゃあ!」エイジロウが手を挙げ、「俺たち、亀みたいなデカいマイナソーに襲われて、海に落とされたんスけど……。他でもマイナソーが港町を襲ってて──この辺りにいるドルイドンに、心当たりはないっス……です、か?」

 

 その問いに、今まで浮かべられていた女王の笑みが消えた。アッシュグレーの瞳が伏せられ、何かを憂うかのような、そんな表情が浮かび上がる。

 

「あ、あれ……?」

「な、なんかまずかったんちゃう!?」

「へぁッ、す、スミマセン!!」

 

 反射的に頭を下げるエイジロウを見て、女王は我に返ったようだった。

 

「!、あぁ……ごめんなさいね、なんでもないの。そのマイナソーはおそらく──」

 

 

「──そいつは、ガチレウスの手勢だ」

「!!」

 

 にわかに背後から響いたのは、自分たちとそう変わらない少年の声だった。

 慌てて振り向いた先にいたのは、女王に負けじと仕立ての良い衣服を纏った少年。すらりとした体躯や整った顔立ちは見るからに貴公子のようだ。それと同時に、頭頂で綺麗に左右分かたれた紅白の髪、そして顔の左半分だけを覆う仮面が目をひく。

 

「女王陛下。第三王子ショート、お召しにより参上いたしました」

 

 片膝を床につき、胸に手をあてて一礼する。王子、ということは女王の子供のはずだ。それがこのように厳格な礼節をもって接するものなのか。リュウソウジャーの中では家柄の良いテンヤにしても、親に対してここまで恭しく接したことはなかった。

 

「ご苦労さま、ショート。忙しいところ、突然呼び出したりしてごめんなさいね」

「……いえ、」

 

 「紹介します」と、改めて向き直った女王が言った。

 

「彼は我が国の第三王子、ショート。歳は皆さんとそう変わらないでしょうから、仲良くしてあげてください」

 

 仲良くと言っても、相手は王族である。とはいえこのまま棒立ちというのも失礼にあたるので、比較的礼儀作法に長けたイズクとテンヤが代表して彼に歩み寄った。

 

「ど、どうぞお見知りおきを。ショート殿下」

「………」

 

 イズクが右手を差し出す。重ねて言うが相手は王族であるから、それに応えるという当然の儀礼が返ってくるものと彼らは思っていた。

 それが、

 

「……陸のヤツらとなれあう気はねえな」

「えっ……」

 

 困惑するイズクたちを尻目に、ショートは女王たる母を同じアッシュグレーの右目で見据えた。

 

「陛下。彼らが目を覚まし次第、退去させるべきだと申し上げたはずです。それが衛兵も付けずに謁見させるなんて」

「ショート……彼らは客人です。そもそも、連れてきたのはおまえでしょう」

「あのまま溺死させるのは忍びなかっただけです。ただでさえガチレウスと戦争中なのに、獅子身中の虫を抱えるわけにはいきません」

「ちょ、ちょ……ちょっと!」慌てて割り込み、「その"ガチレウス"ってのが……この辺で暴れてるドルイドンなんスか?」

 

 王族同士の会話に割り込むなど不敬にも程があるのだが、エイジロウはそうせずにはいられなかった。実際、問いに対する明確な答はまだもらっていないのだ。

 

「……ああ、そうだ」

 

 答えてくれたのは意外にもショート王子だった。

 

「ヤツが現れたのはここ半年ほどのことだ。この海域全体に食指を伸ばしている。当然我が国とも、戦争状態が続いている」

「!、俺たち、そいつを倒すってコランの港町の人たちと約束したんです!そいつの居場所がわかれば、俺たちリュウソウジャーが──」

 

「必要ねえな」

 

 撥ねつける声は、あまりにも躊躇がなかった。

 

「ガチレウスは俺が倒す。余所者の手を借りるつもりはねえ」

「余所者って……。私たち、同じリュウソウ族なのに──」

「言っただろ、おまえたちは獅子身中の虫だと。陸と海、そんなふうに分かれただけの歴史の積み重ねがある。そんなことも知らねえのか?」

「ッ、それは……全然知らねえ、けど!」

 

「俺たち、これでもドルイドンを倒したことがあるんだ。きっと役に立てるはずだ……です!」

「……おまえたちが?」

 

 隠れていない右眉をあげるショート。女王もまた、それほど露骨でなくとも訝しげな表情を浮かべている。信用されていないのは、一目瞭然だった。

 

「──だったらよォ、」

 

 案の定不穏な声を発したのは他でもない、カツキだった。

 

「試してみるかよ、半分王子サマ?」

 

 そう言い放って、拳をポキリと鳴らす。ついにイズクはショックのあまり意識を飛ばしかけた。テンヤが咄嗟に支えなければそのまま倒れていただろう。

 ただこのショート王子、幸か不幸か、淡白な口調よろしく礼儀というものにあまり関心がないようで。

 

「……確かに、それが手っ取り早いかもしれねえな」

「!」

「陛下。我々海のリュウソウ族の作法、この蛮族に教えてやろうと思います──よろしいですね?」

「……やむを得ませんね」

「はっ……その蛮族にボコられてしょんべん漏らすなよ、王子サマぁ!?」

 

 ふたりとも、風貌だけなら美少年ともいえる淡麗さである。それが瞳を吊り上げ睨みあい、激しい火花を散らしている。

 

「……なんか、とんでもないことになってませんか?」

 

 えも言われぬようなコタロウのつぶやきが、すべてを象徴していた。

 

 

 *

 

 

 

 果たして数十分後、一同は海底のコロシアムにいた。その中心でカツキとショート王子が睨みあっているのは言うまでもない。

 

「──制限時間は五分。相手の剣を弾き飛ばすか、急所に突き立てたほうの勝ちだ」

「はっ、単純なこって。海底に引きこもっとるような連中らしいわ」

「おまえのような蛮族には、ちょうどいいだろ?」

 

 バチバチバチバチ。そんな音とともに、火花が散っているように見えるのは幻だろうか?

 

「こ……これ流血沙汰になるんちゃう……?」

「どちらも模造剣だから、命の心配はないとは思うが……イズクくん、大丈夫か?」

「……ホントもう、今回ばかりは生きた心地がしないよ……」

 

 頭を抱えるイズク。五十年で何度、彼はこんな思いをしてきたのだろうか。リュウソウジャーではオチャコと並んで幼い外見の彼だが、苦労でいえば並みの大人を凌ぐところである。エイジロウは思わずその頭を撫でたくなったが、一応相手が年上であることを思い出して踏みとどまった。

 

 模造剣を構えるふたり。先は丸まっていて、敵に突き刺さらないようにはなっているが、思いきり急所を突けば致命的なダメージにならないとも限らない。ゆえに皆、固唾を呑んで見守っていた。

 そして、

 

「────ッ!」

 

 意外や声を出さず動いたのは、カツキだった。地を蹴り、持ち前のスピードで相手との距離を詰める。

 

「………」

 

 相手──ショートはその場から動かず、カツキを迎え撃つことにしたようだった。距離がゼロになり……衝突音が響く。

 鍔迫り合いは一瞬だった。カツキが素早く後退し、かと思うとまた突撃する。ショートは最低限の動作でそれをいなしているように見えるが、余裕があるわけではない。

 

「す……すげぇ」

 

 互いに一歩も退かぬ戦いぶりは、傍観者たちにこそ衝撃を与えるものだった。少なくとも一方のことはよく存じている、イズクにも。

 

「あの王子様……かっちゃんと互角だ」

 

 カツキはまだ少年だが、物心ついたときから騎士となるべく修行を積んできて、さらに五十年分の実戦経験がある。そのカツキと同等に戦う、海底の国の王子。彼もリュウソウ族だから最低でも150年は生きているのだろうが、それにしても、である。

 

「しかし、彼の剣はカツキくんとは対照的だな……」

 

 冷徹で、無駄がなくて──感情さえも、窺えない。確かに、そうみえる。

 

「……そうかな」

 

 しかしエイジロウは、それだけには思えなかった。確かに一切の揺らぎなく戦っているように見えるショートだが、時折攻めに転じようとしているように見える瞬間がある。そのときの目に、燃え滾るような何かを感じるのだ。

 

「チッ……口だけじゃあ、ねえみてぇだな」

 

 数分間ぶつかってみて、カツキも彼なりにショートの実力を評価したようだった。陸のヤツらとなれあうつもりはない、自分の手でガチレウスを倒す──淡々とそう言ってのけるだけのことは、確かにある。

 

「そろそろ五分……──決着、つけたらァ!!」

「………」

 

 わずかに後退したかと思えば、再び地を蹴るカツキ。一気呵成に距離を詰め、渾身の一撃を相手の胴体にブチ込もうという魂胆。──そう考えたから、ショートもまた剣を胸の前で構えて迎え撃ったのだ。

 しかしカツキは、そう読まれていることまで読んでいた。

 

「は、──」ニヤリと笑い、「オラァ!!」

 

 宙を舞うカツキは、振り上げた剣を──投げつけた。

 

「ッ!?」

 

 自ら武器を投擲するという予想だにしない行為。もとより防御態勢をとっていたこともあり直接的なダメージにはつながらなかったが、衝撃でショートの姿勢は大きく崩れた。

 そこに、

 

「くたばれッ、半分ヤロォ!!!」

「──!」

 

 カツキの蹴りが──がら空きになった顔面に、直撃した。

 

「あ……」

「やっちゃった、し……」

「……言ってしまった、な」

「うわぁああああ……!」

 

「何してくれてんだかっちゃんんん……!」──唸りながら、ついにイズクはその場に蹲った。

 

「は、ざまぁーみろ!」

 

 華麗に着地したカツキが、このうえない勝ち誇った笑みを浮かべている。対するショートは左目のあたりを押さえ、その場に片膝をついていた。

 

 からんと音をたて、彼の身につけていた仮面が転がった。

 

「……ッ、」

 

 顔の左半分を覆っていた手が、やおら剥がれていく。──そこに隠されていたものが露になって……エイジロウたちは、言葉を失った。

 右目とまったく色合いの異なる、宝石のような碧眼。オッドアイと言うのだろうか。

 

 しかしそれは……左の額から目の周囲までもを覆う、赤黒く変色した皮膚に比べれば詮無いものだった。

 

「え……何、あれ……」

「……火傷?」

 

 そう──重度の火傷を負って、治療の甲斐なく痕が残ってしまった……そんな状態。

 カツキでさえ唖然とする中、ショートはゆらりと立ち上がった。その整った顔立ちに怒りではなく、深い憂鬱が浮かぶ。隠されていた傷が露になったことに、屈辱を感じてはいないのだろうか。

 

 いずれも言葉はなく、気まずいどころではない沈黙が流れる。しかしそれは、程なく終焉のときを迎えた。

 

「ショート殿下、失礼致します!」

「!」

 

 飛び込んできた、兵士らしき鎧を纏った男。晒されたショートの顔を見て一瞬ぎょっとした様子を見せたものの、すぐに取り繕って跪いた。

 

「……どうした?」

「フカミ地区がマイナソーによる襲撃を受けています!守備隊が応戦していますが、既に被害は甚大で──」

「!」

 

 エイジロウたちが身構えたときにはもう、ショートは颯爽と走り出していた。

 

 

 

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