マイナソーの襲撃で海に落とされたエイジロウたちは、海底の王国に住む海のリュウソウ族によって救われた。彼らは海を支配しようとするドルイドン・ガチレウスと戦争を繰り広げているという。その王子であるショートは──エイジロウたちと同じ、リュウソウジャーだったのだ。
エイジロウたちを陸のリュウソウ族と呼び、拒絶するショート。彼の言う"歴史"とは、果たして如何なるものなのであろうか──
*
「御苦労であったな、ショートよ」
頭上から響く厳かな声に、ショートはため息をもって応えた。その表情はエイジロウたちと対面していたとき、そしてマイナソーと対峙していたときと比較して随分弛い。本当に御苦労だったとでも言いたげだ。
「はぁ……いつもながら疲れる。戦うのは嫌いじゃねえが、皆にああだこうだ指示出すのは柄じゃねえ」
「おまえは王子だ。為政者の一員として、民を守る責務がある。自覚を強くもて」
「……わかってる。──なぁ、モサレックス」
ぐたりと寄りかかっていた身体を起こし、ショートは立ち上がった。すらりと伸びた手足、一見細身だがしっかりと鍛えられた体躯が明らかとなる。整った顔立ちも相まって、世の貴公子というものを象徴しているかのようだ──騎士竜モサレックスは常々、そう思っている。
しかしその身体に流れる血の半分は、彼にとっては認めがたいものなのだ。
「陸のリュウソウ族……あなたの言うような邪悪で狡猾なヤツらには、どうしても見えなかったんだが」
約一名を除いて……とは、流石に口には出さなかった。
「本当にヤツらが、この国にとって禍になるのか?」
「──なる」
即答だった。ショートが返す言葉に一瞬詰まるほどに。
「ショート、おまえは甘い。奴らに騙されてはならん」
「でも……」
「ガチレウスのためにただでさえこの国は疲弊している。そこに奴らが馬脚をあらわしたらどうなる?」
「この国は、滅びてしまうぞ」──冷たく最悪の未来を告げる言葉が、ショートの胸に突き刺さった。
「……わかった。あなたの言う通りにする」
「それで良い。──そろそろ行け。王子がいつまでもこんなところでサボっていては士気にかかわるぞ」
頷き、ショートは踵を返した。そうして彼はひとりの少年・ショートからこの国の第三王子であり、守り手たる黄昏の騎士へと戻るのだ。どちらがあるべき姿なのか、当人もモサレックスもわからなくなりつつあったが。
*
さて、舞台は今や戦場痕となってしまった王国市街へ戻る。
戦い終わって間もないうちから、兵士たちによる瓦礫の撤去や国民の救助作業が始められていた。オチャコがつぶやいたように、非常に迅速かつ慣熟した対応である。パニックが起こっている様子もない。
その代わり──皆、どこか疲れたような表情を浮かべていた。無論、マイナソーによる襲撃から命からがら逃げ延びたばかりで、ニコニコ笑ってなどいられないのは当然だろう。それにしても皆、活力というものをすっかり失ってしまっているようだった。
「なんというか……俺たち、邪魔にしかなっていないな……」
棒立ちのままテンヤがつぶやく。声をかけるにかけられない雰囲気であるし、皆明確に己の仕事をこなしているのだ。
それでも手伝えることはないかと辺りを見回していると、不意に建物の陰に座り込む子供の姿が目に入った。
「!」
すかさず駆け寄ったのはイズクだった。子供の目の前にしゃがみ込み、心なしかいつも以上にゆったりとした口調で声をかける。
「きみ……どうしたの?大丈夫?」
「………」
「お母さん、お父さんは?」
子供の口がか細く動く。「はぐれちゃった」──そう聞こえて、イズクはほっと胸を撫でおろした。赤の他人であろうと、孤児になってしまう子供など見たくはない。
「それじゃ、僕たちが一緒に捜してあげる!」
「ほんと?」
「ほんとさ!でも僕たちここに来たばかりだから、道案内してくれる?」
澱んでいた目に光が戻り、笑顔を浮かべて頷く。そんな変化を目の当たりにして、エイジロウたちも温かい気持ちになった。イズクの穏やかさ、優しさは、海の底であってもとりわけ子供にはきちんと通用するのだ。
しかし、イズクが少年と手を繋ごうとしたときだった。
「貴様、そこで何をしている!?」
それを目ざとく見つけた兵士が、激しい剣幕で駆け寄ってきたのだ。
「貴様、陸のリュウソウ族だな!その子をどうするつもりだ!?」
「どうするって……この子、迷子なんです。だから──」
「ッ、その手を放せ!!」
詰問口調をとりながら、兵士はもとよりこちらの言葉に聞く耳をもっていなかった。いきなり剣を抜いたかと思うと、それを突きつけてくる。イズクは自らではなく、子供を庇うために前へ出ようとした。
そこに、
「──うぐっ!?」
すかさず割り込んだ影が鋭い蹴りを放ち、兵士の持つ剣を弾き飛ばした。強靭な意志を感じさせる紅い瞳が、これ以上はないほど吊り上がっている。
「何しやがる、クソモブが」
「か、かっちゃん……!」
「やべぇって、カツキ!」
今回はイズクばかりでなく、エイジロウも止めに入った。先に剣を向けてきたのは相手とはいえ、ここはその相手のホームグラウンドなのだ。ただでさえ警戒されている身で!
慄いた兵士は案の定、大声で仲間を呼んだ。次々と援軍が到着し、エイジロウたちはあっという間に取り囲まれてしまう。
「ッ、いくらカツキくんが手を出したとはいえ、このような……!」
あまりにも敵意にあふれた仕打ちに、いつもは礼儀正しいテンヤまでもが怒りの表情を見せる。一触即発、そう言うほかない状況だった。こちらは丸腰だが、最悪の場合はやるしかない──!
「なんの騒ぎです、これは」
「!」
物静かだが、芯の通った声だった。
兵士たちが波を打ったように静まり返り、その方向を見る。
現れたのは女王と同じ、白銀の髪を艷やかに伸ばした女性だった。一瞬当人かと錯覚したが、テンヤよろしく眼鏡をかけていて、そもそも随分と若い。また頭髪のあちこちからは、ひとかたまりになった赤毛が覗いていた。
「あなたたち、剣を下ろしなさい」
「フユミ王女殿下……しかし、この者たちは──」
「わかっています、陸のリュウソウ族たち……でしょう?」
兵士たちに文字通り矛を収めさせると、女性は微笑とともに歩み寄ってきた。
「乱暴をしてごめんなさいね。皆、戦いのあとで気が立っているの」
「ア゛ァ?だからって剣向けといてうごっ」
「万年気が立ってる人は黙っててっ」
オチャコの特技"どつき"はカツキ相手にも容赦なく炸裂する。当然彼は夜叉のような形相でキレ散らかすが、大柄なテンヤがそのさまを他から巧く隠す役割を果たした。
「あ、え、えーと……貴女は──」
「フユミ。ショートの姉です」
ショートの姉──つまり、この国の王女たる女性だった。
「その子は兵たちにまかせて、皆さんは私と来てください。残念だけど……今は、非常時だから」
「……わかり、ました」
承諾しつつ、イズクがしゅんと萎れている。非常時だからこそ、先走って手を差し伸べることが害悪にしかならないときもある。実際、あのまま衝突が起こればこの迷子や非戦闘員のコタロウの身も危なかった。
この五十年で、とうに身をもって学んだこと。それでも目の前で困っている人は、放っておけない。──そんなイズクの肩に、エイジロウがそっと手を置いた。
ともあれ一行は、フユミに従って歩き出した。
*
生ける要塞、動く島──巨大な騎士竜たちでさえも彼、あるいは彼女を前にしては赤子ほどでしかない。亀に似た巨獣は、名をアスピドケロンマイナソーと言った。
そのアスピドケロンマイナソーの甲羅内に広がる空間にて、ガチレウスは"吉報"を待っていた。腕組みをしたままじっと動かず、ただコツコツと神経質な音をたてている。足を規則的に床──生身をそう形容すべきか否かは議論の余地もあるが──に叩きつけているのだ。
永遠に続くのではないかとすら思えるその時間は、唐突に終わりを告げた。
「HAHAHAHA、苛立っているようだな。ガチレ〜ウスくん?」
「………」
無駄に良い──だからこそ忌々しい声に渋々振り向くと、そこにはドルン兵たちの姿と彼らに担がれた棺桶があった。
その扉がギギギと音をたてて開き、
「呼ばれなくてもジャジャジャジャ〜〜ン!!」
「何をしている?」
「棺桶に入っている!」
「何故そんなことをする必要がある?」
「気分だ!」
「馬鹿なのか?」
情緒というものが一切ない言葉に、ワイズルーは一瞬鼻白んだ。
「おまえぇ……!そんなだから、皆に嫌われるんだ!」
「何故好感度を気にする必要がある?」
「だぁからその何故返しをヤメロォ!頭がヤンヤンするぅ!!」
「もういい寝る!」とやけくそ気味に叫ぶと、ワイズルーは再び棺桶に横たわってしまった。ギギギと音をたて扉が閉まっていく。
それを見届けるでもなく、ガチレウスは待機状態に戻った。王国を攻略し、いずれは世界をも支配する──彼の頭の中にあるのは、ただそれだけだった。
*
いったいなんだってこんなことになっているのだろう。
百五十余年生きてきて一、ニを争うほど居心地の良い椅子に座りながら、エイジロウたちはそんなことを考えていた。
「フユミから聞きました。先ほどは不愉快な思いをさせてしまったそうで……ごめんなさいね」
「イ、イエ……ゼンゼン、ダイジョウブデス」
「お詫びと言ってはなんだけど、腕によりをかけて作ったから!みんな、好きなだけ食べていってね!」
母以上に朗らかな笑顔を浮かべつつ、手ずから料理の数々をテーブルに並べていく第一王女・フユミ。肩書には不似合いすぎる生活感あふれる姿であるが、それとなく訊いたところによると専属の料理人などはいないらしい。
「それにしてもショート、遅いわね……。まだモサレックスのところにいるのかしら?」
「!、あ、そういやショート……でんか?も、リュウソウジャーだったんスね!リュウソウジャーは五人しかいないと思ってたんで、ビックリしたっス!」
緊張を和らげる目的もあって、エイジロウはそう声をあげた。実際、六人目のリュウソウジャーの存在は寝耳に水だったのだ。エイジロウたちだけではない、イズクとカツキにとっても──
「ショートは海に生きる騎士竜、モサレックスに選ばれた騎士なの。私たち海のリュウソウ族が彼とともに海で暮らすようになったのは、以前の戦いのあとだから……」
その言葉が正しいなら、もう6,500万年近くも昔の話になる。エイジロウたち陸のリュウソウ族にとって、忘れ去られたものとなっていても無理はないだろう。
「騎士竜といえば!私たちの騎士竜は……今、どこに?」
恐る恐る訊くオチャコ。それに対して、
「宮殿の裏の厩舎で休んでもらってるわ。みんなおとなしくしてくれているそうよ」
「もう、ここにいるの、あきたティラ〜」
「暫しの辛抱だ。我々が暴れたりしたら、エイジロウたちが困るのだぞ」
「わかってる、ティラ〜……」
それほど大きいとはいえない厩舎に、みちみちと詰め込まれた騎士竜たち。あまり良い扱いとはいえないが、他に長く置いておける場所もないのだ──
閑話休題。
「ショートが貴方がたを疎むのも、モサレックスの助言ゆえなのです。どうか、ご容赦を」
「それは……仕方ないことですけど……」
ティラミーゴなどの振る舞いを見ているとつい忘れがちだが、彼らはその"前の戦い"の頃から──封印されていた期間もあるとはいえ──生きている。こちらにいるディメボルケーノのように、しっかりとした言葉が話せるのなら、その言葉の重みというのは間違いなく生まれるだろう。
「陸と海のリュウソウ族……それだけの歴史があると、ショート殿下は仰っていましたね。その歴史というのは、具体的にどんなものなのですか?」
知らないことには、納得などできようはずもない。陸であろうと海であろうと、それは変わらない。女王は頷き、口を開いた。
「6,500万年の昔、私たちは皆一丸となってドルイドンと戦いました。そうして多くの犠牲を出しながら、彼らを宇宙へと追いやることができた」
それはエイジロウたちも習う、リュウソウ族の黎明史である。ただドルイドンがこの星の征服をあきらめたのは、隕石の落下と氷河期の到来という要因もあってのことなのだけれど。
そしてその環境の変化は、勝ち残った者たちの間に争いをもたらした。
「かつてのリュウソウ族は、あまりに長い間、争いに身を置きすぎていたのです。だから何かにつけ、争うことをやめられなかった。ドルイドンがいなくなれば、次に目障りになるのは……違う世界でしか生きられない者たち」
「だから……我々の祖先は争ったと?」
「ええ。結局、その決着がつくことはありませんでしたが」
環境の変化ゆえ互いの生き残りをかけて始まった争いは、それが極まったことにより終わりを迎えた。リュウソウ族は互いにその人口を減らし、戦争など続けていられる状況ではなくなったのだ。
「私たちにとって、それは遥か彼方の歴史でしかない。しかし、モサレックスにとっては自ら見聞きした記憶なのです。だから貴方がたを受け入れられないのでしょう」
そしてショートは、その影響を強く受けている──
「おふたりは……違うんですか?」
女王が微笑とともに頷く。何故、とまでは流石に訊きがたかったけれど、この母娘は少年たちの心を理解っていた。
「ええ。だって、私たちの父は──」
「──あいつの話はするな」
場の気温を何度も押し下げるような声だった。
ぎょっとしたエイジロウたちが振り返ると、そこにはまさしく今名の挙がった少年の姿があった。整った顔立ちの中で……醜く爛れた火傷痕の中心にある翠眼が、鋭い光を放っている。
「ショート……帰ったの」
「お父さんにあいつなんて言い方、許しません」
毅然とした女王たる母の言葉に、ショートは押し黙った。しかしその視線は、エイジロウたちを強く睨めつけている。
「……何故そいつらを晩餐の席に招いているんです、陛下。早々に引き取らせるよう注進申し上げたはずですが」
「……ショート。陸と海の対立、いつまでも引きずるのは良くないわ。おまえの兄さんたちが陸へあがっているように、既に私たちは交わりはじめているの」
「またモサレックスの意志に逆らうつもりですか?彼の協力が得られなくなったら、この国は……──ッ、」
陸のリュウソウ族らに弱みを見せることを嫌ってか、ショートは口を噤んだ。そうして、そのまま踵を返す。
「ショート!?ごはんは──」
「あとで食べる。食器は自分で片付けるから」
すげなく言って、早足で立ち去る。その背中を、母と姉は悲しげに見つめていて。
「なんか……言うこと庶民的やなぁ」
「こらっ、オチャコくん!」
「………」
不意に、コタロウが席を立った。
「コタロウ……?」
「……僕、彼と話をしてみたい。良いですか?」
その言葉に、女王と王女は思わず顔を見合わせた。"リュウソウジャーの五人"には含まれない、不思議な同行者の少年。控えめに振る舞っていることから従者の類いかと思っていたけれど、独自の意思表示をすることに躊躇いはないようだった。
「やめとけや。ブッ飛ばされても知らねえぞ」
吐き捨てるようにそう言ったのは……もはや言うまでもあるまい。
「かっちゃん!!」
「ごごごごめんなさいこういうコト誰彼構わず言っちゃう人なんです!……それはそれとして、大丈夫なんですか?」
「オチャコくん!?」
狼狽を連鎖させていく少年たちを前に、女王はくすりと笑った。
「大丈夫よ。本当は優しい子なの、自分より小さな子に乱暴したりしないわ」
「そうっスよね!よっしゃ、行ってこいコタロウ!」
「はい!」
折り目正しく女王陛下に一礼すると、コタロウは颯爽と退室したのだった。