美しい歌声が、宮殿じゅうに響いている。
望んで聴けば惚れ惚れするような声は、しかし時機ゆえ毒でしかなかった。少なくとも、彼には。
「ッッるっっせぇな!!誰だこんな夜中に歌ってやがんのは!?」
「眠れねえだろうが!!」と怒鳴り散らしながら、部屋を飛び出していこうとするカツキ。仲間たちは慌ててそのあとを追ったが、次の瞬間、彼らが目の当たりにしたのは予想だにしない光景だった。
「……どこだ、ここ……?」
部屋の外には長い長い回廊が続いているはずだった。にもかかわらず、目の前に広がるのは抜けるような青空の下の花畑。当然、魚など泳いでおらず、小鳥がそこかしこで囀っているではないか。
「ど、どうなってんだ……?」
「……私たち、夢見てるん?」
「いや、これは──」
花畑の中へ一歩を踏み出そうとしたときだった。突然視界がぐにゃりと歪み、脚からがくんと力が抜けたのは。
「ッ!?」
「イズクくん!?大丈、ぶ……うっ」
その現象は、あっという間に全員に伝播していく。彼ら皆、堪らずその場に蹲った。
「なんだ、これ……?」
「頭、ぐらぐらする……っ」
とはいえ以前のケルベロスマイナソーのときのような、毒に蝕まれている苦しさはない。五感を支配され、内側から揺さぶられている──そんな感覚だった。
そうしている間にも、歌は絶えず響き続けている。
「ッ、このクソ歌の、せいか……!」
「なんとか、しねえと……──そうだ!」
何かを思いついた様子のエイジロウは、不意にリュウソウルを取り出した。
「クサソウル!」
「クサソウル!?何をするつもりだエイジロウくん!?」
「モノは試しだ!」
止めるべきか否か──仲間たちが逡巡しているうちに、エイジロウはリュウソウケンにクサソウルを装填していた。
『クサソウル!モワッモワ!!』
──そして、強烈な臭気ガスが広がった。
「う」
「うぉおぇぇぇぇぇ──ッ!!?」
花畑がたちまち、誰彼構わず
どう見ても自爆としかいえない姿……しかし、確かに意味はあった。歌など比較にならない刺激を嗅覚に受けたことによって、彼らの五感は支配から脱したのだ。
「っし……うまく、いったぜ……──ぐぶっ」
「よ、よくもまあこんな……」
「それはともかく、この歌はまさか……」
「まさかじゃねえわ、行くぞ」
早くも立ち直ったカツキが颯爽と走り出す。皆、当然それに続こうとするのだが、吐き気を堪えるのと同時進行では全力でというわけにもいかない。
それでもどうにか声の方向へ回廊を進んでいたらば、見覚えのある影がふたつ、蹲っているのが見えた。
「あ……コタロウ!ショート殿下!」
「………」
ふたりから返事はなく、それぞれの両目はどろどろに濁っている。おそらくエイジロウたちと同じ、歌によって幻を見せられているのだろう。
「クソ髪、やれや」
「お、おう。……ってか、おめェら距離とりすぎじゃねーか?」
テンヤたちはおろか、先行していたはずのカツキまでもが遥か後方に退いている。相当に釈然としないものを感じるエイジロウだったが、気を取り直して再びクサソウルを発動した。
「ッッッ!!」
途端、茫洋としていたショートの表情が歪み、目に光が戻ってくる。彼はエイジロウと同じく、咄嗟に鼻をつまんだ。
「臭ぇ……──!これ、おまえの仕業か?」
「仕業て……まぁ、気付け薬みたいなもんス」
「そうか。コタロウは、気絶しちまってるけどな」
「!」
しまった、忘れていた。常人、それも子供にはキャパオーバーの悪臭だったのだ。
「わ、悪ィ!大丈夫かコタロウ!?」
「う、うぅ……」
幸い、息はあるようだ。
コタロウをおぶりつつ、ショートにも手を差し伸べる……が、それをとることなく、彼は何事もなかったかのように立ち上がってみせた。
「……助かった。一応、礼を言う」
「!、え……う、ウス」
謝辞が飛んでくるとは思わなかったエイジロウは面食らった──後方でカツキとイズクが「一応じゃねえ、全面的に感謝しろやぁ……!」「かっちゃん何もしてないんだから黙ってて……!」とやり合っているが──。とはいえ次の瞬間には、そのオッドアイが背けられた。
「この歌声……お母さんの部屋のほうからだ」
つぶやくと同時に、走り出そうとする。しかしエイジロウたちが慌ててあとを追おうとするや、その足が止まった。
「……殿下?」
「……おまえたちは、何故そうまでして戦おうとする?」
ガチレウスを倒す。そう約束したと、エイジロウは言った。だとしても、この国を守る理由にはならないではないか。──あるいは理由など建前にすぎなくて、戦いたいだけか。かつてのリュウソウ族と、同じように。
「そりゃ、使命だから……じゃ、カッコつかねえっスよね」
「………」
「やっぱ、誰かが傷つく姿は見たくねえんスよ。そんで、できることならみんなに笑顔でいてほしい。──そのために、戦ってるつもりです」
「けっ……俺ぁドルイドンが気に食わねーってだけだわ」
カツキはそう述べたが、ショートの心にはコタロウの日記が甦った。彼らの個性はばらばらで、戦いに臨む姿勢も様々で……それでも、凍てついたコタロウの心を解きほぐすだけのものを持っている。
「そうか、よくわかった」
そう告げて、踵を返す。背を向けるのではなくて。
「余所者の手ぇ借りるつもりはないと言ったのは、撤回する。……悪かった」
「!」
彼らになら、背中を預けてみても良い──確かに、そう思ったのだ。
*
「♪〜」
女王の居室を乗っ取り、我が物顔で歌い続ける女の姿があった。顔かたちは女王本人と瓜二つ……しかしながらその背からは一対の翼が生え、下半身は鳥とも魚ともつかぬ不気味な様相を呈している。彼女が人間でもリュウソウ族でもないことは、その姿から明らかだった。
「いいぞぉ、歌えぇいセイレーンマイナソー!」
横から囃し立てるクレオン。その傍らには、本来の部屋の主が虫の息ともいえる状態で転がっていた。
「へへへっ、どうっすか女王サマ?あんたの分身、なかなか良い声で歌うでしょぉ」
「ッ、うぅ……」
女王もリュウソウ族なだけあって、エネルギーを吸われ続けながらもかろうじて意識を保っていた。自分とよく似た顔かたちの怪物。それが未練ともいうべき激しい感情によって生み出されたものであることを、彼女は知っている。
「こいつの歌でみんなバタンキュー……ぐへへ、今のうちに育ちまくっちまえ、マイナソー!!」
しかし、そうクレオンの目論見通りにはいかないわけで。
『マブシソウル!ピッカリーン!!』
「!?」
クレオンにとっては忌々しい声が響くと同時に、辺り一面が閃光に覆われた。なんだなんだと右往左往しているうちに、傍らを疾風が駆け抜けていく。
「こ、これはデジャブ!?」
「デジャブじゃない、現実だ!!」
光が収まり、視界が戻ってくる──果たして、傍らに横たわっていた女王の姿がない。
「陛下は返してもらった、クレオン!」
「げぇッ、リュウソウジャー!?」
立ちはだかるリュウソウジャー五人──そして、ショート王子。その腕の中に、女王は抱えられていた。
「お母さん、お母さん!」
「……ショート……」
薄く目を開ける女王──レイ。その手が、ショートの頬に触れる。
「ごめん、なさ……あの、マイナソー……私が……」
「大丈夫だ、なんとかする。──みんな」エイジロウたちに呼びかけ、「少し、任せて良いか?お母さんとコタロウを、姉さんに預けてくる」
「!、もちろんス!」
「はっ、全面的に任せろや王子サマぁ!」
「そういうわけにはいかねえ」と大真面目に返し、ショートはふたりを抱えて立ち上がった。細身に見えて、彼も騎士として鍛えあげられた肉体の持ち主であることがわかる。
「すまねえ、頼む」
念を押すようにそう言って、颯爽と去るショート。その背中を横目で見送りつつ、五人は改めて面前の宿敵たちと対峙した。
「あっ、ゴールド行っちゃった……。結局この構図かよ!?」
「安心しろや、今日で最後にしてやっからよォ」
「これ以上、誰も傷つけさせねえ……!──皆、チェンジだ!!」
「「「おう!!」」」
「「「「「──リュウソウチェンジ!!」」」」」
『ケ・ボーン!!』
『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!──リュウ SO COOL!!』
踊る小さな騎士たちが、リュウソウメイルへと変わる。リュウソウ族の少年騎士たちが、正真正銘の英雄へと変身を遂げたのだ。
「勇猛の騎士!リュウソウレッド!!」
「叡智の騎士ッ、リュウソウブルー!!」
「剛健の騎士!リュウソウピンク!」
「疾風の騎士!リュウソウグリーン!!」
「威風の騎士……!リュウソウブラックゥ!!」
──正義に仕える、五本の剣。
「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」
「俺たちの騎士道……見せてやる!!」
「もう見飽きたっつーの!オラ来いや、相手してやるよぉ!!」
歌い続けるセイレーンマイナソーを庇うように、クレオンが前に出る。粘体化を利用して侵入したから、いつものように手駒となるドルン兵を引き連れてはいないのだ。
ならば尚更、このマイナソー発生の元凶を叩き潰す千載一遇のチャンス。鬨の声をあげ、五人は吶喊した。
*
「姉さん!」
ちょうどその頃、ショートは姉であるフユミと合流するところだった。時折耳を押さえるようにしながらも、彼女はまっすぐ駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「私はね、なんとか……咄嗟に耐性魔法をかけたから。お母さんとその子は──」
「……お母さんから、マイナソーが生まれた」
「えっ……」
「侵入してきたドルイドンの仕業だ。……大丈夫、すぐに倒してくる。それまでふたりを頼む」
言うが早いか、立ち上がるショート。その背に、フユミが上ずった声をあげる。
「ショート!……マイナソーだけじゃなくて、ドルイドンもいるんでしょう?あなたこそ、独りで大丈夫なの?」
「………」
「独りじゃねえよ。あいつらも、戦ってる」
「!」
それは母や姉にとって、朗報にほかならないだろう。モサレックスにとってはその逆か。──ならば、自分にとっては。
「……リュウソウチェンジ!」
『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』
それだけは、ともに戦ってみなければわからない。黄金の鎧を纏い、第三王子は戦場に向かって走り出した。
*
リュウソウジャーとクレオンの激闘は、意外にも後者の健闘という形で停滞が続いていた。理由は単純である。
「とぉりゃあッ!!」
斬りかかるリュウソウピンク。その刃を慌ててかわす……と見せかけ、クレオンは自らの身体をぐにゃりと歪ませた。
「ッ!」
ずぶりと刃が吸い込まれるが、手応えはない。それもそのはず、クレオンは斬撃の瞬間に身体を粘液に変え、ダメージを殺しているのだ。それは誰がどのように攻めても変わらない現実だった。
「ッ、やはり駄目か……!」
「あ〜もうっ、腹立つ!」
一斉に斬りかかったり、逆に時間差をつけて攻撃してみたり──色々と試したが、クレオンは危機回避能力においてだけは突出しているようだった。あとはマイナソーを守るくらいで、ほとんど自分からは仕掛けてもこない。
「や〜いや〜い!オレに傷ひとつつけらんないなんて、タンクジョウさまが草葉の陰でキレてんぞぉ〜!」
「クソが、舐めやがって……!」
あえて言うなら、打開策はあった──ここが海の中でなければ。
「くそっ、メラメラソウルなら通用するかも知んねぇのに……!」
エイジロウがディメボルケーノから与えられたメラメラソウルと、カツキが愛用するブットバソウル。火属性を司るそれらなら、液体化したクレオンにも通用するはずだった。しかし魔法で肉体に対する海水の影響が極限まで軽減されていると言っても、フィールドとエレメントの相性までは御しきれない。炎の力は、この戦場においては無に等しいものなのだ。
「それにしても……あいつ、妙だ。時間稼ぎしているような気がする……!」
「時間稼ぎ……だと?何故?」
「わからない……だけど、とにかく一刻も早くマイナソーを倒さないと!」
構えるリュウソウグリーンをせせら笑うように、クレオンは大口を開けた。
「ひゃはははっ!そうはイカがぁ!イカが足に絡みついてくるよぉ!?……だよ!──セイレーンマイナソー、もぉっと腰入れて歌ぇえ!!」
クレオンの熱いシャウトに応え、女王に瓜二つのマイナソーはますますボルテージを上げていく。甲高い声があぶくを生み出し、水を震わせる。
「ッ、ぐ……!?」
それを間近で聴かざるをえない五人は、たちまち身体から力が抜ける感覚に苛まれた。クサソウルの効果を上回るほどのインパクト。
「ぬうぅ……っ、エイジロウくん、もう一度……!」
「ッ、おうよ……!──クサソウル……!!」
『クサソウル!』
再びもわもわと臭気ガスが広がっていく。鼻を喰い破られそうな強烈な刺激に、エイジロウはうめいた。また、彼も。
「うぎゃああああ、臭っせぇぇぇ!!?おまえナニ考えてんだッ、バカじゃねーーーの!?」
「ウオェェェッ」
喚くクレオンに、歌うどころでなく嘔吐くセイレーンマイナソー。敵味方問わず、ダメージは甚大──意図せず自爆攻撃のようになってしまったのだった。
「だぁーもうっ、こうなったら力技だ!いくぞセイレーンマイナソー!!」
「オェ……エ、エンジ、サァン……!!」
臭気の影響で動きの鈍った今がチャンスと、クレオンとマイナソーが向かってくる。歌は止めることができた。しかしその攻撃をやり過ごせなければ、あとがない──!
「死ねぇぇぇ、リュウソウジャー!!!」
「────」
『──強・竜・装!!』
刹那……電光が、二体に襲いかかった。
「ぐへぁ!?」
「キャアァ!?」
悲鳴をあげ、後方に吹き飛ばされる二体。その光景を目の当たりにしたリュウソウジャーの面々は、ほとんど反射的に振り返った。そこには、黄金の鎧を纏う騎士の姿があって。
「──黄昏の騎士、リュウソウゴールド」
「待たせたな、皆」と続けられ、威風の騎士が爆発した。
「待っとらんわッ、半分野郎!!」
「かっちゃんんん……!お願いだからタメ口とそのあだ名はやめて……!」
暴走する彼を抑えるのはいつも疾風の騎士の役目である。相手は衰退したとはいえ一国の王子なのだ、ミネタ男爵に対しては一応──本ッ当に一応ではあるが──弁えていたコーテシーが何故ここでは見せられないのか。相手が同じリュウソウジャーだからというのも、あるかもしれないが。
それに対するショートの反応は、さっぱりしたものだった。
「……半分野郎はあれだが、タメ口は別に良い。あまり恭しくされるの、ほんとは好きじゃねえ」
「えっ、そうなん!?」
「な、なんというか……掴みどころがないな……」
いかにも貴公子らしいのは外見だけか。しかしそのざっくばらんな態度がマイナスになっていないのだから、大したものだと思う。
「よっしゃ!──じゃあ殿下……じゃなくてショート!同時攻撃といこうぜ!」
「わかった」
首肯を受け、カタソウルを竜装するレッド。メラメラソウルが威力を発揮しない以上、やはりこれだ。
「いくぜ……!』
『それ!それ!それ!それ!』
『来る!来る!来る!来る!』
『その調子ィ!!』
『どんと来る!!』
「アンブレイカブル──」
「モサブレード……!モサ──」
「「──ディーノ、スラッシュ!!」」
ふたりの刃がひとつとなりて、獲物めがけて喰らいつく。慌てて飛び退くクレオンだが、セイレーンマイナソーはその動きが一寸遅れた。
そして……斬撃を、その身体に受けたのだ。
「ギャアァァァッ、エンジサァァァァン!!?」
断末魔の悲鳴とともに、マイナソーはあえなく爆散する。女王の姿を模していながら、あまりにあっけない最期。
「……お母さんの姿かたちで、親父の名を呼ぶんじゃねえ」
その事実はむしろ、ショートの怒りを煽るだけなのだった。
「さぁて……あとはおめェだけだ、クレオン!!」
「次は俺らで殺んぞ、デェク!!」
「俺たちもいくぞ、オチャコくん!」
次々と刃を向ける騎士たちに、文字通り孤軍となってしまったクレオンは慄いた。
「や、やべぇ……クレオンピ〜ンチ!」
(でも、そろそろ……)
クレオンは何かを待っていた。──そしてその到来を知らせるように、刹那、宮殿が大きく揺れたのだ。
「ッ!」
「なっなんだ!?」
「キタァ!」
喜ぶクレオン。まさかと思ったそのとき、
『──ショートっ、緊急事態だ!』
「!、モサレックス……!?」
ショートの脳裏に響く、モサレックスの声。彼らは水を通し、互いの念を共有することができるのだ。
「どうした、何があった?」
『弩級マイナソーが攻めてきた……!おそらく、中にガチレウスがいる!!』
「──何!?」
「クレオンめ、仕事が遅い。侵攻計画に遅れが生じてしまったではないか」
顎髭を擦りつつ、酷薄な声でつぶやくガチレウス。──彼が基地とするアスピドケロンマイナソーがいよいよ、海の王国に姿を現していた。
つづく
「玉座は、俺が貰う」
「もう、おまえたちを守護する理由はなくなった」
「モサレックス……俺は、」
次回「深き絆」
「ともに行こう、キシリュウネプチューン!」
今日の敵‹ヴィラン›
セイレーンマイナソー
分類/フェアリー属セイレーン
身長/168cm
体重/87kg
経験値/283
シークレット/美しい歌声で船人を惑わし、喰い殺すと言われる海の魔物"セイレーン"の名をもつマイナソー。人間の上半身は宿主たる海の王国の女王・レイに瓜二つだが、背中から翼が生え、下半身は鳥とも魚類ともつかぬ不気味なかたちをしている。伝説よろしく歌で人々の五感を支配し、幻覚を見せるぞ!また鳴き声の「エンジサン」は、レイ女王の夫の名だとか……。
ひと言メモbyクレオン:女王から生まれたマイナソーのわりにあんま強くなかった!でも良いもんね、その隙にガチレウスさまが侵攻してくる計画だったのさ!!ざまぁーみろリュウソウジャー!!!