海の王国に、最大の危機が訪れていた。
弩級と形容するほかない巨躯の魔獣──アスピドケロンマイナソー。その影が、街を呑み込もうとしている……。
「なんという大きさだ……!私とさえこれほどの差があるとは──」
真っ先に駆けつけた騎士竜、モサレックス。巨大マイナソーとの交戦経験はもちろんあったけれど、そんな彼が鼻白むほどのアスピドケロンマイナソーは、ガチレウスにより操られていた。──かの赤い瞳が、冷酷に歪む。
「騎士竜モサレックスか。アスピドケロンマイナソーの前には、恐るるに足らず!」
「進軍せよ!」──号令を受け、アスピドケロンマイナソーはいよいよ王国領内に侵入した。
「くっ……!たとえ埋められぬ差があろうともッ、首を噛み切ってしまえば!」
小さな島ひとつほどの甲羅から飛び出す頭部めがけ、モサレックスは意を決して突撃する。海中における彼のスピードは、他の追随を許さない。
「ウオォォォォッ!!」
雄叫びをあげ、一挙に距離を詰めていく。肉薄まで、あと少し──!
「無駄なことを」
冷たく言い放つガチレウス。刹那、アスピドケロンマイナソーがくわっと大口を開け──
周囲の海水を蒸発させるほどの熱球を、連続して放った。
「何!?──ッ、」
思わぬ攻撃に焦るモサレックスだが、身体を魚のようにくねらせることでかろうじて直撃を避けた。しかし水中にあってもかき消されぬほどの高温の熱球は海流にまで影響を及ぼす。モサレックスの身体は、海底めがけて押し流されていく。
「なっ……どうなっているんだ、これは!?」
「攻撃の手を緩めるな、アスピドケロンマイナソー」
ガチレウスの指示には容赦がなかった。モサレックスが海底に叩きつけられたところで、さらなる火球が襲いかかってくる。
「ぐ、おぉぉぉぉ……ッ!」
尻尾を振り上げてボディへの直撃を懸命に防ぐモサレックスだが、それとて生身である。灼熱が身を焦がし、彼は苦痛に呻くほかない。
そこに、
「モサレックス!!」
「!」
海中に響く相棒のやや高い声。直接脳に語りかけるものではない、明確に空気を震わせたそれに、モサレックスは振り向いた。
「な……」
果たして、そこには確かに相棒の姿があった。しかし駆け寄ってくるその背後に、色と
「ショート……!何故、陸のリュウソウ族とともにいる!?」
「ッ、今はそんなこと、言ってる場合じゃねえだろう!」
アスピドケロンマイナソーが迫ってくるこの危機的状況、確かにショートの反論は正しかった。しかしモサレックスにとって、それだけはどうしても看過できないことだったのだ。
「言ったはずだ!!陸のリュウソウ族は敵なのだ……!今この瞬間、おまえの背に斬りつけるかもしれないんだぞ!何故それがわからない!?」
「俺は!!……こいつらと話をして、一緒に戦って、どうしてもそんなふうには思えねえ!だからモサレックス、今だけでも──!」
「断る!!」
「モサレックス!!」
ショートにはわかった。わかってしまった。言葉を尽くしたところで、モサレックスの心は変わらない。150年と少ししか生きていない自分では、6,500万年の時の記憶に抗うことなどできはしないのだ。
「──ならよォ、」
ショート──ゴールドを押しのけるようにして前に出たのは、漆黒の鎧を纏った騎士だった。
「てめェの背後にいなきゃ良いんだろ」
「!」
「元々嫌ぇなんだわ、他人の後ろにいンのは」
そして、彼らも。
「そう言うと思ったぜ、カツキ!」
「珍しく意見が合うじゃないか、カツキくん!」
「私も!どうせあんなでかぶつに魔法、通じひんし!」
「ふふ……やっぱりかっちゃんは、そうでなくっちゃね」
五人の竜装騎士たちが、前面に立つ。とはいえ相手は島と見まごうほどの超巨大マイナソー。彼らの剣が直接通用するはずもない。
「ティラミーゴ、皆!来られるか!?」
ショートとモサレックスのように、いわゆるテレパシーのようなつながりはないけれど。リュウソウチェンジャーを通じ、その声は厩舎に閉じ込められた騎士竜たちに届いた。
「いま、むかう、ティラ〜!!」
ぐぐぐっと全身に力を込めたティラミーゴたちが、彼らを繋ぐ鎖を引きちぎっていく。一応は拘束、という体なのだろうが、女王陛下があまり乗り気でなかったことが幸いした。
「ティラアァァ!!」
そしてティラミーゴを筆頭に、六体の騎士竜の群れが外へ飛び出した。彼らの疾走が、海流を大きくかき乱す。
「っし……ファイブナイツでいくぞ!悪ィけどディメボルケーノはフォローしてくれ!!」
「良かろう、見せ場は譲ってやる!」
──竜装合体!!
ティラミーゴがキシリュウオーへと姿を変えたかと思うと、赤一色のそのボディを他の騎士竜たちが覆っていく。あるものは鎧に、あるものは兜に、またあるものは矛となって。そして左手には、分離したティラミーゴの頭部がそのまま接続された。
「「「「「キシリュウオー、ファイブナイツ!!」」」」」
その名と姿を得た鋼鉄の竜騎士は、勢いよく跳躍することでアスピドケロンマイナソーとの距離を詰めていく。無論黙ってそれを受け入れるような相手ではなく、歓迎代わりの火球が次々と襲いかかってきた。
「ッ!」
ティラミーゴの頭部を盾代わりにして──構図でみれば凄まじく残酷な光景だが──防ぐが、コックピットともいえる体内には強烈な振動が襲ってくる。それでもファイブナイツの高い馬力にまかせ、彼らは吶喊を続けた。
「あの巨体相手にちまちまやっても駄目だ、ラッシュで決めよう!!」
イズクの声が皆に共有される。穏和にみえる彼だが、カツキ以上にがさつというか、果断なときも多く見受けられる。とはいえ、今はそれしかないというのも道理だった。
「オーケーいくぜっ!!──キシリュウオー、」
──ファイナルキャノン!!
胸の砲口から最大火力の砲を放つ。火球ひとつひとつなど目でないほどの膨大なエネルギーの珠がマイナソーの胸あたりに直撃し、ひときわ大きな爆発を起こした。
「やった!」
「まだ足んねえわ!!」
同等のスケールの標的なら全身呑み込んでしまう火砲である。しかし砲どころか爆炎にもマイナソーは呑まれきっていない。それでも相手がダメージによって動きを鈍らせているうちに、もう一撃を叩き込めば!
「ファイブナイツ──」
「「「「「──アルティメット、スラァァッシュ!!!」」」」」
ファイブナイツと並ぶようにして、四体のキシリュウオー──トリケーン、アンキローゼ、タイガランス、ミルニードルを主軸としたそれぞれの形態──の幻影が現れる。それらは幻でありながら幻でない、いわばエネルギーの塊である。
それらが一斉に、刃を振り下ろした。
「ギィエェェェッ!!!」
アスピドケロンマイナソーが耳を劈くような悲鳴をあげ、墜落していく。半ば遺跡のような古びた建造物を破壊し、大量の砂塵が巻き上がった。
「やったか……!?」
「──貴様ら、街を壊したな!?」
「ア゛ァ!!?なんか言ったかトカゲ野郎!!」
「かっちゃん抑えて本当に!」
「やめろモサレックス!それより、俺たちも──」
モサレックスに端を発した小競り合いのために、彼らは"それ"に気づくのが遅れた。
──砂塵の中から無数の火球が飛び出してきて、一同はようやくマイナソーの健在を悟ったのだ。
「な……うわぁああああ!!?」
鈍重なファイブナイツでは、攻撃が放たれてからでは回避が間に合うはずもなく。刹那、火球の直撃を受け、彼らは大きく吹き飛ばされた。
「皆!……くっ、モサレックス頼む!」
「………」
「どうした、モサレックス!?」
モサレックスは既にダメージから立ち直っていた。それでも立ち上がろうとしないのは……ひとえに、彼自身の意志で。
「……ショートよ。おまえまで、こうも容易く絆されてしまうのだな」
「何を言って……」
「──もう、おまえたちを守護する理由はなくなった」
「……!?」
刹那──ゴールドの竜装が、解かれた。
生身を晒したショートは、困惑と焦燥に満ちたオッドアイをモサレックスに向けた。かの赤い瞳は冷たく光り、もはや相棒だった少年に向けられることはない。
「モサ、レックス……」
長らくともに過ごしていたからこそわかる、モサレックスは本気だと。物心ついた頃から紡いできた絆は、今この瞬間に途切れてしまった──
「──この、愚か者めがぁあああ!!」
そのとき響いたのは、他ならぬディメボルケーノの声だった。水をかき分けるようにして彼は走る、走る──己より遥かに巨躯の敵めがけて、躊躇なく。
「!、ディメボルケーノ……!」
「だから貴様は愚かだというのだ
「何を……!陸に与した貴様に、何がわかる!?」
その激しいやりとり、二体は旧知の間柄であるようだった。しかし言葉の通り、彼らは道を違えてしまった。
モサレックスの詰問には答えず、ディメボルケーノはついに接敵した。海中で炎が通じないことはわかっている、ならば直接急所を打つしかない──!
「無駄だ」
無駄のない、ガチレウスの冷たい言葉が響く。それと同時にアスピドケロンマイナソーが旋回し、
「──ぐわぁああああッ!!?」
太く長大な尻尾が、モサレックスの背に叩きつけられた。その威力の前では、彼の重量など綿毛のようなものにすぎない。彼もまた海底へ叩きつけられ、分厚い岩盤を大きく凹ませたのだった。
「ディメ、ボルケーノ……!」
駄目だ、彼一体で通用するはずがない。やはりファイブナイツの力でなければ、アスピドケロンマイナソーを倒すことはできない……!
「ティラミーゴ、皆……もう一度だ……!」
相棒たちを叱咤し、立ち上がらせる。もう一度ファイナルキャノンを撃てば、エネルギーをすべて失ってファイブナイツは瓦解するかもしれない。それでも倒せなければ、敗北は確定する。──すなわち、死。
しかしガチレウスは、それさえも許さなかった。
「終わりだ」
刹那──アスピドケロンマイナソーが、ひときわ巨大な火球を放った。
「──!」
ファイブナイツにもはや、そこから退くだけの力は残されていなかった。彼ら……そしてショートもモサレックスも、純白の閃光に呑み込まれていく。
そうして閃光が晴れたときにはもう、そこには瓦礫の山が広がるばかり。キシリュウオーもモサレックスも……当然ショートの姿も、そこにはなかった。
「これで邪魔なリュウソウジャーと騎士竜どもは、すべて始末した」
ただ、事実を確認するかのような言葉。それとともに、アスピドケロンマイナソーは再び"進軍"を開始した。騎士竜たちが瓦礫の下に消えた以上、その巨躯を止めうる者など存在しない。
そして、
「玉座は、俺が貰う」
宣言とともに、ガチレウスはドルン兵を率いて宮殿に入った。わずかな近衛兵たちが最後の足掻きを試みるが、質・量ともに勝るドルイドンの軍団を止められるはずがない。ガチレウス自身が手を下すまでもなく蹴散らされ、奥深くへの侵入を許してしまう。
そうして誰もいない謁見の間に到達したガチレウスは、なんの躊躇もなく玉座に腰掛けた。その両脇に、他と異なる蒼い体色のドルン兵が控える。残る者たちが一斉に跪いたところで、「ガチレウスさまぁ〜!」と少年のような声が響いた。
「リュウソウジャー討伐おめでとうございやすっ!流石はガチレウスさま、ユーアーナンバーワンっ!」
「貴様は何をしていた?」
「ふへっ?」
なんの修飾もない問いに、ドルン兵たちよろしく跪こうとしていたクレオンは間抜けな声を発した。
「ここで何をしていたのかと訊いている」
「何ってそりゃあ、女王からマイナソー生み出して──」
「何故兵たちが健在だった?奴らからもマイナソーを生み出しておけば邪魔されることもなく、戦力も増やすことができたではないか」
「えっ……いやそりゃそうっスけど、マイナソー生み出すのって結構大変で──はっ!?」
そのとき、クレオンの脳裏にある記憶が甦った。かつて自分やガチレウスがこの星に来る前、別の星の攻略を進めていたときのこと。
──三日以内にマイナソーを五百体生み出せ。
その無体にも程がある発注……否、命令を、愚直にもクレオンはこなそうとした。結果体内の粘液が尽き、ミイラ同然の状態になってしまったのだ。あのときの苦しみ、思い出すだけでのたうち回りたくなる──ゆえに、封じていた記憶だった。
(あああああああああ!!!)
このままではまた同じことをさせられる!なんとか話を逸らさねばと思い、クレオンは慌てて口を開いた。
「そっそうだ!その女王に、正式に降伏を宣言させなきゃですね!今連れてきや〜〜す!!」
ドルン兵のうち自らの手勢を率い、謁見の間を飛び出していくクレオンなのだった。