ともに切磋琢磨しあい、エイジロウたち三人は騎士になった。とはいえ幼少期から親しかったかといえば必ずしもそうではない。何せ住んでいる場所も離れていたし、性格も環境もそれぞれ異なるのだ。むろん小さな村の中なので、いちおう友人関係と言える程度の交流はあったが。
つまり今のように、テンヤとオチャコが帰路を同道するというのは自然なことではないのだ。
「あのさーテンヤくん、送ってもらわんくても大丈夫だよ?私だって騎士やし、そもそも他の騎士さんたちがその辺おるし……」
「俺の個人的な信条に基づく行動だ、気にしないでくれ!迷惑だったら申し訳ないが!」
迷惑なんてことはない、オチャコとしても話し相手がいるほうがありがたいので。ただなんというか、兄に比べて彼は杓子定規というか、有り体に言って融通がきかないなあと思うのだった。
「今日はなんか、すごい一日やったねえ。騎士になっていきなりドルイドンと戦って、今度は、伝説のリュウソウジャーになって……」
「そうだな、正直まだ現実感がないくらいだ。だが──」
そこで言葉を切ったテンヤ。オチャコより頭ひとつぶん高いところにあるその顔は、複雑な感情に支配されていた。
「なぜ、僕らが選ばれたんだ?」
「……テンヤくん?」
「光栄なこととわかってはいるんだ。しかしそうであればこそ、兄さんたちが選ばれるべきだったのではないかと……そう思えてならない」
「………」
「オチャコくん、きみはどう思う?」
回答を求められたオチャコだったが、それを果たすより先に自邸が見えてきてしまった。もとより帰宅に付随した会話であって、テンヤとしても引き止めてまで返答させるつもりはなかった。
「すまない、別れ際に妙なことを聞いてしまった。ではゆっくり休んでくれ、おやすみ!」
「う、うん……おやすみ」
一転して爽やかな笑みを浮かべると、踵を返して去っていく。生真面目、中には偏屈だ石頭だと陰口を叩かれることもある少年だが、騎士に必要不可欠な慈悲の心は人一倍強くもっている。それゆえに、思い悩むことも多いのだ。
むろんそれは、オチャコも同じなのだが。
「──おっ、おかえりオチャコ!」
玄関に入るなり、生まれつきの大きな声で出迎えてくれたのは他でもない父だった。"村一番の大工"の称号にふさわしいがっちりした体躯に、よく日焼けした顔に朗らかな笑みを張りつけている。どちらかというと母親似のオチャコであるが、ふとした瞬間に自分と同じ血が流れていることを感じさせられる。まさしく今がそうだった。
「ただいま、父ちゃん。帰ってたんや」
「まあ、長老から家にこもってろって言われてしもうたからな。戦いで壊れた家があるわけでもないから、すぐやらなあかん仕事もないし」
「それより聞いたで」と、父が目を輝かせる。
「オチャコ、伝説の騎士竜に選ばれたんやろ?確か──」
「リュウソウジャー?」
「そう!すごいやないか。奥さんがマスターで娘がリュウソウジャーなんて、父ちゃん鼻が高いわ!」
「……そう、かな」
「?、オチャコ?」
意図した以上に沈んだ声になってしまった。父に要らぬ気遣いをさせてはと、オチャコは努めて笑顔を浮かべた。
「ううんなんでもない!それよりお腹すいたなぁ」
「おう。きょうは父ちゃん、腕にヨリかけてごちそう作ったからな!オチャコの大好きなお餅も焼いたで」
「ホンマ!?ありがとう父ちゃん!」
*
「着いたぜ、ここが俺んち」
エイジロウの申告に、少年はさしたる感慨を抱くこともなかった。彼が自宅と言った建物はここまで来る最中、何度も見たつくりの古い平屋だったので。
それより当面の問題は、己の足が久しく地面に付着していないことだった。
「……あの、もう降ろしてもらえませんか……」
「……逃げねえ?」
「ここまで来て逃げるほど馬鹿じゃないです……」
正直言って疑わしい気持ちはあったものの、エイジロウは少年を降ろした。ほう、と息をついた少年は、しきりに胸のあたりをさすっている。腕が食い込んで痛かったのだろう、少しばかり申し訳ない気持ちになる。
「ほら、入れよ。大したもんはねえけど」
「……おじゃまします」
果たして玄関に足を踏み入れるふたり。真っ暗な室内はひんやりした空気で彼らを出迎えた。エイジロウはすっかり慣れた様子で松明に火をくべると、そのまま部屋の片隅にある小さな祭壇に目を向けた。
「ただいま親父、おふくろ」
「!」
少年は息を呑んだ。そこにおよそ彼の両親と呼べるものが存在しようはずもない。ただ、冷たい石の塊がふたつ、そこにあった。人の名と思しき文字列が刻まれたそれらが何かわからないほど、少年は無知でも愚昧でもない。
「あの……ご両親は……」
「あぁ……悪ィ、話してなかったな」
「ふたりとも、死んでんだ」と、あっけらかんとした表情で告げるエイジロウ。何事でもないかのようなその表情を目の当たりにして、少年は思わず息を呑んだ。
「……どうして、」
「なんで死んだかって?おふくろは俺を産んで……親父は、やっぱり騎士でさ。遠征に出て、ドルイドンにやられた」
父は生前、常々言っていた。「漢は背中に傷を受けてはならん。唯一例外があるとすれば、それは守るべきものを腕に抱いたときだ」と。
果たしてその言葉通り、彼は子供を抱え込んで守り、背中を斬られて死んだ。
「それからは、ずっと独りで暮らしてるんですか……?」
「おう。っつっても狭ぇ村だし、周りの人に色々助けてもらってるけどな。騎士に……それも伝説のリュウソウジャーになったからには、その恩返しができたらって思ってる」
「……そんなの、」
「ん?」
「そんなの、ただの自己満足だ……!」
少年の拳に、力がこもる。エイジロウは困惑した。己の雄心を自己満足と切って捨てられたことより、その声音に表情に。
「
それは怒りというにはあまりに佗しく、嘆きというにはあまりに烈しい言の葉だった。変声期も迎えていないような少年が、おそらくはその痩せた腹のうちに抱え込んでいたであろうもの。
「おめェ……」
二の句が継げなくなったエイジロウ。ややあって、彼はようやく口を開き──
「──名前は?」
「……は?」
つい今までやりきれない表情を浮かべた少年の目が、点になるのをエイジロウは見た。唐突にも程があることは自覚している。
「それ……今訊くこと?」
「いやぁ、自分の名前も知らねー相手にどうのこうの言われたくねえかなーって思ってよ。今さらだけど」
「………」
毒気を抜かれた様子の少年は、ため息混じりに「コタロウです」と名乗った。
「コタロウか。俺、エイジロウってんだ。ちょっと似てるな、へへっ。あ、ちなみにマスターレッドもタイシロウさんって言うんだぜ!なんか三兄弟みてぇだよな!」
「……順番があべこべじゃないですか?」
渋々突っ込みを入れると、「確かにな!」とエイジロウは笑う。──同じ顔をしていると、思った。
「コタロウも、親を亡くしたのか?」
「……ええ。母が、勇者だったので」
名ある勇者だった母はコタロウを故郷の親戚に預けて、一年のほとんどを戦いの旅に費やしていた。彼女は人々を守るために戦い、そして死んだ。偉大な英雄だったと、母を知る者はみな褒めたたえてくれる。
でも、それがどうしたというのだ。世界は何も変わらない。コタロウは独りぼっちになった。それが死した勇者がもたらしたモノだ。
「そう、か。おふくろさんが亡くなったあとは、どうしてたんだ?」
「親戚のところにいました。でも……誰も、僕の気持ちなんてわかってくれないから……」
母を名誉ある英雄だと称え浮かれる彼らは、コタロウ少年の心を理解するどころか察することさえなかった。嫌気が差し、彼は家どころか街を飛び出したのだ。そこでドルイドンに目をつけられてしまい、今に至るのだけれど。
「……ご心配なく。この辺りのドルイドンがいなくなったら、帰りますから」
「コタロウ……、──そうだな。そうしたほうがいい」肯きつつ、「でも、それまではここにいろよ。そんで、言いたいこと好きなだけ吐き出せ。俺、気の利いたことは言えねえけど……ハナシ聞くくらいなら、できるから」
「どうして、そんなこと……」
「俺も、そういう気持ちがなかったわけじゃないから。なんて……結局親父の背中追っかけて騎士になったヤツが言っても、説得力ねえかもしれねーけどさ」
困ったように微笑むエイジロウを、コタロウは注意深く観察した。輝きに満ちた緋色の瞳には、かすかな哀しみが顔を覗かせている。──少なくともむやみな共感でないことは、確信できた。
「さてと!」ぱんと手を叩き、「メシにしようぜ。何が良い……ってまあ、パンと干し肉しかねえんだけどな」
男やもめの哀しい宿命である。──と、不意に玄関の戸が外から開け放たれた。
「よーっす、エイちゃん!」
「トモナリ、ケント!どうしたんだよ、こんな時間に?」
「おまえが伝説のリュウソウジャーになって怪物を倒したって聞いて、お祝いに来たんだよ。メシも持ってきたぜ」
「マジか、サンキューなぁ!あっ、紹介するぜコタロウ。こいつら俺のダチで、トモナリとケント」
小柄だががっちりした体格の少年と、ひょろりと背の高い少年。対照的なふたりだが、浮かべた人懐こい笑顔は兄弟のようによく似ている。あるいは、エイジロウとも。
「おまえがエイジロウの拾ってきたっていう人間の子供かぁ」
「長老たちは掟がどーこーでうるさいけど、気にせずゆっくりしてけよ」
「あ、ありがとうございます……」
遠慮がちに礼を述べるコタロウだが、既に友人たちは馬鹿騒ぎの態勢になっていた。主を迎える者のいない冷たい部屋は、あっという間にそのボルテージを上げていく。──エイジロウがコタロウの無念を共有しながらも騎士を志した理由は、きっとそこにあった。
*
父のつくったごちそうを完食したあと、オチャコは自室の露台で涼んでいた。
「はぁ……また食べすぎちゃった」
この少女らしからぬ大食いもまた、オチャコの抱えるコンプレックスのひとつであった。とはいえ結局食欲が勝ってしまうあたり、悩みの程度も知れるというものだが。
彼女が今、真に思い悩んでいるのはそんなことではなかった。ぐるぐる考え、結論が出ないまま終わってはまた悩む。その繰り返し。つまるところ、考えれば解決するというものではないということだった。
「はー……」
もう一度深々と、ため息を吐き出したときだった。
「オチャコ〜」
「!?」
頭上から響く声に慌てて顔を上げる。と、そこには箒に跨った魔女の姿があった。
「お、お母ちゃん……!?」
「ただいま」
そう言って、母はにっこりと笑った。
「──お仕事、ええの?うちの団の人たち、みんな結界の張り直しがんばってるんじゃ……」
「そうやねぇ。ちょっと休憩したら私も行くわ」
そう返す母の視線は、オチャコの左手首あたりに注がれている。そこにリュウソウブレス──リュウソウジャーたる証が巻かれているのを思い出して、オチャコは慌てて左手を引っ込めた。
「どうして隠すん?もっと見せてよ」
「………」
「オチャコ?」
「私、魔導士にならなくてええんかな……?」
それは選ばれてよりずっと、胸のうちで燻っていた感情だった。偉大な魔導士であるマスターピンクを母にもちながら、魔法より腕力に秀でた自分。それでも魔法の腕を磨いてピンクソーサラーズの一員に選ばれたけれど、運命は自分を別の道へ進ませようとしている。
「オチャコは、どうしたいん?」
「私は……」
自らの中に、模糊とした回答はある。しかしそれが進むべき道と確信できないから、オチャコは悩み続けているのだ。
「じゃあ、お母ちゃんの考えを言っていい?」
「……うん」
一瞬の沈黙があって、
「お母ちゃんね、オチャコは無理に魔導士になることないと思う」
「え……」
「もちろん、オチャコがなりたい言うんなら応援するし、マスターとしてできることは全部やるけどね。でもオチャコはお父ちゃんに似て力持ちやし、剣の腕も良いし、エイジロウくんたちと一緒にリュウソウジャーやったらえらい化けると思うんよ」
「お母ちゃん……」
「だから、オチャコの本当にやりたいことをしなさい」──母の言葉は即座に結論を導き出すものではなかったけれども、間違いなくオチャコの心に楔を打ったのだった。
*
オチャコとは形が違えど、同じくリュウソウジャーに選ばれたことについて思い悩むテンヤ。彼は独り、リュウソウケンを一心不乱に振り続けていた。
(迷っている場合ではない……!自身の器がどうあれ、僕は選ばれたんだ!)
「ならば、死力を尽くさなければッ!!」
そのために鍛え上げてきた身体は、既に兄にも負けぬくらい逞しいものとなっている。同年代はおろか年長の騎士たちからも時折憧憬の目を向けられるテンヤ少年だが、とうの本人にはその自覚がない。
*
そうして夜が深まりつつあった頃、クレオンは依頼主であるドルイドンのもとへ舞い戻っていた。"依頼のブツ"を引き連れて。
「お待たせしやした、タンクジョウさまぁ」
「やっと来たか。……それが次のタマか?」
雛のように、と形容するにはあまりに禍々しい姿でクレオンに付き随う怪物を、タンクジョウは胡乱な目で見た。結果的に尖兵となってしまったドラゴンマイナソーと比べてあまりに小さい。と言っても、人間と同等程度がスタンダードであるのだが。
「生まれたてホヤホヤのゴーゴンマイナソーちゃんでっす!こいつのチカラなら、リュウソウジャーだってイチコロでっす!!」
「……まあ良い。報酬だ、納めろ」
約束通り相場の倍の金貨を受け取り、「毎度ありっ!!」と小躍りするクレオン。そんな彼の姿を……タンクジョウはもう、目に入れてはいなかった。
「滅びの時だ……リュウソウ族!」
秒読みが、終わろうとしていた。