閑寂の中にあった"その場所"に──この日、ドルイドンの種族旗が掲げられた。
「HA☆HA☆HA☆HA!今日からここは、私の貸切……再びこの地を、私色に染め上げてやるでショータァイム!!」
「よっ、ワイズルーさま!」
酷薄なるエンタティナー・ワイズルー、そしてすっかり彼のお供が板についた宇宙人?・クレオン。
祝杯をあげる彼らは、その間隙を縫って逃げ出す少年の存在に気がつかなかった。
(誰か、誰か救けて……!──勇者さま……!)
*
騎士竜モサレックスの背に乗り、南に向かって海底航行を続けてきたリュウソウジャーの面々。
ついに彼らは、南の大地へと上陸したのだった。
「うおぉッ、陸だぁーーッ!!」
「ティラ〜っ!!」
黄金色に輝く砂浜から跳び上がるようにして、叫ぶエイジロウとティラミーゴ。続く仲間たちは一様に微笑ましげな表情を浮かべている。そうでない者もいるが。
「現金ですね。この前は"海だぁーーッ"ってはしゃいでたのに」
「まあ、気持ちはわかるよ。三日ぶりの太陽だもんね」
海底にも太陽光は降りそそぐが、光量は地上と比べるべくもない。太陽の下で元気になる男エイジロウ、実に単純である。
「ショートくんはどうですかっ、初めて陸に来てみて?」
「……眩しい。あと、身体がやたら軽い感じがする」
「でも、悪くねえな」──そう言って微笑むショートの顔を目の前で見てしまった結果、オチャコは思わず胸を押さえた。
「ど、どうした?大丈夫か?」
「か、顔が……良すぎる……!」
「??」
困惑するショートであった。
『──チーサソウル!ミニミニッ!!』
気を取り直したオチャコが、モサレックスめがけてチーサソウルを発動させる。みるみる縮んでいく黄金の魚体。
そして、
「からの〜……ほいっ!」
ちょっとした魔法を使い、海水の一部を球状に変えてミニモサレックスの周囲を覆わせた。
「よし、これでオーケー!どう、モサレックス?」
「ふぅむ……悪くない」
「ありがとな、オチャコ」
「どーいたしましてっ!──じゃ、早速出発する感じ?」
「その前に、ここはどの辺りなんだ?見たところ、近くに街はないようだが……」
テンヤの疑問を受けて、イズクが地図を広げる。彼らが上陸予定だったのはオウスという、南の大地における最大級の港湾都市なのだが。
「周辺の雰囲気から言って……たぶん、この辺りじゃないかな」
「ム……予定よりだいぶ、東に上陸してしまったようだな」
海底では正確な方角も判然としないのだから、無理もない。それに、この周辺にも小さいが人里はある。住人たちがドルイドンの脅威に晒されていないか、見て回ることも大切な役割だ。
「そうそう!この辺りには、"良いトコロ"もあるんだ」
「良いトコロとは?」
「それは行ってみてのお楽しみ!ね、かっちゃん?」
「あ゛?……おー」
エイジロウたちは瞠目した。あのカツキが、生返事とはいえ肯定を返すとは!
「じゃ、まずはそこに向かってみっか!イズク、カツキ、案内してくれるか?」
「もちろん!」
「知るか、勝手についてこいや」
イズクとカツキを先頭にして、一行は歩き出す。カツキさえも認める"良いトコロ"、果たしてどんな場所なのだろう。皆、胸を躍らせていた。
──のだが、
「な、な……」
「なんなん、これぇぇ──!?」
オチャコの悲鳴じみた声が、辺り一帯に響き渡る。
「地面が、柔けぇ!」
「あ、歩くたびに沈むんだが……!?」
軽装のエイジロウなどはまだしも、元々の体重が重いうえ鎧を身につけたテンヤなどは完全に足が埋まってしまう。──そう、砂浜の先には湿地帯が広がっていたのだ。
「この辺りの土は……沼地の湿気を、含んでるから……っ!この通りっ、ドロドロ、なんだ……!」
四苦八苦しながらのイズクの説明。原理はわかったが、正直なんの解決にもなっていない。
「……こんなんじゃ、街につくまで何ヶ月かかるやら」
「なぁ。リュウソウル使って、どうにかできねぇのか?」
「!、それだ!」
「えーっと確か……」とつぶやきつつ、荷物を漁るエイジロウ。そして、
「あった!よし、こいつで……──カワキソウル!」
『カワキソウル!カッピカピ!』
チャージしたソウルのエネルギーを、刃を通して地面に送り込む。──すると、周囲の地面が急速に水分を失って乾いていくではないか。
「おおっ、ダイノ古代遺跡群で見つけたリュウソウルか!」
「おうよ!へへっ、やっぱどんなソウルにも使いどきがあるもんだな」
「そうだね、流石エイジロウくん。僕も思いつかなかったよ」
「そ、それほどでもねえぜ……エヘヘ」
「赤くなんなや、きめェ」
ともあれ、失われた水分もすぐに沼地から流れ込んでくる。元の木阿弥に戻ってしまう前にと、一行は再び歩き出した。
──のだが、今度は。
「お」
いきなり気の抜けるような声を発したかと思うと、ショートがよりによってコタロウの背後に隠れるように飛び退いた。
「……何してるんですか?」
「変なのが」
「変なの?……ああ」
ショートの言う"変なの"を地面から拾い上げて、コタロウは言った──「カエルじゃないですか」
「かえる……?」
「うむ、川や沼地などの水辺に生息する生き物だな。四肢があって、水中でも陸上でも活動できるのが特徴的だ!ただし幼体はオタマジャクシと言って、魚と同様水中でしか生活できないぞ!」
叡智の騎士による解説に目を瞠りつつ、ショートは恐る恐るカエルなる生き物に手を差し伸べた。すると軽やかな跳躍とともに指にくっついてきて、またしても驚かされたのだが。
「おまえも水陸両用なのか。……仲間だな、俺たち」
「ぶっ」
心底から同感を抱いたような口調でショートが言うものだから、エイジロウとオチャコ、そしてイズクは思わず噴き出しそうになった。カツキは相変わらずの仏頂面、コタロウは「なに言ってんだこの人」と言いたげな表情である。唯一テンヤだけは、
「おお、考えてみると確かにそうだな!」
こんな調子である。王子と単なる名家──リュウソウ族基準で──の出という違いはあれ、お坊ちゃんコンビは揃って天然の騎士でもあった。
「こ、この辺はカエルがいっぱいいるから。湿地帯だし」取り繕うように、イズク。「これから行くところも──」
微笑ましい時間はそこまでだった。カエルの合唱が響くばかりだった一帯に、響くかすかな声。五感の鋭いリュウソウ族の少年たちには、それが何と叫んでいるか捉えるのはわけもないことで。
誰が指示を出すまでもなく、エイジロウたちは走り出した。ともに最後列にいたショートだけはコタロウを気遣ったが、それは不要だと押し返す。勇者だった母のことを吹っ切ろうとしている少年にとって、彼らの行動の支障になることだけは避けたかったのだ。
少年といえば、救援を乞い走っているのもまた少年だった。イズクのそれより深い緑の滑らかな頭髪が揺れ、周囲に生息するカエルの遺伝子を引き継いだかのような顔立ちが疲労と戦慄に歪む。背後からは、「ドル、ドル」という耳障りな声が確実に迫ってくる。
「……ッ」
息が上がる。このままでは早晩追いつかれ、再び捕らわれるか最悪その場で殺されるだろう。救けを求める声をあげたが、近くに人がいるかどうかすら怪しい。まして勇者でもなければ、我が身を重んじて聞こえぬふりを決め込むかもしれない。少年の心を、絶望の霧が覆いつつあった。
そこに、
「ハヤソウル!!」
「ブットバソウルッ!!」
例のごとくスピードには長けているイズクと、久々にブットバソウルが使えるということで張り切るカツキが先行した。一寸遅れて、スピードでは負けたくないというテンヤが続く。
彼らがドルン兵たちに斬りかかったところで、呆気にとられた少年をエイジロウとオチャコが保護した。
「きみ、怪我ない!?」
「もう大丈夫だ、俺らにまかせろ!」
笑顔を浮かべて励ますと、ふたりも前線に出ていく。「俺がこの子の傍にいるから」──飛び道具をもつショートがそう言ってくれたことで、彼らも遠慮する必要がなくなったのだ。
彼らの鋭い身のこなしと剣を前に、子供を甚振るつもりでいたドルン兵たちはばたばたと薙ぎ倒されていく。エイジロウたちにしても、この程度の戦いなら竜装するまでもないものだった。もとより村の騎士たちは、物量の差もあるとはいえ、リュウソウケンとリュウソウルのみでドルン兵ばかりかマイナソーをも倒してきたのだから。
敵の数が十に満たないこともあって、戦闘は五分とかからなかった。終わる頃にはコタロウも追いついてきて、状況を整理する余裕が生まれる。
「……大丈夫?」
コタロウがおずおずと声をかけると、俯き加減でしゃがみこんでいた少年はやおら顔を上げた。それを見て、イズクが「あっ」と声をあげる。
「きみ……サミダレくんじゃないか!」
「ケロ……お久しぶりです。イズクさん、カツキさん」
「なんだ、知り合いなのか?」
訊くエイジロウに対し、カツキから返ってきた答は「見りゃわかんだろ」。それはその通りだが、ものごとには順序というものがある。
「これから行こうとしてた場所の、息子さんなんだ」イズクが代わりに答え、「それで……どうしてドルイドンに追われていたの?」
このサミダレという変わった名前の少年が何をどこまで知っているか、エイジロウたちにはわからない。ゆえに口出しせず様子を見守っていると、カエルに似た──やや人間離れしているが愛らしい──顔立ちが、一気に紅潮した。
「お願いしますッ、姉さんを……みんなを、救けて……!!」
*
順を追って説明しよう。
まずイズクたちが"良いトコロ"と称した目的地は、沼地の奥深くにある温泉だった。サミダレ少年は、そこで宿を営む一家の長男である。数ヶ月前、この地を訪れたイズクとカツキはそこに宿泊し、知縁が生まれたのだという。
そして彼がドルン兵に追われていたのは、たった半日ほど前の出来事に起因していた。
「昨夜のことでした。突然、ショータイムショータイム言ってる変なドルイドンが宿に押し入ってきて──」
(……ワイズルーか)
わずかな時間対峙しただけのショートでさえ勘づくのだから、かのドルイドンの癖の強さも知れたものである。
閑話休題。
「僕ら、精一杯抵抗したけど……敵わなかった。みんな捕まって、あいつらのために働かされて……姉さんは──」
「!、ツユちゃん、どうしたの?」
「ッ、ドルイドンにくっついてた、緑色のキノコみたいなヤツに、何か飲まされて……」
「──マイナソーが生まれたんだな?」
先んじたカツキの言葉に、サミダレ少年は握り拳を震わせて頷いた。彼はその光景を目撃していたのだ、それでいて姉を救けることもできなかった。手を伸ばせば届く場所にいたのに、何もできなかった──その悔しさは、痛いほどよく伝わってくる。
「大丈夫だよ、サミダレくん」
だからこそ穏やかな声で、イズクはそう告げた。
「ツユちゃんも他のみんなも、僕たちが必ず救け出してみせる」
「!、でも……相手はドルイドンで……」
やはりサミダレ少年、リュウソウジャーのことを知らなかったらしい。だから救けを求めてはみたものの、冷静になってみるとそれが如何に困難なことか思い至ったのだろう。常人で、ドルイドンに正面切って挑んで生きて帰ったものはいないのだから。
「心配ねえって!そのドルイドンなら、一回マグマん中に突き落としてやったからな!」
「えっ……」
「うむ、俺たちの使命はドルイドン退治だ。任せてくれ!」
「実際、この前もガチレウスを倒したしな」
この、姉と歳も変わらないだろう人たちが?サミダレが疑問を抱くのも無理はなかった。しかし宿泊したときの様子から、少なくともイズクやカツキが荒唐無稽なでまかせを言うような人間でないことは伝わっている。観察眼に優れているという自負がサミダレ少年にはあった、宿に出入りする様々な人間を物心ついてから見てきているので。
そしてそういう意味では負けていない同年代の少年が、彼に手を差し伸べた。
「言ったことはほんとにやるから、この人たち」
「ケロ……」
逡巡の果てに──サミダレは、コタロウの手をとった。
「よろしく、お願いします」
「うん!──さ、行こう。善は急げだ!」
宿に向かい動き出す一行。──当然その流れに従いながらも、オチャコはある引っかかりを覚えていた。
(ツユ
そんなことを考えている場合でないのはわかっているのだが、どうしても気になった。異性慣れしていなくて、未だ自分にも遠慮があるイズクが、少し逗留していた宿の娘を"ちゃん"付けで呼んでいるというのは。
単純な興味という以上に、もやもやしたものが胸に広がるのをオチャコは感じた。その原因が何か気づくのに、彼女には