サルカマイ村は、生命あるものにとって地獄としか言いようのない場所になり果てていた。
「なっなんだよ、なんなんだよこれえぇッ」
恥も外聞もなく、情けない声をあげるデンキ。彼ほどではないにせよ、ともに全速力で走る同行者たちはみな一様に切羽詰まった表情を浮かべている。
「あ゛あ……あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」
「お゛おおおおお……」
背後には、くぐもったうめき声をあげながら追いすがる老若男女。皆、一様に眼や身体のあちこちから血を流している。肌もあちこちがどす黒く変色していて、とてもこの世のものとは思えない姿である。
「いったいどうなっているんだ、この村は!?」
「わかんないけどッ、とにかくいったん村から出るんだ!!」
そのために今、彼らは来た道をひた走っているのだが。
「──ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」
「──ッ!?」
建物の陰から不意に飛び出してきた男が、いちばん近くにいたオチャコめがけて斧を振り下ろした。
「ッ、オチャコさんっ!!」
咄嗟に割って入るイズク。当然彼とてこの程度の攻撃を受けるつもりはない。次の瞬間には、リュウソウケンのひと薙ぎによって斧は宙を舞っていた。
「ッ!!」
顔を引き攣らせたデンキが男に銃口を向けるのを、彼の相棒が咄嗟に押しとどめた。
「よせ!!──こいつら、多分操られてるだけだ」
「操られて、って……そうだとしたって、無抵抗ってわけにいかないだろ!」
背後からは、十人近い血塗れの人々が迫っている。一行は、確実に包囲されつつあった。
「傷つけなければ……!──ネムソウル!!」
『ネムソウル!──むにゃむにゃ〜……』
瞼を閉じた青いリュウソウルの力が発動する。それは波のように人々を取り込み……そして、糸の切れた人形のように昏倒させた。
「おい、それ──」
「大丈夫、眠らせただけだよ」
「にしても、こいつらは一体……」
服装は皆、特別なもののない……一般的な村人たちのものだ。ハンタの言う、"操られているだけ"という言葉も頷ける。
しかし、誰がなんのために?ましてただ催眠にかけているのではない、肉体的な変化を伴っていることは彼らのおぞましい姿を見れば明らかで。
「……マイナソーか」
「また、ワイズルーの仕業……」
「──キヒヒヒヒッ!違うよォ、ヒヒヒヒ……!」
「!!」
突如響き渡る、下卑た男の声。その出処を探すまでもなく、物見台の鐘が鳴らされる。
──そこに立っていたのは、黒い外套を纏った怪人だった。
「よく来たねェ……諸君。歓迎するよォ?」
「おまえ、ドルイドンか!?」
「──そのとーーり!!」
その背後から顔を出したのは、その推測が正しいことを証明するもうひとりの怪人。
「クレオン……!」
「ここにおわすお方をどなたと心得る!ドルイドンでも指折りの実力者、"
「ヒヒヒ……
裂けた口を覗かせ嗤うドルイドン──ゾラ。その姿はこれまでに遭遇したどのドルイドンとも異なる、生理的嫌悪感を覚えさせるものであった。
「ッ、今はてめェがこの辺仕切ってるっつーわけか……」
「そうそう。ワイズルーには文句言われたけどねェ、キヒヒヒッ」
「……安心しろ。おまえもワイズルーも、すぐにあの世へ送ってやる」
「あの世!良いねェ、行ってみたいねェ。キヒヒヒッ!」
その声に恐怖と不快感がない混ぜになった感情を味わわされる。ただ竜装の騎士である以上、エイジロウたちに与えられた選択肢はひとつだけだった。
「「「「「「──リュウソウチェンジ!!」」」」」」
『ケ・ボーン!!』
『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』
『ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』
『──リュウ SO COOL!!』
六人の姿かたちが、竜の影を纏いし鎧騎士へと変わる。その瞬間を、デンキとハンタも目の当たりにすることになった。
「……!」
「正義に仕える、気高き魂!!」
──騎士竜戦隊、リュウソウジャー。
「リュウソウジャー、って……」
「噂になってた、東の大地でドルイドンを倒したっていう勇者チーム……だな」
そう、その名声は既に旧王国に広まりつつあった。無論知られていようがいまいが、彼らの使命は変わらない。ドルイドンを倒し、いずれは平和な世界を取り戻す──
(……まさか、こんなところで出会えるなんてな)
「キヒヒヒッ!威勢が良いねェ、この村の誰よりも強い生命力を感じるよォ」手を叩いて喜びつつ、「精根尽き果てるまで、遊んでやるよォッ」
言うが早いか、ゾラは両腕を奏者のごとく振り上げた。途端、その掌から稲妻が発せられる。
「ッ!?」
咄嗟に飛びのく一同。そこにすかさず、今度は火炎。
「ぐうぅ……っ!」
「こいつッ、魔導士か……!」
「でも、詠唱なしで魔法が使えるなんて……!」
身近なところでマスターピンクなどは、一般的な魔法は詠唱なしでも使うことができた。──逆を言えばこのゾラというドルイドン、魔法のスキルにおいてマスターと同等にあるということになる。魔導士としては駆け出しも良いところのオチャコには、悔しいと思うことさえ許されない隔絶だ。
「ほらほらァ、いつでもおいでよォ!!」
「ッ、」
言葉とは裏腹に、ゾラは手を緩めない。絶えず降りそそぐ魔法から己が身を庇うだけで、皆、精一杯だった。リュウソウメイルだって、攻撃魔法の直撃を何発も受けて耐えられるわけではないのだ。
「これじゃ……攻めらんねえ!」
「どうにか、引きずり下ろさなければ……!」
そのためにはやはり、攻めに転じなければ。距離を詰めがたい以上は──遠距離から。
「なら、俺が「俺もやるぜ!」──!」
ゴールドと同時に名乗りをあげたのは、拳銃で武装したデンキだった。
「これでも銃には一家言あるんだ。ガンマン同士、どっちが先にあいつを撃ち落とせるか勝負しようぜ」
「……わかった」
自分がガンマンという意識はあまりなかったが、承諾した。なんだかんだ先延ばしにされているカツキとの決着を内心気にしているくらいには、彼も負けず嫌いなのだ。
「っし、なら俺が盾になってやるぜ!──メラメラソウル!!」
『メラメラソウル!メラメラァ!!』
レッドの胴体に炎が燃えあがり──それが燈火のごとき鎧へと姿を変える。
次の瞬間襲い来た魔炎を、レッドはその鎧で受け止めてみせた。火の騎士竜の加護を受けている以上、その系統の力に耐性がつくのは自明の理である。炎に限らず、熱に関するすべてのものについても。
「今だショート、デンキ!」
「おう」
「よっしゃ!」
頼もしい背中に守られながら、ふたりは物見台めがけて引鉄を引いた。エネルギー弾と鉛弾、いずれもがゾラに襲いかかる。無論ドルイドンに対して、それらは牽制程度にしかならない。しかし牽制になるということは、つまり間断なく魔法を放つ余裕はなくなるということだ。
無論、ゼロではない。少しでも動きを鈍らせることができれば、
「化けの皮剥がしたらぁッ、──ブットバソウルッ!!」
──BOOOOM!!
黒とオレンジの装甲を右腕に纏うと同時に、ブラックは爆炎にその身をまかせていた。一挙に飛翔し、獲物に迫る。
「──!」
当然、魔法を集中させようとするゾラだったが、
「遅ぇんだよ、カスがぁ!!」
再び、爆炎。次の瞬間にはゾラもクレオンも、あえなく物見台から墜落させられていた。
「うぎゃあッ、これだからブラック嫌いだぁぁ!?」
「………」
べしゃりと液状化で跳ねたクレオンは、そのまま逃走を図った。
「キヒヒヒッ、墜とされチャッタ……。やはり
「てめェに似合うンは地獄だボケがぁ!!」
そのまま降下し、突撃していくブラック。同じ目線にいるならもはや遠慮する必要もないと、皆、それに続いた。ゴールドもモサブレードに持ち替えたのは、多対一ではフレンドリーファイアを起こしかねないのと、魔法を使わせないためだ。詠唱なしと言っても、使用には集中力が必要になるのは言うまでもない。
あるところの剣が引けば、また別方向から刃が突き立てられる。それを避けても……と、六人は言葉にしなくとも間断ない攻撃の連鎖を行うことができていた。相手もドルイドンなだけあってそれらをよくいなしているが、限界はある。
「グフッ……や、るねェ。流石、
ゾラの体力は早くも限界に近いようだ。今名の挙がった二体のように、強力な兵器を内蔵しているわけでもない。これなら、一気に──
「──決めてやる!!」
レッドが勝負に出た。
『超!超!超!超!──イイ感じィ!!』
「ボルカニック、ディーノスラァァッシュ!!」
劫火を纏いし紅蓮の刃が──獲物を、真っ二つに切り裂いた。
「グァ──」
うめき声をあげるゾラの全身を、炎が覆っていく。閉ざされたシルエットが徐々に削り取られ、かたちを失っていく。
そうして鎮火したときには、炭化した残骸が地面に横たわるばかりとなっていた。
「ええっ、ぞ、ゾラさまぁ!?」
クレオンが慄いている。まさか、こうも簡単にやられるなんて!そう思っているのだろう。
それは、騎士たちとて同感であった。
「えっ、これで終わり……?」
「……呆気ねえな」
一撃で終わりとは。自分たちが強くなったという自負はあったが、こんな楽々と終わらせられるものだろうか?
「──油断すんな!!」
「!」
不意に背後から叫びたてられる。──声をあげたのは、一時的に同道しているふたり組の片割れ、カツキに言わせれば"しょうゆ顔"の少年だった。
「そいつは
「ハンタおまえ、なに言って──」
相棒のデンキが当惑を露にしようとしたときだった。
「キヒヒヒッ!そこのキミ、鋭いねェ……」
「……!」
それはおよそありえない声だった。皆が信じられない思いで視線を向けると同時に、死体ともいえないような焼け焦げた肉塊がぐぐぐと起き上がっていく。
ボロボロと炭が崩れ、まるで繭から羽化するかのように傷ひとつないゾラの姿が現れていく。禍々しくも一片の神々しさすら感じさせるその光景を、エイジロウたちは戦闘中であることも忘れて見守るほかなかった。
「おまえ……なんで……?」
回復、などというような生易しいものではない。ゾラは明らかに燃やし尽くされていたというのに。
「なんでって言われてもねェ……オレは生まれつき不死身なんだ。だから"不死の王"だなんて言われてるのサ、キヒヒヒッ!」
「そ、それじゃコイツ、倒せないってこと!?」
「狼狽えんな丸顔!!どうせはったりだ!」
気持ちで敗ければ勝負には勝てない。彼らは改めて武具を構え、余裕綽々のゾラに相向かうしかなかった。たとえ心のどこかで、このドルイドンの言葉は事実かもしれないと思っていても。
「キヒヒヒッ、良いねェ……揺らいでも弱くはならないその生命エネルギー……」
「でもォ、せっかく"あの世"を垣間見ることができたんだ……。オレはしばらく、そっちを味わいたいんだよォ」
「ッ、いつまでも世迷言を!!」
──その言葉に隠された真意を吟味しなかったことを、彼らは後悔することになる。
「うわぁあああっ」
「!?」
後方から響く悲鳴。慌てて振り向くとそこには、異様な人物に取り付かれているコタロウの姿があった。
「コタロウ!!?」
「ッ、ハヤソウル!!」
グリーンが咄嗟にハヤソウルを使い、一瞬のうちに飛びかかる。怪人は斬撃を浴びて吹き飛んだが、村人と見分けがつかなかったために深手は与えられなかった。
「コタロウくんッ、大丈夫!?」
「う、うぅ……っ」
肩口から夥しい血が流れている。露になった肌には歯型が刻み込まれており、噛みつかれたであろうことはすぐにわかった。
しかしそんなことは、事態の序の口にすぎない。
「────ッ!」
かっと充血した目をみひらくコタロウ。あろうことか彼は、助け起こそうとするグリーンの首を締めようとしたのだ。
無論、十歳の少年にそれがかなうはずもなく、すぐさま地面に縫いつけられる。しかしその抵抗する力は、細い身体からは想像もつかないほど凄まじかった。
「イズクっ、大丈夫か!?」
「僕は……──ッ、だけどコタロウくん、様子が変だ!」
村人たち同様、コタロウも催眠状態に陥っているのか。ならば今、噛みつかれたことが原因としか思えない。
「……シヌ゛ゥ……」
「!」
と、その元凶たる怪人がゆらりと立ち上がった。あちこちが腐り落ちた身体、とりわけその頭部の半分は髑髏が覗いている。とても生きた人間の姿ではない。
──つまり、
「キヒヒヒ……よくやった、ゾンビマイナソー」
「ッ!」
やはり、マイナソー。皆がそれを思い知ったところで、意気揚々とクレオンが前に出てきた。
「このゾンビマイナソーに噛まれたヤツはなぁ、みぃんな知性のないゾンビになっちまうんだ☆YO!……やべ、ワイズルーさまのしゃべりが移った。ゲホンゴホン!」
「そんで、何よりビックリなのは……──おっ、ちょうどいいや。見ろ!」
クレオンが丁重に指差したのは、黒幕たるドルイドン。次の瞬間、目を剥くような事態が起こった。
ゾラの身体からエネルギーが緑色の球体となって抜け出し、マイナソーに注ぎ込まれたのだ。
「な……!?」
「まさかおまえ、自分自身からマイナソーを!?」
「キヒヒヒッ、そうだよォ。なにせ不死身の身体だ、いくらでもエネルギーを分け与えてやれるからねェ」
「へへへへっ、すごいだろぉ!ゾンビマイナソー、無限に成長しちゃうぜ!!」
通常、マイナソーが完全体になると同時にエネルギーを吸い尽くされた宿主は死ぬ。逆説的に言えば、宿主が死ななければエネルギーの供給はやまないということだ。
永遠に成長し続けるマイナソー……想像するだに恐ろしい存在が今、目の前にいる。
「ッ、だったらせめて、マイナソーだけでも……!」
コタロウを押さえたまま、剣を構えるグリーン。宿主が不死身だからといって、マイナソーまでそうとは限らない。
なるほどそれは間違いではなかった。──しかし彼らの刃は、ゾンビマイナソーには届かない。
眠らせていたはずの村人たちが糸につながった人形のように起き上がり、防壁となって立ちふさがったのだ。
「キヒヒヒッ!そうは問屋が、卸さないねェ?」
「……ッ!」
駄目だ。強引に突破しようとすれば、村人たちを傷つけてしまうかもしれない。彼らは操られていて、自分たちを本気で殺しにかかってくるのだ。
「──デク!!」
「!」
呼び声に振り向くと、彼がちょうどミストソウルをリュウソウケンに装填しようとしているところだった。"退却"──今はそうするしかないことは、頭ではわかっている。
『ミストソウル!うるおう〜!!』
剣先から大量の水蒸気が発せられ、それは霧となって周囲一帯を包み込む。敵も味方も、揃って視界を封じられることとなった。
「ハァ……──ッ!!」
ゾラが放った炎魔法により、次の瞬間には霧は払われていたけれど。ただもう、そのときにはリュウソウジャーらの姿は忽然と消えていた。
「もういねえ!?逃げ足速ぇなあいつらも……」
「キヒヒッ……まァ、賢明な判断だねェ」
「でも──夜こそオレの時間だ。たぁっぷり、愉しませてもらうよォ?」
濁った黄色い瞳が、剣呑な光をたたえていた。