森の奥深くに佇む館に、外まで洩れ出るほどの滂沱の声が響き渡っていた。
「あ゛ああああ……ッ!タンクジョウ……さまっ、タンクジョウさまぁぁぁぁ……!!」
前にワイズルーに描いてもらった遺影を抱え、泣き崩れるクレオン。ガチレウスなどと違い、タンクジョウは自分に危険が及ばぬよう突き放して撤退を強いたのだと彼は理解していた。ゆえに一度目の死以上の哀しみが、彼を支配していたのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ、ああああーーー!!」
「………」
そんなクレオンに背後から忍び寄り──ワイズルーは、そっと手巾を差し出した。
「わ、わいずるう、さまぁ……」
「その涙がヤツのためなのは妬けるが……今は許す!好きなだけ泣くがいい、クレオン」
「う、ううう、うああああ……!」
手巾を受け取り、顔に押し当てるクレオン。そこまではワイズルーの意図した行動だったのだが、
──ずびびびびっ。
「!!?」
お世辞にも愉快ではない音が響く。ややあって露になったクレオンの泣き腫らした顔には、鼻にあたる部分から垂れた体液が残っていて。
「あ、ありがとうございまじた……」
「え、えぇ……あげるよそれ……」
タンクジョウを偲びつつも緊張感のないやりとりを繰り広げる二体だったが、そこにゾラが戻ってきた。
「キヒヒヒッ……相変わらず仲良しだねェ、おふたりさん」
「ゾラ、さま……」
「悪いけど感傷に浸っているヒマはないよォ。──連中との決着、そろそろ着けたくないかィ?」
「!」
「手を組もう」──言外にそう言っていることはワイズルーにもわかった。ただ、彼にもプライドというものがある。
「何をバカな。貴様の軍門に降るつもりはナッシング!」
「キヒヒヒッ……そんなこと言ってて良いのかィ?間もなく現世と彼世がひっくり返る、レヴェナントマイナソーの力でねェ。……まだ、死人になりたくはないだろォ?」
「わ、私を脅すのか!?」
ステッキを構え臨戦態勢をとるワイズルーだが、ゾラは彼を相手にしていなかった。
「別に良いよォ、オマエさんの好きにすれば。思わぬ"同志"と、戻る途中出逢ったんでねェ」
「同志……?」
ゾラが背後に目をやる。──刹那、暗がりから姿を現したのは、ワイズルーとクレオンも知る人物だった。
「き、貴様は!?」
「………」
*
愛する?者の死に泣く者あれば、復活に複雑な感情を抱く者もいる。
「コタロウ、本当に大丈夫?お母さんがやろうか?」
「馬鹿にしないでよ……ナイフくらい使えるっての」
気遣わしげな母に見せつけるかのように、林檎の中にすいすいと刃を滑り込ませていく。それでも母はじいっとこちらを凝視したままなので、コタロウはこれみよがしにため息をついた。
「あのさぁ……自分の仕事してくれない?」
「あ、うん……ごめんね」
ようやく作業に取りかかる母を横目で見つつ、また、ため息ひとつ。
襲撃もあり、言ったきりに終わるかと思われたアップルパイ作りだが、母の強固な意向によって半ば強引に行われることになった。材料は宿の主に無理を言って、購入させてもらったのだが。コタロウのポケットマネーで。
「──コタロウ、覚えてる?」
「……何が?」
「昔もこうやって、一緒にアップルパイを作ったの。どうしても手伝いたいって言うから、粉の入った碗を運んでもらおうとしたら、コタロウってば転んじゃってさ。床もコタロウも真っ白になっちゃったの」
「知らないよ……そんな昔のこと」
「そうだよねぇ。でも、それが今じゃナイフまで扱えるようになって……ほんと、立派になったなあって」
「………」
本当は、覚えていた。ただ母の郷愁を素直に受け止めるのが悔しくて、素っ気ない態度をとってしまう。……今の自分が、あのとき啖呵を切ったようなりっぱな大人といえるのか。
ナイフの柄を密かに握りしめていると、にわかに宿の玄関先が騒がしくなった。
「……ちょっとごめん」
よもやと思い、一応そう声をかけて台所から出る。やはりそこには、戦いに出ていた仲間たちの姿があって。
「あ、コタロウくん」
「おかえりなさい。エイジロウさんとショートさんは?」
タンクジョウは倒したのだろうが、まだ動き回っているのだろうか。
「ショートくんは、お父さんと一緒にいるよ」
「お父さ……え、王配殿下……ですか?」
「うむ。彼も甦っていたらしい」
というか、やはり亡くなっていたのか。予想しえたことではあるから驚きはないが、それよりも。
「……ショートさん、殿下のことあれだけ嫌ってたのに」
「お互い思うところはあっても、やっぱり親子だからね。それに、話してみて初めてわかったこともあるみたいだ」
「……そうですか。じゃあ、エイジロウさんは?」
「ケントくんが、ふたりで話したいことがあるからって、外に。私たちももっと話したいんやけどねぇ」
「仕方がないさ。彼ら、それにトモナリくんを入れた三人は、村でも格別に仲が良かったんだ」
ふたりも、村人たちも、甦った者たちとの時間を許される限りともに過ごしている。本来ありえないはずの再会。であれば、それが永遠になって良いはずがない。
「すぐ、落とし前をつけに行く」
「!」
冷徹にも聞こえる、カツキの言葉。
「だからてめェも、せいぜい後悔のねーようにしろや」
しかしそれは、コタロウの背を強く後押しするものに他ならなかった。
「──おかえり、コタロウ。仲間の人たちと何話してたの?」
「……別に、大したことじゃないけど」
「そ、そう……」
母がしゅんと項垂れるのがわかる。勇敢で知られた女勇者が、長らく離れていたとはいえ息子の一挙一動に一喜一憂とは。でもそれが、母──ナナという女性なのだ。
「ほら、まぁた手が止まってる。──早く作って、食べようよ。僕、お腹すいてんだ」
「!」
コタロウは初めて、母に笑いかけた。
*
「どうしたんだよ、ケント?ふたりだけで話したいなんて……」
「………」
わざわざ仲間のもとから連れ出してまで。それが他愛のない話でないことは、ケントの深刻な様子から察していたエイジロウである。百年以上、一緒にいた親友なのだ。
「……エイジロウ。俺……生き返ってからずっと、黙ってたことがあるんだ」
「……なんだよ?」
焦れて尋ねるが、ケントの心には逡巡があるようだった。彼は皮肉屋で口も軽いが、肝心なことは独りで抱え込んでしまう傾向にある。昔から。
「話してくれよ。俺らの間に、隠しごとはナシだろ?」
「………」
小さく頷き──ケントは、虚空の彼方を睨みつけた。
「死人が甦ったのは、俺が原因なんだ」
「え……?」
「俺が……マイナソーを生み出しちまったんだ」
「……!?」
息を呑んだエイジロウ。しかし相手の肩がわずかに震えていることに気づいて、とにかく沈黙は避けねばと思った。表の性格に反して、彼は他人の機微に敏い。
「……なんで、そんなことに?クレオンだって、あの世までは行けねえだろ?」
「……わかんねえ。いつの間にか、としか」かぶりを振りつつも、「でも、マイナソーは宿主の強烈な感情をもとに行動するんだろ?俺、自分なりに納得して死んだつもりだったけど……ほんとは未練、あったのかも」
「ケント……」
「ごめんな」と、ケントは力なく笑った。
「俺さ……怖かったんだ。せっかくおまえを庇ってカッコよく死んだのに……今さらマイナソー生み出したりなんかして、おまえに愛想尽かされちまうんじゃないかって──」
「ッ、馬鹿野郎!!」
図らず感情を露にしたエイジロウは、ケントの胸ぐらを掴んで引き寄せる。そうして、自分より上背はあるが幾分も細い身体を──抱きしめた。
「!」
「俺をなんだと思ってんだよ!!迷惑かけられたって……もし、おめェが自分の意志で悪ィことしたってっ、おめェと俺がダチなのは未来永劫変わんねえ!!間違ってンなら、正すだけだ!!」
「エイ、ジロウ……」
ややあって、彼の手がおずおずと背中に回る。
「そうだった……おまえ、そういうヤツだよな」
「忘れんな、バカヤロー……っ」
「ごめんって。……じゃあ、今の
"これ"──何を指しているかなんて、訊かなくともわかる。
「……ああ……。マイナソーもドルイドンも、必ず倒す」
「そんで、平和な世界にする。そしたら、」
「村取り戻して、トモナリと一緒に、おめェの墓参りする……っ」
「墓、まだできてないんじゃね?」
性癖にも近い皮肉に、エイジロウは笑った。
「じゃあ、俺らで作る!!」
「ははっ……あの世で首ィ長くして待ってんぜ、エイちゃん?」
こんなやりとりができるのも、もうこれが最後だ。それでも惜しむつもりはなかった。おもむろに離れたエイジロウは、そのまま踵を返して走り出す。
「──がんばれよ、エイジロウ」
その言葉は、虚空に溶けて消えていった。
エイジロウが宿の前に戻ったときには、既にショートを除く仲間たちが集合していた。
「遅ぇぞ、クソ髪」
「もう、良いの?」
対照的な風コンビのリアクションに、くすりと笑みがこぼれる。同じ幼なじみなのに、どうして自分たちとこうも違うのだろうか。
「おう。ショートは?」
「まだ……」
「しかし、彼も早晩合流するさ」
「だな、………」
「──行こうぜ」
歩き出す、五人。村を出、深い森の中を進んでいく。
果たしてテンヤの言った通り、その中途でショートは合流した。怜悧な彼の美貌はすっきりした男の顔になっていて、彼が父とどのような惜別をしたのか、訊かなくともわかる。自分もそう見えていたら良いと、エイジロウは思った。
森を分け入ること数十分──白昼にもかかわらず宵のごとく昏い奥地に、禍々しい空気に覆われた屋敷が見えてきた。
「あれか……」
「あそこに、ゾラが?」
「しょうゆ顔がパチこいてなきゃな」
しょうゆ顔こと、ハンタ。既に相棒ともども旅立った彼だが、餞別代わりにと貴重な情報を置いていった。あれが、ゾラの本拠──
「………」
覚悟を決め、一歩を踏み出す六人。──しかし水入りは、早々に行われた。
「ウェルカ〜ム、リュウソウジャ〜〜!!」
「!」
庭園のど真ん中を塞ぐように現れたのは、
「ワイズルー……!」
「オレもいるっつーの!!」
ワイズルー、そしてクレオン。後者はともかく、前者もゾラと行動をともにしていたとは。
「ゾラの言うことをきくつもりはないがぁ、お邪魔させてもらうでショ〜タァイム!断じてッ、ゾラの言うことに従ってるわけではないぞっ!!」
「もちろんス!ワイズルーさまイズ、唯我独尊!!」
「唯我独尊、大胆不敵!」
「唯我独尊、大胆不敵っス!!」
きゃっきゃとはしゃぎ合う主従を前に、カツキがこめかみに青筋をたてる。
「乳繰り合ってんじゃねえッ、クソども!!」
罵りつつ、ブラックリュウソウルを構える。しかしその手は、仲間のひとりによって制された。
「待てカツキくん。時間がもったいない、ここは俺が引き受けよう!」
「ア゛ァ?てめェひとりで?腐っても相手はビショップのドルイドンだぞ」
「──じゃあ、私も!」オチャコが名乗り出る。「今度こそ、あいつをぶちのめしたる……!」
意気軒昂なふたり。それでもワイズルー相手には心もとない戦力なのだが、そうとは感じさせない気迫が漂っていた。
「テンヤの言う通りだ。いつあのマイナソーが動き出すかわからねえ」
「ここはふたりに任せよう、かっちゃん」
「チッ……好きにしろや!」
吐き捨てる──実質的には了解するカツキ。その一方で、エイジロウが"あるもの"をテンヤに手渡した。
「これ、使ってくれ」
「!、メラメラソウル……良いのか?」
「おうよ!」
「……ありがとう!」
──感謝の言葉を述べて、テンヤは先陣を切った。すぐあとに続くオチャコ。
「うおぉぉッ!!」
「どりゃあぁ!!」
「えっ、いきなり!?」
「HAHAHAHA、元気があってよろしい!」
「今だ、行くぞ!!」
「命令すんな!!」
ふたりが二体を抑えているうちにと、傍らをすり抜けて走り出す。途中、ドルン兵が妨害に現れるが、その程度は時間稼ぎにもならないのは言うまでもない。
「邪ァ魔だッ!!」
リュウソウケンで斬り払い、モサチェンジャーで文字通り撃滅しながら突き進む。背後からは激しい戦闘の音が聞こえてくる。それでも四人は、振り向くことなく屋敷へ突入していった。
「行ったか……!──オチャコくんっ!!」
「オーケー!」
「「──リュウソウチェンジ!!」」
流れ出す音楽、踊る小さな騎士たち。それらに助けられながら、少年少女は剣を振るう。
そして、
「叡智の騎士ッ!リュウソウブルー!!」
「剛健の騎士!リュウソウピンク!」
『──リュウ SO COOL!!』
青、そしてピンクの騎士へと、竜装を遂げた。
「クソみてぇな趣味しやがって」
屋敷に入って早々、カツキがそうごちた。彼の言う"クソ"は実に幅広いのだが、今回ばかりは皆が同意しうるもので。不気味な内装は、明らかにゾラによって仕立て上げられたものだった。
「ンなことより、ゾラはどこだ?」
「待って、捜してみる」
キケソウルの力を発動させ、耳を澄ますイズク。周囲を警戒しつつその様子を見ていると、十数秒ほどで彼は再び目を開けた。
「──二階だ。おそらく、いちばん奥の部屋……」
「そーかよ」
幸い、大階段が目の前にある。迷いなくそこに足をかけようとする四人だったが、
「──避けろ!!」
「!」
カツキが叫ぶ。飛び退く──と同時に、旋風が目の前を駆け抜け、爆ぜた。
「ッ、」
「……抜け目がないな、相変わらず」
男とも女ともつかぬ声。それとともに踊り場に姿を見せたのは、
「おめェは……ガイソーグ!?」
どこかリュウソウジャーにも似た、紫紺の鎧を纏った謎の騎士。
「ガイソーグって……前にカサギヤの街の近くで、きみたちが襲われたっていう」
「おう……!ッ、やっぱおめェ、ドルイドンだったのか!?」
「何?──カツキ、
「!」
名指しされたカツキが、目を見開く。仲間たちの視線もまた、彼に集中した。
「まあ良い。せっかくの
「……てめェら、先に行け」
「!、カツキ……」
「ッ、僕も残る!」
「いらねえ!」
「残るったら残る!!」
カツキが何かを隠している──そのことを悟ったイズクは、頑なだった。こうなると、彼はもう誰の言うこともきかない。
「てんめェ──!」
「内輪揉めをしている場合か?」
まったくの正論を吐きながら、ガイソーグが跳躍する。リュウソウケンに似た剣が振り下ろされ、四人は臨戦態勢をとらざるをえなくなった。
「エイジロウくん、ショートくん!行って!!」
「ッ、おう!!」
「ああ!──イズク、これを!」
咄嗟にショートが投げ渡したのは──ビリビリソウル。
「ありがとう!──かっちゃん!!」
「チィッ……!」
確かに、揉めてなどいられない。──そんな甘い相手ではないのだ、この鎧は。
「「リュウソウチェンジ!!」」
『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』
「疾風の騎士!リュウソウグリーン!!」
「威風の騎士ィ……!リュウソウブラックゥ!!」
ふたりがガイソーグを力ずくで抑えている隙にと、エイジロウとショートは数段飛ばしで階段を駆け上がっていく。
「あのガイソーグとかいう鎧、何者なんだろうな。カツキ、何か知ってる様子だったが」
「確かに……でも今は、ゾラとマイナソーだ!」
「そうだな……」
こういうとき、エイジロウは実にさっぱりしている。情には篤いが、物事をきっちり割り切ることができる。そういうところを、カツキも憎からず思っている──表面的にはともかく──ことが日々伝わってくる。
一方で、イズクのことはどうか。今彼らをふたりにして大丈夫かという懸念がショートにはあったけれど、引き返すわけにはいかない。
「この部屋か」
「……おう」
長い廊下の突き当りにある、大きな扉。壁に背をつけ、内部を伺う──ひときわ漂う、禍々しい気配。
間違いない──確信したふたりは互いに頷きあうと、扉を力いっぱい蹴り開けた。
中には、すべてを呑み込む風穴のような暗闇が広がっていた。夜目のきくリュウソウ族でなければ、何も見えないであろうほどの。
「キヒヒヒッ……待ってたよォ、リュウソウジャー」
「!」
頭上から響く、不気味な笑い声。──果たしてそこには、コウモリのように上下逆に天井からぶら下がるゾラの姿があって。
「しかし、ふたりだけで来るとはねェ……。戦力を分散させて、オレたちに勝てると思ってるのかィ?」
「当たり前だ」
「今日こそおめェを倒す……!そのための力が、今の俺たちにはあるんだからな!!」
「へぇ……それじゃあ、」不意に床へ降り立ち、「見せてもらおうかねェ……キヒヒヒッ」
黄色い眼が妖しく光る。──それと同時に、ふたりのリュウソウルも煌めきを放っていた。
「「リュウソウチェンジ!!」」
『ケ・ボーン!』
『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』
『ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』
『──リュウ SO COOL!!』
ふたりの身体に、リュウソウメイルが装着され──
「──勇猛の騎士ッ!リュウソウレッド!!」
「栄光の騎士!リュウソウゴールド!」
「「正義に仕える気高き魂!騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」
いよいよゾラとの、最後の戦いだ。