初日の授業はつつがなく終わった。尤も受け持っていたのはテンヤで、ショートは躓いている子供に声かけをしてやるくらいだったのだが。
そして"こちら"は、つつがなくとはいかないわけで──
「……で?てめェらはマイナソー捜しサボって、ガキどもと戯れてたって?」
ところは適当に見繕った安宿。唸るような声で質すカツキを前に、ふたりは正座を強いられていた。生まれて初めてこれを体験したショートなどは、既に足先が震えている。
「あ、足が……崩しちゃダメか?」
「殺すぞ」
「いや殺したらあかんやろ……」
「ま、まあ学校で先生の代わりなんて流石だとは思うけど……珍しいね、テンヤくんが横道に逸れるのは」
確かにイズクの言う通り、テンヤは皆がそうなりかけるのを窘め制止する立場に回ることが多い。まあ、それでも遊興の類にうつつを抜かすどころか、教師という聖職に熱を入れてしまうのが彼の特色なのだが。
彼との付き合いが長いエイジロウは、その理由を知っていた。
「テンヤ、昔から人に教えるの得意だったもんな。村の子供たちにもよく読み書き教えてたし」
「そうなの?」
「う、うむ……勉学に励む子供たちを見るのは好きだ。村では学校といっても小さなものだったが……あんな立派な校舎で、大勢の子供たちを相手に先生をやれると思ったら、こう……引けなくなってしまった」
「すまない」と頭を垂れるテンヤ。地面に膝をついている状態だから、もう少し角度を下げれば土下座である。
「そういうことだったか。納得した」
「……ショートくん、理由も知らないで付き合ってたん?」
「まぁ、テンヤが楽しそうなのはわかったから。──でも、明日からはどうすんだ?」
「……そのことなんだが、本物の代わりの先生が来るまでは、引き続き務めさせてもらえないだろうか?まだまだ、教えたいことがたくさんあるんだ」
「頼む!」と再び頭を下げる。今度はもう完全に土下座である。エイジロウたちとしては、彼の望みをかなえてやりたかったが──
皆の視線を浴びたカツキは、険しい表情で──いつものことだが──舌打ちをこぼした。
「チッ……どうせマイナソー見つけンのは俺だ。最初っから、てめェらの出る幕じゃねえ」
「!、それでは──」
「好きにしろっつってんだ。てめェも、半分野郎も」
そう吐き捨てると、カツキは颯爽と踵を返して部屋に引っ込んでいく。あとを追うエイジロウ──チーム分けと同じく、今回は彼が同室だ。イズクの表情にまた翳が差す。きょう一日行動をともにしていたオチャコは、気遣わしげな視線を送るばかりだったけれど。
「……イズク、大丈夫か?」
「へ?あ、う、うん。平気だよ、いつものことだし……」
「いつもの喧嘩とは、毛色が異なるようにも思えるが」
「そ、そうかな。ごめんね、心配させちゃって。今日はもう寝るよ。ショートくん、今回は僕と同室だよね。僕には気ィ遣わなくて良いからね。じゃあ、おやすみ!」
言葉の内容こそ穏やかだが、その実相手のリアクションを封じるようなまくし立てぶりである。そのまま急いで去っていく背中は冷戦中の幼なじみにそっくりだ、良くも悪くも。
「……あいつらのことは、暫く様子見するしかないんじゃねえか」
「そう……だな」
ふたりの関係がそう生易しいものでないことは仲間たちも理解している。今は、見守るしかない──
「にしても良かったねえテンヤくん、先生続けられて!」
「うむ……迷惑をかけるが、よろしく頼む」
「ええってええって!でも、ショートくんもやるん?」
「まぁ、学校からはふたりセットだと思われてるしな。それに、案外悪くなかった。子供のこと嫌いじゃないみてぇだ、俺」
「そうか!では明日も、一緒にがんばろう!!」
「おう」
そのとき、不意にコタロウが顔を覗かせた。
「どうした、コタロウ?」
「宿題でちょっとわからないところがあって……教えてもらえませんか?」
「ム、もちろんだ!いこう、ショートくん!!」
「ま、待ってくれ……足が、痺れて……」
コタロウと一緒に出ていくふたり──約一名ふらついているが──。残されたオチャコは、独り肩をすくめていた。
「どいつもこいつも、男の子やなぁ……」
*
草木も眠る時間となっても、騎士竜戦隊は完全休業とはならない。無論少年たちは昼間の疲れを癒すべくぐっすり眠っているが、その間は相棒たる騎士竜たちが密かに動き回っているのである。
「そもさん、汝らに問う!マイナソーは見つかったか?」
「まだティラ!みんな、もっと捜すティラ!!」
「海岸線、異常ナァシ!」
ミニ化したティラミーゴたちは地上から、モサレックスは海中から街を哨戒している。Wラプターは、
「あいつら、昔からワガハイたちとは一緒に行動しないティラ!」
「異空間がヤツらの住処だからな……やむをえまい」
「困ったもんティラ!!」
と、いうわけである。
ともあれ駆けずり回る騎士竜たちだが、残念ながら彼らもマイナソーを発見することはできなかった。
「……カワルウ゛ゥ、」
窓から夜景を見下ろす狼男。果たしてその建物の玄関口には、"オウス初等学校"の看板が掲げられていた──
*
翌朝。テンヤとショート、そしてコタロウは、学校までの道を歩いていた。
「今日も頑張ろうショートくん、コタロウくん!」
「おう。……正直寝不足だけどな。コタロウの宿題、遅くまでかかっちまったし」
「ふあぁ……難しすぎですよあれ。ブーイング食らっても知りませんからね」
いっぱしのオトナとして必要な知識は蓄えているはずのコタロウですらこれなのだ。街でぬくぬく育っている坊っちゃんたちが苦戦を強いられたことは想像に難くない。
「勉学は結果がすべてではない。課題に突き当たったとき、どうしたら正解を導き出せるかを様々な角度から考えてもらうことが重要なんだ。そうして身につけた思考力は、大人になってから必ず役に立つ!」
「……なるほど、そこまで考えてたのか」
「すげぇな、テンヤは」と、微笑むショート。飾らない言葉遣いをする──ともすればカツキとは別ベクトルで誤解を受けそうな──少年ではあるが、それゆえに賛辞の言葉もまっすぐに刺さる。テンヤは思わず頬を赤らめた。
「そ、そんなことは……はははは、はははっ!」
「あ、照れてますね」
「うるさいな!?」
がなるテンヤ、笑うふたり。──そんな和やかな雰囲気は、程なく切り裂かれた。
「いい加減にしろよ!!」
コタロウと同年代の少年の、罵声。テンヤたちに向けられたものではない。ないけれど、それは学校のほうから聞こえた。
ぱっと表情を切り替え、騎士たちふたりは走り出す。これだから"ヒーロー"はと半ば呆れつつ、コタロウもそのあとを追った。
果たして校庭に飛び入った彼らが目の当たりにしたのは、ひとりの少年が複数の子供たちに袋にされている姿だった。
「──きみたち何をやっているんだ!!?」
「!」
大柄な身体で、しかも物凄い速度で走り込んでくるテンヤの姿は、子供たちにとってケン先生並みに威圧的である。中には逃げ出す子もいたが、特に詰め寄っていた面々は、意地を張りつけた顔をしてその場にとどまっていた。
「ムッ……コウジくん?」
囲まれていたのは、テンヤが受け持つクラスの──動物と話すのが好きと言った、身体の大きな男の子だった。
「大勢でひとりを攻撃するなんて、感心しねえな」
「……それ、自分たちに返ってきません?」
コタロウのつぶやきに──ショートは、呆気にとられたような表情を浮かべていた。まったくそんなこと、考えもしていなかったという顔である。
幸か不幸か、テンヤにはそれが聞こえなかったようだ。コウジを庇うように割って入っていく。
「何故、こんなことをするんだ?」
「ッ、だってっ!」少年が反駁する。「こいつが、ウソつくから……」
「嘘?」
コウジがぎゅっと唇を引き結ぶのがわかる。一計を案じたテンヤは、努めてゆっくりとその場に腰を下ろした。
「何を言ったんだい?」
「ッ、ぼ、ぼく、見たんだ……!さっき、お、狼男!」
「狼男?──!」
テンヤとショートの脳裏に刹那、同じものの姿かたちがよぎった。
そんなこととはつゆ知らず、少年たちは怒りの形相を浮かべている。
「おまえなぁ!」
「ホントだよ!!」
「どうせケン先生と見間違えたんだろ!?」
「ぜ、全然違った!」
業を煮やしてか、コウジのほうも喧嘩腰になってきている。このままでは衝突は免れないと危惧して、テンヤは「やめたまえ!!」と校庭じゅうに響き渡るような大声を発した。
「コウジくんの話は俺が詳しく聞こう!皆は教室へ行きたまえ!!」
「あ、俺が連れてく」
「では頼む、ショートくん!」
細身とはいえショートも上背はある。彼に押しやられ、子供たちはぶつぶつ言いながらも教室へ連行されていった──コタロウ以外は。
「きみは行かないのか?」
「いいでしょ、ここにいても。どうせテンヤさんが行かなきゃ、授業も始められないんだし」
「まぁ……きみがいるぶんには構わないが。──コウジくん、話、聞かせてもらえるかい?」
「あ……はい。で、でも、その……」
「?」
再び覗かせる引っ込み思案な態度。急かすことはせず、テンヤは彼の言葉を待った。
ややあって、
「……ぼく、いきもの係なんです。お世話、いかないと……」
「わかった!では、そこに行ってから話そう」
テンヤが頷くと、コウジはようやく笑ってくれた。
「しかし、この学校は動物まで飼っているのか。本当に色々やっているんだな……」
「はい、裏庭に小屋がいくつかあって。そこに鶏とか、うさぎとか……」
「ねえ、犬はいるの?」コタロウが訊く。
「え、あ、うん……一匹だけだけど……」
「そういえば、コタロウくんは犬好きだったな!」
「まぁ、飼ったことはないんですけどね……」
いずれ大人になり、それなりの仕事をして、一人前に家を持つようになればそれもかなうのだろうか。そのときには聡明で美しい妻と、かわいい子供たちもいて……とまで妄想してしまう程度には、彼もふつうの子供であった。
「あ……ここ、です」
「おお……」
テンヤは感嘆の声を洩らしていた。そこには人ひとりくらいなら寝泊まりできそうな小屋が幾つもあって、動物たちがのんびりと過ごしている様子が伺える。
「ここまで立派なのか……大したものだな」
「はい……先生たちもみんな、動物が好きだから……」
「でも世話してるのは、きみだけなの?」
「せ、先生たちもしてくれるよ!……子供は、僕だけだけど……」
寂しそうな表情でつぶやくコウジ。そんな少年に声をかけようとしたテンヤだったが、不意に小屋の裏の繁みが、がさりと動いた。
「!」
怯えるコウジを咄嗟に背中に庇う。冷静なコタロウもちゃっかり背後に回っている。まあ子供ふたりくらいはすっぽり守れる身体であるから、問題はない。
ともあれ身構えていたテンヤだったが、姿を現したのはれっきとした人間だった。
「あ……用務員さん」
「ム、知り合いなのか?」
「学校の、色々手入れをしてくれてる人、です……」
四十がらみの小柄な男性だった。帽子を被っているので表情はよく見えないが、挨拶をすると一礼を返してそそくさと去っていく。あまり愛想はよくないらしい。
犬の遠吠えが、小屋のほうから響いた。
「あ……呼んでる。餌、用意するので……それからでもいいですか?」
「うむ。というか、手伝おう!俺も一時とはいえ、この学校に世話になっている身だからな!」
「あー……じゃあ、僕も」
ふたりがそう申し出ると、コウジはまた嬉しそうにはにかむ。引っ込み思案な少年だが、優しい心根をもっている。それが如実に伝わってくるような表情だった。
「──では狼男のことについて、詳しく聞かせてくれるかい?」
餌やりがひと段落したところで、テンヤが切り出す。
「は、はい。……ぼ、僕、いつも早めに登校してるんです。この子たちのお世話が、あるので……」
寄ってくる兎たちを抱っこしながら、回想するコウジ。登校して、いったん荷物を教室に置こうと玄関口へ入ったときだった。廊下を、唸り声とともに大きな影が通り過ぎていったのは。
「それが、狼男だったと?」
「は、はい……一瞬だったけど、間違いないです……!この子たちも、今日はなんだか怯えてるみたいだし……」
確かによくよく見れば、少年が抱きしめている兎たちはぶるぶる震えているように見えた。念のため付け加えると、海水浴でもしたいくらいの気候のさなかである。
「──わかった」立ち上がり、「他の先生たちにもこのことを伝え、校内の警備を強化してもらおう」
「!、信じて……くれるの?」
「もちろんだ!教えてくれたきみの勇気に、心から感謝する!」
「……!」
少年の見開かれた目が、秒を経るごとに潤んでいく。──テンヤの言う通り、とても勇気が要る行動だったのだ。ただでさえ、友人たちにウソつきと思われている中で。
「では早速、行くとしよう!」
「あ……まだ、お世話終わってなくて……」
「ムッ、そうか……。しかし、そういう状況でひとりにするわけには──」
「僕がついてます。万一のことがあっても、逃げ隠れくらいはできますから」
「……わかった。くれぐれも気をつけてくれ、それでは!」
コタロウを信頼して任せてくれる気になったのだろう、校舎に向かって走っていくテンヤ。そんな彼を見送りつつ、ふたりは作業を再開した。
「あ、こ、コタロウ……くん」
「ん?」
「えっと……あ、ありがとう。コタロウくんも、信じてくれて……」
「あぁ……まあ、そういう怪物はいっぱい見てきたし。それよりさ、動物と話せるっていうのは具体的にどんな感じなの?」
「ぐ、具体的に?えっとぉ……」
雑談しながら親交を深めていると、不意に「わん、わん!」と甲高い鳴き声が響いた。
「あ、ヤマト……どうしたの?」
先ほど餌をあげたばかりの犬──ヤマトと言うらしい──が、とてとて駆け寄ってきて顔を擦りつけてくる。コウジ曰くとても頭がよくて優しい、もしかすると人間の友人以上に親身な存在だという。コタロウとしては、羨ましいことこのうえない話だった。
「くぅん」
何か言いたげに喉を鳴らし、じっと顔を見てくる。「どうしたの?」ともう一度尋ねると、彼はくるりと踵を返して歩き出した。
「……あれは、なんて言ってるの?」
「"ついてこい"、って……」
「………」
何故、どこに?話せると言ってもテレパシーが使えるわけではないので、そこまで詳らかにわかるというものではない。
顔を見合わせたふたりだったが、ややあってヤマトに従って歩き出した。裏庭から校舎に沿うように進んでいく。そちらには学校の備品を置いておく倉庫があった。子供たちにとっては用のない場所、怪我の危険があるからと立ち入ることも禁じられているのだが。
「まぁ、しょうがないでしょ。あとで一緒に叱られよう」
コウジの心配に対して、コタロウはあっけらかんとそう言った。幼い頃から優等生で、親類の家ではむしろ余計に大事にされてきた彼は、悪さをして叱られるという経験がほとんどなかった。それでいてこの歳で独り立ちしようと試みるような胆力がある。未知の体験ができるかもと、むしろわくわくしているようなところがあるのだった。
そうして歩くこと幾星霜、ヤマトは案の定倉庫の前で立ち止まった。こちらを振り向き、もういっぺん「わん!」と吠える。
「……開けろ、って」
「………」
緊張しないと言えば嘘になる。しかし逡巡していても何も始まらないと、意を決したふたりは異種の友人を信じて扉に手をかけた。
ががが、と音をたて、重い引き戸が開いていく。暗い倉庫の中に、日差しが差し込み──
「──!」
刹那ふたりは、予想だにしないものを目の当たりにしたのだった。