「うおぉぉ……!」
南国独特の色鮮やかな草木に彩られた庭園を窓越しに見下ろしながら、エイジロウ少年は感嘆の声を洩らしていた。
「来たときもだけど、こっから見るとスゲーよ!──な、コタロウ!?」
「そうですね……。こんなところに泊まるの、僕も初めてです」
カサギヤの街では彼らをお上りさん丸出しと馬鹿にしていたコタロウも、今度ばかりは心底同意している様子だった。興奮を鎮めるべく振り向いてみれば、今度は大きな寝台を二つ戴いてなお広々とした室内が視界に入る。
──リュウソウジャーの面々はこの日、オウスの街一番の高級旅館に宿泊していた。というのも、ワーウルフマイナソーの宿主にされた少女の父親が街でも有数の資産家であり、娘を助けてくれたお礼にと半ば強引に手配してくれたのだ。滞在中の酒食費用についてはすべてもってくれるというおまけ付きで。
「うりゃっ、はあぁぁぁ~」ふかふかのベッドにダイブしつつ、「サイコーだけど……なんか申し訳ねえなあ。マイナソー倒したってだけでこんな」
「だけ、って……僕ら普通の人間にしたら、超のつく快挙なんですからね」
「そうだけどさあ」
「それに娘を助けてもらったのに何もお礼しなかったなんて知れたら、商売人として信用にかかわるんですよ。だから報酬を支払おうとしたのに、皆さんが頑なに拒否するからせめてこういう形にしたんでしょう。向こうの都合だと思って、享受したらどうですか?」
「そういうモンかぁ……小さいのにホントなんでもよく知ってんな、コタロウは」
「小さいのには余計です」
人間社会はよくわからないことが多い。感謝の意を伝える手段は色々あるし、受けとる側が納得できればそれで良いのではないかと思うのだが。
まあ難しいことを考えるのは苦手なエイジロウなので、コタロウの言う通りにしようとごろごろ転がっていたら、不意に扉が外からゴンゴンと叩かれた。
「はーい……あ、オチャコさん」
廊下に立っていたのは、なぜか唇をとがらせたオチャコだった。
「……やっぱりや」
「?」
訝しむふたりに構わず、ずんずん部屋に侵入してくる。そのままなんと、コタロウのベッドにダイブしてしまった。
「ちょ、それ僕のベッド……」
「どーしたよ、ここ男部屋だぜ?」
「見りゃわかる!」なぜかキレ気味である。「男どもはええよ、二人ひと組だからっていちばん広い部屋もらってさ!私なんか、紅一点だからってここの半分くらいの広さの一人部屋なんやから!」
「……自分で言うんだ、紅一点……」
「どーせなら広い部屋に泊まりたかった~!」と枕に顔をうずめて足をばたばたさせるオチャコ。どうでもいいが、そのまましゃべるのはやめてほしい。異性とはいえ他人の唾液を後頭部にくっつけて寝る趣味は、コタロウにはなかった。
「……じゃあ俺が代わろうか?ショートが来るまではコタロウと同じ部屋にしてたんだし」
「まあ僕は別に、どっちでも良いですけど」
「いやええよ、もう……。ちょっと愚痴りたかっただけ」
そうごちて立ち上がると、オチャコは打って変わって笑顔で歩み寄ってきた。よく見るとその懐に、一枚の皮紙が仕舞われている。取り出されたそれには、見たことのないような豪華かつ豊富な料理の数々が描かれていた。
「見て見て!これね、ここのレストランのメニュー!」
「おぉ、スゲー……。こりゃなに食うか迷っちまうな」
「ふふん、そう思うでしょ?──実はこれ、"こーす"料理なんだって!」
「こーす?」
「平たく言うと、色々な料理が順番に出てくるってことですよ」コタロウが補足する。
「!、じゃあこれ全部、いっぺんに食えるってことか!?」
エイジロウは目を瞠った。オチャコもそれを知った当初はまったく同じ顔をしていたのだが、この場にそれを知る者は──当人も含めて──ない。
「な、なんか豪勢すぎて、ついてけねえぜ……」
「さっきテンヤくんもそんなこと言っとったよ。まあそういうわけで、明日はみんなでこれ食べよ!もう人数分予約しといたから!」
「さっすがオチャコ、食いもんのことになると最強だな!」
「そんな、褒めてもなんも出ぇへんよっ」
「ごふっ」
肘打ちは出た。多大なダメージを受けたエイジロウは、もっと腹筋を鍛えなければと心に誓うのであった。
*
最大限羽根を伸ばした夜を終えて、翌朝。さわやかな青空のもと、リュウソウジャー一行は行動を開始した。
行動といっても、その実はほとんど物見遊山である。潜伏しているであろうワイズルーやクレオンの影がどこかにないかと目を光らせてはいるが、繁華街の人混みの中で見つかるものでもない。
「この賑わい、カサギヤの街以上だな……」
厚みのある身体をできるだけ縮めながら、しみじみとつぶやくテンヤ。ショートなどは何もかも珍しいのか、視線がきょろきょろと定まっていないありさまだ。
「なあ、なあ。せっかくだしなんか買ってかねえか?昨日リュウソウケンの倍くらいあるでかい剣見かけてさあ──」
「だぁから無駄遣いしない!宿代は浮いたけど、懐に余裕あるわけちゃうんやから!」
「いちおう学校から報酬はもらったが、二日分だからな……。また仕事を探さねば」
「仕事か……。そういや昨日、絵のモデルになってほしいって声かけられたんだが、それも仕事に入るのか?」
「うわ、さすが美形」
そんな、とりとめもない会話を続けながら歩を進めていると、不意に前方に見知った姿を見かけた。
「あれ、イズクさんじゃないですか?」
コタロウが指差した先には、立ち並ぶ店舗のひとつに入っていこうとしているイズクの姿があった。彼とカツキはエイジロウたちより先に宿を出ていたのだが、後者の姿は見当たらない。
「………」
イズクとカツキの間に隙間風が吹いていることは、既に皆の共有するところとなっている。どこか意を決したような表情に見えたことも相まって、彼らの意見はもれなく一致した。
*
「おぅ、いらっしゃ……って、イズクじゃねーか!一年ぶりだな!!」
入店するなり目を丸くしている巨漢の店員に、イズクは親しげな笑みを向けた。
「久しぶり、リキドウくん。また体格良くなったね、すごいや」
「ははは、まあ鍛えてねえと太っちまうからさ。そういうおまえは、昨日も会ったかってくらい変わってないな!」
「そ、そうかな……」
リュウソウ族にとっての一年は人間換算でひと月程度なので、変わっていないのも当然──と、思いたいイズクである。いずれにせよ、人間の15、6歳にも見てもらえないことも自覚はしているが。
ともあれこのリキドウという、テンヤに輪をかけて大柄で筋骨逞しい少年とは、ぴったり一年ぶりの再会だった。ちょうど昨年の今日も、イズクはとある目的からこの店を訪れていたのである。
「そうか、もう一年か。たしか甘さ控えめの、ミントの風味が効いてるやつだったよな。今年も同じでいいか?」
「うん。あ、ただ、サイズを大きくしてもらえるかな。いっしょに食べたい人がたくさんいるんだ、今年は」
「おうよ、任せときな。──それってもしかして、外で覗いてるヤツらのこと?」
「へ?」
振り返ったイズクは──仰天した。宿で別れたはずの仲間たちが、ガラスに顔をくっつけるようにしてじっとこちらを見つめていたのだから。
「ま、何かの縁だ。お茶でもしてけよ」
店の奥にある客間に通された一同に紅茶と見たこともないような菓子を供しながら、リキドウ少年はそう言った。「菓子は試作品だから、お代はタダでいいぜ」との注釈付きで。
「リキドウくんはこのパティスリーのお菓子職人なんだ。僕らと同じくらいの歳で、この街では二番目に腕がいい職人さんだって評判が立ってるんだよ」
「へえ、スゲーな!」
「よ、よせやい。照れるだろ」
分厚い唇と同じくらい顔を赤くしながら、リキドウは鼻頭を指で擦った。イズクとは逆のベクトルで年齢不相応な容姿だが、その仕草には少年らしさが伺える。
「うむ、確かに美味しいな!頭がすっきり冴えわたるような感じだ!」
「いちいち表現が良いですね……。でも、ほんとに美味しいです」
皆、ひとしきり舌鼓を打ちつつ──同時にイズクの説明には、示唆的な言葉が含まれていた。
「でも二番目ってことは、これより美味いお菓子を作る人がいるのか?」
「へへっ、まぁな。その人にはまだまだ敵わねえ」
「誰なん、それ?」
「ここのオーナーさ」と、リキドウはどこか誇らしげに笑った。
「チビの頃から、この店で修行させてもらってんだ。まぁ散々扱かれて、15の誕生日に、自作のバースデーケーキでお祝いをさせてもらって。そっからやっと、店任せてもらえるようになったんだ」
しみじみと言うリキドウの声に、エイジロウたちもしみじみと聞き入っていた。修行に幼年期を費やしたという意味では、自分たち騎士と通じるものを感じたのだ。
「そういえば、店長さんは?今日はお休み?」
「あぁ……実は最近、体調崩しがちでよ。もう歳だから〜なんて言いながらフツーに仕事してっけど、やっぱ心配だから、休めるときは休んでもらってる。まァ心配してんのはお互い様だろうけどな、俺なんてまだまだ半人前だし」
師匠が安心して悠々自適の隠居暮らしができるように、もっと腕を磨いて、一日でも早く一人前にならなければ──リキドウの言葉の端々には、そんな気概が窺えた。
「あ……悪ィ、お客さんだ。ゆっくりしてってくれ、そんじゃな!」
ドアベルの音を聞き、慌ただしく表へ戻っていくリキドウ少年。その逞しい背中を見送るイズクの瞳には、憧憬の輝きが宿っていた。
「リキドウくん、すごいんだ。小さいときにはもうパティシエになるって決めてて、一心不乱に修行して、あの若さでもう夢を叶えてる。僕も、見習わなくちゃって思うよ」
「見習わなくちゃ、なぁ」
「?」
首を傾げるイズクに対して、エイジロウはにししと笑った。
「その心意気は大事だけどさ、おめェだって同じだろ。ぱてぃ……しえ?を騎士に挿げ替えりゃ、まんまおめェのことじゃねーか」
「せやね!私らだってデクくんを見習っとるよ!」
「ぼ、僕を?いやいやそんなことないよっ、僕なんてまだまだ半人前だし!……かっちゃんにだって、認めてもらえてないし……」
後半は、ほとんど消え入りそうな声だった。
「……実は今日ね、かっちゃんの誕生日なんだ」
「何っ、そうなのか!?」
唐突に明かされた事実に、一同思わず目を瞠った。今さら誕生日という歳ではないというのもあるかもしれないが、そんなそぶりはまったくなかったのだ。カツキにも、イズクにも。
「かっちゃんにはいらないって怒られちゃうんだけど、毎年何かしらの形でお祝いしてるんだ。去年も今年もたまたまこの街にいるから、バースデーケーキを買いに来たんだよ」
「ばーすでー、けーき?」
「うん。この街では、子供の誕生日をお祝いするのに大きなケーキを買って食べるのが風習になってるんだ」
尤も一年に一度の特別とはいえ、そんな風習を実施できるのは中産階級以上に限られるのだが。
「……僕らが今うまくいってないのは、みんなも気づいてる、よね」
「あぁ……そりゃ、な」
今となってはほぼ四六時中行動をともにしているのだ。よほど気にしない人間だって、何かあったのかくらいは思うだろう。
「要らない心配、かけちゃってごめんね。でも今日で終わらせるから、もう大丈夫」
「終わらせるって、どうする気なん?」
スリーナイツ組などは、とりわけ喜怒哀楽が顔に出るタイプ揃いだ。皆の不安がまざまざと表れるのを認めて、イズクは両手を振った。
「ご、誤解しないで!仲直りするってことだよ。ちゃんと謝れば、かっちゃんも許してくれると思うし……」
「謝るって、おめェが一方的にか?」
「それはおかしくねえか?おまえが一方的にあいつを攻撃したならともかく、お互い譲れないところがあって喧嘩になったんだろ」
「……かっちゃんは、自分からは絶対に折れないもん。僕から謝らなきゃ、ずっとこのままなんだ。そんなの……駄目だよ」
「……イズクくん」
「ええやん、このままでも」
「!?」
イズクが呆気にとられるようなことを言い放つと、オチャコはぐい、と紅茶を飲み干した。
「仲間なんやから、気ィ済むまで喧嘩したらええんよ!デクくんもカツキくんもなんでも言い合ってるように見えて、肝心なところに限ってお互い尻込みしてる、違う?」
「……それは、」
「おめェらってさ、言葉が足りなさすぎるんじゃねえかな」エイジロウも追随する。「まずはさ、ちゃんと冷静に話し合ってみろよ。そうじゃねえと多分、また同じことの繰り返しだぜ?」
ぶつかりあうのは悪いことじゃない。でもお茶を濁して終わらせたら、せっかくぶつかりあった意味がなくなるではないか。エイジロウの言葉、オチャコの言葉、そしてテンヤもショートもコタロウも、彼らに同感のようだった。
「……みんな、ありがとう。僕、もう一回かっちゃんにぶつかってみるよ」
「うむ、それがいい!俺たちも必要ならば手を貸そう!」
その直後、僕いい仲間に出逢えたなぁとこぼしながら目を潤ませるイズクを戻ってきたリキドウに見られてしまい、あらぬ誤解を受けそうになるひと幕もあるのだった。
*
同じころカツキは、街路から少し入り組んだところに並ぶ住宅地を歩いていた。このあたりにも店はあるが、観光客や旅人向けではない。紅蓮のマントを翻し如何にも戦士然とした男の居場所はここにはなかった。
にもかかわらずこの通り迷うことなく突き進んでいたのは、とある目的があったからだ。それは誰に打ち明けるようなものでもなかった。
「……変わんねえな」
ぽつりとつぶやく。果たしてそこは、煉瓦造りの古びた民家だった。こじんまりとしているが庭は綺麗に整えられていて、家主の嗜好がカツキと重なる部分があることを示している。──ただそれだけを、確認したいがために来た。
もとより顔を合わせようというつもりもない。センチメンタルとは無縁と思っていた自分にこんな一面があることを唇の片端を吊り上げて嘲いながら、踵を返したときだった。かすかな悲鳴と、建物が崩れる音が聞こえてきたのは。
「ッ!」
表情まで戦士のそれに変えたカツキは、全速力で駆け出した。
*
「コオォォォスッ!!」
跡形もなく破壊された建物の瓦礫の中で、化け物が奇声をあげている。ずんぐりとした巨躯に、頭の両側面から生え出た長大な二本角。──そして彼は、瓦礫に混じった生魚を器用に引き出しては丸呑みにしていた。
「おほぉっ、美味そうに喰うなぁおまえ!その調子でこの街の食いモン、ぜ〜んぶ食い尽くしちまえっ!!」
「コオォォ〜〜ス!!」
かの怪物──マイナソーに激励の声をかけつつ、そのためには重大な障害があることをクレオンは理解してもいた。街中で騒ぎを起こせば、遅かれ早かれ向こうからやってくることも──
「──死ィねぇぇぇぇ!!!」
いちばん嫌なのが、爆発音とともに来た。
"それ"に既に身体が馴染んでしまっているクレオンは素早く避けたが、マイナソーはそうではなかった。爆ぜる紅蓮の炎に呑み込まれ、「グァアアア!?」と悲鳴をあげながら吹っ飛ばされる。
「げぇっ、りゅ、リュウソウブラック……!」
「白昼堂々押し込み強盗たぁ、良い度胸してンじゃねえか……。今度は何する気だ、ア゛ァ!!?」
「へ、へん!それはコイツに聞けよ。な、ベヒーモスマイナソー?」
「コオォォォス!!」
早くも立ち直ったマイナソーが、がりがりと地面に爪痕を残しながら突進してくる。粉塵が舞い上がり、その猛威を如実に示していた。
それを馬鹿正直に喰らってやるブラックではない。BOOOM、と爆破を起こし、その勢いで天高く跳躍する。
「は、──オラアァ!!」
重力に従って落下しながら、リュウソウケンを振り下ろす。再び爆炎がベヒーモスマイナソーを襲うが、二度目ということもあるのだろう、その巨体はぐっと踏みとどまってみせていた。
「ブモォオオオオ──!!」
「ッ!」
それどころか身体のあちこちを焦がしながら、構わず突進を仕掛けてくる。虚を突かれたブラックは咄嗟にリュウソウケンで防ぐが、衝撃は殺しきれず大きく吹っ飛ばされた。
「ッ、クソが……!」
「ヘヘッ、いいぞぉベヒーモスマイナソー!ボムボム野郎に目にもの見せてやれ〜!!」
いい気になるクレオンだったが、街中での戦闘ともなれば当然騒ぎになる。騒ぎになれば、彼らも駆けつけてくるわけで──
「──カツキ!!」
「!」
片膝をついたブラックの背後から、カラフルな五人組がやってくる。合わせて六人。リュウソウジャー、勢揃いだ。
「あーもう来んの早ぇよ暇人ども!おいマイナソー、ヤツらもやっちまえ!!」
「ブモォオッ、コオォォォォス!!」
言い捨てると、ちゃっかり液状化して逃げるクレオン。それを尻目に彼らの態勢が整っていないうちにと、ベヒーモスマイナソーはさらなる突進を敢行した。「てめェら避けろ!!」とブラックが声を張り上げる。皆わけもわからずそれに従ったが、当然間に合わない者も出てくる。
「オチャコっ!」
「〜〜ッ、こうなったら!」
腕力に定評のある彼女は、いっそのこととばかりに腰を落として両腕を突き出す。衝突の瞬間は、コンマ数秒後に訪れた。
「ぎゃんっ!?」
「オチャコくん──っ!!?」
声をあげたのはブルーばかりではなかった。オチャコ──ピンクは一瞬拮抗したものの敵の勢いを殺しきれず、紙のように吹っ飛ばされてしまったのだ。
「コオォォォス──!!」
そして肝心のベヒーモスマイナソーは、足を止めるこ
となきままいずこかへ走り去ってしまうのだった──