「では、我々のこれまでの無事への祝福と!」
「これからの活躍を祈って!かんぱ〜い!」
いつでも元気な赤青ふたりの音頭により、一同はかつんとグラスを打ち鳴らす。仏頂面ながらカツキもきちんと参加したのは意外だったが。
せっかくだから風景の見える席をとオチャコがこだわって予約したテーブルからは、果たして窓越しに水平線へと沈む夕日が見えた。精神的にはともかく肉体はれっきとした子供のコタロウを除いては皆、成人しているので、それぞれ食前酒を注文したところである。ただ成人を迎えてまだ間もないというショートなどは、その祝賀の儀でしか飲酒をしたことがないということだった。
「これ、辛ぇ」
「たりめーだろ、酒なんだから」
「色はこんな綺麗なのにな。……なんか、おまえみたいだな」
「ア゛ァ!?ワケわかんねーこと抜かしてんじゃねー!」
「乾杯早々ケンカしないの!ショートくん、これ甘くて飲みやすいよ!」
「なあなあ、肉食おうぜ!肉!」
「肉も良いですけど、コース全体を考えないと。ここは海の街ですし、せっかく新鮮な魚介類が食べられるんだから」
「じゃあ、オードブルを色んな魚介の盛り合わせにしたらどうかな。コタロウくんの言ったように今日獲れたのをそのまま捌いてるらしいから、焼いたのとか燻製とかだけじゃなくて、生でもおいしく食べられるみたいだよ」
酒と突き出しの小魚を交互につまみつつ、わいわい騒ぎながらメニューを決めていく。誰にとっても例外でなく、楽しい作業だった。戦闘でエネルギーを消費したから、お腹もぐうぐうと鳴っている。そうしていると辺りが暗くなってきて、いよいよ日没が近づいてきたことがわかった。するりとウェイターが近づいてきて、魔法で灯りをつけてくれる。温かな光のもとで彼らはもうほとんどしゃべらずに貪り食べ、飲んだ。
メインディッシュは結局、肉組と魚組に綺麗に分かれた。オルデラン村での宴を忘れられないエイジロウはこんがり焼けた子羊のローストに香草と岩塩をまぶしたもの、オチャコは対照的に、羊があまり得意でないとわかったので、食べなれた猪肉とパスタのラグーソース和え、イズクとカツキなどは前者が牛肉のリブロースステーキを、後者が香辛料のきいた鮭のオレンジソース煮を注文しつつ、小皿を持ってこさせてシェアしていた。幼なじみらしさを感じさせる行動だが、まだ喧嘩は終わっていないはずなのだが。
まぁシェアというのは良い発想かもと、やはり魚料理を注文したテンヤやコタロウ、ショートと少しだけ交換してもらった。みな好みはあるが、肉、魚という大雑把な括りにおいては特に問題はない。
「う、っめぇ!!」
半ばうめくように舌鼓を打つ。エイジロウの語彙では美味いとしか表現できなかったが、プロの味付けというのはやはり違っていた。これを体験したらもう、旅の道中で世話になる干し肉などは食べつけなくなってしまうのではないかと要らぬ心配をしてしまう。他にも、
「なんかティラミーゴたちに悪いなぁ〜……あいつらもがんばってくれてんのに」
「むぅ、流石にここには連れてこられなかったからな」
騎士竜たちは雑食だが、ああいう身体なので特別何か食べないと生きていけないというわけでもない。しかし食事を共有するというのは親睦を深めるうえで非常に有効だし、自分たちだけこんな食事をしていると知れたらティラミーゴなどは拗ねるだろう。
「埋め合わせ、すりゃ良いだろ」
「!」
思わぬ言葉が思わぬ口から出た。皆の視線を浴びながら、イズクから分けてもらったステーキを口に運ぶカツキ。
「そうだね、彼らにも色々心配かけちゃったし。なんか買ってきてあげようよ」
鮭を食べながら、イズク。皆、顔を見合わせたあと、生温かい視線を彼らに向けた。「なに見とんだカス!!」とカツキが怒鳴り散らすのも、無理からぬことだった。
「ふぃ〜、食った食ったぁ」
メインディッシュを食べ尽くし、腹をさするエイジロウ。彼を筆頭に皆、幸せそうにとろけていた。美食は既に身体の隅々まで染み込んでいる。
ただ、百パーセントの満足かというとそうではない。ベヒーモスマイナソーがそうであったように、メインディッシュのあとにはデザートが控えているものなのだ。
「では……」す、と息を吸い込み、「カツキくん、誕生日おめでとう!!」
テンヤを筆頭に、一同が声を揃えて「おめでとう!」と祝う。それを合図として、ウェイターが抱えんばかりのホールケーキを運んできてくれた。昼間注文した、リキドウ力作のケーキだ。ふつうレストランは持ち込み禁止──当たり前だが──なのだが、誕生日のお祝いということと、リキドウの店がこのレストランのデザートを卸していることが幸いした。
ケーキを切り分け、特別大きめのピースをカツキの前に置く。果たして彼はふんと鼻を鳴らしたが、満更でもなさそうな顔をしている。
「美味そう!」
「そういやカツキくん、いくつになったん?」
「あ?……160」
「そんなんなるのか!」
「俺が151だから……ほぼひと回り違うんだな」
「は、なら敬語使えやクソガキ」
「……それ言い出したら、年齢以前に相手は王子殿下ですからね」
コタロウの尤もな突っ込みに、皆またひとしきり笑いつつ。
不意にイズクが、懐から小箱を取り出した。
「──あの……かっちゃん、これ」
「あ?」
おずおずと差し出される"それ"の意味がわからないほど、カツキは鈍感ではない。だが、ケーキでさえ過分というか、なんなら余計なお世話とさえ思っていたのに。
「開けてみて」
「………」
有無を言わせぬイズクの態度を渋々受け入れ、小箱を開ける。そこに入っていたのは、
「……こいつは、」
紺碧色に輝く、翡翠のネックレス。ついこの前まで身につけていたものと、寸分たがわないものだった。
「前のちぎれちゃったというか、ちぎっちゃったというか……。これはプレゼントというか、とにかくそのままにしときたくなかっただけだから──」
「デク……」
眉をハの字にして、瞳に逡巡と不安をくゆらせながら、それでも口角だけは懸命に上げようとしているイズク。騎士竜タイガランスに相棒として選ばれる前の、もういないと思っていた懐かしい幼なじみの顔がそこにはあった。
「……どんなに強くなっても、大人ンなっても、変わんねえモンもあるんじゃねえかな」
「!」
はっと顔を上げると、こちらを覗き込むエイジロウの顔。浮かべた笑みは、普段の彼からは想像もつかない閑寂なもので。
ああ、そうだ。この世の不幸など何も知らないような明るい彼も多くのものを失っていて──幼なじみとも、永久の別れを告げたばかりなのだ。二度も。
エイジロウはきっと、少年のまま時間が止まった幼なじみを置いて大人になっていく。そうであってもあの頃の友情は不変なのだと、彼は信じているのだ。
その気持ちが、今なら少しだけわかる気がした。
手にとった飾りを、躊躇うことなく首に通す。──しっくりくる。足りなかったものが、ようやく埋め合わせられた気がした。
「……デク、聞いてくれるか」
「!」
160年に数度しかないだろう懇願するような口調に、イズクは思わず居住まいを正す。
「ガイソーグのことは、もしかしたら、と思っただけだ。俺もあいつのことは、マスターから聞いたことがあるっつーだけだから」
「………」
「マスターのことは……まだ、俺ン中で消化しきれてねえ。だからもう少し、待っていてほしい」
「かっちゃん……」
マスターブラックがなぜ失踪したのか、カツキがなぜ他人を信じられなくなったのか──ガイソーグの正体に疑念が湧いた今、勘の鋭いイズクの中では、真実のピースが填りつつあった。
それでも今は、カツキの言葉を尊重しようと、そう思えた。"待っていてほしい"──決して嘘はつかない彼の言葉。ならばいつか、真実が語られる日は必ず来る。
(僕らはもう、ふたりぼっちじゃない)
その日をともに待っていてくれる仲間たちがここにいる。ならばもう大丈夫だと、胸を張って言えるのだ。
*
"大仕事"を終えた翌日、リキドウ少年はいつも通り店で作業をしていた。彼にとって菓子作りは仕事ではあると同時に、趣味でもある。店の定休日も試作をしていることが多く、丸々休むことなどめったにないのだった。
──からんと、不意にドアベルが鳴る。店頭に出た見習いパティシエが迎えたのは、見知った客だった。
「!、あぁ……あんたか。いらっしゃい」
「……おー」
彫刻のような整った白皙に険しい表情を張りつけ、山奥に棲む蛮族の王のような恰好をした少年。昨日、街を守った彼のために、リキドウはバースデーケーキを作ったのだ。
「昨日はご苦労さんだったな。あと誕生日おめでとさん、ケーキどうだった?」
「まァ、食えんことはなかった」
「……あー、そうかい。で、今日は何か?」
分厚い唇を尖らせて訊くと、カツキの眉間から険がとれた。並べられたリキドウの"作品"たちを、文字通り品定めをしている。感情のない、だからこそ平等な目だ。職人魂を揺さぶられ、リキドウは居住まいを正した。
「こン中でいちばん甘ぇの、どれだ」
「へ?」
意外な問い合わせに一瞬硬直してしまうが、商売人として内心の動揺を即座に押し込めた。
「甘さにも種類はあるが……わりと万人受けすんのは、このショコラのヤツかな。っつっても甘さだけ追求しすぎると下品な味になっちまうから、ご期待に沿えるかはわかんねえけど」
「あっそ。じゃ、これ」
「あいよ、ちょっと待ってな」
ショーケースの中からブラウン主体のケーキを取り出し、箱詰めする。それを渡して、代金を貰う──昨日の戦いぶりといい、服装や態度といい、正直尋常でないものを感じていたリキドウだが、こうしてやりとりをしていると案外ふつうの少年だ。歳は同じくらいだろうが、機微をうまく言い表せない子供にすら見えていじらしくもなる。
「どうも。──にしてもお返しなんて、あんたも案外殊勝なことすんだな」
「ア゛ァ?詮索すんなや」毒づきつつ、「……俺ぁ、世話かけっぱなしはキレーなんだよ」
「そっか。喜んでくれるといいな」
「……おー」
箱を抱えて、踵を返して去っていく少年。その整った口元が、ほのかに緩んだように見えたのは気のせいだろうか。
「──リキドウ、」
「!」
不意に声をかけられて振り向くと、彼と同じくコックコートを着た、五十がらみの女性が顔を覗かせていた。「お師匠」と、リキドウは彼女を呼ぶ。
「さっきの子は?」
「ああ、去年も今年もウチでバースデーケーキを買っていってくれたヤツっすよ。まあ注文してったのは仲間で、今日はそのお返しを買いに来たみたいっすけど」
「お客さんを"ヤツ"呼ばわりしない!」
「痛でっ!す、スンマセン……」
軽く叩かれた頭を押さえつつ──リキドウは、師匠の様子がいつもと違うことに気がついた。
「どうかしたんすか、お師匠?」
「……笑わない?」
「笑わないっすよ!……多分」
「多分……まぁ良いわ」
誰かに打ち明けたかったのだろう、彼女は不満げながらも口を開いた。
「よく似てるのよ、あの子。──私の初恋の人に」
「ええっ」
「もう四十年も昔だけどね」
そう──あれはまだ、自分が少女だった頃。偶然街でぶつかって、愛想もなく「気ィつけろ」と吐き捨てて去っていった少年。しかしその美しい姿かたちに、あどけない心は稲妻に打たれたように惹かれたのだ。
それからは毎日のように街に出て、彼の姿を探した。ただ偶然再会できたときも、彼はカーバンクル・ルビーのような紅い瞳に警戒心と敵愾心とを宿らせていた。けれど恋は盲目、まして怖いもの知らずの少女だったからあきらめきれなかったのだ。少しでも心象を良くしようと、何度手づくりのお菓子を持って彼のもとへ走ったか。
結論として、彼女は報われた。今までは彼女のほうが待ち伏せしていた場所で、少年は彼女を待っていてくれるようになった。
「──それでも彼は、自分からはめったに話さなかったし、たぶん心から気を許してはくれてなかったと思う。でも……たった一度だけ見た笑顔が、忘れられないくらい綺麗だったの」
そう語る師匠の顔は、普段とはまるで別人のようだと思った。
「その人とは、どうなったんすか」
「……ある日突然、旅に出てしまった。家に手紙が届いたの。"菓子、食えんことはなかった"ですって。失礼しちゃうわよね、まったく」
「!」
そのフレーズはつい今しがた、リキドウも耳にしたものだった。もしやその少年は──その可能性を伝えると、師匠も一瞬目を見開きはしたけれど、
「……でも、違うわ。どう見てもあの子、あんたくらいの歳でしょう」
「そう、っすね……」
「それに、ね。彼はもっと孤独で、寂しそうな目をしていた。あの子は、そうじゃなかったもの……」
自分と同じく壮年に差し掛かっているだろう彼は今ごろ、どこで何をしているのだろう。もしも無事でいるならば、どうかあの子のようにあってほしい。
そう、願わずにはいられなかった。
つづく
「ワイズルーさまのおたんこなす!!」
「……マイナソーって、なんなんだろうな」
「私を、あなたの妻にしてほしい」
次回「クレオンの結婚!?」
「オレの居場所は、ここにしかないんだ」
今日の敵‹ヴィラン›
ベヒーモスマイナソー
分類/ビースト属ベヒーモス
身長/240cm
体重/318kg
経験値/299
シークレット/貪食の魔獣ベヒーモスに似たマイナソー。コース料理を食べたいという欲望から生まれたものの、知能の低さゆえか高級レストランなどではなく食料品店を順々に襲って食品を喰らうという行為に及んだ。しかしその巨体から放たれる全力の突進は、店舗を一撃で瓦礫の山に変えてしまうなど傍迷惑では済まない威力だぞ!
ひと言メモbyクレオン:オレも食ってみたいなあ、コース料理……。