「飽きた!」
「ハァアアアアアア!!?」
相棒兼上司の恥も外聞もないひと言に、クレオンは思わず怒声に等しい叫び声をあげていた。
「い、今なんて言ったんスか、ワイズルーさまァ!?」
「だ〜か〜ら〜、飽きたのだ!」
「ヘェエエエエエエ!!??」
聞き間違いではなかった。クレオンは再び奇声をあげた。
──事の発端は、ワイズルーがオウスの街攻略をとりやめて西方へ向かおうと言い出したことだった。
クレオンとしては本来、得意先であるドルイドンがどういう方針をとろうと構わなかった。自分の役割は彼らのオーダー通りにマイナソーを生み出し、金子と引き換えに売却することなので。
ただワイズルーとは今、恨み重なるリュウソウジャーを潰すという目的のために専属契約を結んでいる。連中が滞在しているオウスの街を離れて西方へ向かうということはつまり、それをあきらめたも同然ではないか。
ゆえにその真意を質したわけだが──それに対してワイズルーが放った答が、上記だったわけである。そんなの、到底承服できるわけがないではないか。
「ふざけねーでくださいよ!あんたがリュウソウジャー倒してくれるって言うから、タダで協力してやってんのに!」
「ふん、私は私の気の向くまま、風の吹くままに踊りたいのでショータァイム!だいたいキミのつくるマイナソーは、いまいち役に立たナッシング!」
「な……!?──言ったな、このヤロー!!」
子供じみた性格のクレオンだが、彼は彼なりに己の仕事にプライドをもっていた。確かにリュウソウジャーには勝てていないが、生み出したマイナソーはみな強力で厄介な能力をもっているし、それをどう活かすかはドルイドン幹部の指揮能力の問題だ。
「あんたが使いこなせてないってか、使いこなす気ないんでしょーがっ!!いつもショータイムショータイム言って、場当たり的なことばっかしてるくせによぉ!!」
「なんだとォ!?クレオン貴様、私のことをそんなふうにシンキングしていたのかァ!!?」
「その喋り方鬱陶しいんじゃぁ!!」
売り言葉に買い言葉。方針の違いから始まった喧嘩は、互いへの激しい人格否定にまで発展した。
そしてついに、
「ワイズルーさまのおたんこなす!!もういい契約解消だあぁぁ〜〜ッ!!」
罵り叫び、クレオンはいずこかへ走り去っていく。あとに退けないワイズルーは、フンと顔を背けるだけなのだった。
──さて、勢いで飛び出したは良いものの。
「ハァ……これからど〜しよっかなぁ……」
夜の裏路地をさまよいながら、クレオンは文字通り路頭に迷っていた。彼自身でも多少マイナソーへの指揮命令はできるが、戦闘力の心もとなさもあって、独りで活動するというのは心細い。しかし手近で頼れるドルイドンはワイズルーのほかにいないのだ。宇宙に逃げていたドルイドンは、未だすべてがこの星に戻ってきたわけではないので。
「とりあえず、今日の寝床探すかぁ……」
俯き加減に歩いていた彼は、正面から人影がやってくることに気付けなかった。
同時刻。リュウソウジャーの面々のうち半数が、ああだこうだ喋りながら並び歩いていた。
「ありがとなカツキ、おかげで助かった」
「ンで俺が絵のモデルなんざ……」
ショートのお礼も意に介さず、不機嫌を隠そうともしないカツキ。剣呑に見えなくもないが、彼らに関して言えば極めてスタンダードな光景である。
「文句言わない!ふたりセットで報酬三倍になったんやから!」
そんなカツキを嗜めるオチャコ。思いがけず結構な金子が手に入ったということで、ほくほく顔である。
「けっ、こーいうあぶく銭はすぐなくなっちまうんだよ。よーく覚えとけ丸顔」
「むぅ、ちゃんと管理するし!──あっ、こんばんはー」
「……ばんわ〜」
向かいから来た相手と互いに会釈をして、すれ違う。一歩、二歩、三歩──
「──ん?」
怪訝な表情を浮かべ、立ち止まる。カツキやショートもまた、右に同じく。
「……今すれ違ったのって、クレオンじゃねえか?」
「あ?」
振り返る。夜目がきくリュウソウ族にははっきりわかる、異形のシルエット。なぜ一度スルーしてしまったのだろう、覇気がまったく感じられなかったせいか。
いずれにせよ、クレオンもまたこちらを見た。視線が交錯すること一秒、
「………」
『ブットバソウル!ボムボム〜!!』
──BOOOOM!!
宣戦布告もなきまま、カツキが爆炎を吹かして跳躍する。果たして我に返ったクレオンは逃げ出そうと液状化を試みるが、謎の硬直タイムゆえに遅きに失したと言うほかない。
「死ねぇえクソ菌類!!」
「うぎゃああああああ!!?」
爆炎に呑まれ、ぷすぷすと黒煙をあげながら転がるクレオンらしきもの。その間に、残るふたりもすっかり戦闘態勢を整えていた。
「夜とはいえ、こんなところをのこのこ歩いてるなんてな」
「ワイズルーいないみたいやし……ちょうどいい、ここで倒すっ!」
こういうとき、リュウソウ族の面々は容赦がない。カツキを筆頭にとりわけ血の気の多い面子が揃っているから、尚更である。
『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』
竜装を遂げる三人。闇夜にあっても鮮やかに光る鎧を前に、クレオンはこれはやばいと這々の体で逃げ出そうとする。しかし彼らリュウソウジャーが、それを許すはずがない。
「オモソウル!」
『オモソウル!ドーーーン!!』
「うげぇっ!?」
重力の輪に囚われ、地面に押しつけられるクレオン。指一本たりともまともに動かせない状況では、液状化して逃げることもできない。
「は、──殺ォす!!」
『強・竜・装!!』
「──ファイナル、サンダーショット!!」
リュウソウゴールドの手の中でモサブレイカーが火を……もとい雷を噴く。立ち上がろうともがくクレオンの背中にそれは直撃し、
「あがががあがあがあががががが!!?」
全身を襲う高圧電流。そして、
「ダイナマイトォ、ディーノスラァァッシュ!!」
爆炎を纏った一撃が、クレオンの身体を吹っ飛ばした。
「────、」
もはや声もなく、クレオンはざぶんと水路に落下した。その身がぶくぶくと沈んでいく。それで終わったと思うほど、リュウソウ族は甘くはないけれど。
「追撃するか?」
「やめとけ、あのキショイ汁が滲み出してんぞ。ンなもん吸ってマイナソー生むなんて、笑い話にもなりゃしねえ」
「キショイ汁……」
いずれにせよ、この場はいったん矛を収めるしかなさそうだった。
*
それから幾ばくかの時が経ち、空が白みはじめた頃。
「──、────………」
明けの空よりも真白いドレスを纏い、海辺をさまよい歩く少女の姿があった。か細い声で口ずさむ歌は、歌詞はわからないけれど、どこか寂しい響きをもっている。亡霊とも妖精ともつかない、とにかく浮世離れした姿だった。
茫洋としていた彼女の黒々とした瞳が、ふいに波打ち際にうずもれた"何か"を捉えた。
「………」
果たしてそれは、リュウソウジャーの攻撃で気を失い、水路に墜落したクレオンだった。水路は海に繋がっている。彼はそのまま数時間かけて、ここに漂着したのだ。
その姿は愛らしさもまったくないではないが、菌類を想起させるなど禍々しさのほうが多分にある。少なくとも一般人の少女ならば、顔面蒼白になって逃げ出す場面であるはずだった。
少女はしかし、この場を立ち去ることはなかった。それどころか嫋やかな微笑を浮かべ、ゆっくりと一歩を踏み出す。差し伸べられた手はクレオンにとって救いか、それとも──
*
「見つかったか?」
「いや……それらしい姿はないな」
水路の周りをうろつきながら、そんなやりとりをかわす少年たち。朝霧の中で真剣に水路を覗き込んでいるのは、リュウソウジャーの面々くらいしかいない。
「俺かモサレックスが飛び込んで探せば早いんだが、その……クレオン汁?が水に混ざってる可能性があるんだよな」
「クレオン汁……」
「うむ……。とりわけリュウソウ族からは、強力なマイナソーが生まれやすいと聞いたことがあるからな。残念だが──」
テンヤの言葉に、エイジロウは亡き親友のことを思い返した。彼が死後、彼世で生み出してしまったというマイナソー、生者の魂を引き換えに死者を現世に甦らせる──しかも亡霊としてではなく受肉までさせて──という世の理をひっくり返すような力の持ち主だった。
ケントは死後の世界でマイナソーを生み出した。そこにクレオンが介在していないことは、その証言からも明らかとなっている。
「……マイナソーって、なんなんだろうな」
不意に洩れ出たつぶやきに、テンヤが真っ先に反応した。
「いやそれは、人間や我々リュウソウ族をはじめとする生物の強烈な感情をエネルギーに発生する怪物で──」
「そりゃわかってっけどよ!なんでそんなヤツらが生まれるのか、クレオンが生み出せるのか……考えても、答が出ねえんだよ」
「そういえばクレオンって、前にマグマからもマイナソー生み出してたよね」
ディメボルケーノを仲間に加えた、賢者の釜での一連のできごとをショートを除く面々は思い出す。あのとき現れたマイナソーについてクレオンは、マグマからの自然発生を促進させたのだと語っていた。しかし自分たちが学んできたこととは矛盾するではないか。マグマにも実は生命があって、感情があるというならば整合性はとれるが。
「そもそもなんだが、マイナソーは本当に自然発生するのか?」
「……どういうことだ、ショートくん?」
皆の視線がショートに集中する。そのオッドアイの輝きには、彼なりに積み重ねた思考のあとが滲んでいた。
「俺たちの遭遇してるマイナソー、ほとんどクレオンがつくったモンだろ。海にいたときのはどうかわかんねえが、ガチレウスのとこにもあいつは出入りしてたようだし、ヤツが関与してたとみて良いんじゃねえかと思う。イズク、カツキ、お前らは旅して長いんだろ。どうなんだ?」
「いや……まったくないわけじゃないよ、これも確実ではないけど。ただ、明らかにクレオンがかかわってない個体となると、かなり絞れてしまうとは思う」
現状いえることはふたつ。マイナソーの自然発生は相当なレアケースであること。そのうちひとつが、ケントから生まれたレヴェナントマイナソーだということ。
そこからはある事実が顔を覗かせるのだが、"それ"に気づくにはあまりにサンプルが少なすぎた。エイジロウはもちろん一行の誰もが、クレオンという特異な存在に意識を奪われているのもあって。
「アイツをブッ殺せば、マイナソーはほぼ生まれなくなる」
「まあ、言葉は悪いが……そういうことだな。奴がなぜマイナソーを生み出せるのかも、気になるところではあるが」
それについては考えていてもはじまらない。消えたクレオンをひっ捕まえ、とどめを刺す前に聞き出せば良いことだ。あの軽い性格だから、難しいことではないだろう。
そうして再び捜索に集中する一行だったが、ターゲットはすでに捕捉不可能な場所に
*
ほの温かい朝の日差しが窓から入り込み、やわらかく覚醒を促している。
とろとろとした眠気がくゆっているのを感じながら、クレオンはゆっくりと目を開けた。木目調の天井に、小さなシャンデリアがぶら下がっている。
(ここ、は?)
屋内、それも作り込まれたであろう屋敷の中であることがひと目でわかる。そんな場所に自然と来られるはずがない、人為的に連れてこられたのだと気づくまでに時間はかからなかった。──しかし、何故?
「あぁ……やっと起きたのね」
「!」
部屋の中央にでんと置かれたテーブルとチェア。そこに、少女が座っていた。抜けるような白い肌は、暖色系の風景からは極めて浮いていた。にこりと微笑まれ、クレオンはとまどう。
「あんなところで寝ているんだもの、心配したのよ」
「は、ハァ……?」
「どうしたの、変な顔して?」
人間から見たらそりゃヘンな顔だろうと言ってやりたくなったが、そういうことではないらしい。立ち上がり、歩み寄ってくる少女の振る舞いに喜び以外の感情は微塵も窺えなかった。
「おまえ……オレが怖くないのかよ?」
「怖い?どうして?」
「どうしてって……」
こてんと首を傾げる少女を前にクレオンが硬直していると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「お嬢様、お薬をお持ちいたしました」
入室してきたのは六十から七十がらみの小柄な老婆だった。「そこに置いておいてちょうだい」という少女の指示を受け、薬の入った小箱をテーブルに置く。彼女もやはり、クレオンに怯えている様子はみられない。
とりあえず身体を起こそうとすると、あちこちがずきずきと痛んだ。
「い、痛ててて……」
「まだ無理しちゃだめよ、あなた怪我してるんだから」
身体に手を添えられ、半ば強引にベッドに寝かされる。しょせん少女の細腕だ、跳ねのけることもできただろうが、こんなふうに献身的に扱われるのは初めてのことだった。それに身を委ねてみたいと思ってしまうのは、ワイズルーと喧嘩別れをして内心心細かったせいか。
「起きたら、旅のお話たくさん聞かせてね。──アラン、」
(……アラン……?)
聞き慣れない呼び名を疑問に思いながらも、クレオンは再びとろとろとした眠りに落ちていった。