【完結】僕のリュウソウアドベンチャー   作:たあたん

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25.クレオンの結婚!? 2/3

 クレオンが再び目を覚ましたときには、陽は南の頂近くにまで昇っていた。

 

「お粥、食べられそう?」

「う、うん」

 

 少女から差し出される匙を、当惑しながらもクレオンは受け入れた。先をぱくりと銜え、柔らかい粥を嚥下する。味は薄かったが、温かい。ぬくもりのある食事などしたことのない彼は、不思議な気持ちを同時に味わうことになった。

 

「良かった。この調子ならアラン、すぐ元気になるわね」

「アラン……」

 

 やはり聞き違いでなく、自分のことをそう呼んでいる。他人の空似……ということはないだろう、クレオンの外見はこの星においては唯一無二なのだから。

 

「あ、あのさぁ……」

「どうしたの?」

「さっきからアラン、アランって言ってるケド……オレ、クレオンなんだけど」

「クレオン?」

 

 大きな目をゆっくり瞬かせる少女。どうしたものかとクレオンが思案していると、彼女は唐突に花のような笑みを浮かべた。

 

「ふふ、偽名遊び?故郷の国からとったのね」

「は?国?」

「ええ、"クレイド"からとったんでしょう」

「いや、じゃなくて……」

「可愛らしい響きだけれど、あなたはアランのほうがよく似合っているわ」

 

 可愛らしいと言われると、満更でもないクレオンである。と、再びあの老婆が扉から顔を覗かせた。思わずびくっと肩を揺らしてしまうのは、落ち着いた生活というものにおよそ無縁だった反動ゆえか。

 

「お嬢様、そろそろお勉強のお時間です」

「まぁ……でもまだ、アランが食べ終わっていないわ」

「わたくしが交代いたします。ご自分の本分をおろそかにされては、アラン様も悲しみますわ」

 

 柔らかいが有無を言わせぬ言葉に圧され、少女は渋々匙を置いて立ち上がった。「またあとでね」と、切なげな瞳で言い残して去っていく。思わずその背に手を伸ばそうとして──クレオンははっとした。悪意でなく人間に自ら触れようとしたのは、初めてのことだった。しかし悪意でないならどのような感情からそんな行動をとってしまったのか。

 

 少女と入れ替わりに、老婆がベッドの傍らに腰掛ける。先ほどまで柔和な微笑みを少女に向けていたのが、突然す、と表情が消える。せっかく温かい粥が冷えていくかのようだった。

 

「ご自分でお食べなさい」

「アッハイ」

 

 食べさせてくれる気は毛頭ないようなので、クレオンは渋々匙を手にとった。ただそういう態度に、かえって安堵する部分もある。良くも悪くも、ドルイドンに対する人間の反応だ。

 そのうえで一応、訊いてみる。

 

「……あんたも、オレがアランってヤツだと思ってんのか?」

「何を馬鹿なことを」

 

 にべもなく切り捨てられる。

 

「……あっそ。じゃあ誰なんだよ、そいつ」

「お嬢様の恋人──」

 

「──だった、方です」

「へ……?」

 

 老婆の瞳が、悲しげに細められた。

 

 

 *

 

 

 

 その頃──"彼"もまた、クレオンを捜して界隈をさまよっていた。

 

「あの坊やめ、本当にワンナイト帰ってこないとは……」

 

 人間に変装できる──実際、今もどこにでもいそうな若者の姿をとっている──自分ならともかく、クレオンに街中で居場所はないはずだ。無論カサギヤの街と同じくここにも裏社会というものはあって、そういう場所ならドルイドンが出入りしていても溶け込めてしまうのだが、クレオンのいた痕跡は確認できなかった。

 

「まったく、見つけたらお仕置きがひつよ……ん?」

 

 青年に化けたワイズルーの双眸が捉えたのはクレオン……ではなく、喧嘩の原因をつくった因縁の子供たちだった。

 

 

「あ゛〜、お腹すいた……ってかもう、夕方やん」

「結局見つかんなかったなぁ、クレオンのヤツ……」

 

 海水をばしゃばしゃやりながら、エイジロウとオチャコが並んでごちる。彼らはほぼ一日クレオン捜索に費やしたわけだが──その成否は推して知るべし、であった。

 

「ショートくん、そちらはどうだ!?」

 

 テンヤが声を張り上げる。と、海の中から鮮烈な紅白頭が勢いよく飛び出してきた。

 

「ぷはっ……ダメだ。クレオン汁も見当たんねえな」

「クレオン汁……」

「ずっと水路を流されてきたなら、この辺りに漂着しててもおかしくないんだけどな……」

「自力で脱出したか、回収されたか……」

「うそぉ、一日中走り回って、こんな汗だくになってぇ……」

 

 今さら言うまでもないが、ここは常夏の南国である。オチャコなどはせめて恰好だけでも魔導士らしくしようとローブを羽織っているから、普通にしているだけでも暑いのだ。普段鎧を着込んでいるテンヤなどは輪をかけて大変なことになるので、今日はさすがに薄着である。

 

「ええなぁショートくん、気持ちよさそう……」

「!、だな!よーし──」

 

 ピコン、と頭の上に電灯を光らせたエイジロウは、何を思ったか上着を脱ぎ出した。そうしてあっという間に下着一枚になると、海原めがけて全力疾走、跳躍する。

 

「うおぉぉぉ──」

 

──ばしゃん。

 

 勢いよく着水し、水飛沫が散る。ショートが「お、」と声をあげた。

 

「なァにやっとんだ、クソ髪」

「あはは……相変わらず豪快だね」

「あーあ、私も男の子やったらなぁ……」

 

 性別ゆえ服を脱いで飛び込むなんてことのできないオチャコには悪いと思ったが、エイジロウはひんやりと冷たい海水を全身で楽しんだ。仰向けに寝そべり、顔が沈まないよう器用に足をばたつかせる。

 

「はー、きんもちイイなぁ……」

「そういうもんか。あんまり考えたことなかったな」

「ずっと海ン中いたらそうだよなぁ……でももったいねーぜ、楽しまねえと!」

「……そうだな」

 

 ショートの含み笑いをBGMに、エイジロウは夕空を眺めた。──旅の()()()()()()目的、天空に浮かぶ"始まりの神殿"を見つけ出すこと。

 

(ここでも、手がかりナシか……)

 

 目を細めても、その影すら見当たらない。村をもとに戻す日はいつ来るのか。それを一日でも早めるためには、いつまでもこの居心地の良い街にとどまってはいられない──そんな思いが、頭をもたげつつあった。

 

「──おぶっ!?」

 

 つらつらそんなことを考えていると、水飛沫が顔面めがけて飛んできた。もろに浴びた塩分が視神経を攻撃し、目を開けていられなくなる。

 

「ちょ、かっちゃん何やってんの!?」

「クソ髪がマヌケ面晒しとんのが悪い」

「いや悪いのはきみだろう!?」

 

 悪びれずニヤリと笑うカツキ。対するエイジロウも、お人好しであると同時に負けず嫌いである。目の痛みというハンディキャップを抱えながらも素早く姿勢を整え、

 

「やりやがったな、──おらっ!!」

「ッ!?」

 

 手から水鉄砲を発射する。持ち前の敏さで顔面への直撃は避けたカツキだったが、肩口を掠めたためにマントの毛皮が濡れてしまった。

 

「ちぇっ、次は外さねえぜ!」

「……てんめェ、上等だオ゛ラァァ!!」

 

 マントを脱ぎ捨てて半裸になると、カツキもずんずんと海に入っていく。仲間たちもそれを追いかけて──と、夕暮の浜辺はたちまち賑々しい場所に成り果てたのだった。

 

 

──その一部始終を目の当たりにして、ワイズルーは憤慨していた。

 

「ヤツらめ、こちらの苦労も知らないで呑気にフィーバーしおって……!うらやまけしからん!クレオン、こっそりヤツらに近づいてマイナソーを生ませてしま、え……」

 

 いつもの癖で命令しようとして、言い切ったところでようやく気づく。その"苦労"というのがそもそも、クレオンと喧嘩別れしてしまったことに端を発しているのだと。

 

「………」

 

 暫しその場にとどまったワイズルーは、結局踵を返して立ち去った。力をつけつつあるリュウソウジャーは確かに脅威だが、単独で戦おうと思って不可能な相手ではない。今はただただ、戦意が萎えているとしか言いようのない状態なのだった。

 

 

 *

 

 

 

 翌日。すっかり快復したクレオンは、少女とともに屋敷の庭先に顔を出していた。

 

「ほら見て、アラン。これ、あなたと一緒に植えたお花よ。綺麗に咲いたでしょう?」

「……あ、ああ。そうだな」

「うふふ……。あとほら、こっちも──」

 

 手入れの行き届いた庭先には、色とりどりの花が咲き誇っている。クレオンは花になど興味はなかったが、"アラン"はそうではなかったのだろう。ならば今は、彼女の説明に相槌を打ち続けるしかない。

 ふと視線を感じ、振り返る。南国の明るい色合いの木でつくられたバルコニーから、使用人の老婆が気遣わしげにこちらを見ている。視線が交錯したとき、クレオンは昨日、彼女から聞かされた事実を思い起こした。

 

 

──少女の恋人()()()という、アランという男。彼は遥か西の彼方にある、クレイド王国から海を渡ってやって来た"勇者(ヒーロー)"だった。

 戦いで傷つき、海に流れ着いていた彼を見つけたのが少女だった。少女は彼を屋敷で甲斐甲斐しく看病し続け、ふたりは傷の治りと反比例するかのようにその仲を深めていったのだという。

 

 親を早くに亡くした少女と、遥か海外から来た青年。ふたりをわかつものなど、何もなかった──"死"を除いては。

 

『リハビリも兼ねて街の外へ散策に出たおふたりは、ドルイドンの使役する怪物に襲われたのです。アラン様はお嬢様を逃がすため独りその場にとどまり──』

 

 アランは確かに少女の生命を守った。しかし恋人の死を目前にしてしまったいたいけな心は、現実を受け入れられずに壊れてしまったのだ。ゆえに、彼女は──

 

『あなた、ドルイドンの一味でしょう。……わたくしはあなた方を絶対に許しません。でも──今はあなただけが、お嬢様の心の安らぎを取り戻すことができるのです』

 

 

「──ラン……アラン!」

「!」

 

 クレオンが昨日の回想から覚めると、少女が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「あ、ああ……何?」

「何か、考えごとしてたみたいだったから……」

「………」

 

 何も言えずにいると──少女の瞳が、不意に曇っていく。

 

「アラン……私、ときどき夢を見るの。あなたが、死んでしまう夢……」

「!、………」

「アランが遠くに行っている間、私はそれが現実になってしまうんじゃないかっていつも怯えてた。だから……無事に帰ってきてくれて、本当に良かった……っ」

 

 涙ぐむ少女は、これまでずっと不安に苛まれてきたのだろう。目の前に恋人がいる事実に安堵し、口元には笑みをたたえている。

 しかしそれは、幻でしかなくて──現実にここにいるのはアランなどではない、その"怪物"を生み出した仇であろうドルイドンの協力者・クレオンなのだ。

 

「……もう、行かないよ。どこにも」

「!」

 

 そう囁いて──彼女を抱き寄せたのは、いかなる感情ゆえか。自分自身、わからなかった。

 

「……ねえ、アラン。それならお願いがあるの」

「ん……何?」

 

 少女と目が合う。空と同じ色をした大きな双眸は、陽光を反射して透き通るように輝いていて。

 

「私を、あなたの妻にしてほしい」

「………」

 

 壊れているとは思えないほどに凛とした表情で、決然とした言葉だった。それが自分に向けられたものだと、思わず錯覚してしまうほどに。

 ここでそれはできないと断って、去るべきだったのだろう。人間などマイナソーを生み出す苗床、クレオンにとってそれ以上でもそれ以下でもないのだから。

 

「……わかった」

 

 しかしクレオンは、己のうちに湧きたつものを収めることができなかった。

 

 

 *

 

 

 

 少女の想いの強さゆえ、結婚式はその日のうちに執り行われることとなった。場所は屋敷の大広間、誓いの言葉を聞き届けるのは使用人の老婆ひとり。参列者はいない。少女にとっては大事な恋人・アランでも、世界にとってはドルイドンの仲間、醜悪な化け物なのだから。

 

「──あなたは健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

 

 花嫁衣装を纏った少女が、頬を染めて頷く。隣に立つクレオンも、今だけは白いタキシードを着せられていた。首から下は人間の男とそう変わらない体格なのが、こんな形で幸いするとは思ってもみなかったけれど。

 

「新郎アラン、────」

「……誓い、ます」

 

 同じ文面、同じ返答。人間というのは、つくづく非合理的な生き物だと思う。こんな儀式も、誓いの言葉も、何かあれば簡単に無に帰せるものばかりだ。

 けれど今なら、その気持ちもわかる気がする。実際に言葉にして吐き出してみると、それだけで背筋が伸びるような気さえしてくるのだ。いかに無意味で、欺瞞に満ちあふれていたとしても。

 

「では、誓いのキスを」

「………」

 

 向き合うふたり。背丈は当然クレオンのほうがあるから、ベールに包まれた表情はよく見えない。それをひらくのは新郎の役割だと、先ほど教わったばかりだった。

 果たして現れた表情は、クレオンの想像していたどんなものとも異なっていた。微笑をたたえ、赤みが差した頬。瞳は幸福そうにに細められ、愛するひとを映し出している。これほど間近に迫っても、彼女にとってクレオンがアラン以外の何ものであることはなかった。

 

──そのキスが何をもたらすのか、クレオンは悟っていた。自分の身体のことは誰より理解している、商売道具でもあるのだから。

 

 それでも今、自分はアランなのだ。

 

 近づいていく互いの顔。クレオンはそっと少女の背中に手を回した。力強く引き寄せられ、少女が驚き目を見開く。

 

 

──口づけた。

 

「………!」

 

 少女の身体に一瞬力がこもり、反動のようにくたりと抜けていく。倒れかかる身体を、クレオンはそっと抱きとめた。

 

「!、何を──」

 

 異常に気づいた老婆の声は、言葉にならぬまま途切れた。少女の身体が鈍い光を放ち、屋敷じゅうを覆い尽くす。

 

 そして、

 

 

「──アイ、シテェェェ……!!」

 

 悲鳴のような産声とともに、禍の女神が街に降臨した。

 

 

 

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